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第23話 警察発表

翌朝、体育館には多くの生徒と市民が詰めかけていた。


昨夜のステージイベントとは打って変わり、どこかピリッとした緊張感が漂っている。

アドロが言っていたとおり、地元ケーブルテレビのクルーと警察官の姿が見える。そのせいか、笑い声はほとんど聞こえなかった。

緞帳(どんちょう)はまだ下りたままで、フロアの中央にはマイクスタンドがステージに向かって縦に三本並んでいた。

前列・中列・後列、それぞれの質問用なのだろう。


未定研究部とその仲間たちは、最前列で開幕を待っていた。

明け方、ギンブナが動画サイトの『起床ラッパ』を大音量で流したため、すでにひと悶着(もんちゃく)あって熱量が違うというわけだ。

男三人が巻き寿司のようにスマキにされた布団の中で鳴ったので、尺取虫(しゃくとりむし)のように暴れるそれを、レンジャーたちが面白がって押さえつけ、危うく窒息しかけた。

続いて、社長が『月月火水木金金』なる歌を歌い始め、ギンブナも参加したものだから、まあ、早朝から気が狂いそうだった。


バタバタしてる男連中をよそ目に、女性陣はシャワーを浴びて優雅に身なりを整えていた。

当然、食事はユメジの担当であった。レンジャー二人は年下のくせに手伝う素振りも見せず、朝の女性陣から目を離さない。

ユメジは全身の痛みに耐えながら、得意料理のトーストに目玉焼きを乗せた、いつかのアニメっぽいやつを作ってやった。

シータのように美味しそうに食べるやつは一人もいなかったが、文句が出なかったので御の字だ。

そんなわけで、すでにサウナ上がりのように全身の毛穴が開いていたわけだ。


それに昨夜のステージ以降、ユメジの心境は大きく変化していた。

あれだけの醜態をさらしたのだ。今さら人前で質問するくらい、どうということはない。質疑応答で、何を発言してやろうかと考えていたくらいだった。

以前のユメジなら、こんな場所で質問するなど考えられなかった。SNSにコメントするのも躊躇(ためら)うような小物だったのだ。

これは、まりんの影響だろうか、それとも部員の影響か。そんなことを考えていた。


午前九時になると、会場がざわざわとしはじめた。

もう幕が開くという期待からだろう。突然アブラゼミの鳴き声のようなブザーが鳴り、緞帳が開き始めた。


(今日は合図があるのか)


そう思ったのはユメジだけではなかったようだ。戸惑いのようなどよめきが起こった。

幕が上がると、ステージの中央に置かれた長机に、三人の男が座っていた。

スクリーンも下りていて、昨夜と同じ事件現場の写真が四分割に投影されている。

ステージの右側には演台が一つ。その後ろにアドロと閑院(かんいん)が座っていた。対して左側には、パイプ椅子が空席のまま五脚並べられていた。

中央の三人の机には、マイクが置かれ、ネームプレートが貼り付けられている。

左から、『仏土警察署長・神田昇』、『鑑識班リーダー・益本健司』、『刑事課・西谷正人』とあった。

警察官の制服を着用しているのは署長だけだ。リーダーはラフなジャケット、刑事は紺のスーツだった。

そういえば、OBが指揮を執ると言っていた。現職をリーダーにしていないのは、通常業務に影響が出ないレベルでの協力、という配慮だろうか。

署長の登壇も凄いというほかない。イベントの格式を一段上げていた。


「それでは定刻になりましたので、会見を始めさせていただきます」


閑院が演台に立って宣言した。笑顔はなく、重い口調だった。


「先立ちまして、生徒会長アドロより、ごあいさつ申し上げます」


アドロが演台の前に進み、一礼した。

この日は彼女にスポットライトが当たることはなかった。主役は中央の三人ということだろう。

しかし、体育館は息を呑むように静まり返った。


「生徒の皆さん、そして仏土市民の皆様、おはようございます。今年も仏土警察署の多大なご協力により、鑑識捜査を滞りなく終えることができました。神田署長に、この場を借りまして心より御礼申し上げます」


アドロが中央の席に向かって頭を下げると、三人も呼応して頭を下げた。

拍手もざわめきも起こらなかった。ただ、計算されたような壇上のやり取りに魅せられて、緊張感が高まっていくようだった。

顔を上げたアドロは、ホワイトブロンドの髪を少しなびかせて、笑みを浮かべた。


「すべての準備は整いました。皆様には、手に汗握る本格的な推理ゲームをお楽しみいただけるものと確信しております」


明らかに会場の熱気が上がった。


「お伝えしましたとおり、覇者は唯一名。正解者が出た時点でゲームは終了となります。ではさっそく、鑑識をご担当いただきました益本リーダーより結果を発表していただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」


会場から大きな拍手が起こった。中央の三人は立ち上がって一礼し、また着席した。

スクリーンがピンキーの死体のアップに切り替わった。


「鑑識結果を発表いたします」


益本氏が(おごそ)かに話し始める。

いや、もともとこういう喋り方なのだろう。白髪のアップバングショートは、なかなかのイケオジだ。美声なのに、ボソボソと喋るせいで妙に堅苦しい。

まあ、そんなことはどうでもいいのだが、聴衆の多くもそう思ったのか、聞き漏らさないように静まり返っていった。


「死亡したのはビオトープ部の部員ピンキー氏。三十二歳、女性。死因は刃物による刺し傷です。実際に解剖は行えませんので、アドロ会長より死因として指定された内容を、公式に採用しております。よって死亡推定時刻は、環境捜査の結果のみでの推定になりますが、詳細は後ほどご説明します。まず、現場の指紋・掌紋の採取を行いました」


ボソボソと喋るが淀みはない。ここで、スクリーンが切り替わった。

現場に残されていたナイフにズームした写真である。


「初めに凶器ですが、これも会長より、現場に残されたナイフを凶器とする旨が提示されております。刃渡りは20センチ、指紋は検出されませんでした。拭き取りもしくは手袋着用の可能性が高いと見ています。柄の部分から塩分反応が確認されたため、手袋使用中の被疑者の汗が染み出たものと推定されます」


ユメジはこのリアルな鑑識報告に、メモをとることも忘れて聞き入っていた。

すでに圧倒されていたのだ。観衆も遅ればせながら、ざわついてきた。


「また、塩分反応はご遺体周辺の床面からも検出されましたが、DNA鑑定までは行えませんので、ピンキー氏の汗か被疑者の汗かは不明です」


スクリーンがまた切り替わった。これまでとは別の写真が四枚に分割表示されている。

旧音楽室の机と椅子の写真、内側のドアの写真、外側のドアの写真、そして血のダイイングメッセージの写真である。

それらが、益本氏の説明に合わせて拡大表示されていった。まず、机と椅子の写真。

整列しているわけではなく、スペースを開けるために、まとめ置かれている感じだ。


「次に現場に残されていた痕跡についてです。教室後方の机と椅子から指紋を採取しました。採取できたのは九セットある机と椅子のうち、ただ一セットのみでした。教室という性質上、本来なら指紋や掌紋が多数残っているはずですが、旧音楽室は普段使用されていないとのことで、採取された指紋以外は確認されませんでした。また、この指紋が犯行前のものか犯行後のものかは判断できません。数日から数週間以内のものと推定されます。この点についてアドロ会長より、『演出準備として生徒会が一週間前に手を加えた』との説明を受けています。よって、一週間以内のものと断定できます」


ざわめきが広がった。その間にも、写真が切り替わっていく。

内側と外側のドアの写真が左右に分割して表示されていた。これは、いたって普通の教室のドアに見える。


「次に、教室のドアになります。ドアは前方と後方に二ヶ所ありますが、前方は施錠式の開き戸で、施錠されておりました。指紋は検出されておりません。後方は片開きの引き戸で、内側と外側から指紋が検出されております。なお、このドアの両面からピンキー氏の指紋も確認されました」


また写真が切り替わる。ダイイングメッセージの写真だ。


「最後に、『TAMAR』の血文字についてです。これも実際の血液ではないため、鑑定の対象外となりますが、会長からは、ピンキー氏の血液として発表するように申し受けております。ご遺体の右示指の第一関節まで同一の血液が付着しており、指で文字が書かれたものと推定されます。ただし、ピンキー氏本人の筆跡かどうかについては判断できません。以上が鑑識結果です。続いて、環境捜査の報告に移ります」


益本氏はマイクから顔を離した。

まるで、ドラマのワンシーンを見ているようだった。

ユメジは拍手を送りたい心境だったが、今日はただの見物人で終わるつもりはない。とにかく考えるのは後にして、メモを取ることに集中した。


次に開口したのは刑事課の西谷氏であった。

スーツを着ているのは刑事課だからなのかはわからないが、署長だけが制服を着ているところを見ると、これが正装なのだろう。

スポーツマンのような顔立ちと頭髪で、三十代前後の青年に見える。


「生徒の皆さんより提供のあった画像および動画は、約五十点ありました。その中で最終的な生存時刻が確認できた画像がこちらです」


益本氏とは対照的にハキハキと明るい声で言うと、スクリーンの写真が切り替わった。

旧音楽室とは別の教室から、ピンキーが出てくる瞬間を捉えた写真だった。

彼女の顔を正面から見ると、やはり夜の街が似合いそうな派手な女性だった。巻き下ろした長い髪と濃いメイク、丈の短い制服のスカートがそう主張している。

その外見に似合わずビオトープ部とは、心に癒し求めているのか、または闇でも抱えているのか、と思えてしまう。

そんなことが殺害動機になるとは思えないが、ここは変人の集まりだったな、とユメジは今さらのように思った。


「撮影場所は校舎二階の旧三―A教室。ビオトープ部がカフェを出店していた教室です。画像の時刻情報で18時59分でした。その他の画像データと照合した結果、時刻情報に矛盾はなく、正確であると判断します。現場の旧音楽室はその一階上に位置しており、移動には一分もかかりません。現場に向かう直前の様子だと思われます。よって死亡推定時刻は、19時00分から当イベントが開始された20時00分までの間と断定します」


会場はいつの間にか静まっていた。

ざわめきも起こらない。誰もが頭の中で、推理を組み立てているのだろう。

またスクリーンが切り替わった。

腕時計、ショルダーバッグ、そしてバッグの中身と思われる小物の三点の写真だった。


「続いて被害者の所持品です。腕時計は機械式の小型レディースウォッチで、時刻はほぼ正確、厳密には十一秒の遅れがありました。損傷はありません。バッグは韓国製ブランドの小型ショルダーで、血液が付着していましたが、これは演技上の不可抗力であり、すでにクリーニングを施しています。バッグの中には、ハンカチ、化粧品、財布、内服薬および外用薬が入っていました。薬剤はいずれも処方薬ですが、消炎鎮痛薬と保湿系軟膏であり、特殊な薬剤ではありません。これら私物の調査に関しては、ピンキー氏本人の承諾を得ています。現場には凶器とみられるナイフとこれらの所持品が残されており、その他の遺留品は確認されていません。以上です」


西谷氏がマイクから顔を離すと、「ありがとうございました」と閑院が引きとった。

実際の事件の捜査報告を聞かされているようだった。

ユメジはメモを取りながら、高揚していく気分を必死に抑えていたが、次の閑院の一言で、ワクワクがピークに達した。


「それでは、検出された指紋の該当者を発表させていただきます」


会場がどっとざわめいた。


(指紋の該当者だって?)


そういえば入学前に指紋を採取されていたことを思い出した。このためだったのだろうか?

会場のざわめきをよそに、閑院は淡々と進行した。


「椅子の背もたれから検出された指紋は、シネマ部のコマチさん」


悲鳴のような奇声が入り混じる。

ユメジの口からも思わず「えっ」と声が漏れた。まさかコマチとは。


「同じく、椅子と机、そしてドアの両側から検出された指紋は、雑煮倶楽部の部長クフオーさん」


今度は低い声が地鳴りのように伝播する。

次いでクフオー。しかもコマチとクフオーの組み合わせだ。会場が混沌としてきた。


「同じく、ドアの両側から検出された指紋は、サバゲー部のアデルさん。ドアの外側からのみ検出された指紋は、社交ダンス部の安珍法師(あんちんほうし)さん。そして最後に、指紋は検出されませんでしたが、ダイイングメッセージが示す可能性がある陶芸部のタマルさんです」


この三人はユメジの知らない生徒だった。

ただ一人、陶芸部のタマルだけが指紋ではない。ダイイングメッセージ『TAMAR』が示すのが「タマル」だとでもいうのか?


「それでは、名前を呼ばれた生徒はステージに上がってください」


―は?


ユメジは耳を疑った。

そして、その意味をしばらく理解することができなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

本物の鑑識が疑似殺人事件の捜査をしたらどうなるのか?おもしろいかな?なんて思いながら書きました。

ご感想などお待ちしています。

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