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第22話 反省会

部室に戻った未定研究部一同は、残り物のそうめんをすすりながら、反省会をしていた。


長い一日だった。いろいろあり過ぎて、ユメジは何を振り返ればいいのかわからなくなっていた。

正直なところ、反省することなどないはずだが、皆、何を思うのか、黙りこくっていた。


(まさか、野球拳でやりすぎたとか思ってないよな?)


しかし、猫又もギンブナもそんな気持ちはさらさらないようだった。

シャロンに遠慮する素振りも見せず、黙々とそうめんを食らっている。


(腹が減っていただけか)


確かに腹は減っている。それなのに気分が高揚しているのか、そうめんが喉を通らなかった。

原因はアドロだろう。あの圧倒的な存在感と、ピンキーの死体写真が頭から離れなかった。


「まあ、野球拳はともかく、そうめん流しは成功だったんじゃないか?」


沈黙を破り、シャロンが他人事のように言った。

静かに皆が頷く。当然のように山部社長とレンジャー二人も混ざっているわけだが、彼らも頷いている。

すると、ようやく猫又が箸を置いて、眼鏡を押し上げた。


「売り上げも元がとれたようだし、去年のことを思うと、大成功だと言えるね」


そして、おもむろに眼鏡を外してレンズをハンカチで拭き始めた。どうやら、めんつゆが散ってしまったらしい。


「ユメジ君のおかげかな。よくがんばってくれたよ。そうめん流しはね」


続けてさらっと言ったのだが、ユメジはドキッとした。

後半は引っかかるが、素直に嬉しかった。


「そうですな。市民の皆さんの評判も上々のようです。そうめん流しのほうは…ごふっ」


ギンブナが加わった。この男はまだ食べながら(むせ)ていた。

引っかかるところはあるが、こう言われると、やはり嬉しい。

ユメジには、学校でも会社でも仲間やチームの中心となって企画を立案した経験がなかったからだ。

やればできるもんだな、と思った。まりんに聞かせてやりたくてたまらない。

匿名というのはじつにいい。何も恐れるものがないから、逆に自分を出せる気がする。

すべてうまくいくような気になっていた。この調子でミステリーも解いて覇者になってやろう。

そう思うまでに気分が高揚していた。


とても今は触れられない雰囲気だが、野球拳も異常な盛り上がりをみせていたらしい。レンジャーに確認済みだ。

しかし、ここで箸を置いたギンブナは、なぜか不満そうだった。

満腹の息を吐き出したか思うと、ハァと声にして溜め息をついた。


「なんだよ。お前もポンコツなりに働いたんだろ。何が不満なんだよ」


シャロンが面倒くさそうに聞いた。


「フン。僕が文句を言いたいのは、コノハ君だよ」

「へっ、わ…私ですか?」


コノハは慌てて咳き込んだ。

ステージの終了直後から寝込んでしまっていたが、目を覚ますとケロッとしていた。

だが、彼女はステージのことをまったく覚えていなかった。皆でよくがんばったよ、と(ねぎら)っただけだった。そのため、何かしでかしたのかもしれないと心配してるのだ。


「オイ。変なこと言うなよ。お前ら汚ねえ手口でかわいそうなことしやがって。文句があるのはこっちだろうが」


まあまあ、と青レンジャーがシャロンを落ち着かせた。


「一応、聞いてみましょうよ。ね、副部長さん?」


「いいだろう」と、ギンブナは思わせぶりに閉じていた目を開けて、コノハを見据えた。


「それはだな…」


コノハは顔を真っ赤にして頬に手を当てた。

ギンブナの視線にキュンとしたわけではないだろう。何を言われるのか、とても恐ろしいのだ。


「君の歌声が…あんなにキュートだったなんて、今まで知らなかったことが悲しいのだ」


一同は食器を置いた。コノハは意味がわからず、ポカンと口を開けていた。

秋の夜長の虫の声が、しばらく部室を支配した。


「さて、諸君」


猫又があらたまって立ち上がった。

ギンブナにガツンと言ってやるのかと思ったが、違った。二人には視線も送らず、咳払いをして頭を下げたのだ。


「皆さん、今日は大変お疲れ様でした。そして、山部社長、レンジャー君たち、お手伝いをありがとう。アイエル君もいたような気がするけど、おかげで、未定研究部として小さからぬ爪痕を残せたと思います。ユメジ君の案にも助けられたし、シャロン君やコノハ君も大いにがんばってくれました。大成功と言っていいでしょう。世論調査が楽しみなのは何年ぶりだろうか。僕は感動すら覚えているよ。皆さん、どうもありがとうございました」


そう言って再び頭を下げると、自然と拍手が起こった。

アドロの演出とは比べるべくもないが、部長にしては心のあるスピーチだった。

ユメジもようやくホッと息をついた。我に返ったというべきか。


「では、今日は解散ですか?」


ユメジが問うと、山部社長がガハハと笑った。


「用事があるんなら帰りな。これから打ち上げに決まってるだろう」


どこから取り出したのか、例の酒瓶をテーブルにドンと置く。

レンジャー二人が、「待ってましたぁ」と囁き声で合いの手を入れた。


「明日は朝からだからね。ここに泊まることを許可しよう」


いつになく頼もしい部長が権限を行使すると、モジモジしていたギンブナとコノハが、目を輝かせてハイタッチした。


「絶対、楽しいやつじゃないですかぁ~」

「しっかりコロンたたいておけよ、ベイビーちゃん」


(さっきまで寝込んでたのに逞しいな)


ユメジは目を細めたが、同時に口角が上がってきた。チャンスが到来したからだ。

野球拳は時間切れだったが、これから時間はたっぷりある。


(シャロンが寝るのを待つか?それとも、酒の力で…)


良からぬ妄想をしていると、シャロンがいきり立っていた。

心が読まれたのかと焦ったと思ったユメジだったが、部長に食ってかかっていた。


「は?ふざけんなよ。男どもがキッチンに行けよ」

「だから、女性陣がキッチンで寝るのだよ」


どうやら、寝る場所で揉めているらしい。正直、そんなことはどっちでもいいのだが、リビング側はキッチン側から入れないように仕切りを締め切ることができるようだ。

つまり、キッチン側には男どもが自由に入れることになる。


「僕もだけど、社長もいい歳だからね。夜中にトイレに行くと思うんだ。冷蔵庫にプリンを探しにいくかもしれない」

「何がプリンだ。それこそ、お前らがキッチン確定だろ」

「では、君らは夜中にトイレに行かないのだな?」

「あ?」


猫又はこの夜、なぜか余裕があった。シャロンといえど簡単に言い負かせそうにないオーラを(まと)っている。

おそらく野球拳でレベルアップしたのだろう。恐ろしげな笑みを浮かべて眼鏡を押し上げた。


「トイレに行かないのなら、リビングで貝のように閉じこもっているがいいさ。だが、トイレに行くにはどうしてもキッチンを通らなければならない。副部長はワナを仕掛けていると思うよ。せいぜい気をつけることだね」

「ぐっ…」


なんと陰湿な。しかし、チャンスゾーンが拡大していく。男子がリビングになれば、出入り自由だからだ。

ユメジは猫又を心から応援した。


「わかった…」


シャロンが折れた。珍しく男組の勝利だった。ユメジは静かに拳を握り込んだが、レンジャー二人はあからさまに喜びを爆発させていた。

楽しい夜になりそうだ。

「だがな」と、シャロンは続けた。


「こっちもワナを仕掛けておく。命にかかわるようなやつをな。その覚悟があるなら、トイレに行け」


氷のように冷たい瞳で、そう言った。

鳥肌が立つかと思った。しかし、このチャンスを逃す手はない。さすがに死に至ることはないはずだ。

こうして、それぞれが胸に思い秘めたまま、一同は一夜を共にすることになったのだった。


ただ、ひどく疲れていたせいで、一気に酔いが回った。

元気だったのは社長とレンジャー二人、そしてシャロンだけだった。

結局、部長と副部長は早々に寝落ちしてしまい、シャロンはコノハをキッチンへ寝かせに行った。


「そこのバカ二人はそのままでいい。お前も、もう限界だろ。さっさと寝ろ」

「強いんですね、シャロンさんは。とりあえず…シャワーだけ行ってきます」


シャロンは肘をついたまま、右手の甲を軽く振って行けと促した。

フラフラしながらシャワーを浴びて戻ってみると、リビングの照明を暗くして、テーブルだけが照らされていた。

こうした照明も、シャロンのこだわりなのだろう。ただのピーナッツが高級な肴に見えてくる。


「静かになると、虫の声がよく聞こえますね」

「静か?おっさんのエロ話より、虫のほうがまだマシだろ」


社長とレンジャー二人はガハハと声を合わせて笑った。この様子だと、朝までやりそうだ。

シャロンもなんだかんだ言いながら付き合ってるところをみると、義理堅い性格なもかもしれない。

とにかく寝るわけにはいかない。ユメジは腰を下ろして、ハイボールをつくった。バレないように限りなく薄くしている。

お前、寝ないのかよ?と言いたげなシャロンをスルーして、社長のバカ話に割り込んだ。


「ところで、ミステリーイベントって凄いですねぇ。警察が全面協力なんて」


これにシャロンは答えなかったが、社長は気を悪くするでもなく、また笑いだした。


「それが、アドロさんの凄さなんだよ」

「まあ、俺が見ても普通じゃないのはわかりましたけど…あの演出とか」

「イベントは去年から始まったんだがな。市民の結束が高まったというか、学園が市民の誇りみたいに思えてきてよ。住民税免除ってのもあるが、市民が一丸となれるイベントなんて、そうはないだろ?だいたい、こんな田舎はどこでも人口減少に苦しんでるもんさ。それが、仏土市は減ってないんだよ。市長ですら、アドロさんに心酔してるって言うからな」

「そんなに…確かに雰囲気があるというか…あ、そういえば、去年は部長が犯人役だったんですよね?誰が覇者になったんですか?」

「去年は、市民だったよな?」


社長が尋ねると、シャロンは無言で頷いた。


「そうそう。確か市民病院のなんとか先生だよ。市民税の免除なんか不要だろうけどよ。まあ、頭のデキが違うわな」


社長はまた豪快に笑って、コップ酒を飲み干した。だんだん目の焦点が定まらなくなっているように見える。


「ということは、まだ誰も処分免責権を手にしていないんですね?」

「あん?まあ、市民にしても生徒にしても特典はそれほどって感じじゃないか?よっぽど切羽詰まってるやつなら別だが」

「確かに。でもそれなら、生徒のほうがメリットは大きいのかな。あ…そういえば、ピンキーの写真を送れって言ってませんでしたっけ。誰か撮ってるんですかね?」

「俺、撮ったよ」


黒レンジャーが答えた。こいつも頭が揺れているように見える。


「ユメジさんは初めてだから知らなかったと思うけど、今日はそこら中でみんな写真撮りまくってるはずだよ。たぶん、何時まで生きてたかっていうアリバイに使うんだよ」

「アリバイ?ああ、それで、死亡推定時刻を発表するってことか」

「そうだよ。だから、俺の写真は見せないよ。文化祭までは協力したけど、ここからは個人戦だからね」

「なんで?」

「聞いてなかったの?」


青レンジャーが加わった。こいつは白目を向いて、必死に瞼を上げようとしている。


「覇者は一人なんだよ。だから協力できないじゃん。先に出したもの勝ちなんだからさ」

「そういうことか。でも、一人でやれる自信ないなぁ。やっぱり誰か、アイエルあたりに…」


――いや。

ユメジはここでようやく気付いた。そうではない。

市民は犯人を捜すだけだが、生徒は違う。協力者が犯人かもしれないのだ。となると、誰も信用できないことになる。

どうしようかと考えたが、社長がついに仰向けに倒れ込んでしまった。

大きな体格なので、寝かせるのもひと苦労だった。

おかげで夜会は終了となり、就寝することになったのだった。


(だが、ここからが本当のミッションだ)


ユメジの決意は固かった。決して(よこしま)な気持ちからではない。まりんのためである。

丑三つ時の静寂に、ギシという足音が漂う。リビングの仕切りを、究極の力加減で開けていく。

わずかな音さえも響きわたるようだ。不思議と虫の声も聞こえない。

顔の半分程度に仕切りを開けると、片目だけで様子をうかがう。照明は完全に落とされ、闇が広がっている。


だが、甘い。こんなこともあろうかと、通販で暗視スコープをゲットしているからだ。

便利な時代になったもので、数千円で手に入る。仮にバレたところで、『酔ってサバゲーの練習してました』とシラを切るつもりだ。

いまいち映像がクリアではないが、安物で十分。ガチのやつを買うようなら、人間的に終わっている気がする。


二人は寝ているようだった。姑息にもキッチンのテーブルの下に布団を敷いて寝ている。

少しでもガードしたいのだろう。ユメジは笑いをこらえた。

しかし、ヒーヒーとラマーズ法のような呼吸が漏れ出ていた。いや、聞こえた。

心臓を掴まれるように驚いたのは、「同士よ」という囁きが耳に入ったからだ。

なんと、部長と副部長が重なるようにしてピッタリ背中に張り付いていたのだ。


「な、何してるんですか!やばいですって」

「やばいのは君の恰好だよ」

「我々が本当に寝たと思ったのかね」


素晴らしい連携で答えてくる。甘く見ていたのは彼らの根性だった。


「さあ行け、伍長」


背中を押す部長。ここで議論する余裕などなかった。もう行くしかない。

ただ見るだけだ。触るわけでも襲うわけでもない。

神よ!


ユメジはキッチンに侵入した。ほふく前進でゆっくり進んでいくと、後ろから二人も続いてきた。

バカなのか、こいつらは?そう思ったが、もう後戻りはできない。

ついにテーブルまで到達すると、二人は追いついていて、三人が一列に並んでいた。

そして、ゆっくりテーブルの下に顔を突っ込んでいく。

その時、何かが首に触れた気がした。次の瞬間――。


何かで首を引っ張られた。体ごと持ち上がるような力で首が締まり、頭と顔が互いに押し付けられていく。

三人まとめてワナにかかったのだ。

次に、懐中電灯の明かりが目を貫くと、(くら)んだ視界の向こうで世にも恐ろしい囁きが聞こえた。


「言ったよな?命にかかわるって」


シャロンだった。テーブル下に寝ているはずだが、どういうことだ?


「そいつは人形だよ。こんなこともあろうかと美術部の力作を譲ってもらったんだ。コノハはマジに寝てるけどな」


ギンブナは何か言いたそうにしているが声にならない。部長はこういう時こそ役に立たない。


「じゃあ、選べ。このまま死ぬか、三人仲良く抱き合って寝るか、どうする?」


意味がわからない。しかし、選択の余地はなかった。

少しだけロープが緩められた。


「こ…後者で…す」


すると、三人とも布団に重なるように倒され(パンチ一発ずつ)、ロープでぐるぐる巻きにされたのだった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

生徒会長アドロの仕掛けたミステリーに、雑魚部一同が挑んでいきます。ユメジの奮闘にご期待ください。

ご感想などぜひお待ちしています。

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