第21話 ミステリーウィーク開幕
照明が落とされて補助灯だけになった体育館には、身を寄せ合うようにした人間たちの熱気が充満していた。
あちこちでスマートフォンの明かりが瞬き、蛍が乱舞しているようだ。
ユメジと部長、副部長の三バカトリオは、アドロに追いやられて、アリーナの隅に潜り込んでいた。
当然、帰る者はいない。これから第二幕が始まるのだ。
体育館にも時計はない。だから皆スマホをチラチラと見ているわけだが、午後八時を十分ほど回っていた。
いつまでこの息苦しさが続くのだろう。逆に壁際でよかったと思いながら、ユメジが背中を預けた時、ざわめきが波のように広がった。
なんの前触れもなく緞帳が上がり始めたのだ。
次第に歓声となり、大きな拍手に包まれていく。それが静まった時、一筋の閃光が走った。
スポットライトがステージを照らし、一人の人物だけを浮かび上がらせた。
ホワイトブロンドの髪が黄金色に輝く。生徒会長アドロである。
彼女が頭を下げると、大歓声が巻き起こった。
「アドロ様~!」の声援が飛び交う。
その人気ぶりはまさにカリスマだ。女性の声が圧倒的に多い。
アドロが顔を上げると、歓声は息を合わせたように消え、誰もが彼女の言葉を待った。
マイクは手にしていない。ヘッドセット型のマイクを着用しているようだ。驚くほどしんとしたアリーナに、アドロの声が響き渡った。
「お集まりいただきました皆様、本日は我が学園の文化祭が盛大に開催できましたことを、生徒会長として心よりお礼申し上げます。ここに閉会を宣言いたします」
彼女が再び頭を下げると、轟音のような拍手が巻き起こった。
長い間をおいて、余韻が漂う頃になってようやく頭を上げると、同時にステージの後ろの壁にスクリーンが下りてきた。
「続きまして、これより生徒会が主催するミステリーウィークの開始を宣言いたします!」
アドロが両手を広げると、一斉に照明が点灯し、再び大歓声が巻き起こった。
圧巻の演出だった。猫又のそれとは比較にならない。ユメジはまるでロックスターでも見ているように、アドロに目を奪われていた。
「初めての方もおられると思いますので、趣旨をご説明いたします。当イベントは、我が校の生徒の中より犯人役と被害者役を選任し、その役を演じるものでございます。参加の権利は、市民の皆様と生徒諸君全員にございます。一番先に犯人役の生徒を特定した唯一名を『覇者』と認定し、栄誉と特典が与えられます」
不思議な感覚だった。彼女の声に呼応するように、ユメジの胸の奥が熱を帯びていくのだ。
会場の興奮はさらに高まっていく。アドロは静止するように、軽く手を挙げた。
「今年も仏土市長および市議会の賛同を賜りました。市民の方より覇者が出た場合は、その世帯の年間住民税に相当する補助が支給されます。生徒より覇者が出た場合は、今年度の処分免責権を、覇者が現れなかった場合には、犯人役と被害者役の生徒に処分免責権が与えられます」
体育館が決戦前の鬨のような雄たけびで震えた。
「期限は一週間後の日曜日の正午まで。生徒会室に投函所を開設いたしますので、犯人の氏名と殺害方法を記入して投函してくだい。投函は一回のみといたします。したがいまして、一週間の期限を待たず、正解者が出た時点でイベントは終了となります。皆様ふるってご参加をお願いいたします」
アドロはステージ中央から左側へ移動した。
スポットライトが消された次の瞬間、スクリーンに文字が映し出された。
≪それでは、ミステリーの始まりです≫
次にスポットライトに照らされたのは、舞台の右側に登場した閑院だった。
「ここからは、わたくし副生徒会長の閑院が進行を務めさせていただきます」
爽やかな笑みを浮かべてパチンと指を鳴らすと、スクリーンの文字が現場写真に切り替わった。
洞窟に風が吹き込むような、ゴオという不気味などよめきが広がる。
校舎の一室と思われる教室の写真だった。
角度を変えて四枚に分割表示されている。
ピアノや楽器、壁に音楽家の肖像画が並んでいるところをみると、音楽室だろう。
しかし、今は使われていないのか、楽器は錆びたロッカーなどと一緒に無造作に壁際に押しやられている。
机と椅子は教室後方の三分の一ほどスペースにまとめ置かれ、残りのスペースがガランと空いていた。
それだけなら、どよめきも収まっただろう。
四分割された右下の写真に、うつ伏せに倒れている女性の姿があったのだ。
スクリーンがその写真一枚の拡大表示に切り替わる。
女性は、旧音楽室の空いたスペースの床に倒れていた。体操服姿で上は半袖、下は長ズボンである。
顔は髪の毛で鼻先しか見えないが、明るく染めた髪がウェーブを巻いて腰のあたりまで伸びている。
派手な女性なのだろう。半袖の体操服から覗いた二の腕は褐色に日焼けしていた。
しかし何の因果か、腹部のあたりにできた血だまりによって、体操服とその髪の先端が、さらに赤く染まっているのである。
演技だとわかっているが、ユメジは背筋に冷たいものを感じた。
死体の存在感とでもいうのか、顔が見えないことが余計に想像力を掻きたてる。
日中の写真ではない。月光が差し込んでいるのだろうか。全体が優しい光に包まれていた。
その写真を見て、ユメジは美しいとさえ思った。
だが、ここで呆けてはいられない。
目を凝らしてスクリーンを眺めた。
血だまりから少し離れた床には、刃渡り20センチほどのナイフが落ちている。これが凶器だろう。
それよりも目を引くのは、鼻先から少しの距離で、人差し指だけを伸ばした状態で固まっている右手だった。自身の血で床に文字を書いているのだ。
『TAMAR』――と読める。
Rの最後は途中で力尽きたように線が乱れ、血の筋が人差し指まで細く伸びている。まさにダイイングメッセージということだろう。
左手は頭上に真っすぐ伸び、何かを掴もうとしたような拳が、今は床に触れたまま力なくほどけていた。
ほかにはこれといって特筆すべき点は見当たらなかった。
体操服に乱れた様子はないし、ズボンの両裾を少しだけまくり上げているが、靴もランニングシューズを履いている。
強いて言えば、女性のスタイルが抜群なことか。まあ、さすがに関係ないだろう。
閑院が頃合いをみて説明を始める。
「現場は校舎三階の旧音楽室。撮影時刻は本日午後八時ちょうどです。死亡したのはビオトープ部の部員ピンキー氏、三十二歳。当然ながら、実際に死亡しているわけではありません。演技でございます。ピンキー氏本人はイベント終了までの間、隔離させていただく了承を得ており、死亡したものとお考えください。現時点での説明は、以上になります」
閑院は深々とお辞儀をした。
――は?
ユメジは唖然として固まった。
以上?いやいや、それだけの説明でわかるわけないだろう…。
ユメジは周囲の反応を見た。
しかし、ざわついているものの、多くはそれに不満を感じている様子はなかった。
本当に閑院の説明は以上だった。スポットライトがアドロに切り替わったからだ。
アドロは観衆の反応に満足したのか、微笑を浮かべながら、また軽く両手を広げた。
「今回もイベントの模様を『仏土いきいきテレビ』で放送していただくことになっております。生徒の皆さんには、Movitoにて現場写真を配信いたします。情報は公平に入手できるよう配慮いたしますので、ご安心ください。これより現場となった旧音楽室は閉鎖とし、鑑識の捜査が入ります。仏土警察署の全面協力のもと、警察OBの方の指揮によって実際に鑑識捜査が行われます。明日、午前九時に会見を開き、鑑識結果を発表いたします」
ここでアドロが間をおくと、館内が大きくどよめいた。
(実際の鑑識捜査だって?明日、会見?)
ユメジも身を乗り出すようにして耳を傾けていた。
想像していた以上のスケールとスリリングな展開に、心を奪われていたのだ。
「なお、犯人役は一部の人間、わたくしと副会長のみが承知しております。鑑識の皆様も犯人役を知り得ておりません。そこで、死亡推定時刻を正確なものとするため、本日のピンキー氏の写真または映像をお持ちの方は、Movitoで生徒会までお送りくださいますよう皆様にお願いいたします。また、監視カメラの映像も警察に提供させていただきますので、ご了承願います。
次に留意事項ですが、犯人役となる生徒には事前に生徒会から極秘裏に通達し、承諾を得ております。その性質上、私と閑院は犯人役ではないことを申し添えます。以上でございます。それでは、明日の会見をお待ちください」
アドロと閑院が同時にお辞儀をした。呼応するように幕が下りてきた。
――え?終わり?
と思ううちに、二人の姿は幕の向こうに消えていた。
あっという間のセレモニーだった。
先ほどまでの歓声が嘘のように、体育館には静かな拍手が起こっただけだった。
やがて、その拍手も消えると、今度は無数の囁き声が広がっていたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
いよいよミステリーが始まります。けっこう本格的にミステリーしますので、お楽しみに。
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