第19話 模擬店巡り
そうめん流しは大盛況だった。
息つく暇もないほど、次から次へお客が入ってくる。
シャロンが茹でても茹でても追いつかないし、ギンブナはフラフラしながら、ひらすらそうめんを流していた。
部長とコノハは食器の上げ下げや会計に大忙し。ユメジは水量の調整と、受けザルに溜まった取り残しのそうめんの処理を行っていた。
「よその部も見に行きたいっすね」
ユメジが言うと、ギンブナは舌打ちした。
「君のせいだぞ」
「え?」
「忙しすぎるんだよ、クソが」
(こいつ…)
仕方がない。自分の発案だ。ユメジはそう言い聞かせて、我慢するしかなかった。
しかしこれでは、まりんに教えてやることができないなと思っていると、お客の中に手を挙げる者があった。
「遊びに来たぜ、ユメジ~」
アイエルだった。どうやら客として来たらしい。
「いいなあ。シネマ部は忙しくないのかよ?」
「まあ、人数がいるからな。交代で時間もらったんだよ。やらせてもらっていいか?」
「うらやましいね。やってみなよ。難易度はMAXでいいだろ?」
アイエルは指でOKと示した。
ユメジが水量を上げると、ギンブナがそうめんをほぐしながら顔を寄せてきた。
「知り合いかね?」
「ええ。同期でシネマ部のアイエルです。悪いやつじゃないですよ」
「上級とは面白い。足踏み式ジャンプ台を解禁しようじゃないか。ククク…」
ギンブナは、げっそりして窪んできた瞳に光を宿した。その瞳がユメジに向くと、ユメジは水量を最大にした。
(大丈夫かな…この人)
そう思うや否や、ギンブナはそうめんを放った。
「行けっ、リトルボーイ」
激流に乗ってそうめんが加速していく。
アイエルは驚く様子もなく、まだ箸をカップの上に置いたまま見ている。
次第にトルネードスピンから高速のジャイロ回転に変わる。さすがに掴めまい。そう思った刹那。
アイエルは箸を水に立て、巧みにそうめんをこそぎ取ってしまった。
しかも、「うまいね」と親指を立てる余裕ぶりだ。
そんなアイエルに呆然としながらも、まだジャンプ装置があったことを思い出す。
取り残しのそうめんが折り返して戻ってくる。次はマグレなど起こらない。
アイエルが箸を入れるタイミングで、ギンブナがフットスイッチを踏む。
そうめんが5cmほど宙に舞い――勝った、と思ったその瞬間。
「おっと、面白い仕掛けだ」
なんと、箸を水の進行方向に戻しながら空中でキャッチしたのだ。
(何者だ、こいつは…)
おそらくギンブナもユメジと同じことを思ったのだろう。
ギャラリーの拍手に答えるように「負けたよ」と、意味不明な敗北宣言をしていた。
それを見ていた猫又部長とコノハも近寄ってきて、アイエルは一気に未定研究部の有名人になったのだった。
そして、どういう話の流れなのか「面白そうだから」と彼が手伝ってくれることになり、ユメジは『お暇』をいただけることとなった。
この男が救世主になるとは思いもしなかったが、願ってもない話が舞い込んできたのである。
「まあ、手伝ってやるから、一時間くらいで帰ってこいよ。うちの部に行ってみな」
シャロンはひたすらめんを茹でていたが、やり取りは見ていたらしく、『行け』と手でジェスチャーした。
とうわけで、ユメジは嬉々として校舎に駆けていったのだった。
時間が限られるので、シネマ部と同じ階でやっているサバゲー部の『射的』に行ってみることにした。
大勢並んでいたらシネマ部だけにしよう。そう思っていたが、客は少なかった。
理由はすぐに分かった。縁日のそれとは雰囲気がまったく違ったからだ。
まず、距離が教室いっぱいにとってある。衝撃と破損防止のためか、体育用のマットが壁に立てかけてあり、木材やダンボールなどで街が再現されている。ビルの中や建物の隙間から『的』の人形が出てくる仕掛けだ。
ただし、ビルや公園には血のりが散乱し、壁に立てかけられた体育用のマットにも血しぶきが飛び散っていた。
つまり、射的ではなく『狙撃』だったのだ。
プレイ対象をR15に指定すべきだろう。しかし、今そんなことはどうでもいい。
最初に銃を選ぶ。提示されたのは、『マクミランTAC-50』『アーマライトM16』『カラシニコフAK-47』の三つだった。
まったくわからないので、漫画で名前を知っているアーマライトM16を選ぶ。
すると、部員が操作方法を説明してくれる。なぜか説明を聞くうちに本物の銃のように思えてきた。
そして、地面(教室の床)にうつ伏せにされて狙撃体制になった。ひんやりとした床の冷たさが妙にリアルだ。
隣にはユメジと同じお客がいた。私服を着た四十代くらいの女性だ。
「こんにちは」と言える体制ではないので、お互いニコリとしただけだった。
「始めます」と部員が告げた。
妙なBGMが流れる。重低音が一音だけ「ジー、ジー」と鳴っている。
的の人形が現れてきた。あまり精巧ではないが人間だ。ビルの窓や道路に現れては隠れる。
「頭を狙撃してください」と説明を受けている。
ユメジはスコープを除いて、道路で左右に動いているギャル男の頭部に狙いをつけた。見るだけでイラつく顔をしている。
死んで当然…おっと、狙いやすい特徴のある男だ。
肘が痛くなるまで狙いすまして引き金を引く。
しかし、BB弾はギャル男にかすりもしなかった。
もう一度と思った時、隣の女性が「キャッ」と声を上げた。
顔を上げてみると、女性は驚いて口に両手を当てていた。だが、思いついたように狙撃体制に戻り、即座に打ち始めた。
ユメジもスコープを除く。ベンチの老人が血まみれになっている。次にギャル男をスコープで捉えた瞬間、彼の頭から血が吹き出した。
ギャル男は力なく路上に倒れた。頭を打ちぬくと血のりが破裂する仕掛けになっていたのだ。
何というおぞましさ。女性は一心不乱に打ち続けた。
家庭のストレスが溜まっているのだろうか。人間の本性を見たのかもしれない。
ユメジはライフルを部員に返却した。
すでに三十分が経過していた。急いで、シネマ部の『お化け屋敷』に向かう。
シネマ部は内部のドアで通じ合っている二つの教室と、控室用にもう一つの教室を占有していた。
お化け屋敷は教室二つ分だ。ただ、装飾やセットは思っていたよりも凝った作りではなかった。
ゾンビのメイクをした生徒からの説明によると、VRゴーグルを装着して体験する形式のようだ。
映像と教室の構造をリンクさせているので、ゴーグルを装着したまま歩けるとのこと。さすがシネマ部。
「行ってらっしゃいませ」と、ゾンビが教室のドアを開ける。
そろりと足を踏み入れると、ゴーグルから風の音が鳴った。実際に湿っぽい風が吹きつけてくる感覚がある。
見えているのは、荒れ果てた廃校の牢獄だった。
ゾンビたちが鉄格子から手を伸ばして、呻き声をあげている。事前に撮影した映像を組み込んでいるのだろう。
進んでいくと、床や天井からゾンビや霊が現れて視界に飛び込んでくる。体内に入り込まれたような感覚だ。
一人で来るんじゃなかったと後悔しても遅かった。
何度も絶叫し、もうそろそろ終わりかと思った頃、急に視界が開けて音楽室らしき部屋の中心に立っていた。
壁面の音楽家の肖像画から複数の火の玉が飛び出し、ゆらゆらと近づいてくる。
それらが重なって巫女の姿に変化した。と同時に、地鳴りのような轟音が鳴り響く。
巫女が刀を抜くと、刀身に炎が宿っていた。
その巫女は、コマチだった。
「悪霊め…地獄に舞い戻るがいい」
コマチはいつかの映画で見たように、詠唱をはじめ、前傾姿勢になった。
次の瞬間、ドンという音とともに消え、瞬きすると彼女の顔が目前にあった。赤い閃光に目がくらみ、視界が揺れる。本当に身体が倒れていくようだ。
見えているのは自分の足なのだろうか。その向こうで、刀を鞘に納めるコマチの姿が見えた。
(そうか、俺が悪霊だったのね…)
「ハイ、おしまいでーす!」
ゴーグルを外されると、汗が頬を伝った。
とんでもないお化け屋敷だった。よくぞまあ、三百円で体験できたものだ。
あとでアイエルに聞いたところによると、器材はシネマ部にあるものを使い、技術者も多いので、コストは十万円程度ということだ。さすがシネマ部。今年も一位は確定だろう。
純粋な感動と膝の震えで少し時間を超過したが、職場に戻ってみると、「おかえり」と声をかけたのは
山部社長とレンジャーの二人だった。
来たばかりなのか、なかなか掴めず苦戦中のようだ。
「中級でこのレベルかよ~」と青レンジャーが呆れたように言うと、「さすがにやりすぎたかなぁ」と山部社長が苦笑いした。
「おっさんには、お礼しとかないとな。タダで食べてもらえよ。ガキどもは別な」
どこからともなくシャロンが現れて、猫又にクギを刺した。
髪をポニーテールのように束ねて、制服にエプロンを重ねている。腕組みをしているが、雰囲気の違う姿にユメジは見惚れていた。
「で、どうだったよ?」
「え?あ…射的とお化け屋敷に行ってきました。ヤバいのはお化け屋敷っすね。マジでレベチです」
「だろうな。私も行ってこようかな」
「行けそうなんですか?」
「ああ、今あいつにやらせてるから」
シャロンの視線の先で、一心不乱にめんを茹でていたのはアイエルだった。
ユメジの声も耳に入らない様子で、背中が何かを物語っている。
「おい!アイエル」
その背中を叩くと、下痢のようにやつれた顔で振り向いた。
「おい、どうした?大丈夫か?」
「おせーよ…何なんだ、この部はよぉ」
「何があった?」
「ひと通り、全部やらされた…みんな休憩するって、ワンオペでさせられてんだよ」
なんて容赦のない仕打ちを。これが雑魚部の本性か。
さすがにアイエルに同情する。
「お前、もう帰っていいぞ。ご苦労さん」
シャロンがそっけなく言うと、アイエルは魂が抜けたような顔で、フラつきながら帰っていった。
すれ違いざまに「炊飯器」と呟いた。おそらく「ジャー」という精一杯のギャグだろう。
さようなら、アイエル。
最後までお読みいただきありがとうございます。
大人がガチで模擬てやったらどうなるか?そんな妄想を膨らませて書きました。
ご感想などお気軽にお願いします。




