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第18話 文化祭開幕

十月二十日。

校庭の屋外時計が正午を告げると、裏山の頂上あたりから、ドーンと花火が打ちあがった。

花火といっても音だけの号砲だが、続けて三発の轟音が鳴り響いた。


よく見ると、パラシュートが舞い降りてくる。今どきパラシュート花火とは珍しい。

そういえば昔、夏祭りの当日に同じような号砲花火が上がっていた。落ちてきたパラシュートを掴んだことこともあったっけ。

ふわふわと風に流されながら、麓の街まで向かいそうなパラシュートを見て、ユメジは思った。


しかし、そんな思考はすぐにかき消された。

校門から怒涛(どとう)の羊のように群衆がなだれ込んできたのだ。


「いらっしゃいませ!」


校庭に展開された各部の模擬店から、威勢のいい声が飛び交う。


「ここは戦場になる。お間たち、覚悟しておけ」


ギンブナが意味不明なリーダー風を吹かせていたが、確かに来場者はとんでもない数だった。

基本的に学園には誰でも出入りが可能になっている。そのため、校門や入り口となる場所には監視カメラが設置され、生徒は顔を、市民はパスの有無をAIが自動判定している。

市民パスの携行が認められない場合には、校内放送で『不審者あり』の警報が鳴るシステムになっているのだ。

それを市民は知っているから、皆パスを首からぶら下げている。


つまり、学園の敷地には防犯カメラが至る所に設置されているわけだ。

大人の学園だけに閉門時間などないし、管理人が常駐しているわけでもない。委託を受けたワイナテック社が、防犯カメラとパスの発行を管理しているそうだが、二十四時間出入り自由なのだから、当然といえば当然の措置だろう。

ただし、校舎の中や部室の中には設置されていないらしい。何年か前に生徒会で論争があったそうだ。


ちなみに、この不審者アラートをユメジは一度経験している。

講座部の授業に参加する男性市民が、パスを車に忘れたまま校門を通過したのだ。

瞬時に各自のMovito(モビト)へ通知があった。これは写真付きだ。おかげで男性は事なきを得たのだが、パスが確認されるまで、一分おきにアラートが通知される。その日は五回アラートが鳴った。

同一人物が何度もこれをすると、パスの停止処分を受けるらしい。校則に規定はないので、ワイナテック社に一任されているというが、実際に停止された事例はないそうだ。

いずれにしても、市民はパスをマイナンバーカード並みに大事にしてくれているというわけだ。


とはいえ、今日は勝手が違う。千人単位の来場者数となると、さすがにパスを忘れる人間が出てくる。

そこで、今日だけは校門までのルートに関所を設置して、入場前に認証を行っている。つまり、アラートが鳴る心配はほぼないというわけだ。

そのうえ、市内の警備会社から誘導員の派遣があり、警察官も巡回に加わる。

まさに学園の文化祭は、仏土市の一大イベントなのである。


先頭を切るのは、やはり子どもたちだ。パスを揺らしながら、子どもたちが我先に駆けてくる。

まず吸い込まれていくのは、一等地を確保した新聞部の『焼き芋屋』や、パフォーマンス重視の雑煮倶楽部の『餅つき体験コーナー』だ。

遅れて大人が子どもを放置して、生カラオケ部の『ビアガーデン』に捕獲されていく。

我が未定研究部の竹細工は、それら大通りに面した店に隠れて見えにくい。隠れ家的なお店になっている。

それでも徐々に群衆が広がっていくと、冒険好きな子どもたちによって発見されるという算段だ。


「うわっ!スゲーのがあるぞ!」

「なんだよ?ヤッバぁ」


という具合にガキ――いえ、お客様が騒ぎ出す。


「おい、猫又ぁ。これ何?」


三人連れの子どもたちが馴れ馴れしく部長に話しかけてくる。

そういえば、昨年のミステリーウィークの犯人役だったとか、山部社長が言っていた。意外にも有名人らしい。


「説明しよう」


そう言ってギンブナが立ちはだかると、子どもたちはたじろいだ。

ギンブナの不気味なオーラを察知したのだろう。どうやら、彼の顔は知られていないらしい。


「これは、そうめん流しのスペシャルスライダーだ。やったことあるか?」

「そうめん流しぃ?」

「ない!やりたい!」


三人連れはたちまち興味を示し、飛び跳ねるようにして手を挙げている。


「うむ。一人二百円なり。ホレ」


この接客態度でよくもまあと思うが、子どもの好奇心を刺激するには正解なのかもしれない。

ギンブナは子どもたちから二百円ずつ徴収し、めんつゆの入ったカップと割りばしを配った。

原価は食材と食器だけで三万円程度だった。二百円でも150人で元が取れる。


当然ながら、生徒会に収支報告書を提出しなければならない。

新聞部も不正に目を光らせている。各部の売上が公開されることはないが、赤字も暴利も許されない。

つまり、適正価格が二百円だとすれば、最低でも150人を捌く必要があるのだ。


子どもたちは思い思いの場所に陣取り、目を輝かせながら態勢を整えていた。

箸を入れる角度をイメージしている者、勾配の上から流れに沿って箸を入れようとする者、クナイのように箸を掴んで刺そうとしている者、どうやら面白いトリオのようだ。


「初級、中級、上級があるが、どれにするかね?」


ギンブナが問うと、「上級!上級!」と口を揃えて答えた。ユメジは吹き出しそうになった。

――残念だったな。上級は俺らでも掴めないんだよ。


大人の本気を舐めていると、痛い目に合うことを教えてやる。上級コースは水量がMAXだ。

シャロンがそうめんを入れたザルを持ち、合図を待っている。


「おいおい、あのオバちゃんが流すのかよ。しかも素手でよぉ。そっちのお姉ちゃんがいいよな?」

「お姉ちゃんがいい!」


情け容赦ない言葉に、シャロンの顔に影が差す。手がわずかに震えているようだ。

子どもは思ったことを口にする。なんと恐ろしいことか。しかし、その思いとは裏腹にユメジの口角が上がっていく。


「これが掴めたら、お姉ちゃんに変わってやんよ」


シャロンの目が赤く光った気がした。そう言うと、合図も待たずに、そうめんを流し始めた。

水流に乗って、そうめんが『だま』のまま勢いよく流れていく。

一人目の子どもが箸を伸ばす直前でトルネードスピンがかかり、メッシのドリブルように箸をすり抜けていく。

二人目、三人目とかわす。

だが、そうめんは上の竹から下の竹に『鹿威し』で折り返してくる。

再度トライ。三人が一斉に掴みかかった。

しかし、今度はギンブナが仕掛けた足踏み式のジャンプ台によって、そうめんが5センチほど宙を舞った。

子どもたちは箸を地面に投げつけた。


「ふざけんな!難しすぎだろっ!」


クックックと、シャロンが容赦ない笑いを浴びせる。


「どうやらイキってるだけのようだな?初級のお子様コースに変えてやろうか?」


三人はプルプルと体を揺らしながら悔しがった。


「うう…ぐっ、雑魚部がぁ…」

「おい、キョウゴ、難易度落としてもらおうぜ。取れるわけねーよ」

「く…じゃあ、中級にしてくれよ」


キョウゴという少年は涙目で言った。じつにいい根性をしている。


「気に入った。特別にコノハに代わってやるよ」


シャロンの合図で、ユメジは水量を落とした。


「じゃあ、初級コースで優しくいきますねっ」


コノハがそうめんをバラケさせながら優しく流す。善意で言ったのだろうが、子どもらは歯ぎしりしていた。

しかし、今度は掴めた。すると、たちまち子どもらしい笑顔になってはしゃいだのだった。


「う、うめぇ!」

「ウメーぞ、コレ!」


よほど嬉しかったのだろう。もう一回!もう一回!とコノハにおねだりして、口いっぱいにそうめんを詰め込んでいる。

気がつくと、周りに大勢の人だかりができていた。

計算どおり。子どもに居座られるのが一番困るのだが、そろそろ頃合いか。さっさと次へ行ってもらおう。

ギンブナがお盆を差し出すと、子どもたちは嫌がる様子もなく、カップと箸を置いた。


「まあまあだったな」


キョウゴたちは満足そうに去っていったのだった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

高校の文化祭で模擬店なんてできたら楽しかっただろうなと思って書きました。

ご感想などお待ちしています。

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