第15話 アドロの一声
「野球拳?」
まりんは、アニメのようなジト目で間野を見つめた。
「お…おう。それならママの胸も確認できるかもしれないだろ?盛り上がるし、一石二鳥だと思って…」
「いかがわしいですねェ、ステージでそんなこと」
「いやいや、そこまで脱がないよ。半透明のアクリル板で見えなくするし、水着で問題ないんだよ。持ち時間は15分だから、時間調整できるしな。そのドサクサで確認できればいいんだから」
「やけに早口で説明しますね。練習したみたいに」
「わかったから、その目をやめろ」
まりんは子どもらしからぬ溜め息をついて、新しく借りてきたシネマ部のDVDケースを開いた。
「でも、よくママがOKしましたね。そんなこと」
「ママとコノハちゃんは釣りだよ。観客全員とじゃんけんなんかできないだろ?部員同士でやるわけさ。ヤラセだよ、ヤラセ。一枚か二枚脱いだらそれでタイムオーバーって段取りだ」
「なるほど。間野さんも、だんだん悪知恵が働くようになったんですね」
すでに興味を無くしたのか、まりんはDVDケースの写真に笑みを浮かべながら、中身をプレイヤーにセットした。
「しかし、不思議なのは生徒会のほうだったらしい」
間野がそう言うと、まりんの手が止まった。
「というと?」
「いや、部長がみんな思ってたより早く帰って来たんだよ。で、どうだったって聞いたら、模擬店は時間がかかったけど、ステージは鶴の一声で決まったって」
「ツル?」
まりんは首を傾げた。意味がわからなかったのかもしれない。
「生徒会長のアドロだよ。今回はなぜか、ステージの選抜が仕組まれてたって部長が言ってたんだ」
***
各部の希望が出揃ったところで、猫又は手ごたえを感じていた。
どの部とも重複しなかったからだ。当然だ。どこも『野球拳』など、持ってくるわけがない。
問題は生徒会長だ。明らかに品位のかけらもないショーになる。それをどう判断されるか。
「では、各部から希望をいただいたところで、私から提案があります」
だから、この発言は意外だった。選抜のための議論に進むと思っていたからだ。
「幸い皆さんの中で重複はありませんでした。従来なら重複の片方を脱落とし、委員でない部を繰り上げておりましたが、初めて公平に選定できることになりそうです。というのも、私がここにいない部の部長から、ステージの希望を預かっているからです。それを含めて重複はありませんでした」
全員、水打ったように静かになった。疲れているせいもあるが、何を言っているのか理解できなかった。
「よろしいですか?」
静寂の中、新聞部のヤツメ部長が手を挙げた。
「どうぞ」
「つまり、我々が希望を出す前に、すでにヴァルザーやクフオーたちから希望を聞いていたということですか?」
「そのとおりです」
アドロは平然と答えた。
「その意図はこれから説明されるのでしょうが、なぜ、ステージに限って公平性を持ち出されたのです?模擬店では聞いていないということですよね?」
さすがは新聞記者。恐れなど微塵もない。
しかし、アドロも顔色一つ変えなかった。
「もちろん説明いたします。ただ、今回は生徒会の意思で選抜させていただきたいのです。公平性を持ち出したのは、あくまで発表用の建前に過ぎません。本当の理由は、今年も文化祭のあとに、私ども生徒会主催のミステリーウィークを企画しているからです。当然、その承認もいただく必要がありますが、成功のためにはステージをすべての部から選ぶ必要があるのです」
今度はヤツメも顔色を変えなかった。この女も相当な実力者だ。
「それはオフレコですか?つまり、会長が意図的に選ぶということですよね?」
「書いてもよろしいが、どう書かれるおつもりか?」
アドロは女王のような口調になって、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「生徒会が密室会議をやめて、公平な仕組みに戻したとでも?」
しばらく二人の女は冷たい視線を戦わせていたが、ここはアドロが素直に折れた。
「というのが建前ですよ。ぶっちゃけますと、ミステリーのトリックに必要になるんです。どこの部か言ってしまうと、ねぇ。ミステリーが意味を成しませんから、全体から選ぶという形にさせていただきたいのですよ」
アドロは頭を下げた。
猫又は、彼女が生徒個人に頭を下げている姿を初めて見た。
――それで、どうする?
この中に猫又が相談できる人間はいない。反対してみたところでメリットもないだろうが、誰もがけん制し合って場がざわつくだけだった。
すると、またヤツメが口を開いた。
「では、多数決で決めればよろしいでしょう。まあ聞かずともわかりますが、八つの部は、会長が『抽選』で選ぶということですね?」
アドロは「はい」と笑って答えた。
「わかりました。では、公平にお願いしますよ。そのように記事にしておきましょう。ついでに、模擬店のほうもね」
話はまとまったようだ。
もはや口をはさむ意味もない。それでは…と閑院が採決の音頭をとる。
ヤツメの言う『公平』とは、漏れた部に対する見返りということだろう。そう理解するほかない。
参加者はアドロと閑院を除く十名。満場一致でアドロに一任されたのだった。
***
DVDは自動再生されず、メニュー画面で停止していた。
まりんは大好きなコマチの映画の再生を忘れるほど、間野の話に引き込まれていたようだ。
「ミステリーウィークぅ~?」と目を輝かせ、それは何だとしつこく聞いてきた。
「よくわからないけど、去年から始まった生徒会主催のイベントらしい。文化祭の直後に、生徒会長が開始を宣言するんだって。後夜祭みたいなもんかと思ってたけど、全然違うみたいだな」
「へぇ~、どんな?どんな?」
まりんの子どもらしい反応がたまらない。こういう時だけは子犬のようにかわいい。
「生徒の誰かが死んで、誰かが犯人になるんだって。まあ、そういう演技をするらしいんだけど、市民も参加する大犯人探しだってさ。一週間の期間があって、なかなかレベル高いらしくてさ。市内のケーブルテレビで特集までされるみたいなんだ」
「凄い凄い~!文化祭にミステリーウィークなんて羨ましすぎますよ~」
「確かにな。じつは俺も楽しみになってきた」
そうは言ったが、さすがにまりんがかわいそうに思えてきた。連れて行ってやれたら、どれだけ喜ぶことか。
二千人も来るイベントなら、こっそり連れて行ってもわからないかもしれないが、リスクは負いたくない。だから学園のことは、できるだけ話してやらねばと思う。
「それでな、ステージはこんな感じになったんだ」
間野は、また紙に書いて起こしてやった。
≪ステージの部≫
18:00~18:15 未定研究部…野球拳
18:15~18:30 フットサル部…ブレイキングダンス
18:30~18:45 シネマ部…短編舞台劇
18:45~19:00 ゴムベースボール部…ラップバトル
19:00~19:15 雑煮倶楽部…餅投げ
19:15~19:30 儀式体験部…悪魔召喚儀式
19:30~19:45 社交ダンス部…全員社交ダンス
19:45~20:00 生カラオケ部…アニソンライブ
「部長の話から察するに、雑煮倶楽部と社交ダンス部が生徒会に入ってないから、どっちかが、ミステリーウィークに関係してくるってことかな?」
まりんは紙を眺めながら、「どうでしょうねぇ」と想像を楽しんでいるようだったが、視線を間野に向けると、やはりらしさを発揮してきた。
「そんな単純じゃないかもしれませんよ。生徒会長はコマチちゃんも憧れているほど凄い人ですから」
「え?でそんなこと知ってんだ?」
「何でわからないんですか?」
まりんは父親が乗り移ったような詰め方で返してきた。
「いや…」
「こないだ借りてきてくれた『隣のイケオジに聖女だと教えられた件』の円盤特典に書いてありましたよ。コマチちゃんが尊敬する人はアドロ会長だって。好きなタイプもアドロ会長って言ってますし」
「そうか…」
間野は頭を掻いた。よくわからん。
「まあ、アドロが切れ者ってことは間違いないだろうけどな。逆に特定の部を外したかったのかもしれないな」
「それに順番にも意味があるかもしれませんよ。まあ、イベントが始まらないと何もわかりませんね」
そう言うと、我慢の限界がきたのか、止まっているテレビ画面を再生したのだった。
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模擬店とステージが決まりました。文化祭がスタートします。
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