第14話 あぶないゲーム
「触ってみてくれ」
ギンブナは自分の両手に餅を乗せ、いつになく真剣な顔でユメジに迫った。
(何を言ってるんだ、この人は?)
ユメジはそう思いつつ、意見するのも面倒なので、グイと指を押し当てると、クレーターのように凹みができた。
すると、ギンブナは不気味に薄笑いを浮かべて、全員を見回した。
「今朝ついたと言っていたから、このとおり、まだ固まっていない。そこでひとつゲームを提案したい」
「ゲーム?」
コノハが首を傾げる。
「うむ。この餅を、シャロン君のおっぱいと同じ柔らかさにするというゲームだ」
「………」
数秒間、餅ではなく人のほうが固まった。
突然、意味不明なこと言いだした副部長だが、その発言とは裏腹に、顔から笑みを消していた。
さすがに呆れるほかなかったが、ユメジは気づいた。
これはチャンス――いや、ミッションであると。シャロンの胸に関することなら、致し方ないことなのだ。ユメジは密かに親指を立てた。
「は?急に何言ってんだよ。ふざけんな」
シャロンは当然ながら嫌悪感を示す。コノハも顔を赤らめている。
セクハラは校則に抵触しないのだろうか?
「部長は不在である。然らば部の活動ではない。ただの暇つぶしなんだが、どうかね?」
副部長も引かない。
「だから、意味わかんねーんだよ。もっとマシなこと考えろ」
シャロンはそっぽを向いたが、ユメジは援護射撃に入った。
「面白いですね」
するとシャロンは驚いたのか、少し慌てたようだった。
「お前まで、何言ってんだよ」
「別に、『見せて』と言ってるわけじゃないですよね?固さだけの物理的な問題ですから、暇つぶしには十分かと」
「バカなのか?お前も。だいたい、どうやって証明すんだよ」
「フフフ…」とギンブナは、ここで得意げに笑って、餅をテーブルに置いた。
プルンとした餅が、妙に生々しく見える。
「僕が直に触って確かめるのが一番手っ取り早いのだが、さすがにそこまでやらない。ちょうど適正サイズに四等分できそうだから、全員でチャレンジしてもらおう。判定はシャロン君自身がするのだ。自分のおっぱいと餅を比較してくれればいい。どうだ?」
シャロンは考えているようだった。
ユメジはようやく理解した。なぜギンブナがこんな余興を始めたのかを。
(これは布石。もう逃げられないんだよ。シャロンさん)
***
学園には時計がない。教室にも会議室にも。
時間の使い方は、部や個人の自由というのがこの学園のポリシーだからだ。
唯一あるのは、校門をくぐってすぐ、校舎との間にあるポール型の屋外時計だけだ。
その時計が、一時間ごとに「ゴーン」と時を刻む。その音を何度聞いただろう。
猫又は、空腹と睡魔に耐えながら、閑院が書き込んでいくホワイトボードを見つめていた。
なんとか模擬店の権利は得た。が、区画は新聞部と争うことになり、負けた。
ガチンコの討論はやや劣勢だったが、多数決にまで持ち込んだ自分を褒めてやりたいし、褒めてほしい。
多数決になった時点で負けだった。雑魚部に肩入れして、新聞部を敵に回すマヌケはいない。圧倒的大差で負けたわけである。
それからまた他の部とかち合って、結局、校舎脇の手洗い場の近くになった。
ただ、これもよく考えたら、そうめん流しには最適だったのではないか。
まあ、目立つ場所ではないので、客の入りは少ないかもしれないのだが。
これが日米交渉なら、及第点として一定の評価を受けることだろう。
とにかく残りはステージの権利だ。
「では、ステージの部に移ります」
閑院は、決定事項を記したホワイトボードを裏返した。
「発表を希望する部は、ありますか?」
アドロが問うと、全員が手を挙げた。
――だろうな。
猫又は眼鏡を押し上げる。
「では、ステージについて各部の希望をお願いします」
もう何度、繰り返されたことか。意識が朦朧としている。しかし、これは部の存続をかけた勝負だ。
猫又は、かわいい部員たちの顔を思い浮かべながら、最後の気合を入れた。
「未定研究部は…野球拳です」
また少し、議場がざわついた。
***
テーブルの上に、餅入りの皿が四つ並べられた。
誰が茹でた餅かわからないように、シャッフルして名前の札を伏せてある。
「さあ早く。どんどん固くなってしまうぞ。いまがベストの柔らかさなのだ」
ギンブナが偉そうに言うと、シャロンは舌打ちした。
「主観でいいんだな?」
ギンブナは頷きながら、ゴム手袋を差し出す。熱くて触れないからだ。
「ただし、右手だけだ」
「は?」
「左手は自分の胸に当て、右手で餅を触るのだ」
ギンブナの表情は真剣そのものだった。
シャロンは顔を歪めた。心の声が聞こえてきそうだ。だが、ユメジはギンブナを心から応援している。
「ところで…一位には、特典があるのか?」
シャロンが覚悟を決めたように言うと、ギンブナは薄笑いを浮かべて、目を伏せた。
「そいつに実物を触らせてやれよ」
「アブねーもんでもやってんのか、テメェ。嫌に決まってんだろ。じゃあ、提案してやる。一位になったやつは、副部長の顔に餅をぶつけてやれ」
「な…」
ギンブナはここにきて、慌て始めた。
「ま、待てっ!それは、神への冒涜になるっ」
「うるせえ!」
シャロンはギンブナを押しのけ、オペ室に入る医者のように右手にグイっと手袋をはめた。
「やってやろうじゃねーか」
左手が制服の下に潜っていく。体をくねらせながら胸に到達したようだ。じつになまめかしい。
次に右手が餅に伸びていった。手袋をしているが、餅を触るその右手を見ていると、なんとも言えない気持ちになった。
「よし」と言って、シャロンは答えを出した。手袋から雫が滴り落ちる。
「これだ」と指差したのは、一番右の餅だった。
コノハが顔を強張らせながら、伏せられた紙を裏返す。そこに記されていたのは、『シャロン』の文字だった。
「ま…待ってくれ!不正じゃ…審議を…」
ギンブナは大いに慌て、慈悲を乞うた。
「不正じゃ…」
「無駄ァァーッ!」
シャロンは右手で餅をつかむと、勢いよくギンブナの顔に押し付けた。
それから先は、大騒ぎだった。ギンブナはのたうち回り、シャロンとコノハは腹を抱えて笑った。
だが、二人は気づいていなかった。ギンブナが仕掛けた巧妙な罠に。
やがて笑い疲れて、全員が睡魔に襲われ始めたころ、ドアが開いて部長が帰ってきた。
「部長!」
ギンブナが泣きそうな顔(やけどで真っ赤になった顔)で飛んで行った。
早口で泣き言をまくし立てたが、猫又部長は疲れ切った様子で相手にしなかった。
「思ったより早かったな。どうだったんだよ?」
シャロンが尋ねると、部長は引きつった顔で親指を立てた。
「褒めてくれ。交渉はまとまった」
まるで人生最後ような口調で言うと、そのまま玄関に突っ伏してしまった。
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