第13話 生徒会
九月二十二日、未定研究部一同は午前中から部室に集合し、満を持して部長を送り出した。
あれだけ嫌そうにしていた猫又部長も、いよいよ覚悟を決めたのか、コノハから声援を送られて、まんざらでもなさそうに眼鏡を押し上げていた。
ただ、そこまではよかったのだが、残されたメンバーは早々にやることがなくなってしまった。
部長の帰りを待つのか、解散するのか、何も決まっていない。
リーダーたる部長がいないのだから仕方がない。ギンブナは先頭に立つタイプではないし、シャロンは論外だ。
普段なら、ゴロゴロしていても問題ないが、今日はどうにも落ち着かない。
その理由は、ユメジのアイデアが生徒会に諮られているからだ。
猫又のプレゼン能力に不安はあるものの、今は祈るしかない。
無意味に時間が過ぎていって、午後四時を過ぎた頃だった。
ドンドンと部室のドアを叩く音がした。
ユメジが慌ててドアを開けると、見上げるほど大きな男が立っていた。
後ろには子分と思わしき男二人を従えている。
「こんにちは。未定研究部のみなさんに、お裾分けです」
そう言って差し出してきたのは、ビニール袋に入った大きな餅だった。
圧倒されるような迫力で、その気色悪い作り笑顔に、身の毛がよだつ思いがした。
この男こそ、関わりたくないランキング第一位のクフオーであった。
「あ…ありがとうございます」
袋を受け取ると、クフオーはユメジを軽く押しのけ、図々しく顔を室内に突っ込んだ。
「おや、シャロンさん。そこのかわいい子は、コノハちゃんだっけ。こんにちは」
「お呼びじゃねーよ、お前は」
シャロンが吐き捨てると、クフオーはバカでかい声で「ハハア」と笑った。
ピットブルが裂けた口からヨダレを垂らしているようで、なんともおぞましい。
「仏土神社の大祭に餅を奉納してきたところでよ。縁起物だから皆さんにお裾分けしてまわってんだ。朝つきたてでウマイぜぇ。煮るなり焼くなり、好きに食べな」
そう言うと、バタンと勢いよくドアを閉めて去っていったのだった。
ユメジの手には、ずっしりと重い紅色の餅が入った袋がぶら下がっていた。
***
遮光カーテンに閉め切られた室内で、ボワっと浮かび上がるように照らされているのは、中央にある円卓だ。
椅子は十二脚。
いたって普通のパイプ椅子だが、それなのに、まるで中世の騎士団でも出てきそうな雰囲気がある。
ここは旧職員室で、現在は生徒会室兼会議室になっている。
これから、生徒会の臨時会議が始まろうとしていた。
円卓の上には、国会議員のように氏名標が横にしてある。猫又は、自分の氏名標を立て、静かに腰を下ろした。
生徒会長のアドロと副会長の閑院は、すでに席についている。
アドロは目を伏せているが、なるべく視線を合わせたくない。ホワイトブロンドのボブが彼女のトレードマークだが、その髪色よりも妖しいオーラが立ち上っている。
相変わらず、恐ろしい空気感だ。猫又はすでに気分が悪くなっていた。
次々に各部の部長が席に着いていく。私語は一切ない。
「揃いました」
閑院が厳かに告げると、アドロは左手を軽く上げた。繊細で美しい指だ。
「では、始めましょう。議事を進行してください」
***
ユメジがリビングのテーブルに餅の袋を置くと、三人が覗き込んできた。
ホールケーキほどの直径の餅である。
「大祭とか言ってましたね。お祭りがあるんでしょうか?」
頭を突き合せたまま、ユメジが聞いた。
「仏土神社の祭りだよ」
シャロンが答えた。
「盛り上がるんですか?」
「さあな。しょぼいローカルの祭りだろ。それより、野郎どういうつもりだ?」
四人は首をひねった。
確かに生徒会はもう始まっているし、今さら買収も何もない。
「おそらく…」
ギンブナが意味ありげに口を開いた。
「確か、祭りのフィナーレは餅投げだったはずだ。単純に作るサイズを間違えたのではないか?デカいほうが盛り上がると考える程度のやつだからな」
これには全員が吹き出した。ユメジはシャロンが面白そうに笑っているのを初めて見た。
もしそうなら、こんなデカい餅を投げたら事故が起きる。突き返されたのだとしたら、じつに悲惨だ。
だが、そんなことはどうでもよかった。
ふう、と皆が椅子に腰かけた時、ユメジは疑問を口にした。
「そういえば、なんでクフオーはここに来たんでしょうか?雑煮倶楽部の部長ですよね?」
「若いな」
ギンブナは鼻から息を吐いて、思わせぶりに腕組みをした。
「生徒会は専任を除いて十議席なのだよ。校則を覚えていないのかね?」
「ああ、そうか。十人しか選ばれないんだ。選ばれていない部が五つあるのか」
「八十点だな。第十条を忘れてる」
「あっ、そうでした。シネマ部が二議席とってるから、実質、九部ってことですね?」
さらにギンブナは、仰々しく頷く。
「うむ。雑煮倶楽部は今年新設された部だから、クフオーはまだ生徒会に入っていない。ほかに入っていないのは、社交ダンス部のヴァルザー、講座部のナッティ、陶芸部のゴースト、美術部のシマウリ、そして、サウナ部の蒸波だ」
「抽選のわりには、うまい具合に選ばれてる感じですね」
「いい質問だ」
ギンブナは説明を求められるのが嬉しいのだろう。だんだん早口になってきた。
「第八条に『各部から抽選で選出される』と規定されているがね、その抽選の規定はないのだよ。抽選っぽいことをすればいいってなもんだ。実際にグレーだし、公開もされていない。それに部長である必要もないのに、シネマ部の副部長以外は全員が部長だよ。どう考えても意図的だねぇ」
「それなら、問題提起すれば正せるんじゃないですか?」
「若いな。いま文句を言っているのは、サウナ部の蒸波だけだ。なんでうちの部長が入っていて、俺が入ってないんだってな。だが、揉めたところで審議は生徒会で行われるんだよ。結局、アドロの意向どおりになるってことだ」
「サウナ部以外は、納得しているんですか?」
「社交ダンス部は運営に口出ししないのが伝統だし、干渉されないかわりに決定事項には黙って従う。講座部は掛け持ちが多いから、実際の部員はうちより少ない。陶芸部と美術部は、そもそも部室から出ることが少ないし、模擬店も自分たちの作品を並べるだけだ。残りはサウナとうちになるが、これは本当に抽選したのではないかと睨んでいるがね」
「なるほど…」
ユメジは感心した。
抽選の規定すらねじ曲げて押し通すとは恐れ入った。部長が恐れるわけだ。
「でも、今そんなことは関係ない。部長がステージと模擬店の権利をゲットしてくるかどうかだよ」
「そうですね…ところで、この餅どうします?食べますか?」
ユメジが聞くと、ギンブナはニヤリと笑って立ち上がった。
「僕に考えがある」
***
最初の議題は、文化祭の日時と大枠の承認だった。
猫又は配布された次第と、学園の区画を表した図面に視線を落とした。
今年は十月二十日(土)、正午から午後八時までの開催とある。
例年どおり、模擬店とステージの出し物のようだ。
禁止事項として、模擬店における原価割れ価格での販売、生で喫食する食品の提供とある。
反対するメンバーはいない。満場一致で承認となった。
そして、本題に入る。
閑院は、どこからともなくホワイトボードを引きずってきた。
「それでは、模擬店について各部の希望をお願いします」
アドロが時計回りに発言を求めた。
各部の部長が淀みなく発言していく。
皆、澄ました顔をしているが、腹の中では何を考えているかわからない。当然ながら、この場にバカはいないのだ。
「シネマ部は、お化け屋敷です。校舎E区画の教室1と2を希望します」
「生カラオケ部は、ビアガーデンです。校庭A区画の1を希望します」
「サバゲー部は、射的です。校舎D区画の教室1を希望します」
「新聞部は、焼き芋です。校庭B区画の1を希望します」
次々と希望が述べられ、重複することなく猫又の番になった。
「未定研究部は、そうめん流しです。校庭B区画の1を希望します」
ここで、場が少しざわついた。
模擬店の内容ではなく、天下の新聞部と区画がかち合ったからだ。
「ビオトープ部は、カフェです。校舎D区画の教室1を希望します」
今度は、サバゲー部とビオトープ部の区画がかち合った。
「ゴムベースボール部は、ビアガーデンです。校庭A区画の1を希望します」
とうとう全カブリだ。こうなると次々に希望が重なっていく。
「儀式体験部は、カフェです。校舎D区画の1を希望します」
「フットサル部は、お化け屋敷です。校舎E区画の教室1を希望します」
猫又は頭を抱えた。
「では、それぞれ補足があればどうぞ」
アドロは冷静に言い、また時計回りに発言していく。
次は、いかに自分たちがその模擬店をするのにふさわしいかを力説するのだ。
「我々シネマ部が考えるお化け屋敷は…」
ローレンスがスラスラと演説を始める。若いのに大したものだと思う。
しかし、内容がまったく頭に入ってこない。政治家になったほうがいい。
とにかく、補足説明が一巡するのに一時間はかかるだろう。
安易にくじ引きで決めるわけにはいかない。住民投票に影響するだけでなく、失態を演じれば学園の沽券に関わるからだ。
特にアドロにとっては責任問題になり得るし、議論を尽くすというのが彼女の考え方でもある。
この調整が終わったら、残りの部の模擬店を決めて区画を割り当てる。
それが片付いても、ステージの部が待っている。猫又は祈るように顔の前で指を組んだのだった。
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