第12話 文化祭
数日後の金曜日、社長 (まりんのパパのほう) が社用車の使用許可をくれたので、ユメジは鼻唄が止まらなかった。
ガソリン満タン返しという条件だが、電車とバスを乗り継ぐことを考えれば、破格の条件と言える。
それに、学校に車で乗りつけるというのも気分がアガる要因だった。大学生でも一部の金持ち(親が)だけが行使できる権利なのだから。
ついには大声で歌っていたらしい。仏土市に入ったあたりの信号待ちで、中学生らしき集団がこちらを見て固まっていた。
あまりにウルトラソウルが上手だったのだろう。
ノリノリの上機嫌で更衣をすませ、校門をまたぐと、校舎の昇降口のあたりに人だかりができていた。
どうやら掲示板に注目しているらしい。
だが、貼り出してある紙の文字は遠くて読めなかった。
「あな恐ろしや…生徒会の開催じゃ」
「生徒会じゃ、生徒会じゃ…」
昔話の老婆のような口調で、いかにもわざとらしいヒソヒソ声が聴こえる。
何かのイベントかと思ったが、輪の中に未定研究部の部員たちが全員いた。
「部長、何があったんですか?」
人の輪が解け始めたころ、なんとか近づいてユメジが問うと、猫又部長は大きなため息をついていた。
「いよいよですな。お察ししますぞ」
ギンブナ副部長が同情するように、部長の両肩に手を置いてなぐさめている。
ユメジには何が起こっているのかわからなかった。生徒会の何が問題なのだろうか?
人だかりの消えた掲示板の前まで行ってみると、次のように書いてあった。
≪九月二十二日(土)午後三時より、臨時生徒総会を開催します≫
≪ご都合により欠席される場合は、代理の方の出席をお願いいたします≫
これのどこが恐ろしいのだろう?
部員たちは静かに部室に戻っていく。
部室に戻っても全員押し黙ったままだったので、さすがにユメジは我慢できなくなった。
「どうしたんですか?生徒会がそんなに恐ろしいんですか?」
部長はうつろな目でユメジを見て、「ああ…」と唸った。
「そうか。君は知らないんだったね。生徒会が怖いというか、なんだ…会議に出たくないんだよ。だからさ…副部長、代理で出てくれない?」
「断る」
副部長は食い気味に拒絶した。
それでまた静かになったが、シャロンがその静寂を破った。
「教えてやるよ。この時期に招集される生徒会の要件は決まってんだ」
「なんですか?」
「文化祭だよ」
「文化祭?」
「ああ。毎年十月の第三土曜日に開催される。出し物と模擬店の場所決めをするはずだ」
「それのどこが問題なんですか?」
シャロンはなぜかイラついたように眉を寄せ、ユメジを見下ろすように顔を傾けた。
「わかってねえな。去年は二千人来たらしいぜ。無料の送迎バスが出るからな。ここの文化祭は大騒ぎになるんだよ」
「はあ…」
凄そうなのは理解できるが、それと生徒会の何が関係あるのだろうか。
「時間がかかるのだよ…」
部長が消え入るような声で言った。
「どの部も市民の支持を得るチャンスだからね。誰も妥協しないから、話がまとまらない。去年は何時だったっけ。日付は変わってたな」
「なるほど、そういうわけでしたか」
「くじ引き厳禁が生徒会の伝統らしくてね。最終的には多数決で決まるんだけど、生徒会長の許可が出るまで議論が続く…勘弁してほしいよ」
部長は頭を抱えた。
「まあ、今のうちに覚悟しておくんだな。簡単に折れてみろ、承知しねえからな」
シャロンが冷ややかに言った。
「とにかく、こうなったら出し物と模擬店を決めないとな」
シャロンはいつになく気持ちが入っているようだった。文化祭とはそれほど重要なイベントなのだろうか?
「ちょっと待ってください。まだ呑み込めないんですが、出し物って何ですか?」
「ブァカかっ、お前!」
シャロンは口を荒らした。
「文化祭といえば、出し物と模擬店だろうが!恥かくわけにはいかねーんだよ!」
まあまあ、とコノハがおさめた。
「出し物はですね、体育館で各部のステージ発表があるんですよ。持ち時間は15分なんですけど、選抜された8つの部だけです。それで120分ですね。去年は体育館が超満員になりましたよ」
「それは、凄そうだね…」
嫌だな、とは言えなかった。
「文化祭のあとに世論調査がある」
ギンブナが静かに口を開いた。
「ステージ発表した部は、すべからく世論調査で上位に来るのだ。どんなに嫌でも…もとい、是が非でもステージに立つ必要がある」
ギンブナは複雑な顔をしていた。嫌なのだろう。
「そういうことだ」
シャロンが続けた。
「ステージで何をするか決めて、生徒会で選抜される必要がある。それから、模擬店も重要だ。くだらねー店なんか出してみろ。世論調査で沈没だ。沈ヴォツ。忖度ねえからな」
要は市民におもねるわけだ。しかし、シャロンともあろう女が、文化祭に目の色を変えるとは。
だが、それはそれで面白いかもしれない。ユメジの口角が自然に上がる。
二千人のドサクサでワンチャンあるかも(胸くらい見えるかも)…というわけだ。
「なるほど。で、去年は何をされたんですか?」
この一言に場は静まりかえった。不自然に長い静寂だった。
「…るりだ」
シャロンが呟いたが、何を言ったのか聞き取れなかった。
「は?」
「だから、その…るりだよ」
「えっ?」
ユメジは耳に手を当てて聞き返した。シャロンの顔がなぜか赤くなっているように見えた。
「浄瑠璃だよ。人形浄瑠璃…」
――ブワッ!
ユメジはたまらず吹き出した。まさかそんな大事なステージで、人形浄瑠璃とは!
予想だにしていない。あえて顔を隠して、奇声を発しながら必死で人形を動かしていたのかと思うと、たまらなくおかしかった。
「笑ってんじゃねえよ!人形まで作り込んだんだぞ」
シャロンの蹴りが飛んできたが、ユメジの笑いはしばらくおさまらなかった。
「すいません。それで、結果のほうは?」
また静かになった。
聞くまでもないが、さらにどんなギャグを返してくるのか楽しみだった。
「まあ、いまひとつだったな」
「いや、世論調査のほうは?」
「下から二番目だった」
「ブッ!」
それだけがんばってブービーとは。だからムキになっていたのか。
それなら、むしろ選抜されないほうがよかったに違いない。
「盛り上がると思いましたけどねえ。クオリティが高すぎたんでしょうか」
コノハがフォローしたが、あとの祭りだ。
「すいません…では、模擬店のほうは何を?」
シャロンは観念したのか、腕組みをして横を向いた。
「…うなぎ屋だ」
――ダバァ!
ユメジは腹を抱えて笑った。彼らは全員本気なのだ。おそらく一周まわっておかしくなっているのだ。
ここは冷静な第三者の意見が必要だろう。
「なるほど。よくわかりました…」
「何がわかったんだよ?」
シャロンが怒気を含んだ視線を向けた。
ユメジは呼吸を落ち着けて、なんとか上体を起こした。
「皆さん気負い過ぎなんですよ。高みを目指し過ぎです。少し冷静になりましょう」
これにカチンときたのか、部長と副部長も目つきを変えた。
「俺の実家は田舎で、夏祭りで焼鳥とか焼いたりするんですよ。青年部でいろいろアイデア出して、焼きおにぎり作ってみたりしたんですけど、結局、売れるのは焼鳥なんです。王道が一番なんですよ」
フム…と全員が唸った。
「そこで、俺にいい考えがあります」
最後までお読みいただきありがとうございます。
いよいよイベントが動き出します。お楽しみに。
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