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第10話 レンジャーとおっさん

鍋を挟んで、ユメジの対面にシャロンが座っていた。

隣にコノハが座っているが、座布団に行儀よく正座している。


しかし、シャロンはだらしなく靴下を脱いで胡坐をかいていた。

制服に素足の胡坐姿が正面にあると、さすがに目のやり場に困る。

鍋には蓋がしてあり、湯気は立っていない。つまり、視界を遮るものがないのだ。

マズイと思いつつも、どうしても目が行ってしまう。足ではなく、胸にだ。


――まりんのやつめ、ミッションインポッシブルだぜ。


ユメジは、そう思いながらも緩んでくる顔を引き締めた。


(とにかく視線には要注意だ。疑われないようにしなければ)


ハッとしたのは、シャロンの声が耳に入った時だ。


「オイ。お前らも適当に座れよ」


シャロンが例の二人組に言っていた。すると、黒髪はシャロンの隣に、青髪はコノハの隣に勢いよく座り込んだ。

どうも、彼らは二人に気があるようだ。年上の女性に魅力を感じているのだろう。

しかし、コノハはともかく、シャロンとは十歳以上歳が離れている。というか既婚者だぞ。

そう思ったが、子分のようになついていた。

すでに、シャロンを取り巻く環境に頭が混乱してきている。鍋が喉を通るだろうか。


「こいつらは、シャロン君が連れてきたガキどもだ」


ギンブナが面倒くさそうに言いながら、腰を下ろした。


「ガキとはなんすかぁ」


二人の声がシンクロする。


「自己紹介しろ」


シャロンが言うと、二人ともかしこまって自己紹介を始めた。


黒瀬凛久(くろせりく)っす。仏土高校2年。雑魚部出向中です」


黒髪のほうだ。


蒼井陽翔(あおいはると)…仏土高校2年っす。雑魚部出向中です」


青髪のほうも続いた。

礼儀正しいとまでは言えないが、どうやらまともな連中のようだ。


「ユメジ、二十四歳。新入部員です」


流れとはいえ、さらりと自己紹介できたことに驚いた。

頭を軽く下げると、二人もペコリと頭を下げた。


「なんだよ、出向中って。勝手に居座ってるだけじゃないか」


ギンブナがまた面倒くさそうに言った。

「まあまあ。いいじゃないですか」とコノハがなだめると、シャロンが続ける。


「こいつらは、黒レンジャーと青レンジャーだ。推しは誰だっけ?」

「シャロンさんです!」


そう答えたのは、黒髪の黒瀬凛久。彼が黒レンジャーらしい。


「コノハちゃんです!」


そう答えたのは、青髪の蒼井陽翔。彼が青レンジャーだそうだ。


「そういうことだ」


シャロンは満足そうに腕組みをした。

偉そうなことは言えないが、酸いも甘いも知らぬ思春期の男子なら、致し方ないのかもしれないと、ユメジは納得した。


「じゃあ、新入部員に乾杯!」


猫又部長のあっさりした音頭で、グラスが音を立てる。

レンジャーたちにもアルコールが注がれているようだが、さすがにシャロンが面倒をみるのだろう。

こういう大人の体験はうれしいものだ。彼らには居心地がいいのかもしれない。


「では、今日のお料理について説明してください」


部長がグラスを置くと、副部長が咳払いして説明を始めた。


「函館産の真昆布を一晩真水に漬けて出汁をとり、指宿産のかつお節からとった一番出汁を加え、仏土市の虹酒造の酒とみりん、宮古島産の雪塩で味を整えます。化学調味料は一切入っておりません。具材は裏山で採ってきたシメジ、シャロン君の水耕栽培のシイタケ、黒レンジャーのご自宅で栽培されている大根、人参、白菜、そしてメインの猪肉は、青レンジャーのご祖父がハントされた新鮮な(じゅう)となっております」


レストランの支配人のように流暢に説明するギンブナを見て、ユメジは大いに引いた。


(おいおい…ここは美食倶楽部か?)


「お水も裏山の湧き水をパイプで引き込んでますから、ミネラルウォーターよりおいしいですよ。ポン酢も手作りで、ゆずもスダチも裏山で…」


コノハが説明に加わった。勢いに圧倒される。全力というのはこういうことなのか。


「すごい…わざわざ俺のために?」


全員の視線がユメジに向いた。


「そうだよ」


シャロンが鍋越しに顔を近づけてきた。

まじまじと瞳を見つめていると吸い込まれそうになる。耐えかねて視線を落とすと、その先で胸元がホロリと口を開けていた。

まさに僥倖だったが、見えそうで見えない。思ったよりボリュームが…いや、左胸の上か下かどっちだっけ?

待て、怪しまれる。ユメジは目を閉じた。


「こいつらは普段、雑魚だけどな。やる時は全力でやるんだよ。な?部長」


猫又部長は何も答えず、恥ずかしそうに鼻を掻いた。


「ありがとうございま…エッ?あの…さっきハントって、言いませんでした?」

「は?」


シャロンは顔をしかめた。


「いや、(じゅう)って…」

「まさかユメジさんさぁ、肉屋で買ってきたとか思ってんじゃないの?」


黒レンジャーが顔をニヤつかせると、青レンジャーが「それな」と笑いながら、スマートフォンの画面を差し向けた。そこには、逆さ吊りの巨大な猪が写っていた。


「でかッ!」


猪はユメジの想像をはるかに超えた大きさだった。そして、グロかった。


「まさか…コレを捌いたとか…?」

「ああ。聖女流剣術、壱の型でな」


シャロンはそう言って、キリリと瞳を輝かせた。

冗談を言っているようだが、意味はわからない。


「さすがに、それは無理だよ(何が聖女だ)」


部長が冷静に否定した。


「哲久さん…青レンジャーのお爺さんなんだけどね。処理してもらって、最終的なカットだけやった感じかな」

「シャロンさんが?」


シャロンは黙って頷いた。

それが、(よこしま)に染まりかけていたユメジの心を打った。


「ありがとうございます。嬉しいです」


部長が鉄鍋の木蓋を開けると、ブワっと湯気が立った。

グツグツと肉と野菜が揺れている。


「さあ、いただこう。ユメジ君から食べてごらんよ」


コノハが鍋からユメジに取り分けた。

ユメジの脳裏には先ほどの巨大な猪の残像が残っていたが、食べることに抵抗はなかった。


「う…うんめぇ…」


心の声が漏れた。野生の獣とは思えないほど雑味がなく、それでいて濃厚な味だった。

本当に旨いものを食べた時には、それ以外に言葉はない。

コノハが全員に取り分けると、あまりに出来が良かったのか、皆しばらく無言で食べていた。


「おいしすぎです。雑魚部なんて言われてますけど、こうやって、いろいろ極める部なんですね」


ユメジの発言に一瞬、場が静かになった。


「もっと他にやることがあるだろ…ってディスられるわけ。世間様の役に立っちゃいないのさ」


ギンブナが赤い顔で、愚痴を吐くように言った。


「でも、最下位じゃないんですよね?こうして残留しているわけだし、何かあるんじゃ…」


その時、突然部室のドアが開いて、見ると、五十を過ぎたと思われる恰幅のよい男性が立っていた。


「そのとおりだ!」


大きな声でそう言うと、ズカズカと上がり込んできた。私服を着ているところをみると、彼も仏土市民だろう。


「おっさん、また来たのかよ」


シャロンが言った。


「おうよ。ここは俺のセカンドハウスだからな」


男はユメジの横にドンと腰を下ろした。


「君が新人君か。よろしくな」

「ハイ…よろしくお願いします」


挨拶もそこそこに、男は持ってきた箱を開け、日本酒の瓶を取り出した。


「山口の長門峡という酒だ。俺はこれに目がなくてな。まあ、一杯やりんさい」


言われてみると、この銘柄の空瓶が台所にあったような気がする。困惑するユメジに、シャロンが言った。


「このおっさんには世話になってる。市内の建設会社の社長で、ここの内装を助けてもらった」

「社長?」


男はガハハと豪快に笑った。


「吹けば飛ぶような会社だけどな」


彼の名前は山部辰夫(やまべたつお)というらしい。こっそりコノハが教えてくれた。まさに田舎の豪快な社長という感じだ。


「それでよう。さっきの話だけど、この部は雑魚部なんかじゃねぇ。絶対に残さなきゃならねぇ部だ。町の困りごとを解決してくれるんだからな。新入部員が増えて俺もうれしいぞ」


山部社長はユメジの背中を大きな手で叩いた。


「困りごとを、解決ですか?」

「おう。例えば、どこにでも面倒なことを言う人間がいるもんだろ?そしたら、その人のことを調べてもらうわけよ。何が気に入らないのか、なんで反対のことを言うのかをな。でも、論破するわけじゃない。丸ぅーくおさまるように解決策を考えてくれるんだ。バレない不倫コースを考えてくれたことも…」

「たっつぁん!」


部長と副部長の声が重なった。


「まぁ、痒い所に手が届く連中ってことだ。そういや、去年のミステリーウィークでも大活躍だったよな?」

「ミステリーウィーク?」


誰とは言わなかったが、社長の視線の先で、猫又部長が恥ずかしそうに眼鏡を押し上げていた。


「いや…もうその話は…」

「ガハハ。そういうところがこの部のいいところなんだよ。なあ、シャロン?」


シャロンは横を向いたまま、まんざらでもなさそうに、「そうだな」と答えた。


(ミステリーウィークってなんだ?)


ユメジは気になって仕方がなかったが、思った時に聞き出さなかったのがまずかった。

コロコロ変わる社長の話に引っ張られて、聞くタイミングを逃してしまった。

それからさらにお酒が進み、シャロンが入部した理由も聞ける雰囲気ではなくなっていた。

すっかり窓の外が暗くなった頃には、山部社長は仰向けになって、いびきをかいていた。


「あ~あ、やっぱり寝ちゃいましたね」


コノハが言うと、シャロンは「そろそろお開きだな」と言って立ち上がった。


「おっさんとレンジャーはしばらく寝かせとくけど、お前はどうする?帰れるのか?」


時計を見ると、まだ午後八時を回ったところだった。


「明日は本業があるので帰ります。まだ十分帰れますし。シャロンさんは?」


ユメジは何気なく聞いたが、その直後に背筋が凍った。

思わずド直球の質問をしていたからだ。


「我々も帰るぞ」


猫又部長がギンブナの手を引っ張っている。その様子を見ていたシャロンの視線が切り替わる。

その瞳に捉えられて、ユメジは動けなくなった。


「私は帰らない。お前たちと違って、引きこもりだからな。家に帰ってもしょうがないんだ」

「はあ…」


家に帰らないのはわかっていたが、別に借りている部屋もないのだろうか?


「おっさんも言ってたけど、私もここが家みたいなもんだからな」


疑われている様子はなかった。であれば失敗だった。帰れないことにすれば一緒に泊まれるチャンスだった。

しかし、焦る必要はないかもしれない。これだけ無防備な女性なら、いずれ機会は訪れるはずだ。

ユメジは部室をあとにした。部長たちもシャロンに何も言わなかった。


着替えを終え、クラブハウスから駐車場に出た時、黒塗りの高級車が待ち構えていて、いかにも執事ですという風体の男が、後部座席のドアを開けたところだった。

コツコツという足音に振り向くと、ドレスのような服に身を包んだコノハが、目の前を横切って車に乗り込んだ。


「大丈夫ですよ。シャロンさんは」


そう言い残すと、土埃を巻き上げ、風のように去っていった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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