第9話 全力鍋
学園行きのシャトルバスに乗ると、またアイエルがどこからともなく乗り込んできた。
「シネマ部は歓迎会だってさ。お前もか?」
ユメジが頷くと、アイエルは後ろの席にドカっと座り、勝ち誇ったようにクフフと笑った。
「そうかい。雑魚…じゃなかった、未定研究部もそうなのか? 総勢何人だ?」
表裏のないやつだ。楽しみで仕方がないのだろう。お前と違って、と顔に書いてある。かわいいやつだ。
(だが、死ね)
なぜか湧き上がる感情を飲み込み、ユメジは笑顔を返した。
「さあ。四、五人ってとこじゃないか?」
アイエルはさらに鼻で笑う。「よかったな」とだけ言うと、満足したのか鞄の中身を調べ始めた。
歓迎会の小道具でも仕込んでいるのだろう。
これ以上の会話は精神上よくないと思い始めただけに、ユメジは息をついて前に向き直った。
幸いなことに、それから制服に着替えるまでアイエルは話しかけてこなかった。
校門の前に立つと、校庭を体操服姿の生徒たちが走り回っていた。
「おお、やってるやってる」
アイエルは息を切らしていた。坂道を登ってきたからか、それとも荷物が重たいアピールか。
「フットサル…かな?」
とはいえ、ユメジの体力も似たようなものだった。
「そうだな。私服の人もいるから、歓迎試合でもしてるんじゃないか?」
「私服って、OKなのか?」
「私服は市民の方々じゃねーか。学園に出入りできるパスが配布されてるんだよ。市民特権さ。でも、逆に制服を着ちゃダメなんだって」
「へえ」
ユメジは答えつつも、響いてくる声に耳を傾けていた。
学園名と思われるニックネームの中に、『キタヤマさん』とか『トシオくん』といった逆に新鮮な呼び名が混じっている。
校舎に目をやると、窓が開いた教室がちらほらあり、中で動く人影が見えた。
すでに様々な部が活動しているようだ。気がつくとアイエルはもういなかった。忙しいことだ。
ユメジはMovitoを開いた。検索してみると、所属がもう未定研究部になっていた。
アイエルはシネマ部、ママンはビオトープ部の所属になっている。
どうやら、期間を待たずにみんな部を決めたらしい。下調べして入学してきたのだから、当然と言えば当然か。
続けて未定研究部全員にメッセージを送った。
≪到着しました。どちらに向かえばよろしいですか?≫
すぐに返事があった。猫又部長からだ。
≪校門でしばし待たれよ≫
文字どおりに待っていると、校舎と反対側のグラウンドの端から、誰かが走ってきた。
向こうはそのまま林に続いていて、林の先には山がそびえ立っている。
つまり、林の中から出てきたのだ。それがコノハだとわかったのは、彼女がすぐ目の前にきた時だった。
「お待たせしましたっ」
彼女も息を切らしながら、丁寧にお辞儀をした。
「ユメジさん、今日は主役ですよ!」
「ありがとうございます。山から下りてこられたのですか?」
そう言うと、コノハは胸に手を当てて笑った。
セレモニーではシャロン寄りのクールな印象だったが、屈託なく笑う顔が可愛らしい。
「山育ちに見えますか?これでも都会っ子なんですよ。部室が少し離れてますので」
「部室は山の中にあるんですか?」
「アハハ。冗談で言ってます?山には入りませんよ。でも一番遠いですね」
コノハは「こっちです」と言って、クルリと反転し、来た方向へ歩いていった。
美しい姿勢で、束ねた黒髪を揺らしながら歩くセーラー服の後ろ姿は、元気な女子高生と変わりなかった。
「あ…それから、私のほうがひとつ年下です。敬語はナシでお願いしますね」
ふいに振り返ってそう言った。
「えっと、了解。でも、ここじゃあ、コノハちゃんが先輩だよね?」
コノハは少し歩く速度を緩めて、ユメジの隣に並んだ。
「ここには学年もないし、先輩後輩もありませんよ。喋り方も個人の自由です。私は誰にでも敬語を使っちゃうんで」
「なるほど。でも、コノハちゃんにはそれが合ってる気がするなぁ。なんでだろ」
「ユメジさんって、面白い人ですね。そんなこと初めて言われました」
ユメジ自身も不思議だった。他人と会話をするのは苦手なのだ。
まりんと出会ってから変わったのか。いや、仕事のし過ぎでおかしくなったのだろうか。
そう思ううちにグラウンドを抜け、木々が生い茂るキャンプ場のような林に入った。
辺りには大小様々な建物が散在していて、まるで高原の別荘地のようだった。
その先には、なだらかな森の斜面が続いている。
「あの大きいのが生カラオケ部の部室です」
ログハウス風のモダンな建物だ。中には大勢の人影が見える。
しかし、防音になっているのか、林の静寂は保たれてた。
「とても部室には見えないね」
「何年か前にログハウス部があったらしいんですよ。今はランキングで上位の部が部室を選べるんです」
「へえ。改修も自由にできる感じ?」
「ですね。でも、部室は変わる可能性があるので、上位に入る自信がないとできないんですよ」
「なるほど。で、我々の部室が一番奥にあると?」
「はい。新聞部やシネマ部なんかは、機材の関係で校舎の中に部室がありますけど、うちは選択の余地がなかったみたいです」
いくつかの建物を通り過ぎ、ポツンと佇む古めかしい建物の前で、コノハは立ち止まった。
手書きの表札には、『未定研究部』の文字がある。
気がつくと、そよ風と木漏れ日の心地よい場所から外れ、うっそうとした森のじめじめした空気が下りてくる場所になっていた。まさに山麓の山小屋である。
「さあ、どうぞ入ってください」
ユメジは言われるがままにドアを開けて入った。
室内は薄暗く、誰もいる気配がなかった。
入ってすぐ玄関のたたきになっていたが、靴は見当たらない。左側は台所になっていて、簡素なキッチンと冷蔵庫が備え付けてあった。仕切りを挟んで、右側にテーブルやソファが並べてある。
キッチンの奥にはまた別の部屋があるのか、ドアが見えていた。
コノハが電気をつけると、ユメジは驚いた。外見からは想像もできないほど内装が綺麗だったからだ。
「驚きました?去年の活動は、ほとんど部室のDIYだったんですよ」
「え?でも、部室は変わる可能性があるって…」
「ここは狭いから、うちくらいしか使えないんですよ」
コノハは靴を脱いで、ていねいに揃えてから、どうぞと手招きした。
「じゃあ、内装を皆さんで?」
「はい。やると決めたら全力でやるのが未定研究部なんで、一切妥協せずにやりました。ほとんどシャロンさんの要望どおりに」
「そ…そうなんだ。すごいね。それで皆さんは?」
「もうすぐ帰ってきます。それまで座って待っていてください」
「ありがとう。でも、ちょっと見学していいかな?」
ユメジはじっとしていられなかった。
キッチンの向こうのドアを開けると、トイレとシャワールームになっていた。
更衣スペースと洗濯機まで設置してある。リビングはエアコン完備だ。ここなら、何日でも寝泊まりできそうである。
外観からはとても想像できないが、DIYでよくぞここまで仕上げたというほかない。
そこかしこと見ていると、玄関のドアが開いて、ガヤガヤと部員たちが帰ってきた。
「よう、ユメジ君。いらっしゃい」
猫又部長が爽やかに言った。買い出しに行っていたらしく、両手のエコバックからアルコール飲料が覗いている。
それをギンブナ副部長に渡すと、せっせと冷蔵庫に移した。
続いて、シャロンが手ぶらで入ってきた。
「お前、コノハにちょっかい出してねえだろうな?」
横目にそう吐き捨てると、流しで手を洗いながら、大きな声をあげた。
「おーい。それごと持って入れー!」
すると、私服姿の少年二人が、それぞれ段ボール箱を抱えながら入ってきた。
どちらもこの部に似つかわしくない活発そうな顔立ちと頭髪をしている。
現代風のマッシュパーマで、黒い髪と青い髪のコンビだった。明らかに十代で、本物の高校生にしか見えない。
「シャロンさん、これも冷やすの?」
黒髪のほうが言った。
「冷やさねーよ。お前らはそれを切る係だろ」
「わかってますよぉ」
二人は慣れた様子で、段ボールの中身をテーブルに並べ始めた。
中身は食材だった。黒髪の箱には野菜、青髪の箱には肉のパックがたくさん入っていた。
シャロンは大きな鍋に水を張って火にかけると、手際よく指示を出していく。
「今日はユメジさんのために、みんなでお料理です」
コノハが嬉しそうに、合わせた手を傾けた。
「私もお手伝いしますので、しばらく待っていてくださいね」
そう言うと、シャロンの隣に行ってしまった。
次に部長と副部長がやってきて、ユメジをリビングのほうに連れていった。
「狭いから君は邪魔だね。隅のほうにいてくれたまえ」
この二人に笑顔はなかった。汗ばみながらテーブルを動かし、フローリングの金具をパチンと外した。
床の一部が取り外せるようになっていて、その下から囲炉裏が出てきた。
「久しぶりに使いますね、部長」
「久しぶりだね、副部長」
ユメジは完全に蚊帳の外になっていた。
それぞれが仕事に専念している感じで、雑魚部と揶揄される雰囲気はどこにもなかった。
それにしても、あの二人は誰だ?どうして皆こんなに真剣なんだ?などと思いながら、彼らの働きを見つめていた。
気がつけば、一時間ほど座って待っていただろうか。
炭火がおこった囲炉裏の上に、黒ずんだ木彫りの魚と竹のついた自在鉤が取り付けられ、鉄鍋が吊るされた。
「さあ、こちらに座ってください」
コノハが手を取ってユメジを座らせた。
そして、部長と副部長がユメジの両サイドにやってきて、声を合わせて言った。
「未定研究部特製、ぼたん鍋ぇ~っ!」
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