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君と会うまで、世界は無音だった  作者: わる
第3巻 - 防げなかった無音
47/52

第47話「新しい日常の音」第三部

 フツフツと、素朴な台所に沸騰したお湯の音が響き渡る。まな板を叩く、正確で小気味よい包丁の音。トントントン。器を満たしていく液体の音と、ホースを伝ってコンロの火口で燃え上がるガスのシューッという音。


 そして、当然のように。


 狂ったような笑い声とともに、終わりのないスクロール画面から流れるショート動画の電子音が響いていた。


 森林警備隊の補助員の宿舎は簡素だが、ささやかな贅沢が用意されていた。台所とテーブル、休憩スペース、そして独立した個室。そこは男子棟だったが、孤立した小屋での孤独を避けるため、西宮は同じ建物を共有することを選び、別の部屋に寝泊まりしていた。


 彼女も竜斗も、根本的には寡黙な性質だった。


 二人の真後ろのテーブルに座っていた月島は、その奇妙なダイナミクスを肌で感じていた。二人は流し台とカウンターの狭い隙間に、寄り添うように並んで立っている。


 月島は茶色い瞳を画面から外した。動画は絶え間なく流れ続けている。彼は理解不能と言わんばかりに、唇をとがらせて二人を見つめた。


 一言も発することなく、西宮がソースを作り、竜斗が肉を刻む。二人が一緒に料理をするのはこれがまだ二回目のはずだった。それなのに、その流れるような動きは、何年も同じ台所に立ってきたかのような錯覚を抱かせる。


 その絶対的な沈黙が、逆立った髪の少年の神経をひどく逆撫でした。


 サッ。竜斗が左手で、肉の薄切りが載ったまな板を持ち上げる。西宮は声も出さず、視線すら向けずにそれを受け取り、湯気が立ち上る鍋へと一気に投入した。


 月島は目を細め、緊張した体をテーブルに乗り出す。この二人の奇妙さは、どこか恐ろしさすら感じるほどの完璧な同調シンクロへと溶け込んでいた。


「ちょっと、月島!」西宮が鋭い声で、苛立ちを隠さずに呼んだ。


「うわっ!あ、はい!何ですか、先輩!?」青年は椅子から転げ落ちそうになりながら声を上げた。


 彼女が振り返る。その青い瞳がパチパチと火花を散らしていた。


「音を下げて!さもなきゃ別の動画にして!何よそれ!さっきから同じセリフを何度も繰り返す男の声、本当に私をイライラさせるんだけど!」


「あ、はい!す、すみません、悪気は……」顔を真っ赤に染めながら、彼は電光石火の速さでスマホを掴み、瞬時に音量を絞った。


「まったく……!」彼女は忌々しげに呟き、再びコンロへと意識を戻す。


 その傍らで、無気力な少年はいつもの眠たげで無表情な顔のまま、横目でその光景を眺めていた。


◇ ◇ ◇


「あーーーーっ!美味しかったーーー!」


 月島の声が台所に木霊した。食事を終えた後も彼はテーブルに残り、体を後ろにのけぞらせて頭の後ろで手を組んでいた。料理人たちは彼を無視しようと試みたが、その表情には明らかな不快感がにじみ出ていた。


 竜斗は同僚の隣で黙々と自分の分を平らげ、西宮はその二人の正面に座っていた。


「ごちそうさまでした!いや、二人とも本当に料理上手だね!」彼はテーブルに肘をつき、両手で顔を支えた。


「どうも……」竜斗はやる気のない声で返した。


「ふん……」西宮はただ鼻を鳴らしただけだった。


 残された音は、箸や食器がセラミックの皿に当たるカチャカチャという音だけ。再び沈黙が支配する。会話のなさは料理をした二人にとっては完璧に心地よいものだったが、室内にいる三人目の人間を窒息させるには十分だった。


「それでさ……」月島は無理に愛想笑いを浮かべながら口を開いた。


 二人が同時に視線を上げ、言葉の続きを待つ。


 沈黙が続いた。


 自分の無能さに打ちのめされ、青年はがっくりと肩を落とした。


「お前ら二人、難しすぎるって……」彼はめそめそと愚痴をこぼした。


 西宮は驚いたように眉をひそめ、箸をテーブルに置いた。「料理を手伝いもしなかった人の文句なんて聞きたくないわ」


「いけずだなぁ……」彼は恨めしそうな声を維持した。


「あんたがそんなに無能じゃなければ、カレーくらいは作れるようになってたはずよ」


「俺、まだここにいるんだけど?」


「ふんっ!」


 無気力な少年は、そのやり取りを純粋な好奇心を持って見守っていた。初日から、西宮は月島に対して極めて自然に振る舞っていた。それは異例の光景だった。チームのメンバー間に深い親密さがないにもかかわらず、若い女性が男子棟で寝泊まりすることを選んでいるのだから。


「お前ら……」竜斗が静かなトーンで声を漏らした。その突然の言葉に、二人は不意を突かれた。この少年が自発的に会話を始めることなど滅多になかったからだ。「……前から知り合いだったのか?」


 西宮はショックで凍りついた。月島はまだ泣きそうな顔のまま、竜斗に視線を向けた。


「まあ……」彼女は躊躇いがちに呟いた。


「俺たち、中学校が一緒だったんだよ」月島が告白した。


「そうなの……」彼女は囁くように言葉を補った。


「でも、彼女が卒業した後、俺はその同じ学校の入学試験に落ちちゃってさ。だから離れ離れになっちゃったんだ……」


「あんた、まるで私たちの関係が大層なものみたいに言うのね」


「ひどい!」


 (そうか。西宮先輩は二年生だ。発表会の日、彼女は街の有名なお嬢様学校に通っていると言っていた)


 竜斗は彼女を横目で見た。冷静で落ち着いた佇まい。茶色の髪は、先ほど風呂に入ったばかりで少し湿って、肩に自然に垂れている。眼鏡の奥にある澄んだ青い瞳は、計り知れない冷徹さを宿していた。


 (なぜ彼女のような人間が、こんな場所で働いているんだろう?)


 西宮が竜斗の視線に気づいた。少年は何の未練もなく、ただ自分の皿に目を戻し、彼女を完全に無視した。数秒後、西宮の頬がカッと熱くなった。彼女は素早く視線を逸らし、赤くなった顔を気づかれない角度に隠した。


 (まあ……僕には関係のないことだけど)


◇ ◇ ◇


 『明日の朝、すっごく早くから旅行に行くんだ!(≧◡≦)』21:54—秋山真琴


 『だからもう寝るね!(-‸ლ)』21:54—秋山真琴


 木製の二段ベッドの下段、毛布にくるまった竜斗の顔を、画面の青白い光が直接照らしていた。彼は滅多に感じない不安に苛まれ、ベッドの上で落ち着きなく寝返りを打っていた。


 『僕も。』21:54—竜斗

 『明日は5時に起きなきゃいけないんだ……』21:54—竜斗


 既読。


 入力中……


 『そんなに早いの!? Σ(⊙▽⊙)』21:55—秋山真琴


 少年の唇に、かすかな微笑みが浮かんだ。


 『うん……』21:55—竜斗

 『じゃあ。』21:55—竜斗

 『おやすみ。』21:55—竜斗


 『おやすみ!!(⁄ ⁄•⁄ω⁄•⁄ ⁄)』21:55—秋山真琴

 『(づ。◕‿‿◕。)づ❤』21:55—秋山真琴


 コンクリートのジャングルと化した都会の真ん中、山の木々や小屋から何キロも離れた場所で、真紅の髪の少女もまたベッドの中で横になっていた。彼女は毛布を頭まですっぽりとかぶり、深く赤面した顔にスマホを押し当てていた。画面の上で震える指の動きに合わせて、彼女の唇もわずかに震えている。


 ハートの絵文字を送ったのは、これが人生で本当に初めてのことだった。その行動の象徴的な重みが、彼女の理性を押し潰しそうになっていた。


 一見すると他愛のないことに思えるかもしれないが、あたしにとっては至極重大な問題だったのだ。


 竜斗は瞬時にそのメッセージを読んだ。しかし、返信はまだない。


 少女の胃を、苦しいほどの焦燥感が蝕み始めた。心臓が肋骨を激しく叩き、喉から飛び出しそうになる。


「うぅ……!」彼女は驚きで声を漏らした。


 入力中……


 既読。


 真琴の指は、スマホの端をへし折らんばかりの力で握りしめていた。


 入力中……


「んんんんんん……」彼女は純粋な悶えの中で呻いた。


 『(づ ̄ ³ ̄)づ❤』21:56—竜斗


「キャアアアアアアアアアアアアアアア❤❤❤!!!!!」


 彼女は肺のあらん限りの力で叫んだ。


「真琴、うるさぁぁぁぁぁぁい!!!」壁の向こうから、男のくぐもった怒鳴り声が轟いた。


「ご、ごめんなさい!」少女はパニックになりながら、荒い息を吐き、顔を真っ赤にして答えた。


 彼女はマットレスの上に正座し、チャット画面の優しい光に目を奪われていた。本能的な衝動のまま、彼女はテキストバーに触れた。仮想キーボードが現れる。親指が素早く『あたし、竜斗くんのこと――』と打ちかけた。


 突然、その動きが止まった。視線がデジタルの空白に釘付けになる。唇が躊躇い、乾いた唾が喉を通り抜けた。


 竜斗のステータスはオンラインと輝いている。しかし、躊躇いが彼女の筋肉を硬直させた。


 (まだ早すぎるかな?)


 彼女の目は少年のプロフィール写真に固定された。数秒後、オンラインという言葉は、非情な『最終接続:』へと変わった。不満から彼女のまぶたが狭まる。機会は指の間からすすり抜け、不快な疑問の跡を残した。


 (付き合い始めてまだ二週間だし……あたし、焦りすぎなのかな?)


 (彼女、何を書こうとしてたんだろう?)


 同時に、山の中の隔離された宿舎で、竜斗は画面上の終わりのない『入力中……』を見つめていた。彼は辛抱強く待ち、アイコンが点滅してから完全に消えるのを見届けた。やがて、画面は無操作による自動スリープで暗転した。


 少年は暗くなったスマホを胸の上に置き、上段ベッドの金属製のすのこを見つめた。


「おい……三浦……」暗闇の中に、月島の引きずるような眠たげな声が響いた。


 竜斗はベッドの端に視線を向け、上からぶら下がっている同僚の眠そうな顔と目が合った。


「何だ?」


「彼女と話してたんだろ?」


「基本的には、そうだね」


「それを俺に見せつけてるわけ?」


「どこからそんな発想が出てくるんだ、月島くん」


「その、嬉しそうな顔がさ……」青年は恨みがましい声を潜めた。「俺、イライラするんだよ!」


「僕の顔が?」竜斗は暗闇の中で自分の顔に触れながら言い返した。「そんなに違う顔をしてたか?」


 同室の仲間は、純粋な若者の嫉妬に満ちた視線を向け続けた。


「思いっきり見せつけやがって」


「僕はそんなつもりじゃ――」


 竜斗が弁明を終える前に、月島はベッドの奥へと引っ込み、完全に視界から消え去った。


 無気力な少年は再びスマホを掲げ、暗いガラスに歪んで映る自分の顔を見つめた。


 (あんなものを送ったのは間違いだっただろうか?)


 彼の唇から重い溜息が漏れ、それと同時に胸の奥に冷たい痛みが走った。彼がスマホを枕元に置こうと体を起こした、その瞬間――


 バァン!!


 寝室の木製のドアが、凄まじい勢いで乱暴に開け放たれた。


「おい、お前たち!今日の業務はしっかりこなせたか!」


 森林警備隊員が、公式の制服を身にまとい、圧倒的なエネルギーを放ちながら部屋に乱入してきた。


 しかし、その出迎えは完全なカオスだった。


「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!」月島は上段のベッドで、我が身の安全を守るために悲鳴を上げた。


「うるさーーーーーーい!!!!」西宮の怒り狂った叫び声が、隣の薄い壁を突き破ってきた。


 自分の肺を痛めるのを嫌った竜斗は、ただ毛布を鼻の高さまで引き上げるに留めた。彼は暗闇の中で警戒を極限まで高めた猫のように、侵入者をじっと見つめていた。


「あ、西宮もあっちにいるな。じゃあ、俺は風呂にでも入るか」男は独り言のように呟いた。そして、入ってきた時と同じ理不尽なまでの自然さで、踵を返して廊下の向こうへと消えていった。


「何なんですか、田寺さん?!」月島は開いたままのドアに向かって怒鳴り散らした。


 ティーンエイジャーの嘆きに完全に耳を貸さない警備隊員は、浴室へと向かって平和な足取りを進めていた。


「男子二人のほんの数メートル隣に、女子が一人で寝ているんだからね」竜斗が低く冷静な声で指摘した。


 その言葉の持つ生々しい論理に、月島は再びベッドの端から顔を突き出し、純粋な混乱に支配された。


「はぁ?!」


 当惑した顔が、上段のマットレスの端で揺れている。竜斗は顎を上げて彼を見つめた。


「田寺さんは、僕たちが妙なことをしていないか見に来ただけだよ。西宮先輩がさっき言っていた、思春期の男女についての話を覚えているか?」竜斗は、これ以上ないほど基本的な事実を淡々と説明した。


 尖った髪の少年は、その生意気な態度とは裏腹に、純粋すぎる一面を露呈し、一瞬にして顔を真っ赤に染めた。


「俺たちがそんなことするわけねぇだろ!!!」


 月島は熱くなった顔を毛布の中に埋め、恥ずかしさの殻に閉じこもった。


 (やれやれ……)


 竜斗は最後に深い溜息を漏らし、頭を柔らかい枕に預け、ようやく眠りについた。

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