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君と会うまで、世界は無音だった  作者: わる
第2巻 - 居場所となった声
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第43話「学校の窓からは見えない世界」第三部

 頭上に広がる広大な青空には、薄く細い雲が幾筋も引かれていた。夕暮れの穏やかな風に解れ、それらはかつての姿の淡い記憶のような、半透明の残滓にすぎないように見えた。


 景色の中腹、緑がかった地平線を鮮やかなオレンジ色が染め始め、一日の終わりを告げていた。ゆっくりと、しかし容赦なく、太陽が山々の向こうへ沈みゆく。


 『夏休みの間、バイトを見つけたんだ……』


 彼の言葉が、真琴の頭の中で鮮明に響き渡っていた。


 二人は街の中心部、広大で静かな庭園の前に立っていた。完璧に手入れされた低木が緑の生け垣を作り、絶え間ない通りの喧騒と、この中庭の静寂を隔てる自然の防壁となっていた。葉の盾の向こうでは、石畳の小道が縫うように続き、小声で話す人々や、足早に歩く白衣の医療従事者たちが行き交っている。


 短い階段を上った先には、その複合施設の正面玄関がそびえ立っていた。鏡張りの冷たく磨き上げられたガラスが夕暮れの色を反射し、この巨大で威圧的な病院の入り口としての役割を果たしている。


 『バイト?どうして?』


 記憶の糸はまだはっきりと紡がれている。打ち明けられた直後、彼女は驚きを隠せずに彼を問い詰めた。


 『お金を貯めなきゃいけないんだ』


 『どうして?なんで三浦くんはお金が必要なの……?』


 そのガラス張りの建物の前で、真琴の顔は困惑に満ちていた。彼女の大きな緑色の瞳は、そのガラスの壁に隠された謎を解き明かそうとするかのように、深く静かな不安を抱えて巨大な病院を見つめていた。


「行こう、秋山さん」


 竜斗の穏やかな声が、彼女を現実に引き戻した。彼は正面玄関へ向かって第一歩を踏み出した。真琴はまばたきをしてためらいを振り払い、すぐに小走りで距離を詰め、彼の隣に並んだ。


 『君に見せたいものがある……』


 いつも無気力な彼が、どうして自分をここに連れてきたのか。その理由が、彼女の思考の中で再び反響した。


 『僕にとって……とても大切なものなんだ』


 ◇ ◇ ◇


 真琴は竜斗の後に続き、病院内へと足を踏み入れた。歩きながら彼女は黙って彼を観察し、通りすがる職員たちと何気なく言葉を交わす彼の姿に気づいた。彼にとって、これが日常なのだとすぐに理解できた。この無機質でどこか物悲しい空間は、すでに彼の生活の不可欠な一部となっていたのだ。


 受付の看護師がすぐに彼に気づき、他の人々からも親しげな挨拶を受ける。迷路のような廊下を迷いなく進むその足取りは、彼がこの病院の隅々まで知り尽くしていることを物語っていた。


 やがて、二人は一つのドアの前で立ち止まった。


 廊下にはこの場所特有の重い空気が脈打っている。一定のリズムを刻む医療機器の機械音、少し先で電話をかける看護師のくぐもった声、別の病室から漏れ聞こえるテレビの音、そして時折響く咳や遠くの話し声。


 そのすべてを覆い隠すように、「はぁ……」と引きずるような彼の溜め息がこぼれた。


 竜斗はドアの前に静止していた。冷たいドアノブに手を置いたまま、目を細め、完全に彼自身の思考の海に沈み込んでいるようだった。隣で真琴は不安に苛まれながら、ぎゅっと両手を握りしめていた。彼がどれほど迷い、勇気を振り絞るために静かな内的闘争を繰り広げているかを感じ取り、食い入るように彼を見つめた。


 彼女の目に映る竜斗は……。


 (三浦くん……中に入るのを怖がってるみたい……)


 彼女は唇をわずかに開き、彼の名前を呼んで寄り添おうとした。だが、最初の音を発しようとしたその瞬間、彼は目を鋭くし、ためらいを飲み込んで銀色のドアノブを押し下げた。


 ガチャッ


 明るい病室の中、一人の女性がベッドに横たわっていた。背もたれが起こされているため、上体を起こした姿勢で、窓から広がる青空を見つめていた。そこでは、地平線の山々の滑らかな曲線の向こうに、オレンジ色の光が顔を覗かせていた。


 ドアが開く小さな音に気づき、彼女はゆっくりと左へ顔を向けた。途端に、その唇に愛情深い笑顔が咲きこぼれた。

 短い黒髪。布団越しのシルエットからは、入院生活で弱った体が窺えたが、その表情からは心からの喜びと温かいオーラが溢れ出していた。


「おかえり、竜斗」


「ただいま、母さん」


 中に入ったものの、竜斗は入り口付近で立ちすくんでいた。手はまだドアノブから離れず、目を伏せがちにして、長く視線を合わせるのを避けていた。


「あら?」福実は驚きの声を上げ、口元に手を当てた。予期せぬ来客に対する、心からの驚きの表情だった。


「あ、ああ……」竜斗は緊張のあまり、ここに来た理由を忘れてしまったかのように呟いた。「その……僕のクラスメイトなんだ……」


 真琴は恥ずかしそうに一歩前に出ると、竜斗の隣に立った。両手は胸の前で防御するように組まれたまま、顔をほんのり赤らめ、尊敬と緊張が入り混じった震える声で言った。


「は、はじめまして!あたし、三浦くんのクラスメイトの秋山真琴です……っ」


「あなたが真琴ちゃんなのね。ふふふ……」彼の母親は甘い声で言い、口元の手で明らかにイタズラっぽい笑みを隠した。


 真琴の顔の赤みは一気に増し、付け加えようとしていた言葉はすべて喉の奥に飲み込まれた。


 (あたしのこと、知ってるの!?)


 一方、竜斗は重い溜め息をつき、その目に明らかな居心地の悪さを浮かべていた。


「それで、竜斗……」福実の声は低く、メロディアスに響き、すぐに息子の注意を引いた。竜斗は顔を上げ、彼女を見つめた。「二人で街をデートして、そのついでに年老いたお母さんのお見舞いに来てくれたの?あらあら、そんな気を使わなくてもよかったのに!ふふふふっ……」


「そんなんじゃない!」


 竜斗は顔を真っ赤にして、ほとんど叫ぶように言った。隣で真琴は喉元まで出かかった悲鳴を飲み込み、熟したトマトよりもさらに濃い赤に染まっていた。


「どうして?」母親は大げさなほど無邪気なふりをして言い返した。「イチャイチャしてるカップルが、夏休み前の最後の放課後を一緒に過ごすのはごく自然なことじゃない!ああ、甘酸っぱい青春ねぇ……」


「ち、ちが、ちがちがちが……っ!」真琴はパニック状態でどもりながら、そのありえない推測を必死に否定しようと、体の前で激しく両手を振った。


「母さんの考えてるようなことじゃないって!」竜斗も声を張り上げて抗議を続けた。真琴が彼のこんな大声を聞いたのは初めてだった。いつもの冷静さは完全に失われていた。


「違うの?あなたたち、付き合ってないの?」


 その直球の質問は、二人にとって完全に不意打ちだった。


 (あたしたち……付き合ってる……?)


 二人は同時に視線を逸らした。竜斗の目は本気の焦りに溢れ、唇は固く結ばれていた。一方の真琴の目は、ただ純粋な恥ずかしさで潤んでいた。福実は青白い顔に、その面白がるような笑みを浮かべたままだ。


「僕たちは……」竜斗は口を開いたが、その声は自信のないつぶやきへと消えていった。


「はい!」だが、その言葉を遮るように一歩前に出て、文を締めくくったのは真琴だった。彼女の声は勇気の爆発とともに響き、顔は火の出るように熱かった。「あたし、三浦くんの彼女ですっ!」



挿絵(By みてみん)



 シン……


 竜斗はドア枠の横で凍りついた。信じられないという顔で彼女を見つめ、絶対的なショックで頬をピンク色に染めている。


 その宣言の後、病室に突然の沈黙が落ちた。真琴は数秒間、彼の母親と視線を合わせていたが、やがて恥ずかしさに耐えきれなくなり、うつむいた。彼女の視線は床に固定され、胸の中で吹き荒れる不安の嵐を鎮めようと、何度も両手をこすり合わせていた。


「真琴ちゃん……」福実が沈黙を破り、恥じらう少女の注意を引き戻した。「もう少し具体的に言ってくれないかしら。例えば『三浦』っていう名字は、この部屋にいる誰のことだってあり得るわ。私かもしれないし!ちゃんと竜斗の下の名前で呼ばなきゃ!」彼女は胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、応援するようなポーズをとって少女を励ました。


 その言葉を脳が処理したほんの一瞬、真琴は完全にフリーズした。思考回路が停止した。


 (三浦くんの……下の名前を呼ぶ……しかもお母さんの目の前で……あたしが彼女ですって大声で宣言しながら!?そんなの絶対に無理いいいいっ!!!)


「あ、あ、あ、ああ、ああああ、あた、あたしぃっ!!」言葉の破片が口から漏れ出し、完全に言語機能が崩壊していた。


「冗談よ、真琴ちゃん!そこまでしなくてもいいわ!」福実は慌てて彼女を落ち着かせようと、優しくて本当に楽しそうな短い笑い声を漏らした。


「で、で、でも……お母さん!」真琴はベッドに向かって一歩踏み出した。言葉はめちゃくちゃで、顔から火が出そうだった。


「あら!お母さんって呼んでくれたわ!なんて可愛らしい子なの!!」福実は両手を頬に当て、その状況のあまりの甘さに完全に浸りきって、とろけるような声を上げた。


 そして、病室の入り口に立ち尽くしたまま、竜斗は自分の彼女と母親がこんなにも温かく交流しているのをただ見つめていた。


 いつも彼の視界を曇らせていた、あのメランコリックで遠い光が、ゆっくりと霧散していく。


 彼の瞳は、信じられないほど穏やかだった。


 そして彼は、本当に久しぶりに、心からの喜びの微笑みを浮かべるのだった。

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