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トロイメライ  作者: 嘘吐き
20/20

/.Ruf 4


「女王からの伝令です。王妃の暗殺は取り止めよ、と」


「……はい?」


 伝令書を丸め、ユーマイル公は言った。

 命令の変更は珍しくもないが、意図が掴めない。何より、もう遅い。


「近く、王妃の預言が必要になるそうです」


「なんと……陛下らしくもない」


 なんとか言葉を紡ぐ。死体を隠すか?それにしても、王宮の衛兵はいまだ王妃の死体を見つけていないのだろうか、やたら平穏だ。


「仕方ありません。何も黒獅子王を狙え、などと酷なことは言いません。

幼い王子を。ローレンツ、貴方なら王妃に取り入り、近づくこともできるでしょう」


「……御意に」

  

 部屋に戻ったフリードリヒが着替えていると、鏡に映る自身が、密かに話しかけてきた。


「見よ、殺意の度合いを測ってきてやったぞ」


 王妃の姿をしたテスカトリポカは、胸の傷を見せた。


「ほれ、触ってみるか」


「……本当に、兄様が」


 着付けが終わり、侍女が髪に香油を馴染ませる。華やかな薔薇の香りとは裏腹に、フリードリヒは不安で落ち着かない。


 つと、鵲が舞い降りる。喉元を膨らませ、短剣をフリードリヒの手に吐き出した。


「これ、は……」


 ロメンラルの紋章が入った短剣を、侍女らに見つからぬよう、手早く懐に仕舞う。


 テスカトリポカは、ユーマイル公爵およびローレンツが王妃の命を狙っていることを忠告した。

 しかし何かの間違いと、フリードリヒは聞く耳を持たない。


 ならば証明してやろうと、テスカトリポカは王妃の姿を取りて、刃をその身に受けた。


『実に鮮やかな技術だった。お前の兄弟は、優れた殺し屋ぞ』


「……兄様」


 リウォインの兵として、それはとても立派なことなのだろう。

 だがフリードリヒは、兄への敬愛を捨て切れなかった。








 翌日になっても、王妃が死んだという報は入らず、ローレンツは気にもんだ。

 死体を隠そうとしたが、なぜか血痕すら無かった。


 影武者を殺したにしても、こちらに探りが入らないのはおかしい。何より、弟を間違えるはずがない。


 懐から、フリードリヒが書いた預言を出す。

 それを小さく畳み、親指ほどの大きさの金属製の筒に入れる。


 筒を酒ともに飲み下す。

 何物をも呑んで胃に入れる。これこそ、ローレンツが鵲伯爵と呼ばれる由縁だった。

  

 王に挨拶をするという公爵に、ローレンツは衛兵として追随する。

 今日も今日とて大臣らを叱り飛ばす王の隣には、昨日殺したはずの妃が、平然と立っていた。


「陛下、あまり怒鳴るのは、よくないたたた」


「政治を知らぬ者が、口を挟むな」


 諌める妻を、黒獅子王は容赦なく折檻する。

 頬をつねるエンディミオを、しかし誰も止めない。


 ローレンツは戦慄した。王妃は確かにこの手で殺したはずだ。感触も覚えている。


 ローレンツの動揺など露知らず、老公は目で命じる。王妃に取り入り、王子を殺せと。




 妃が夫と離れたのを見計らい、人懐こい笑顔を張り付けて近づく。


「やほーフリッツ、ご機嫌よう」


「兄様……」


 フリードリヒは苦い表情で、兄と目を合わせようとしない。

 どうしたかと聞いても、首を横に振るのみで、答えようとはしない。


「ねえフリッツ、子を見せてほしいんだけど」


「……なぜ?」


「んーと、俺から見たら、可愛い甥と姪じゃないー。それに男女の双子ってのも、一度は拝見したいにゃー」


 だがフリードリヒはうつむくばかりで、返事もしない。具合でも悪いのか、と心配しかけた時、王妃は糾弾した。


「今度は、殿下を手にかけようというのですか」


 ローレンツは目を丸くし、弟にすりよる。王妃つきの侍女が睨むが、気に止めない。


「なーに言ってるのさ。暴虐王に何か吹き込まれたかー?」


 フリードリヒは兄を見据える。


「どうして殿下まで……ヘルガ様の命ならば、僕を殺せばいいでしょう……!」


  

(なぜこちらの情報を……これも神の預言か?)


「昨日の影武者も、お前の差し金か?フリッツ」


「……そう、です。何者をも、僕を殺せません」


「なーにが神聖なる預言者だ。やることは魔女と変わらないな」


 ち、と舌打ち、ローレンツは弟から離れた。


「兄様、どうしてこんなことをするのです?

エンディミオ陛下は、ロメンラルの立場も慮ってくださいますー」


「お前は黒獅子王の残虐さを知らないから言えるんだ。獅子に跪いていてみろ、奴隷のような扱いに違いない」


「父様を呪い殺した魔女に、従うというのですか……!」


「……せいぜい、暗がりに気をつけることだね」


 負け惜しみともとれる脅迫。フリードリヒは説得に失敗した。




「魔女の兵と何を話していた」


「んぎゃ」


 王に頭を掴まれ、フリードリヒはすっとんきょうな悲鳴を上げた。


「ん、とぉ……」


 内容が内容だけに、言えないでいると、エンディミオは苛立たしげに妻の頭を締め付ける。


「そなたは、私と魔女の、どちらを信用するというのだ?」


「うぁっ……申し訳、ありませんー……」


 王を裏切るような真似をしてはならない。

 フリードリヒは実家への懲罰も覚悟し、兄の思惑を話した。


「白鷺らしいやり口だ。リウォインごと罰しようと、蜥蜴の尻尾切りだろうよ」


 ヘルガを糾弾しても、私は殺せなんて言ってないわ、兵の暴走よ、などとはぐらかすに違いない。


 ローレンツは犬死にだ。ユーマイル公爵はやはり魔女の配下だと気付き、フリードリヒの表情は青ざめた。


「ひどい……許せませんー。わたくしを苦しめるためだけに、兄様を利用するなんて」

  

『そうだ、憎悪せよ』


 戦神が、契約者の怒りを煽る。


『生とは戦いだ。それこそが人だ。

憎しみは混沌と革命をもたらし、お前の心を色彩豊かにする』



「よいか、フリードリヒ」


 エンディミオに名前を呼ばれ、王妃は居ずまいを正す。


「そなたがアルヴァの王妃であることを覚悟するならば、故郷への未練など棄てろ。でなくば、早々に私の前から去れ」


 フリードリヒが望む望まないに関わらず、戦争はとうに始まっている。

 エンディミオは暴力で言い聞かせず、青年を試した。


「……当然です。この身は陛下のものです」


 子供を守り、王の愛を得るためには、少しづつ何かを捨てなければならない。国主の隣に立つ者に、甘えは許されないのだ。


 エンディミオは微笑し、よろしい、と誉めた。妻の青白い頬を撫でる。







(ちょっと、裏切られた気分かもー)


 ローレンツは嘆息した。同僚の揶揄も、耳に入らない。


 末子が神憑きと判明したとき、父はひどく苦悩していた。兄となった男は、どこか蔑んだ目をしていた。


 自分だけはと可愛がっていた弟が敵となり、よもや出し抜かれるとは!


 王子に近づく術は無い。王妃以上に、厳重な警備が敷かれている。


 だからといって、このまま帰ることなどできない。

 ローレンツに残された選択肢は、王族を殺めて死ぬるか、役立たずとして惨めに生きるかの、二つにひとつ。


 そして彼は、優れた猟師だった。

  


 数日が経ち、ユーマイル公爵が帰国の途に着く日となった。


 フリードリヒは兄を警戒し、部屋から一歩も出ずにいたが、すっかり空振りだった。


「王妃様、どうかお元気で。いつまでも健やかでありますように」


「ありがとう、ございます……。あの、兄は」


 辺りを見回したとて、兄の姿はなかった。

 老公は微笑み、答える。


「御令兄ならば、所用で先に帰国しております。急を要したためご挨拶に伺えず、誠に申し訳ありません」


 そういうことなら、と王妃は深追いはせず、無理やりに自らを納得させた。







 妃が御子の様子を見に行くと言うと、珍しくエンディミオが付き合った。

 嬉しくなったフリードリヒは、軽い足取りで夫の隣を歩む。


「お姫様は、とてもお元気なんですー。王子様は、めったに泣かない強い子でー」


「それは何よりだ」


 魔女の使いが去ったことで、王の機嫌はすこぶる良いらしい。フリードリヒがその屈強な腕に触れようと、振りほどくことはなかった。


『殺意の慟哭が聞こえる』


 幸福を噛みしめていたフリードリヒに、不吉なる声が降りかかる。


 立ち止まり周囲を見る妃を、エンディミオは不振に思い、銀髪を引いて自分の方を向かせた。


「何事か」


「え、あ……」


『上だ、来るぞ!』


 反射的に上方に首を巡らせるフリードリヒ。

 紺の軍服の男が、文字通り降ってきた。


 エンディミオは傍らの妻を払い、腰に下げた軍刀を振り抜く。


 刃が接触し、擦り合う音。全体重を乗せた一撃すら、黒獅子王は退けてみせた。だが返しの刃を食らうほど、相手も素人ではない。

  王に追従していた衛兵らが、急ぎ槍を敵に向ける。

 その行動を遅いと一喝し、暴虐王は剣を構えた。


「魔女の置き土産か」


 暗殺者は獣のように床に四つ足で這う。

 殺意に燃える藍の瞳。相手の容貌が妻に似ていることを、エンディミオは苦く思った。


 多勢に無勢。しかし鵲伯爵は臆することなく、黒獅子王に飛びかかる。


 わずかな音も立てず、気配をおくびも察知させず。もしフリードリヒが不振さを見せなければあるいは――


 ならば容赦をしてはならない。


 短剣を歯でくわえたローレンツは、王の振るう軍刀を、絶妙な角度から掌底を打ちて刃を折る。

 特別誂えでないとはいえ、一撃で武器を砕く技術。これほどに優れた暗殺者も、そういない。


 横合いから穿つ衛兵の槍を、猟師は最小限の動きで避け、兵の延髄に痛烈な蹴りを浴びせる。


 王には近づかせまいと、衛兵がローレンツに殺到。

 ローレンツは無力化した、衛兵の大柄な体を踏み台に跳躍。短剣を逆手に持ち、王に向ける。


 体勢を変えられぬ空中からなど、愚か者のすることだ。

 先を争うように、槍が次々に暗殺者を狙う。


 だが鵲伯爵は、穂先が肩や脇腹、大腿を削ろうとも意に介さない。槍の柄を踏み、袖口から剃刀を出し、間隙を縫うように投擲。


 鎧の間接部や顔を裂き、兵らは怯む。飛来した刃はエンディミオのまなじりをも掠めた。

  

 衛兵の体を踏みつけ、血を撒きながらも、鵲伯爵は王の喉ば裂かんと向かう。その姿は、幽鬼の如く凄絶であった。


 しかして兵たちは、十分に時間を稼いだ。


『魂拐う夜の風、混沌の闇。貴き肉を喰うために生まれ、帰還した風に喰われて死ぬ者――』


 迷いなど振り切った。たとえ血を分けた兄弟だとしても、王を害する者を許してはならない!


『――待つ母の眷属“漆黒による変革”を招致します!』


『くらった刃は、返す主義でな』


 戦神テスカトリポカは、ロメンラルの紋章の入った短剣を投げる。


 短剣はローレンツの右目を切り、衛兵の鎧に当たり床に落ちる。


 突然の攻撃に混乱する猟師。その隙を逃すはずもなく。

 エンディミオは一歩踏み出し、ローレンツの顔面を拳で殴った。


 もろにくらい、鵲伯爵は床に転がる。起き上がる前に、短剣を持つ右腕を踏みつける。


「ッ……」


「お待ちください、陛下!」


 エンディミオが兵から差し出された剣を、ローレンツの首に当てる。衛兵を振り払い、フリードリヒは兄のそばに膝まずく。


「兄様、どうか答えてください。どうして……このようなことをするのです?」


 答えの如何によっては、ローレンツの極刑は延びるかもしれない。

 仮にも王妃の血縁である。そうそうに首を切ることはないはずだ。


 しかしローレンツは黙したまま、答えようとはしなかった。


 ためしにエンディミオが相手の腕が砕けるほど踏みにじっても、苦鳴を漏らすのみ。

  

『口を割らせたいのか?』


 嘘でもよい。兄の犬死だけは、回避せねば。フリードリヒが頷くと、戦神は嫌らしく笑い、唱えた。


『ならば聞かせてやろう。声なき声、その絶叫を――来い“黒鳶に流るる罪”』


 テスカトリポカの大腿に絡まる黒蛇が、大きく口を開く。

 顎を外した蛇の口腔から逆さまに這い出すは、糞尿の混じった泥で化粧した醜女だった。


 あまりの醜さに絶句するフリードリヒを笑い、テスカトリポカはよしよしと醜女を撫でる。


『これはわたしの付随機能、トラソルテオトルだ。いじらしく可愛いだろう』


 いや全く、とは言えず、フリードリヒは目を反らす。

 トラソルテオトルは手をローレンツの方に掲げ、粘りつくような声を発した。


『告げよ。赦しを得、罪の浄化のために』


 するとローレンツは、わずかに震える声で話し始めた。


「お前の預言は……人を、狂わせる」


「兄様……兄様、もうやめよう……。どうかヘルガ様の命令に、反乱してください」


「この期に及んでまだ……女王のご意志だと……」


 藍の目に殺意が戻り、ローレンツは叫ぶように弟を責め立てた。


「違うな……俺の殺意は俺のものだ。

こうなることはわかっていた……神憑きを世に出した罪で、俺がお前を殺さねば、家はとり潰される」


 たとえロメンラルが自治を認められていても、伯爵家は女王への忠誠により保ってきた。

 ローレンツの言葉は、もはやどちらに転んでも、ロメンラルの終わりを意味する。


 たとえ王妃の出身地でも、アルヴァには辺境を守る利点は無いのだ。

  

 ローレンツは嘆いた。それは世界に対する問いかけだった。


「な、ぜだ……なぜ俺と父が死に、お前が生きる……何が違うんだ」


「そんな……そんなことは!」


「皆が言うわけだ……神憑きは不吉だ、最悪だ……」


 エンディミオが舌打ち、ローレンツを蹴った。衛兵に連行するよう命じ、会話を打ち切る。


(ならば、せめて俺の血が、この不条理に鉄槌を下せ……命は、惜しくない)


 悔しい悔しいと、心は血を流したまま、ローレンツの意識は閉ざされた。







 白い繊手が、どこか艶かしい所作で扇を畳む。


 扇を口許にあて、形のよい唇を動かす。


「たしかに、魔王の預言ね」


 脚を組み替え、美しくも残酷なる女王は笑った。

 持ち出されたアルヴァ王妃の預言。沈黙を守る鷺が、珍しく歓喜の声をあげたのを見て、ヘルガも機嫌が良くなる。


「ご理解いただけたようですね」


「ええ、魔王の存在を知らせてくれるならば、王妃さまは殺せないわ」


 魔王が誰かなど、神にすらわからない。それをあらかじめ知れる可能性が、預言にはあるのだ。


「アルヴァとの戦はしばらく長引かせてあげる。魔王が出現するまで、延々と黒獅子と遊べるのね」


「お互い、上手くやりましょう。宗主はそうおっしゃっています」


 ヘルガは友好的に、対面に座る客人に笑いかけた。


「そうね、お互い仲良く、ね」


 素早い動作で左手を翻す。その手には短鎗。

 白髪の美しい司祭に、黒耀石の穂先が牙を剥く。

  

「たかが暗殺者一人に負傷者を幾人も出すとは、我が軍も質が落ちたものよ」


 王の叱責を受け、栄えあるアルヴァ国軍を任される将軍は畏縮した。


 先日の事件で、王を守りきれなかったのは確か。

 かように腑抜けたままでは、リウォインとの戦どころではない。


「おそれながら陛下……本当によろしいのですか?あれを野放しにするなど」


「警戒に値せぬ。貴様が報告すべきは、国境での斥候が成果を挙げたかどうかだ」








 破壊の歌を奏で

 赤き竜を連れて

 文明を滅ぼさんと

 恐るべき魔王がやってくる


 虚無の炎に

 剣は槍は弓は熔けて

 鎧も兜も鞍も焼かれ

 双頭の獅子は火傷を負う


 終焉の音をつまびき

 魔女らを従えて

 黄昏に旗を立てんと

 地獄から孤高にやってくる


 しかし魔王よ

 あなたは虚無に呑まれ

 自らの火に焼かれる




 さらなる魔王の預言。兄の言う通り、これは人に混乱を招く。


『ほぼ確定したな』


「……え?」


 鵲が預言を見て言った。その声音は真剣で、魔王という存在が、神にとっていかに重要かを窺わせる。


『決定的ではないが……しかし疑問は残る。時を要するか』


 気まぐれな神は、それだけを言い残し、虚空に消えた。


 預言を解析できる者がいないため、紙片を見つめていると、部屋の扉を乱暴に蹴破る音。


 王宮でそのような不敬をする人物は、当然だが黒獅子王のみ。

 侍女らも慣れてきたものか、冷静に出迎える。

  

「……後悔をしているのか」


 エンディミオの問いかけに、妃は頭を振る。

 不思議と涙は出ない。ただ静かな悲しみを受け入れた。


 もしあの時こうしていれば、などと愚かしい言葉は、言えるはずもない。フリードリヒは神を使って、兄弟を傷つけたのだ。


「優しい方だったのです……とても」


 神憑きたる自分にも愛情を向け、様々な物事を教えてくれた。その思い出が消えることはない。


 エンディミオは余計なことは聞かず、憎しみの先と、これからの覚悟を問う。


「魔女は私に刃を向けた。斥候はすでに国境に向かっている」


 戦争の理由は十分にある。民衆からも、兵の志願が多数出ている。


 戦争は始まる。個人の力などでは到底止められぬ、巨大な憎しみと悲哀の嵐が。


「何があろうと、私に追随する覚悟はあるか」


 白鷺王と決着が着くか否かの大戦争が予想される。

 多くの苦しみが降りかかるだろう。エンディミオ自身が戦死しないとは限らない。


 フリードリヒは黙ったまま、と思いきや、隣に座す黒獅子王に抱きついた。

 エンディミオは引き剥がすことはせず、妻の言葉を待つ。


「わたくしは……あなたの隣で死ぬと決めています」


 死の何が恐ろしいのか。我らは血肉に塗れて生まれるというのに。

 父から教わった言葉の意味を、フリードリヒはようやく理解した。


 臆すことなく死を受け入れ、国のために手を血に染めてきたロメンラルの当主達。

 誇りはローレンツに受け継がれ、そして鵲伯爵はやってのけたのだ。


 涙に滲む瞳を見られることを嫌がり、フリードリヒは王の厚い胸板に顔を押しつけた。

   

 一兵卒の出入りする、ろくに掃除もされていない城壁の裏口から、賎しい身なりの男が追い出された。


「おら、さっさと出ていけ!汚らわしい」


 背後から兵に腰を蹴られ、男は地に倒れる。

 男は満身創痍だった。腕を吊り、右目を覆う布は、乾いた血で赤黒い。


 下賎の輩は、這いつくばったまま嘔吐した。

 血の混じった胃液に、短剣に小刀、針なども出る。


 男は刃物を掴み、苛立たしげに地面に投げつけた。しかし金属筒だけは、手放すことができなかった。


 みじめに生き長らえた命で歩き出す。アルヴァでは暮らせないし、リウォインに帰ることもできない。


 行く宛てもないまま、だが留まる場所も得られず、彼は死ぬ。


 金属筒を開け、中に入っている紙片を広げる。


「憐れな愛し子よ……あなたの父は人殺しだ……」



故にあなたは一族の業と

そして番いの業を背負う

過ぎた孤独はあなたを狂わす

自ら永遠の眠りにつく前に

虚無があなたを呼ぶ

果てなき地獄へと



「――弟よ、これは、俺の破滅の預言か……?」


 脚を引きずるように、あてもなく歩く。声をあげることすら奪われた哀れな猟師は、何処へ往くのだろう。


 されど彼らはいずれ、舞台から追いやった者から血の報いを受ける。

 不条理に裁きを願う、何者にも顧みられなかった男の血に――

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