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2話 幼少期

◇ ◆ ◇



 明日から夏休みという高二の溢れんばかりの煩悩を醸成した夜、いつの間にか眠っていたようだが今も続く全身に走る痛み。そういえば眠る直前にフルマラソンさせられていたような異常な感覚があったなと思い返して目を開ければ、私は赤ちゃんになっていた。うん、記憶を持って人生再出発《ニューゲーム》というやつだ。絶対に天垂部長が元凶だろう。だから一発殴ると心に誓ってちっちゃな拳を掲げた。


 これが完全に異世界なら何かしら使命とかあっての神様転生かなぁとも思えたのだが、そういった超常存在からのご挨拶も謝罪も依頼も命令も面会すら無く、現代日本に似たような文化レベルの現代社会に唐突な生まれ直しだった。手足が短くなった自身に気付いた時は泣き叫んだし股の間のが未使用のまま無くなった事を理解《わ》からせられた時はそりゃもうギャン泣きした。


 だがまぁ高校二年という中途半端な時期までだが知識や考え方は他所の子より年食ってる訳で天才扱いされちゃうんじゃないのと妄想していたら、世の中そんな甘くなかった。パンツにべっとりついた不快感を我慢するなんて不可能。私はギャン泣きした。

 そう、赤ん坊の振りなんて出来る筈も我慢できる筈も無い。赤ん坊というのは思うように身体も動かないわ、寝返りさえ危険視されてるわでそりゃもうすんごくお世話される生き物なのだ。気付けた当初は赤ん坊らしい我慢も演技も考えたのだが無理。生まれたばかりだからなのか視界もぼやけてるし看護婦さんらしき人の言葉もよく聞き取れないし、退院して自宅で生活するようになっても基本動けない。本当にきつかった。


 しばらく経って、視界が明瞭になり耳も快適に良くなり、床を這いずるようにハイハイ出来るようになれば、それまでの鬱憤を晴らすように動く。これほど運動を楽しめたのはいつ振りだ?立ち上がりも任せろーと動きまくったよ。何度もこけたりひっくり返ったりしたが諦めずにド根性を腹に刻んで遂行。まぁ現世の親も喜んでくれるものだから調子に乗った所もあるだろう。



 親からは素直に手がかからない事を喜んでくれる感じの大らかさでもって成長を見守って頂けたのだが、三年後に妹が生まれたら子育ての大変さに目を白黒させていた。私も赤ん坊パワーを舐めていた。何なんだヤツはなんでそんなに元気なのだと毎日時間を問わず泣きまくる妹ちゃんに戦慄させられたものだ。前世の私は一人っ子だったから想像だにしなかった。赤ん坊というやつはエネルギーの塊なのだ。しかも唐突にダウンして眠ったりする。意味が分からん。

 早々に演技を止めて良かった。

 どう考えても私に赤ちゃんの演技は無理だったし三歳児でも赤ちゃんのお世話手伝いを任される程度には信頼も得れていたからだ。

 まあそれに何より可愛らしかった。赤ちゃんというのは手のひらに当たったものを握り込むようだ。反射的にそうするらしいのだがそれが何より愛しくて幼少時はニコニコと手を繋いだりツンツンとつついたりと飽きなかった。反面ギャン泣きわがままワンダホーな奔放さに手も焼かされたのだが。


「まぁ実際妹ちゃんと自分の幼少期を比べりゃ、静か過ぎたわな」

「だう?」


 妹ちゃんは能天気に笑うばかりだが、多分物凄く早く喋り出した私の異常性を個性だと笑って受け入れてくれた親には感謝してもし切れない。そのおかげですくすくとまぁ大きな怪我せず育って来れた。今世の両親にそれとなく前世の記憶を匂わせてみても反応無しだし、私のように記憶の持ち越しなんかはしてなさそうだった。まぁ妹ちゃんもいる事だし前世とは似ているだけで全くの別人と考えてよさそう。性格や口癖・仕草なんかが同じなので頭がバグりそうになるけどね。

 だから家庭内に限っては安心安堵なのである。


 限定した理由は、この世界は前世日本と似ているけれど、別物であるからだ。


 クーラーもテレビもネットも変わらずある。前世の両親との違いは髪色程度というこの世界の両親は端的に言って年齢を加味したらうり二つ。最初認識した時若い頃はそんな髪色に染めてたんかと驚愕した程度の差しか無かった。

 ともすれば時間遡行(タイムリープ)でもしたのかと思ったが、過去には絶対に無かった防犯設備や窓に貼ってある符やまじないのような文字、意味不明なインテリアなどなどから単純に過去に戻ったわけでは無い。そもそも家の様式が違う。三階建てに地下室プラスの縦長住宅兼ショップなのだ。前世でも自宅兼販売店な所は一緒だが、地下など無かったし二階建てだった。窓から覗く周囲の景色も一変しているしで、それに差異が際立つのは日本語の文字種。変体仮名のような文様が日本語文章の中にしれっと混入されていたりする。

 赤ん坊の頃は灯りひとつとっても謎だった。よく分からない言葉が響けば部屋の照明調整がされたりするのだ。オール電化やスマートホーム導入でなら可能だと思うが、前世の我が家では導入して無かったし日本語でも無い。


 そんな疑問符が脳内を飛び交う最中、母の腕の中でテレビ放送を眺めていたら、ここはファンタジージャパンなんだと確信した。

 前世日本に似ているこの国、天州国は物騒な他国のニュースと比較すれば平和であるが、謎な特権階級が権勢を振るう近代国家だ。

 特権持ちの上流階級、いわゆる貴族が国会や県議会の上で幅を効かせていたりもする。各大臣の任命や他色々な権限を持っているらしい。

 そして何より前世との大きな違いは霧界とも呼ばれるダンジョンもあれば魔物や魔境・魔物領域も蔓延っている事だろう。


 テレビに映る通行人の姿。色とりどりな髪色にやけにゴツい服だったりと奇抜過ぎるその格好はどこのコスプレ大会参加者達だと首を傾げたし、肩パッドの棘や巨大でリアルな斧を剥き出しで背負っていたりして愕然とした。常識が違うのだ。


「――つぎのニュースです。――男爵の――が緑ヶ丘の――層まで――し、10月時点で――層の魔物をほぼ全て討滅せしめたという報告会見が開かれ――」


 変わらぬは夜に眺める空くらいかと黄昏れたそんな赤ちゃん時代。

 けれどもよくよく見れば夜空も違ってた。というか見えてなかった。

 天井だ。

 空に天井があるのだ。

 昼間に注ぐ明かりは前世の太陽光と遜色無い明るさでまるで気付け無かったが、手を翳していても熱を感じない。

 朝から昼、夕方に掛けての色味の変化は物凄く自然だ、が影の出来具合に異常あり。ほぼ真上からの光源のみという塩梅。

 それでも雨があれば、いかにも曇り空という色合いになるのだが……風もあるのだが、どこか均一過ぎるというか一度疑い出せば人工臭さを感じるものであり、星座はおろか月すら無い。


 結論、ココはきっとコロニーとかそういう閉鎖空間なんだろう。


 そんな疑問を親にぶつけてみればあっさり「ココ?トウキョウ府の地下街だよ」と答えてくれた。それも第三層らしい。いや地下かい。それでいったら天井高すぎね?雨はなんぞ、風はどうなってんのと色々と聞いたが、緑を保つ為にも魔導機や他色々のお陰で地下でも地上とほぼ同等の環境を整えている都市らしい。ほぇ~、ハイテクゥ……。え、地震とか洪水とかダイジョブなわけ?いやまぁ、大丈夫じゃなかったら住めないか……。


 現代風の異世界と思っていたけど、技術水準的にまさか近未来か?せっかくの転生なのに知識チートなんか全くできる気がしない。ふぁっきゅ。



 言葉自体も前世日本語よりさらに難しいようで、平仮名片仮名漢字に加えて変体仮名や梵字のようなもの、アルファベットに似た文字も合わさった五種類。プラスして数字。数字については前世デンマークのような摩訶不思議な数え方で無くて本当にほっとしたし、時間も暦も大体同じ。

 だが安堵には早いといわんばかりに教育番組の合間合間に挟まる宣伝兼ねた小話で将来必要そうな知識の概要が叩きつけられる。


「――そう!このちっちゃな火花を出した魔法を使う為には魔力も必要ですが知識も重要!魔導具で代替できる?ええもちろん魔法構築の補助として魔導具はございます!けれどもその魔導具を作る為には?そう!知識!知識こそが!知識の積み重ねこそが魔導具職人への道を切り開くのです!魔法をイメージで発現なんてのは神様に愛された子限定の超能力!だからこそお子様の英才教育にはバダイ学習塾!将来の魔導具職人のためにも!他にも応用出来る基礎学習は超大事!だからワタクシどものバダイ学習塾では小さな頃から――」


 文字種としては他にも、神聖文字や魔術文字、獣文字とか魔法陣の形、術式の構築様式など、種々様々な術式・法式・術法がこの世に存在するようだ。これらを使おうとすればやはり覚える必要のある文字種や言い回しや図形や法則が増えるとか。

 つまり暗記が必要という話で、勉強が大事というわけ。

 勉強か。

 魔法にロマンを感じないと言ったらウソになるが、勉強と聞くと眉間に皺が寄る。

 この摩訶不思議ファンタジー現代社会でも勉強が必要とは世知辛い……。ふんっと力を込めたら水が出たりしないだろうか。しないな。うぉーたぁー!出ないな。らいとぉ!……光らん。ステータスも鑑定も無い無い尽くしの無しじゃないか。チートと言えるのは前世の知識・記憶くらいか。ふぁっきゅ。


 暗記は苦手だったし国語なんてさらに赤点ギリギリの苦手科目だったのにと嘆くも世は変わらず。

 しかもこの魔術式やら何やらを勉強して覚えても、実際に使えるようになるのは15歳で成人してからという話。

 おいそこはやる気に繋げるためにすぐ使わせろよ。魔法に少しときめきを覚えてもお預け十年以上とか酷すぎる。



 そんなこんなで、幼児時代の私は親の目を掻い潜って端末で情報探るのも悪戦苦闘という毎日だったが、知識面において教育番組は物凄く頼りになった。しかも公共放送という無料コンテンツだ。グッジョブ天州国政府。これには私もにっこり。


 どう考えようと現実に生きてる世界に変わりはなく、今日も元気にどこそこの探索者がどこかのダンジョンを攻略中と配信し、どこかの町で魔物被害がこれこれでーなんてニュースが流れている。赤ちゃんペンギンが生まれましたなんて平和なニュースは全く無く、前世にあった映画や歌やゲーム、ホライゾンシリーズのような娯楽作品など影の形も無い。


「どこの戦時下だよ」

「んー?」


 思わず呟いたが腕の中の妹ちゃんは無垢に首を傾げるだけ。うむ可愛ゆす。

 世界中にダンジョンや魔物が蔓延っていて、天州国も漏れず毎日魔物関連のニュースがあるので戦時中といえば戦時中なのだが、もう少し娯楽が無いものかね……。

 オセロやトランプとか作ったら売れるかもなーとか妄想しつつ娯楽関係の情報を漁れば、似た物を見つけられた。肩透かしーと呟きつつ調べてみると全く売れてないようだった。どうやら前世の常識、とりわけ人々の嗜好は大分違うようである。


 毎日の話題の中心は探索者関連が多い。どこそこに現れた魔物の討伐成功やら、闘技場(賭け事含み)でのトーナメント情報など。つまり血生臭くて刺激的な娯楽が熱狂的に人気なお国柄なのだ。時々政治家や貴族といった上流階級の皆様がたのやらかし報道や貴族家の取り潰し報道やら、希少な所では授賞式や企業毎の発明発表新作宣伝などもある。


 ◇


 そんな子守りをしつつな日々を送り、身体を鍛える為に子供部屋で柔軟体操や棒切れで素振りしていた時、教育番組の合間にごく短時間の通販番組が流れた。そして頭を傾げた。番組出演者の言葉の何かが脳内に引っかかったのだ。


「今日も元気に生きてますかー!!ハイ!元気で何より!健康一番!さてさて本日はぁぁぁ…、ジャンジャジャーン!デスラ社のビッグでホットなカッケーレアな魔道具(アイテム)をご紹介!まずはこれ!パンダスラッシャーと命名されたナイフ型魔導具!この魔導具を使えば刀作製時に使われる錬成素材、例えばレオプリ笹のような貴重な魔性素材でも魔力を濁らせず新鮮さを保たせながら採取可能で――」

「んん?なんかどっかで……」


 微妙に聞き間違えたかと不安になるような売り口上をリズム良く喋り倒しているそのCMにふと見覚え・聞き覚えがあるような気がして徒然なるまま頭を捻っていれば心当たりがひとつ。


 前世で慣れ親しんだ大娯楽作品群、ホライゾンシリーズの中に出てきた通信販売じゃないかと。そこに気付けばこの世界とホライゾンシリーズの関連で相似した思い当たる事は多く存在し、この発音の単語がコレに相当するなら、こっちはアレかという風に連鎖的に魔物や魔法を関連付けれて、そんな疑念が確信に変わるまでそう長い時間は掛からなかった。


「まぁレオプリ笹は偶然音が一致しただけでしょ、現実にある食材だったんだし……もう絶対に食わんぞあんなもん」


 刀京とかも東京の誤字だと思ってたら刀京が正解だったし。この日本のパチモンみたいな天州国ってのはもーほんと漢字とか熟語に加えて地名なんかも色々と覚え直しだよ!ふぁっきゅ!


 教育番組に時々出てくる単語で魔物と訳していた単語。人を食べる恐ろしい怪物。ホライゾンシリーズに関わる世界だと思い当たるまではただただ未知の化け物がうようよしている世界なんだと顔が引きつっていたのだ。


 ちなみに魔物に関してはダンジョンに入っておらず魔力生成器官が起動していない子供は捕食対象にあまり入らないとの事で少しだけ安心感はあった。魔物にとって魔力が無い子供は味のしないお菓子みたいな扱いらしい。

 なんだこの小学生並の感想で掛かれた物騒な説明文は、と顔を引きつらせた事もあった。それからしばらく経って、小学校が魔物に襲われたというニュースがあって話しが違うってと教育番組に文句を言ったりしたものだが……、まぁ結局、その魔物の襲撃は反探索者思想の団体による召喚テロだったらしい。


 小学校にテロとか何考えてケツかんねんと怒り心頭の保護者や有志が集まって物理的にその団体は潰され、続報も数日後に報道された。この天州国ではテロ指定されると人権何ソレな感じで国家を脅かす敵対者として処される。戦国時代みたく生首が広場に並べられてるのが普通にモザイク無しで報道されるのだ。どこの蛮族国家だよと思ったら自国だった時の衝撃よ。大統領がマシンガンをテロリストにぶっ放す国でも住んでる人は穏やかだったぞ。倫理道徳が前世と全く違う。魔物を日常的に討伐する世の中ゆえか暴力が身近なのだ。


「おぇグロ過ぎ。断面見せんじゃないよ」

「あー確かに生首足蹴にするのはあまり良い振る舞いじゃないね」

「いや父さんそうじゃなくてさ。状況解説するのはいいけど、グロくない?」

「そうかい?気にするほどでも無い気が……あ、魔物討伐経験の差かもな。僕も慣れるまで、というかこどもの頃はちょっと怖かった記憶があるよ。討伐に慣れると気にならないものだけどねぇ。こういうのは武力や使用された技能《スキル》精度を知らしめる為でもあるから」

「そうなの母さん?」

「ミラちゃんも魔物を討伐するようになれば分かるわ。被害者の無念を考えればこれでも優しい対応なのよ、顔が判別出来る損壊なんだし滑らかな断面からして相当腕の立つ人が出張ったのでしょうね。多分首から頭が離れた事すら気付けなかったんじゃないかしら」


 おっとサイコホラーの世界だったかなって軽口を脳内で叩きつつ、ぞわっと冷や汗が背中に吹き出たね。うん、前世の両親と一緒くたにしてしまっていたせいと記憶との差で頭がバグりそうになったけど、ここにいる両親とは別人なんだ。二人とも自宅兼店舗(ショップ)を開く前までは探索者として活動していたようだし、生きて来た過去も経験も全くの別。

 顔も性格も前世と似ているが確かに違うのだ。そしてこの国じゃこれが当たり前の感性なんだと、こっちに生まれて来て初めて理解が進んだと思う。


 妹ちゃんがギャン泣きして私の服に鼻水ほか諸々を押し付けてくれたが、そのぬくもりがありがたかった。

 頭を撫でてやってよしよしとしていれば、私も落ち着けたから。

 ここでキャッキャッと笑われていたら私の正気度が削られていたぜ、と内心で汗を拭う。


「おー、よしよし、お姉《ねえ》がいるから大丈夫だよー、安心しなスズちゃんは私が護ってあげるから。約束するよ」

「あう」


 妹ちゃんのぬくもりに微笑む。

 そう今更こんな分かり切った事にくよくよしてる暇なんぞ無い。

 愛情を持って産み育ててくれてる事に感謝こそすれ、現実にいる二人を否定するような恩知らずに成り下がるつもりなんてさらさら無いのだから。


 ◇


 ゲームかアニメの世界に転生したみたいだとほんわかしてた所にぶちまけられた容赦の無いグロ映像。そんな衝撃映像から正気を取り戻して考えたのは、前世で見知ったホライゾンシリーズ関連作品を参考にどういった転生者ムーブがより良い未来を引き寄せられるかだ。

 促成栽培、とは違うがやはり小さい頃からの鍛錬が物言うのは当然として体操や剣道の真似事はしていたが……この魔物蔓延る現代風ファンタジーワールドでどういう修行が効率的なのか考えた。当然ながら情報収集も頑張った。ネットがある世の中で本当に助かった。


「――次のニュースです。魔物災害対策庁から絹笠長官により徴兵制度における基準変更が通達され――具体的な内容は2015年から戦力値100を超える民間人の優遇制度の改変と共に兵役義務の期間について――」


 ダンジョンも魔物もいるし戦力値なんて指標もある。

 格ゲーやらの対戦ゲーなら当事者にならない限り平和だろうけど現世じゃそんなの関係無しに襲撃されるニュースが珍しく無いのでどっちにしろ強くなれるなら強くなっておきたい。その要《キー》となるのが魔力だろう。


 正直こどもの頃から腕立て伏せをしたとして、配信探索者のように岩を素手で砕けるようになれるとはとても思えない。

 それを成しているのは確実に前世に無かった要素である魔力だ。魔力の存在に違い無いと決めつけて、さぁ、では魔力はどのように鍛えるか。

 その問題の大前提として、まず魔力を得なければお話にならない。


 正確には、人が持つ魔力生成器官を目覚めさせる為に、霧界《ドーム》、つまりダンジョンそのものが放つ特異な魔力波に触れなければならない。

 これはホライゾンシリーズ愛好家《ファン》であれば自明であって、大抵の主要キャラは子供の頃にダンジョンに不法侵入したり、事故で入ったり、貴族に連れられたりしているのだ。そして幼少期から魔力で遊ぶなりして鍛えて他者より圧倒的に魔力に馴染んでいたからこそ、成長速度等が際立っていたという裏話や設定はもはや常識。


 ただ魔力関係は普通に生まれ育つ過程の中では全く関わる事が出来ない。

 魔物にも狙われるようになるし、他にも色々な問題があり子供の頃に魔力を得るのは危険だとされているからだ。

 それでも、幼少期、特に身体が急速に成長する今の時期に魔力生成器官を目覚めさせたい。将来的に成長速度が段違いになる筈だから。

 ともかく、一度はダンジョンに入らないと魔力を感じる事すら出来ない世界なんだと妹ちゃんが生まれた頃には確信していた。


 なので当然の如く幼児時から魔力生成器官を起動させる為に野良ダンジョン探しをずっとしている。早期に喋り出して家の手伝いなんかをして、端末の操作許可を勝ち取れたのもダンジョン探しにつながったし万事オッケー。もはやネットで毎日確認&ダンジョン捜索するのは習慣となった。

 幼児がひとりで出歩くなんて前世でも厳禁だったが、この現世では猶更厳しい。当然ながらひとりで出掛ける事なんて許されていないし、親を同伴させてはダンジョンなんて絶対入れさせてくれないだろう。なのでここぞという時はひとりでプチ家出になると想定して、幼児の足でも到達できる範囲内に限定して、ネットで情報収集。

 ありきたりな噂話からギルドの公式発表まで、当然ながら自宅を中心にネットを使って探し回る。固定ダンジョンは管理されており侵入など不可能、発生した新規ダンジョンをギルドに管理されてしまっても同様だが、発見される前ならいける筈だ。どうしても見つけられないようであれば極小ダンジョン、見張りが立つ程度というダンジョンにどうにか侵入するしか無いだろう。その場合は前科が付きかねないので家族にも迷惑が掛かるから最終手段だ。ホライゾンシリーズ知識頼りの細い糸を手繰り寄せようと血眼になって探した。



 日課となった素振りをしつつのそんな日々を過ごす中、ある日の夕方、ちょっとしたネット切断が起こったくらいで、今日も特に異常無し&ダンジョン見つからないと諦めかけたそんな日の夜。

 近所に住んでいると思われる人のアカウントのタイムラインにひとつの動画が投稿された。動画に映る街並みは見覚えのある場所。そのぎりぎり歩いて行ける程度の距離に蝶々が集団移動している動画。


 日付を確認すれば今日この日。動画の撮影時刻は夕方でまさにほんの少し前だ。SNSのタイムラインには、橙色に照らされる情景と相まって感嘆の声がぽつぽつと並んでいるが、近隣住民と見られる者のアカウントを確認してみれば、並んでほんの少しの異常が見て取れた。『超良い所で通信が途絶したんだけどマジありえなくねー』『ウチのテレビにノイズがめっちゃ走ったんだけどこれ故障の前兆とか?→動画』『魔導レンジが何もしてないのに勝手に止まってた。おかげでスポンジケーキがべっちゃりケーキ、絶許』。ケーキはもっかいチンしたらいいだろ。そんな事はともかく。

 夕方確認した限りでは、自治体や通信キャリアの発表で『地下街の大動脈である超高圧魔導線の不具合』や『太陽フレアの影響』などの可能性の他に、『地上に中規模魔災が発生、鎮圧済み』『中規模魔術の連続行使による影響』とか真偽不明の噂話もネットには出ていて、それなりに見掛ける出来事だと一旦流してしまったが……これじゃない?これでしょ?どう考えてもコレだ。これこそ待ち望んでいた兆候だと、気付けた。期待と予感で胸が高鳴る。


 これらの現象はいわゆる予兆の事例。

 ホライゾンシリーズの中でも、『ホライゾン~陰陽の狂騒~』に代表されるRPG《ロールプレイングゲーム》のクエストなどにも出て来た情報で、ダンジョン発生の兆候なんだとしたり顔で解説キャラが眼鏡をクイクイさせながらのたまっていたので記憶にしっかりと残っている。


 ダンジョンが自然発生する直前、その座標の中心へ蝶々や小鳥などが集団移動する光景や不可思議な情景が見られるという。加えて半径約五百メートル以内の磁場や魔力濃度が狂う。現世では、磁場や電磁波などに干渉する存在が多過ぎる為にこういった事例が見逃されているのかもしれないが――


 これは『機器の故障』や『自然現象』、『魔災』や『探索者のやんちゃ』の影響じゃない、と思う。

 ダンジョン発生前に起こる、極薄い魔力の混沌波――『ノイズ・フェーズ』と呼ばれた事象だろう。


 ノイズ・フェーズでは他にもネズミや猫といった小動物が頭を上下に振るって踊り狂っていたり、大量のセミ群や小鳥群が渦を描くように周りを飛び交ったり、マンホールや金属塊が回転するように振動していたりと割と普段見ない異常を確認出来る筈。そんな他の動画が見つかれば確実であるが、今回発見した蝶々の動画だけでも十分可能性がある。異常っぽい出来事報告もある事だし、可能性はある筈だ。あるに違いない!

 そう決めつけて、私は親が店員してるのを確認すると、あらかじめ用意していた軽装備(小さな木刀と靴と防犯ベル程度)を手に、窓から夜の街へと滑り出した。


 そして発見。

 正直、小鳥で無くて良かった。蝶々ならば移動距離もそんなに無いだろうと、近所のアカウントの異常発生報告をまとめて、その中心地にアタリをつけてみたらビンゴ。路地と生垣にめり込むような形の半球状の霧を発見。軽自動車が入る程度の大きさのコレがダンジョンの入口、霧球界(ダンジョンドーム)だ。


 空中とか地中とか民家の中じゃなくて良かったあああ!


 安堵ひとつつきつつも、口角が自然と上がり興奮するまま素知らぬ顔で侵入。

 浅はかだろうが早期に魔力生成器官を起動させるのが目的なので当然ながら魔力生成器官の起動確認(身体中に新たな神経が伸び、造り変えられるような感覚が)したら、霧を抜けてダンジョン1層に出る前にすぐさま回れ右して脱出。ダンジョン内部にも興味はあるが流石に現状で魔物と対峙したくない。


 霧球界(ダンジョンドーム)から出て数歩。手をぐーぱーしていればもう今までとは違うという感覚が分かった。魔力だ。滾々と湧き上がってくるような未知の感覚。全身に行き渡るような未知の力強さを感じる。岩なんかはいきなり砕けないだろうが、リンゴくらいなら殴り砕けるかもしれない。そんなちょっとした自信が胸の内から沸々と湧き上がり、長年思い描いていたミッションを成功させたという実感から高笑いしそうになった時、道路側に警邏車《パトカー》が留まった。


 そしてその車から降りて来た巡察官たちと目が合いコンニチハ。ばっちりと見詰め合う事になった。


 ふっ、間一髪《かんいっぱつ》。


 やりきった感を内心で押しとどめて高笑いを我慢して、あやしまれないよう直角に身体を回転しその場を離れようとした。


 が、呼び止められるよね。それでなくとも背後にはダンジョンドーム(入口)。それも魔力感知に長けるという巡回員からしてみれば、ほんの僅かでも魔力持っている子供なんて仕掛け花火を背負ってるくらいに目立つらしい。職質&保護は不可避。

 自らの見た目を大いに活用すべく舌足らず&おどおどとした態度の演技でもって、ホームレスじゃないよぉ。家出じゃないですぅ。たまたま月が綺麗で散歩してただけなんですぅ。なんて言い訳通じる筈も無く、頭を掴まれ「月だぁ?ブチ転がすぞガキィ」なんて凄まれるこの世の中は間違っていると思う。まぁ月なんてまったく見えないのにテキトーこいた私も悪いか。


 随分と叱られたし【戦(いくさ)封じ】なんていう器具まで着ける事になったが、幸いな事に入った野良ダンジョンは探索者協会でも未発見の未登録。そりゃそうだろうな。あんな道にあるんだから遅くとも明日には近くの住人が通報してギルドが管理に乗り出していた事だろう。

 完全無欠の野良ダンジョンだった為に故意に侵入したのでは無く事故扱いになってむしろギルドから発見情報料兼慰謝料のような金一封貰えました。そのお金がまんま【戦(いくさ)封じ】購入代金に使われたのは遺憾であるが。

 おうパッパマッマそのお金で魔導具とか修行用品買ってくんね?ダメ?ダメかぁ。


 ◇


「――2020年の桧山天狗氏族による雷嵐山奪還作戦が失敗して早3年。参加した探索者の半数がその命を散らせたという悪名高き雷嵐山。今月末また新たに雷嵐山の魔物領域奪還作戦が敢行されるとの事です!我が毎夕放送取材陣は極秘にアタックチームの方へコンタクトを取る事に成功し――」


 魔物は、人間というか同陣営以外の存在に対して殺意マックスで襲いかかる敵性存在だ。魔物同士でも争っていたりするが、とりあえず討伐対象と思っておけば間違い無い。

 もちろん人間にも警戒が必要だ。魔法やスキルを使いこなすこの世界の人間も前世と比較すれば魔物の脅威度とさほどの違いなんて無い。話が通じる?簡単に言ってくれるな。彼等から威圧されればそれだけで漏らす。何がとは言わないが、警察か警邏か知らんが巡察官に保護された時に威圧くらった記憶は思い出したくない醜態だ。


 この世界、殺伐をゆるふわでコーティングしたような雰囲気がある。

 ダンジョンで励んで存在進化したとしても人の様相から大きくかけ離れない人化スキルのおかげか、街行く人達に髪色以外の外見で変な特徴なんて見当たらない。髪色といえば現世の両親も例に漏れずカラフルであり父は暗めの青緑で、母は明るい紫(ピンク)で、妹ちゃんはやや暗めのピンク。私の地味な紺色の髪なんて一周回って特徴的でさえある。

 そのせいもあって生まれてすぐは目もぼやけていた事もあって、両親は声が似ているだけの全くの別人だとばかり思っていた。ただ若さだけでなく、レベルのせいか魔力のせいか、美形度がほんのりアップしてる。妹が生まれたのもそのおかげなんじゃないかな。

 ただ妹がヤンチャにヤンチャを重ねた時にぽつりと「もう子供はいいわ」と嘆息していたので前世に妹がいなかったのは私のせいという可能性も微レ存だ。前世の分も可愛がってやるからな妹ちゃん。だから髪掴むの止めて貰っていいいいたい痛い痛い!!


 ◇


 一通り常識確かめた後に実際現世の展望をどうするかと考えた時、娯楽も微妙だしする事は当然修行とかレベル上げといきたい所だったが【戦封じ】を着けられた幼児に出来る修行は筋トレ程度。その筋トレも腕立て伏せなんて十回も出来ずべしょりと倒れてしまう体たらくで、素振りなんかも軽い得物でないとすぐに腕がぷるぷると震えてしまう。


 マラソンや長距離ランニングはある程度自衛(逃走)が出来る中学からしか許可されなかったし基本的に子供は一人にしてはならないと徹底されているのが現世の常識だ。管理されているダンジョンへの不法侵入でも無いので前科などはつかなかったが、子供がひとりで夜中を徘徊などありえんという一般常識から、両親はどうやらこっぴどく親族にも叱られてしまい、その元凶である私も正座で泣きべそ掛けさせられました。ふぁっきゅ。まあ親には随分と心労を掛けてしまったので親孝行する所存ではある。あと十年くらい待っていて欲しい。



 まあ計画通りに魔力を得れた事もあって、小学校や保育所の近くに必ずといっていいほどある探索者用道場に通える事になったのは棚ぼたという感じ。

 ダンジョンに入ってレベル上げだーなんて出来ずダンジョンを見つけるまではネットに張り付くか地図を眺めるか探索者配信を見るか宿題をするか妹ちゃんのほっぺをつつくか素振り程度しかやる事が無かったのだ。

 なので小学低学年時代には親と話し合って前世の記憶の事などもなんとか説明終えて、親が監督してくれる時間限定で戦(いくさ)封じを外して貰える許可を得た。魔力修行の開始である。


 魔力の感覚。毛布を纏うような感覚とは聞いた事があったが頼もしさが魔力の有る無しでこれほど違うのかと歓喜したものだ。まぁ魔力の感覚を得た直後は赤ん坊の時を思い出すように上手く動かせずどうにもならなかったわけだが……。


「――となっています、えー、魔力は血に宿ると古来から言われておりましてー、近年の研究ではさらに具体的な事が判明しておりー、えー、血は媒介的存在なんですねー。えー、魔法陣などに血を混ぜるのは有効でー――、魔力自体は骨髄から血の生成と共に生み出されているようでして、えー、呼気や活動によって消費され――」


 えーえーという口癖の教育番組はもうすでに何十度と見飽きた録画放送。さすがにもう暗唱できる程なので聞き流している。緑風教授といって、教科書を編纂したりもしているらしいがその程度の遠い人。

 そんな事より、骨髄が魔力生成器官だとこの教育番組でも話しているように、現世では一般的に習うが前世知識では違う。前世知識のホライゾンシリーズ制作者丸秘話が正しければ骨髄では無く魂によるもの。ダンジョンが放つ特異な魔力によって霊格神経が魂から伸び出すという話。特定の植物の種が刺激を貰わない限り芽を出さないのと似た理屈。この霊格神経と魂の間で何かしらのやり取りが行われ魔力が生成される。


 ホライゾンシリーズによくあるシステム的にはこの霊格神経を伸ばす事が戦力拡大の支柱となっている。

 霊格神経はダンジョン毎で相性や属性成長率が設定されていて、様々なダンジョンを巡り相性が良いダンジョンを見つけてひたすらそこを周回するのが効率的だった。もっとも現実では相性が良い悪いはPT構成などを指して、成長率に関してなどは噂にすら上らない。そんな相性値など測れないだろうから実体験していくしか無いと思っている。

 で、そんなダンジョン周回なんて幼少の身では出来ないのであるが、出来る事もある。むしろレベルを上げずに行える修行の方も大事なのだ。

 ダンジョン周回でのレベル上げが縦軸方向の成長としたら、修行は横軸方向の成長を促す。別軸なのである。

 そしてその修行によって成長させられる霊格神経の影響は幼少時・成長期ほど効果が大きいとされていた。


 影響が最も大きいのが魔力量の拡大、次いで魔力生成機能の向上、ゲーム的に言えば最大MPとMP回復速度である。

 そして最大MPを増やす為には許容量以上のMPを内に貯める事。水風船に水を入れて大きくするように霊格神経が拡張されていく痛みを我慢すれば最大MP、魔力貯蔵量に当たる魔力器などが成長するのである。

 魔力器を大きくするのに伴い魔力圧縮率も高まり、連鎖的に魔力の質が良くなり、魔力生成機能にも刺激を与えて成長していくとあった筈だ。この魔力の圧縮率や質といった要素はゲーム上では会話テキストでしか言及が無く戦闘では何ひとつ恩恵がある描写は無かったが……まぁ良い事の筈だ。


 加えて想定外の恩恵、魔力が高まるにつれて全身に最適化が起こる。生物として魅力が高まるらしく、端的に言えば美しくなるようだ。特に成長期ほど変化が大きいらしい。毎日見る洗面所での顔つきが明らかに楚々とした美少女然としてきて、数年前の写真と見比べても別人かと思うほど顔の造りが変わって来ている。ただの身体的成長とは思えない。

 数年前は少なくとも前世のオレの面影もある男寄りの面、太眉だったりする父親似の渋顔面だったが、今やほとんどそのパーツは消えるか変化している。輪郭から頬や目鼻立ち、眉の形さえ女性的になり将来美女確定!という主張をする部位ばかりと言っていい。変わらないのは髪や目の色程度。いや色も、体調とかの問題で片づけられないほど生気に満ち溢れ、肌の色艶が香るほどだ。それこそ髪もよく見れば艶や手触りなどに変化がある気がする。起きた時に寝癖などつかないし、直した記憶もここ最近無い。胸元あたりまであるさらっさらヘアーである。とんだ美幼女に化けたもんだ。


 ただ、良い事ばかりでもない。


 魔力量拡張修行に伴う苦痛はダイレクトに体調へ影響する。

 具体的には吐き気・発熱・痙攣・出血・部位麻痺・全身麻痺を超えると意識喪失後に死ぬらしい。子供をダンジョンに関わらせない大きな理由がこれだ。乳飲み子が魔力生成器官を目覚めさせると致死率はほぼ百。確実に死ぬというのだから敏感にならざるを得ないのだろう。その節は本当に(ry

 大人であれば普通に生活していても肌の呼吸と共に魔力が漏れていくので安心な筈だが、寝ている時に悪夢を見たり極度に緊張したりすると子供の場合、割と簡単に痙攣を通り過ぎて麻痺が広がって静かになり冷たくなるらしい。

 そしてなぜか分からないが高校生程度に身体が大きく成れば吐き気が来た時点で目覚めるし、魔力が不自然に体内に滞留する事が無くなるという話。仮に魔力が凝ったとしても反吐とともに魔力を吐き出せるようだし、それで安全という話。


「このラインが安全と思える辺り、私もこの世界に馴染んで来たって事かね……」


 じゃけん親の目が届く所で魔力拡張しましょうねーと苦痛に耐える毎日だ。


 魔力で全身を満たし、自然と拡散・抜け落ちるのを意識的に留め、霊格神経が拡張していく痛みを我慢。とにかく我慢の一点張り。無理に息を吸い込み続けるようなもので、ただひたすら耐えるのみ!歯をがっちりと噛み締め、腹に力を入れて、全身に走る痛みに汗が吹き出ても耐えるのだ。

 息苦しくなり、手足といわず全身が熱く熱く茹だるような感覚を覚える中、座っているのか伏せっているのかさえあやふな目眩に吐き気と来て、全身に痛みが走り頭痛も酷くなる。ただの筋肉痛や酒酔いとは全く別種の未知の痛みに呼吸も浅くなる。

 やがて全身がシェイクされるようにガクガクブルブルと震えてくれば危険信号。ゆっくりと意識的に魔力を押し出すように息を吸って吐いてを繰り返し常態へと戻すのだ。時々鼻血なども出るが基本これの繰り返し。どんな苦行だという感じだが効果が目に見えて分かるので努力のし甲斐がある。


 いつの間にか座り姿勢を維持する事さえ出来ずに疲労でベッド上に倒れ込む事も幾度となくある。


「ぷぎゅ」


 顔面がマットレスに沈んで意識が飛びそうになるのを根性で耐えて、しばらく寝転がったまま疲労の回復を待っていれば体調も戻るから問題も無い。自室での修行許可が降りて、様子を見に来た妹ちゃんに見つかってギャン泣きされてしまったのも良い思い出だ。あの時はもう一段階踏ん張れると、目や爪先といった箇所から血が滲み出し疲労困憊で腕を上げる事はおろか声を出す事さえ出来なかったが、今ではそんな失態もしない。あれのせいでしばらく親の目の届く範囲じゃないと許されなくなったし……。


 【戦(いくさ)封じ】は満ちた水袋にパイプを突き刺すようなものだから触れるだけで魔力満タン状態でも数秒掛からず全部抜け落ちる。その最中の感覚を例えるなら、高い所から落下する時に感じる浮遊感や洞窟内で素っ裸になった時に似ている。つまりあまり触れたいモノでは無い。

 戦(いくさ)封じを着けている間、そういった不安感がモノ凄い。外せるものなら外し、外れたなら修行するのみ。ちなみに戦(いくさ)封じは個々人専用に調整されていて他人には効果が無いので悪用は不可能。


 修行始めたての頃は漏れていく魔力を留める方法が分からず瞑想していればいつの間にか眠っていた事さえあった。まあ一か月もすればある程度魔力へ意思を反映させられて、半年も経てば大分自由に動かせるようになった。この辺りは教育番組で習ったのと同様なようで年齢関係無くこの世界の人類は魔力に適応できる身体構造になっているようだ。掛かった時間からして魔力の才能は人並みだろうか?ホライゾンシリーズに出て来るキャラクターはダンジョン入りたてでもう魔力を扱えていたようだが、そこら辺りはフィクションであるか、天才ばかりだったのだろう……。


 もちろん親にも魔力と慣れ親しむ(あそぶ)メリット情報は共有済み。じゃないと修行の許可が降りなかったと思われる。

 毎日顔を合わせる度に戦(いくさ)封じの鍵よこせーと要求していたので熱意による勝利だったかもだが。

 ウチは両親共働きの自宅兼探索者装備販売店なので、魔力を高めてダンジョン巡るぜ潜るぜ攻略するぜという熱意は無いようなのが残念だ。

 妹ちゃんと遊ぶ時間以外は全部修行に注ぎ込んだ小学時代。


 魔力関連の修行は良い感じだが、これから探索者やっていこうと考えた時には全然足りない。

 良い装備は魔力を常時消費するからだ。ウチの店にある原作ゲームで見た事がある猫人曲剣《ペシャメルソード》とか持っただけで魔力を吸われていく感覚が分かったし5分もすれば魔力が空になった感覚、裸で野外にいるような心細い感覚を味わった。

 つまり魔力を高めていようが数年程度の修行じゃ全く足りず、魔物を討伐もしていないレベル1では実質装備不能である。原作関連のゲームだとレベル15程度の装備条件(筋力値や敏捷値)が設定されていた装備品だったので、レベル1じゃ仕方無いかと言った所。


 魔力は身にまとっているだけで頼りがいのある毛布に包まれる感覚がするので大人は殊更戦(いくさ)封じを嫌っている。誰だってそうだろう。犯罪者につけられる物という認識もその感覚を助長しているようだ。実際に戦(いくさ)封じは極端過ぎるので良い塩梅の装備品を見繕おうと店内倉庫を物色してあんまり良い装備無いなぁと愚痴ればお尻を叩かれた。あれは痛かった。結構良い音鳴ったし。

 品行方正に過ごしてきたはずがコイツ結構なヤンチャだなとバレて来たようだ。お淑やか路線は失敗である。言葉遣いもかなり矯正された。「オレ」なんて使った日には母にアイアンクローで吊り上げられるからね。

 この世界、性差なんてあって無いようなものだ。基本的に魔力が高い方が勝つように出来てる。父よ早く母をなだめてくれ!オ、ワタシの頭がトマトみたくつぶれちゃう!!ふぁああああ!!



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神聖文字:

神々がかつてもたらしたとされる文字。

長い年月で歪められたその象りにもはや意味など無い。

そして仮に、かつての正しい形を記憶していたとしても

神に認識されていない徒人がどれだけ表層をなぞったところで奇跡は起こり得ない。


魔術文字:

神々の寵愛を受けたヒトが編み出した文字。

創世記初頭に生み出された文字の多くは散逸、または失伝しているが

生み出した張本人はいまだ存命の為、研究は二千年を超えて今なお続けられている。

もっともヒトに馴染み、もっともヒトに近く、そしてもっともヒトを傷付けて来た罪なる力である。

ほんの僅かでも使うと特定の神々には酷く毛嫌いされるようだが、多くの神々にとっては気に留めるほどの価値も無いようだ。


魔法陣:

主に使う用途によって魔術陣、術式、魔力陣などと分けて呼ばれる。魔術文字を特定の位置に配置し並べ現象を発現させる術法。

魔術陣は古く堅苦しい儀式を指す事が多い。

術式は、魔物との戦闘の際によく使われる。もっとも一般的な呼称である。

魔力陣は簡易的な様式を指し、習い始めを指す事もある。

もっとも……現象を発現させる基礎となる点や線に魔力が使われている事の意味をヒトは深く考えるべきである。


獣文字:

魔物に対抗する為にヒトはかつて獣と契約し、体に痕を憑けた。その痕を獣文字と呼称する。

獣は、爪で、牙で、声で、毅(つよ)き四肢でヒトに報いた。

ヒトは、知恵で、道具で、言葉で、賢しい頭で獣を欺いた。

今日に至るまで獣の痕を体に残すヒトは、共に在る事を認められた友かあるいは、いまだ罪と認識できていない愚者である。



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