プロローグ
◇ ◆ ◇
曇り空。雨が降りそうで降らない空模様を背後に机の上に置いてある笹を手に取り青年は眉をひそめた。
七夕はついこの間過ぎたばかりであり時期的に余り物に見えるが、その割には随分と洒落た高級感のある木箱に納められていたからだ。
夏前の7月という蒸し暑い中で冷房の効いた部室は天国だ。加えてしゃらしゃらと鳴る笹の葉擦れの音色は耳に涼しい。
「なんで笹が?」
「よくぞ聞いてくれた!」
部室ロッカーのドアを轟音立てて開け放ちまろび出て来たのは青年が所属するゲーム研究部の部長、天垂翼仙。白衣をほこりで汚して眼鏡を指先で上げる仕草はサマになっている。ひと昔前まで憂いをいつも顔のどこかに張り付けていたのに、ここ近年はやけに上機嫌なようで、長い脚を交差させ無駄に回転しながら体勢を起こす長身の男子生徒は言動さえまともであれば爽やか系イケメンを超越した美貌を誇る容姿の持ち主だ。
ほぼ毎日、部室内のどこかに潜む部長であるが青年は慣れた様子で続きを目で促した。
「その笹はかの有名なホライゾンシリーズにも出演した事がある食用竹葉!某レオナルド氏が愛食したという西洋の神秘!レオプリ笹!一房食べればパンダもびっくり知能指数が劇的に向上し見えてはいけないものさえ見る事が出来るようになるという霊験あらたかな食物だ!」
「またいかにも怪しげな詐欺商品な気が……。西洋の竹ってあんまりイメージ出来な」
「それはキミが不見識不勉強なだけだろ」
「急に刺してくるのはやめてください。ていうか一般的な印象の話っすからね、にしても今度は偉人所縁の品ですか。前食べさせられた雪女云々よりは現実的っすね。まぁレオプリ笹とか聞いた事ありませんし食べませんけど」
「ほう?」
部長の眼鏡がギラリと光る。
「相も変わらずミラちゃんは良い度胸だが、今日の部活の賞品はレオプリ笹食べさせ権だ。敗者に拒否権などない、それがここの約束ぞ」
「敗者になる予定無いんで。あとみらちゃん呼びは勘弁してくだい次言ったらペンチで舌引っこ抜きますよ」
「キミ閻魔さまに憧れでもあるのかい?」
「そもそもそれ立派なパワハラですからね。社会に出たら突き上げくらって辞職部屋に左遷させられるヤツです」
「はっはっは、残念ながらゲーム部取締役兼社長兼人事部長は僕だァッ!それに意外と味も悪く無かった、まぁ昨日食わせた他部員は休みのようだが。ともかく好きなゲームを選ぶといい!!ぶちのめしてさしあげようではないか!!」
ゲーム研究部。青年たちが所属する高校での名目はEスポーツ大会などの出場を目指し選手の能力や精神を育むという部活動だが実態はEスポーツと全く関係の無いゲームなどでも遊ぶ娯楽部でもある。その性質上部室には校則に適う形で種々様々なゲーム機やPCを備える事が許可されており防犯ロッカーの類含めてほぼ全て部長の寄付によるものだ。
部長が一年生の時に新設したこの部は当時、部長の美貌をもってしても数人程度しか集まらず同好会でしかなかったが次の年にはゆっきーと呼ばれた青年、雪小路御良と他数人が加入しめでたく創部となりすでに一年と数か月。新入部員も入り賑わいが続きに続き、もう夏休み前だというのに部長の常識を蹴飛ばすテンションは衰える気配すら無い。
ゲーム選択権を譲られた青年は苦々しい顔をして鞄を放り投げて部室机に並んだ格闘対戦ゲームを手に取り煽るように手をくるくると回す。
部室に並ぶモニターのひとつを起動しプーステ6の電源を入れゲーム開始、帯と格闘術を武器に戦うキャラを選択し、部長は薬品を投げつけたりするマッドサイエンティストを選び対戦開始。
「闘道ホライゾン7か。ゆっきー君は本当好きなものに対してだけは即断即決だな!」
「当然す。今度こそ勝って部長の股間を蹴り上げてやりますよ」
「はっはっは、不可能な事をうそぶくのはよくないねえ!」
「試合後の顔が楽しみっすねえ!」
青年が操作するキャラクターが画面内を飛び回り部長のキャラへと強襲する。
「勝つっ!!勝って!竹を口に突っ込んでやりますよ!!」
「はっはっは、掛け声だけは一丁前だ」
キャラセリフを真似つつ帯を鞭のように一閃、二閃と振り回すも1ドット程度のかすり判定さえ許されないギリギリを攻めた回避をされて連撃が途切れた。
それを待ち構えていたように前ステップした部長のカウンターを貰い画面端まで吹っ飛ぶ。
「はぁ!?インチキ!今の!ちょ!なんで回避判定ぇ!?」
「はっはっは、ゆっきー君は本当に素直すぎるね。そのキャラは超能力的トリッキーな動きが肝なんだからもっとフェイントをだね。ちょっとジャンプし過ぎなのだよ。別キャラを使った方が良くないかい?ほら刀を使うキャラとかさ」
「俺は空を制して勝って来たんですよ!!そこおおおお!」
「甘いっ!甘いね、グラブジャムンもびっくりな甘さだ!まったくゆっきー君は小学生の頃からずっと甘いままだね」
この部長とこの場にいないもう一人合わせての三人組は子供の頃からの幼馴染と呼べる腐れ縁である。もっとも部長の方は年上でいつの間にか知り合っていた感じで幼かった為か出会いの記憶は朧気である。
次のチャイムが鳴るまで対戦し続け、結局の所部長に土は欠片も着かず青年は一勝すら取れなかった。そこで眼鏡を光らせた部長は輝くような笑顔で嬉々として笹を手に取りしゃらしゃらとねこじゃらしのように弄ぶ。
それをジト目で見た青年は深いため息をついた。
「部長ももちろん食べたんですよね。本当の所、お味の方はどうだったんです?」
「苦い!不味い!青臭い!!牧場の土を噛みしめた時を思い出したぞ!ただ食べ慣れればそう悪くもない。マッキー君は歯触りは良かったと言ってたな」
青年と同じクラスである牧野正、通称マッキーという男子生徒は本日体調不良の為に休んでいる。昨日部活に出れなかった青年は牧野から部活戦で負けて罰ゲームを食らったと愚痴られていたので今日の賞品は無いものばかりと油断していたのが結局食う事となり肩を落とした。笹をパンダの食べ物としか認識していない青年は珍妙な生き物を見る目で部長を見て嘆息する。
「……食べなきゃダメです?」
「うむ!ゲーム研究部に代々受け継がれて来た訓示その4『勝者は絶対』。契約は遵守すべし、敗者は従うしか無いのだよ。どうしても食べたくないのだったら勝てばいいだけだったのに負けた君が悪い。そうだろ?おん?」
「代々も何も部長が初代でしょうが、はぁ……」
どうにか言い包めて別ゲーで再戦もしくは食べずに済む方法は無いかと青年は頭を回転させるが、部長が鞄をごそごそと漁りだしたのでほんの少しの希望を見い出して部長を待つ。
「まぁ往生際の悪いゆっきーちゃんの事だからそうもじもじと時間を浪費すると僕は想定していた。だからこそ秘策を練ってきた!」
「あ、嫌な予感します。やっぱそのままで、って、ちゃん付けはせんでください」
「じゃんじゃじゃーん!!」
部長が下手な擬音語を快活に腹から声を出すと共に懐からおもむろに取り出したのは弁当箱。黒漆にワンポイントの金彩が美しい丸い重箱で、部長の家紋である青い魚紋が中央にでかでかと印字されている。
ホライゾンシリーズでお馴染みの売り向上ももじって声を張り上げた。
「どうだいこのツヤ!大きさ!ビッグでレアでホットな話題のレオプリ笹だ。非常に残念ながらその効果はあまり実感できなかった。だがしかし!今夜の皆既月食を前に食べればまた違う筈!そこで親愛なる部員全員に試してもらいたいと考え一昨日から新鮮さを保持する為に手を加えてみた!」
「オカルトとか今日び流行んないですよ部長。ってか料理とかするんです?」
「任せたまえ。家政婦さんにも花丸満点を貰えた珠玉の一品だ」
部長の料理の腕を一回足りとも聞いた事が無かった青年だが家政婦から褒められるのであればと気分が上向く。そう笹など言ってみればタケノコである。茹でてよし、焼いてよし、天ぷらによしである。机に置かれていた笹は葉っぱが多すぎて食べあぐねてしまったが部長の豪邸に仕える家政婦が太鼓判を押したなら期待できるだろうと青年は考えた。
「開けてみたまえ。あ、箸はコレで」
「どうもです。それじゃ失礼して……」
確かな重さを感じる丸重の蓋を開けてみれば青緑色の液体に浸かる葉っぱが巻き寿司のようにくるまって並んでいた。とろりと粘性がある液体は仄かに虹色に発光しているように黒漆の壁面を怪しく照明を反射し彩っている。どうしようと口元がひきつった青年が顔を上げれば部長はしゃくしゃくと笹を咀嚼していた。
「はぁ!?何食ってんです!?」
「んん?……んぐ。はっはっは、即断即決していれば未加工品、もとい調理前のレオプリ笹を食べて貰ったのだがいや残念だな。あまりに腹が減っていたので食べてしまったよ。キミは約束に従ってそちらを食しなさい」
わざとらしくゲプなどといいお腹をぽんぽんと擦る部長にその眼鏡を殴り飛ばせればどんなに気持ちが晴れるだろうかと青年は刹那に妄想した。
「そう、あとこの部屋にある笹はそこの弁当箱にあるもののみだ。喜べ全て霊験あらたかなものばかりを使った豪勢な一品だぞ。富士五湖に湧き出す霊水、恐山の枯れない菜の花、剣ヶ峰に住む霊鹿の角粉に京都老舗から仕入れた片栗粉、淀川になぜか生えていたワサビ、ご近所の家庭菜園にあったニンニク茄子オクラ唐辛子ニラ他もろもろを絞ってミキサーにかけ数時間弱火でコトコト煮込んだ特別濃厚な出汁――」
「ぐ、ぐぐ……契約はじゅん、しゅ、勝者はぜった、い、それが約束、ぅ……」
青年が恐る恐る箸で掴めばどろりとした液体が笹葉巻きの隙間に詰まっている。箸で挟めばごぽりという音が聞こえるように隙間から粘液があふれた所で青年の手は止まった。なぜ片栗粉を入れたのかと問い詰めたかった。口を歪めるその表情はヘドロを前にしたポメラニアンの泣き顔であり、その様子を部長がスマホ片手に撮影していた。
「そう、約束はまもるものだ。ほれいっきしろいっき。慣れれば美味いぞこれも」
「え!?」
部長が手を伸ばし笹葉巻きのいくつかを鷲掴みひょいと豪快に口に入れる。
青年が宇宙人と邂逅したような顔つきで部長を見る様子は咀嚼音もきちんと録音するスマホだけが静かに撮影していた。
結局、重箱の上下段のうちのほとんどを部長が消化したが青年も敗者の責務として史上最悪な食物のひとつを何とか飲み下した。
◇ ◆ ◇
「だーっははははは」
「笑い事じゃない。胃が受け付けなくて痙攣したっちゅうの。保健室に速攻して胃腸薬貰ったわというかなんで部長は平気で食べれんだよあれマジで。つーか元気そうだな今日の休みは仮病か?明日は終業式だぞ」
小中高大一貫教育、在籍学生数3千超えというマンモス学校から帰宅した青年は自室のPCから響くマッキーのボイスチャットをうるさそうに耳に片手押し当てうんざりした。明後日から夏休みという事で気分が浮かれるのは分かるが笑われるのに口を尖らす青年だった。
「ははは、ぐふっ、何度見ても笑えるわユキん表情。良い仕事するぜ部長。って仮病じゃねーよ何か知らんが昏々と眠り続けてたんだって目覚めたの昼過ぎだぜ、起こそうとしても全然起きなかったらしくておふくろに救急車呼ぶかどうかってめっちゃ心配されたわ」
「寝不足かー?親心配させてんじゃないっつの、というか結局部員全員笹食わされてんのに俺だけか豪華版」
家に帰り宿題諸々を終わらせゲーム部のSNSを見れば、昨日と今日の分の罰ゲーム執行の様子を映したものがアップされており特別豪華エディションと銘打たれた今日の青年の罰ゲーム執行の動画は部員一同が笑ったり同情したり心配したりであり賑やかなものだった。青年は感想としてニガキノコと唐辛子を煎じてうがい薬に混ぜた土の味だったと投稿していた。
「はぁー、桃が恋しくなる日が来るとは思わなかった」
「あーけっこう前のやつか。女子ーズが真顔になってたヤツ。あれ、ユッキーって桃ダメだったっけ?」
「いや普通のは大丈夫だけど、部長が持ってくるやつって何かしら変なエピソード付きだし。たしか桃は落ち武者が食べて寝たら雪女に見初められたって話だったけな。でもあれ話もアレだが味がな、マジで味しねーの。甘味も塩味も酸味も無し。無だぞ無。桃じゃねーよあんなの。春巻きも饅頭もホイコーローも納豆巻きも似たようなのでなんか全部予想外の味だったし。まぁ部長も全種食ってるから何も言わんけど」
「入学式の日から拉致されたもんなぁ。まぁ全力拒否すりゃ見逃して貰えるじゃん徳岡さんみたいに。女子限定かもだけど、ユッキーは食わされてたしぐふっ」
「あったな虫のヤツ。あれは俺も拒否したかった。味は悪くなかったけど感触がダメだめ足の形が分かるんだぜ。二度と食わんわ……徳岡さんって虫の次の罰ゲームで食べる量数倍になってから最下位争いから抜け出たし、絶対アレで火が着いたよなー」
虫食から勝負事になると目の色がマジになる。本気と書いてマジへと変貌する。昔から部長は変な物を仕入れて来ては食べる食べさせる悪癖持ちだ。去年のゲーム部入部歓迎会時点ではやっぱり変な食べ物が罰ゲームになるのか程度の認識だったのが、ここ最近段々と頻度が上がってきた事に青年はため息をもらす。
それでも大きな問題にならないのはひとえに賞品が部長の自腹である事と毒見を必ずする事でヘイトを減らしているのが要因だろう。徳岡家ではアルハラパワハラの予習と考えて耐えるか、証拠集めてPTAか教育委員会か新聞社に流すかとまで話が煮詰まっていたらしい。徳岡さんは今じゃ笑い話と流しているが部長がイケメンじゃなかったら通報していたと真顔で話していたのは記憶に新しい。
「って部長から何かリンク送られてきた。【ホライゾンビースト】?」
「えマジ?ホライゾンシリーズの新作かスピンオフか何かか!?」
牧野の声を聞いて青年がPCでSNSを見れば『各自今日の24時までにキャラクリエイトを終わらせておくように。自身の理想を反映する事』という一言と共にリンクが貼られていた。クリックすれば【ホライゾンビースト】とロゴがあり「実験の最終契約に同意する」という翻訳ミスしたかのようなボタンがある簡素なページ。ただ演出は凝っているようで、時節SFに出て来るような光の線が流れて素直に美しいと目で追ってしまうかのようなウェブページが表示された。もちろんポチッとボタンを押して次のページへ。
「キャラ作成って事はネトゲかね?」
「分からん、格ゲーでもカスタムキャラとか自キャラ作成とかあるのはあるし。ローグライクでもハクスラでもいいからダンジョン潜ってくのがいいなぁ。一人用のをのんびりプレイしたい気分……」
「対戦機能あるジャンルだとボコされるもんな!」
「おん?なんだぁてめぇまた勝負すっか?床ペロさせてやんぜ」
「ハハッ!そりゃまた今度な」
ホライゾンシリーズにはローグライク系ゲームももちろんある。一人で延々とモンスターを倒しダンジョンを潜っていくだけのゲーム。ストーリーなど飾りですと言わんばかりでパッケージ裏にあらすじがあるのみでゲーム内ではセリフすら一切無い尖ったタイトル。硬派すぎるゲームであるが、一人で黙々とプレイしているといつの間にか朝になってたというような時間泥棒ゲームである。
「つーかホライゾンシリーズ多すぎるからなぁ。RPGにネトゲにシミュレーションにサバイバルにホラゲーにハクスラ、ローグライク……」
「小説、コミック、アニメ展開してアニメ映画化したと思ったら実写映画化。でっかくなっちまったよあいつは」
牧野から誰目線だよとツッコミを貰いつつボタンをクリック。アカウント登録やらパスワードやらの問答が無いままだが、長々とした参加規約を読み飛ばして次の画面を見た。ブラウザ上で3Dモデルが映っており、髪型や性別の他に筋肉量や肌のツヤ、信仰や魔力量、星座、素性設定といった多様な設定可能項目が表示されている。
「ベータテストって文言だけはネトゲっぽいけど、この項目見る限りコンシューマゲーの香り。自身の理想って、イケメン細マッチョばっかになりそじゃね。マッキーはどうする?」
「そういうのリアル部長で間に合ってるからなーゴリマッチョにでも……いやでもなーオレの理想じゃねーし」
「リアルな理想の姿なー、マッキーが今からゴリマッチョになったらビビり散らかすわ」
「言ってろ。部長がいたら他の全人類はフツメン以下なんだよ」
牧野があーでも無いこーでも無いとぐだぐだと言っていると良い事思いついたという風に声を弾ませる。
「あんまピンと来ねー……あ、なあなあユッキー、ゲームで負けた方が理想の彼女でキャラクリしよーぜ」
「そういうのって敗者に変なキャラクリしたのをプレイさせるとかじゃねーの?」
「いやー部長のこの言葉って何か警告みたいなアレじゃん。自分の理想じゃなかったのバレたら変な物食わされそうだし」
「ほーん、OKOK。じゃあちょっとマッキーの性癖暴露させてやりますか」
「誰が陰キャじゃ、一緒にすんな」
「どうだか、つか何にするよ?」
「ホライゾンウォッチで」
「は?クソ本気じゃんよ。マッキーってそのゲームじゃレジェンダリーだよな?大人気ないとか思わんわけ?」
「おっとぉ?声が震えてんぞユッキー。まぁまぁまぁそこまでビビるなら他のゲームでも――」
「は?余裕だし。三勝先取でタコ殴り決定。地べた這いずる覚悟OK?」
「おっとぉ負けてあげるのが難しくなったなぁそんなに女キャラでプレイしたいのかユッキーは」
「ぶっころ」
PC版でも発売されているホライゾンウォッチのネット対戦機能を使った戦闘はしかし牧野の圧勝で終了。
画面にはふたつの選択肢、『仕切り直しだっ!!』(ロビーへ戻る)と『よき闘争をっ!』(コンティニュー)だ。
悔しい気持ちを押し殺し青年は前者を選んで対戦終了。
舐め腐って来た牧野に吠え面掻かせようとコッソリ練習もしていた青年であるが惨敗に喫し、ぐうの音しか出せなかった。
「ぐ……ぐぐう」
「いや、弱っ。擁護のしようが無いわ。なぐさめの言葉すら出てこねー、すまんなユッキーせめてチュートリアル終わらせてから出直してくれ」
「クソが!!ストーリーモードの極強を何度もクリアしてんだよこれでもよ!!」
「ああー敗者の叫びが心地いいっすわーまっ前よかだいぶマシになってんぜ。オレには届かなかったがな!」
「あーあー!うっせぇー!なんで位置バレしてんだ?んなスキル無いよな?窓から頭出した一瞬で撃ち抜かれるとか意味分からん」
「ははっ、読みが浅いんだよ読みが。んじゃユッキーは部長のゲームは女キャラで作ってどうぞ。俺も女キャラにすっからよ!」
「マッキーお前さ……女キャラでプレイしたかっただけだろ」
嘆息した青年が画面越しに同級生が映るボイチャ画面へとジト目を向ければ、バレた?と忍び笑う牧野がいた。
「俺、ネトゲは女キャラって決めてんだわ。でもうちの部って女子もいるしネカマを一人でするのもなーってな。付き合ってくれよー」
「いや負けたしいいけどさ。ネカマとか今日び普通に多いだろ。三年も一年も何人かそうしそうだし。つかうちの部の女子全員、部長目当てなんは明らかだろ。気にしても仕方なくね?」
そういうのじゃねーんだけどさーという牧野の声を聞きながら青年はホライゾンウォッチを終了し、バックグラウンドで待機させていた【ホライゾンビースト】をPC画面前面に持ってくる。改めて見るにブラウザ上で動く割に軽く高解像度だ。髪型さえマジックハンド機能を使って一房一房のねじれなどを設定できる。またアップロードした画像を参考にモデルを生成してくれる機能さえあった。試しに自画像をアップし性別女で生成すれば自分の面影がある美少女が数秒掛からず出来上がり思わず感嘆した。
途中で食事やお風呂をはさみボイスチャットも集中したいからとお互いに切って結局外見の設定が終わったのは23時頃。
青年は満足気に自身が設定した理想の彼女を眺める。黒に近い濃紺色の長い長い髪、インナーカラーは蒼銀。そんな二色配色にした髪を瀟洒に結わえ濃灰色の軍帽を被った紫眼の美少女。目尻に少しだけ朱色のメイクが施されている顔つきは仄かに香る幼さの中に鋭さを与えている。年齢設定は青年より一歳下で身長は150程と小柄だが胸囲は慎ましくも主張する程度にはあり腰から臀部とふとももを駆ける曲線は艶めかしく美しい。これぞ黄金比と青年はひとり肯いた。
服装はバニーガールのように背中を大きく切り取った形の濃灰色に赤のワンポイントが入った軍服が基礎服装として設定。黒いショートパンツにハイブーツや指ぬきグローブは黒革のツヤがあやしく、ロココ的なデザインのベルトが腰だけに限らず腕や太ももにも二個三個と巻かれている姿は青年の趣向にクリティカルで露出多めの軍服がジャスティスだ。
数時間で本業もかくやといった精度で造り終えられたのはひとえに世界的に大ヒットした魔法学校映画のヒロイン役の画像をミックスした画像加工利用が可能だったおかげである。そこに思春期真っ只中の煩悩から迸るエネルギーを注ぎ込み美調整した成果だ。
「やっぱ紺髪ちょい眠たげな目がジャスティスだな。……んー、現実じゃありえん髪がやっぱゲームの醍醐味だよなー……よし。うん、良いな。女キャラ良いじゃん。というか良い。超好み。でー、約束まで後1時間ー。そろそろ次の設定かな」
青年が『FINISH』と書いてあるボタンを押下すればポップアップ表示が画面に浮かんだ。そこには『理想の外見および観測された神秘から属性を選定中……完了。貴方の属性は【雪】です。観測値の基準をクリア。【介入】が付与されます』とだけ表示された。
「……何これ。ホライゾンシリーズなのに初期スキル選び無し?職能素質選択も装備選択すら無し……というか信仰とか星座も素性もまだ未設定だぞ。外見設定からどうなったらこの属性に?ランダム付与か?意味わからん」
キャラモデルに力入れ過ぎて他がお粗末なゲームかと頭に過るも、自動で画面が切り替わり、そこには『神秘が満たされるまでお待ちください』と表示されるのみとなった。スクリーンショットを撮るために前の画面へ戻ろうとしても戻る事が出来ず履歴からの直アクセスも自動で先の文言が表示されているページへと飛ばされた。
青年はそこで【ホライゾンビースト】について検索し始める。スキルや職業、ステータス振りで有利不利が露骨なネットゲームもあるがネタバレなど気にせず情報収集する。けれど検索にヒットするのは似たような名前のライトノベルや漫画・映画でありネットゲームで【ホライゾンビースト】というタイトルは全く見当たらなかった。そこそこ時間が経った頃にまた牧野から通話要請が来たので繋げる。
「おっすおっす、どうよ。ちゃんとキャラクリできたかユッキー」
「おいっすー、そっちは出来たけど。【ホライゾンビースト】ってどういうゲーム?ベータテストって事なら宣伝しててもおかしく無いのになーんも情報無い」
「それなー、こっちも色々聞いたり調べたりしてみたんだけどだーれも知らんの。んでネトゲのフレンドにURL送ったらエラーが出てサイト自体にアクセス出来ないらしいわ」
「あー……これもしかして。部長が仕掛けたドッキリとか?前に部員以外アクセス出来ないウェブサイトとか作ってたし」
「あったなそういや、意味分からんオカルト仕様のサイト。つかネトゲと思ってたけどアカウント登録とか無かったしドッキリの可能性まじありそう。うわー俺めちゃくちゃこだわって美女作ったのに晒上げかよー。あ、ユッキーキャラクリ出来てんならSNSの報告スレに書き込みよろー」
牧野の嘆く声を聞きながら青年はあくびを嚙み殺す。もう24時前だ。ゲーム部の報告用SNSにアクセスすればキャラクリ完了報告が並んでいる。青年も完了したと報告を上げてさらっと流し見れば20名の部員ほぼ全員がいそうだった。
「24時前かー、皆既月食が話題になってっけど今見れる?」
「もう欠け始めてるっぽいぞ」
「なんかタイミング凄いよな。三年に一回見れるんだっけ」
「そうなんか?んーあと誰が残ってる?マッキー」
「徳岡さんだな2年の紅一点なんだからすぐわかるだろ」
「パッと見じゃ分からん、あ、報告来た。これで部長以外全員完了か、罰ゲームは見れなさそ」
「おまっ……そういうとこゲスいよな」
「うるさい、罰ゲームあんま受けないやつに俺の気持ちが分かるかってんだばかやろー」
「ぶはっ!ははは荒みすぎだろ。まぁユッキーって罰ゲーム常連だもんなぁ徳岡さんも最近勝ちまくってるし、部長はもちろん先輩女子ーずもくっそ強いもんなー。緑風先輩もだが、馬大パイセンとか部長以外じゃ無敗だしこの前の対戦じゃユッキーけちょんけちょんだったな」
「おん?おまえやるか?闘道ホライゾンならボコボコのボコやぞ、おん?飢えた狼や、ふぁ~…ぞ」
「あくびで台無しだわ、豆柴乙。つか俺眠くなってきたからまた今度にしよーぜ」
「あー、しゃーない勘弁してやるかー俺も眠くなってきたし。んじゃ、おやすぃー」
「こっちのセリフだし、おやすー」
返事をする前後から頭が揺れ始め、パソコンの電源を切るのも億劫になるほどの急激な眠気が襲って来た。
ふらふらと立ち上がりスマホを片手にベッドにダイブ。
ちらりと時計を見れば23時59分59秒。
「――ん?」
日が変わった。その瞬間に眠気を暴走トラックが弾き飛ばしたかのように視界が拡がった。
青年の脳裏に満ちるのは異常な量のアドレナリンをぶち込まれたような覚醒感。
一秒を何百倍にも濃縮したような感覚。であるのにまともに身体を動かせない異常。
「っ!?」
声すら出せない。のどに異物が詰まるなんて話でも無く、呼吸の仕方を忘れたように肺が動かない。
柔らかな布団の感触はある。宙に浮かぶほこりの動きさえ止まっているように視認可能。
いつの間にか鳴り響き続ける耳鳴りは高く遠く、布団を干した後にする太陽の香りのチグハグさがかえって異常事態だと頭が弾きだす。
五感の異常。
身体は動かないまま、自身の感覚は鋭敏に。心臓から全身を巡る熱はきっと血流なのだろう。
まるでマラソンを終えた後のように激しく鼓動を打ち鳴らし、血が、激流となって身体中に轟いているのが分かる。
(クッソ!こんな異常にゃ心当たりしかねえ!絶対、昼に部長に食わされたヤツのせいだろ!?)
しかし青年に出来る事は無い。
時計の零秒表示が時を刻むのを忘れたかのように動かない世界。
凍ったような、時が止まった世界。であるのに次第に息苦しく、心臓の鼓動が長距離を爆走しているようにドクドクドクドクと時間の経過を告げてくる矛盾。
(長ぇ……天垂部長ぉぉ、今回のは洒落になってねえですよマジで)
まばたきすら出来ず、秒針すら動かない静止世界。無為に脳内でだけ時間が過ぎ行くのをひたすら耐えているその時
PCディスプレイの表示が動いている事に気が付いた
(なんで動いてんだ?)
時計が一秒すら刻もうとしないこの異常な時間感覚の中で、放置したままであった筈のディスプレイ画面は吹雪に襲われたようなノイズが支離滅裂に蠢き続けている。
(スノーノイズ……?)
ひと昔前は砂嵐と表現した画面障害。
熱っぽく、だんだんと意識が朦朧とし始めた青年は身動ぎ出来ないまま意識をノイズへと向ける。
青年の視界の中で唯一動きがあるディスプレイのノイズの中に一匹の翼が生えた魚影を幻視し始めた頃
――次第に視界が暗くなって来た
全てが凍り付いたような世界の中で、だんだんと端から暗闇掛かってくる。意識の中心にあるのはPCとスマホの画面だけ。
このまま眠りに落ちるのだろうかと青年がぼんやりと考えていると、待ち望んでいた変化が、通知が差し来んできた。
ゲーム部のSNS画面上に出た新たな通知は、天垂部長によるもの。
そのコメントへと青年の目が吸い込まれる。投稿日時は零時零分零秒。
『よくやってくれた。おかげで長年の悲願が叶いそうだ。君たちの魂が暗夜の灯へと至らん事を』
(なんぞ……その悪役みたいなセリフ……)
青年が内心で呟いたのを最期に意識消失。
そしてそのまま息を引き取った。享年17歳。
ベッドに身体を横たえたままの青年はまぶたを落とす事も無く、光を失った瞳は虚空を映すのみ。
そしてまた、時計は無感動に1秒を刻み始める。
部屋に滞留するほこりは緩やかに舞い、布団のぬくもりは次第に冷えていく。
夜間故の静寂はされど日が昇った後も破られず、ただただ静けさだけが揺蕩っていた。
◇
同時期、同時刻、世界中で似た死亡事件・事故が発生。
皆既月食だった事も合わせてオカルト的な噂話も出る中、昨夜までは元気だったのにと嘆かれ惜しまれる声が相次いだ。
だが時が経つにつれ、これは事件性があるのでは無いかと人々は考えるようになった。
契機となったのは日本のある特定地域。
この地域の住人全員がある時間帯を境に亡くなっている事が判明し、その死亡原因が不明なれど外傷無しという類似性は何かしら死亡原因があるのではと推測させた。
被害者総数が千を軽く超えた辺りで、未知の病気かウィルスかとニュース番組を騒がせる事になっていく。
この皆既月食時に起きた同時多発的大量不審死事件は非常事態宣言が発令されるほどの事態となった。
さて、青年が永久の眠りに落ちた時、電源を落とされずスノーノイズを垂れ流していたPCディスプレイもまた青年の後を追うようにその稼働を止めていた。
この世界にはもはや気に留めるモノもいなくなったが、映し出されていたノイズ表示は言語化出来る類であり、仮に理解し得るモノがいればこう読めた事だろう。
『現界座標TN0014にて基準神秘値を超過する空間を検知。他座標の神秘連動を検知。次元跳躍の必要推定神秘値に到達確認、集約核の術式陣を起動……。介入術式陣構築開始……蓄積神秘の解放および変換を開始……警告件数610489、エラー件数1、神秘値が不足。中位カテゴリの余剰器を神秘に変換開始。再試行します。……警告件数3077、エラー件数1、神秘値が不足。上位カテゴリの余剰器を神秘に変換開始。再試行します。……、警告件数20、エラー件数0、介入術式構築、完了……起動。漂流神秘を捕捉。次元流出を観測。全項目成功。循環機構ホライゾンビーストの駆動を開始。界外世界捕捉。管理世界***へ干渉開始。成功。悪性魔性存在の干渉未検出。善性天性存在の干渉未検出。超常存在の干渉未検出。想定外干渉未検出。駆動続行。法境通過確認。介入点設定完了。全項目成功。魂脈の次元循環へ割り込み開始……』
■■■ ■■■ ■■■
ホライゾンシリーズ:
数多のファンを抱える化け物タイトルの金字塔。
多くのスピンオフが世に送り出されメディアミックス商業展開の先駆け的存在である。
権利関係は代理代表によってまとめられているが、未だに原作者の詳細は明かされていない。
原作者は未成年という説が濃厚だが、ファンの間では天使と呼ばれているらしい。
20XX年に世界中で発生した同時多発大量不審死事件から更新が止まり、天使もまた犠牲になったのでは、と囁かれる事となった。




