19話 境にて灯を現す 前編
◇ ◆ ◇
神の御前にてこの身が光に包まれた、と感じた次の瞬間には湿り気を帯びた風が全身に吹き付ける空中に投げ出されていた。
ああ、ダンジョン内だったね――
落下していく身体、迫りくる泥沼。先程まで強いられた緊張を解きほぐすように、身体に活を入れるように気合を入れて魔力を纏えば軽く滑らかな手応え。
構成しようとした樹枝六花の魔力形、その研ぎ澄ました術式陣を脳裏に描いたと同時に具現化出来た。
溜めの時間など皆無。瞬時の手応えである。
あの場で味わされた堕天使が扱う風雪の魔力陣を参考にした術式、角度や伸びや密度そして偏りさえを意識した改良型の即興技。
魔力の動きがまるで違う。
水を得た魚のように、風に乗る鳥のように、極めて自然に、思いのままに動かせる。
腰回りに構成した魔力陣から吹雪く力強さ、劇的な感触の違いにも内心驚きつつも、とりあえず墜落を回避しようと霧空を泳ぐ。
流れるようになめらかな手応え。
これなら出来るという確信と共に、魔力をこれまで以上に魔力陣に注いでみれば、今までなら壊れていた臨界点を軽く超えても陣が壊れる事も無く、むしろ力強く応えてくれて発現する吹雪の密度も勢いも何もかもが変わった。進境著しいとはこの事か。
「おっほおおああああ!!」
部長との再会に加えて、神との邂逅、恩恵授与と来て、肉体面は何とも無くとも精神的な疲労が溜まっていた。間違い無く。なんならそこらで寝転がってひと眠りしたいとも頭によぎっていたのだが、空を自由に飛び回れる、この一点だけでテンションが急上昇!爆上げだ!
これまで落下速度を利用しなければ到達出来なかった速度でもって急上昇!そこから戦帯を靡かせ急旋回、同時に魔力陣の配置移動、それすらもスムーズに!慣性自体はどうにもならないが、これまで空中では不可能だった軌道を描きつつさらに加速っ!
「ああおおおおおん!」
「遠吠え上げてんじゃねー!!ったく、浸ってる暇もありゃしねえ」
ふと胸元の魔導端末から聞こえてきた声に、くるりと霧に満ちた空中を泳ぎながら、途切れていた装備品の複合アビリティ【霧透視】を起動すれば視界に入るマッキーの姿。
もう随分と会っていなかったような心地になるも、あちらも同様なのかこちらを見上げて手を振る仕草はなんだか情感籠っていた。
「あはっ、とりあえず互いの無事を祝ってカンパーーーイ!!」
「ああ?はいはい、カンパイカンパーイ。てかなんでそんなテンション高い……?」
「めっっっっちゃ!飛びやすくなった!!今ならハヤブサも追い越せそう!!!」
「おー、ヤマシギからハヤブサってか。おめっとさん……オレはなんつーか疲労度限界オーバーって感じでグロッキーだぜ……ユッキーはタフだなぁ」
ヤマシギって何ぞ、と聞けば世界一遅い鳥として前世じゃ有名だったらしい、特にアメリカヤマシギの飛行速度は人間の早歩き程度だったとか。おいんな事思ってたんかい!などとツッコミしつつ、そんな彼女のテンションに合わせるように少し心を落ち着けて、探索衣の胸ポケットに入ったままだった魔導端末を取り出す。そこには
『名前:雪小路御良』
『所属:国立刀京魔導学園高等部1年E3組』
『ジョブ:雪酔童子』
『レベル:5』
『健康状態:良好』
『戦力値:139』
『魔力:良好』
『魔力属性:銀雪』
全く予想だにしてなかった神の恩恵だ。最低目標である【巫女】、少し上振れして属性付きになった【雪巫女】か、はたまた【雪女】や【天女】といった種族進化の芽といえる特殊ジョブか、上位ジョブの【雪姫】あたりを目指して努力し期待していた所であったのに、まったく見知らぬ銘を戴く事になるとは。
原作シリーズでも見た事が無い。まぁ神様から直接賜ったのだから仕方無い所であるが、気になるスキルや魔法といったものが現世仕様の魔導端末では表示されないのがもどかしい。だがとりあえず実感として飛行適性や魔力関連能力が劇的に向上してるのは実感できている。
それにしても雪酔か。
相も変わらず本当に雪と縁があるもんだ。苗字パワーなんかね。にしても『酔』の字は何故付けられたのだろう。月読様は闘酔の夜天とも呼ばれてるようだしその辺りの関連だろうか……いやなぜぇ?『闘』の文字でも良かったじゃんねぇ?お酒なんて前世から全く縁も無いのに。後半も童女じゃなく童子だし、こっちはまぁ前世持ちの影響か?
そして魔力属性がよくみたら【雪】から【銀雪】へと変わっていた。二属性であれば間に点が入る筈だしなんじゃこれと思うが、まぁ良い変化なんだろうと納得しておく。
「おー、大型種討伐前の私らのレベルって3だったのに、やっぱり大型種って経験値バカ美味しいねー」
「それな。討伐難度が桁違いだし、特に最初のゾウワニとかオレひとりだったら撤退判断してたがまぁ……さすがにあのゾウワニは特殊個体だったんかもな。生命力異常過ぎだったろ。何だ脳も心臓も内臓もぐちゃぐちゃな筈なのに生存可能て。普通の学生だったら討伐とか無理だろアレ……魔石とかのドロップも無かったしよ。まぁこればかりは運だし仕方無いとして、その分も経験値プラスされてたのかもなー、知らんけど」
「そんな設定あったっけ?」
「知らんっつったろ。ただの願望だ願望」
「おおうなんか珍しくダウナーじゃん。何にしても私達ふたりともジョブ持ちになって戦力値百超えたし、これで短気目標はクリアだね」
「え、マジ?……おおおお!オレも百越え!107!おっほおお!」
歓声が上がった時には目に入っていた情報。マッキーのジョブは【陽銃士】と書かれていて首を傾げた。魔力属性に変化は無く【狙】属性のまま。
「マッキーもジョブは月読様から貰ったんだよね?何か理由とかおっしゃってた?」
私のジョブも何故この名なのか推測は出来ても実際どうなのか謎なんだよね。性格とか願望とか考えた上との事だったが、神様の考えは推し量れない。私達ふたりともこんなジョブ名だと絶対目立つぞ……。
他の人と班《PT》を組む際はジョブを非表示設定にすればいいし、簡易鑑定なら分かっても戦力値程度だから隠せるが、貴族や警察機構から詳細鑑定とかされたりしたら一発で興味を持たれる事間違い無し。
……
ん?まぁ割ともう一般探索者程度には戦力を確保出来た事だし、それほど隠す必要も無いか?
これは後で意見擦り合わせるとして、マッキーのジョブ【陽銃士】について考えてみる。【銃士】はまあ基本的なジョブであるが仮名はガンナーである事が多いのにマスケティアとなっている。これは一射に時間を掛ける代わりに威力を増大させるジョブである【鳥銃士】を連想させる。確か対空性能に定評があったジョブだ。そこに魔力属性である字が足される感じなのだろうけど、なぜか太陽の陽の字。マッキーは光属性でも無いし月読様が贈るイメージがあまり思い浮かばない。マッキーが金髪だから、なんて理由じゃないだろうし……太陽を撃ち落とすとかそんなイメージだったら恐いんだが、そこんとこどうなんだろう。
「んん?いや神様から直接祝福を賜ったのはそうだが、オレは天照様からだぞ」
「あ、私とは違う神様なんだ」
「みたいだな。ってユッキーはまた変わった神の恩恵名だなおい」
「ふふーん、いいでしょ。マッキーのジョブも初見だけどね。【鳥銃士】に光属性が足された感じっぽい」
「おう、いいだろ。つかユッキーの事だし【狂戦士】にでもなるんじゃねえかって心配だったが良かったじゃねえか」
「どういう意味だコラ」
「そういうトコだぜ。ああ、しかしなんだ。雪は分かるが酔いに童子って。現世の生き様からの銘……、たしかこの現世じゃ童子って『ヒトならざる者』とかって意味無かったっけか。だとすると種族進化の芽的なジョブかもな」
「ほほーう、さっすがマッキー博識だね。まぁお互いに自然体で成長していけそうで良かったよね」
「ソレな」
「てか天照様って天照大神?日本神話の大御所じゃん」
「おいおい、部長に聞かなかったのか?この現世に存在する神格は日本神話のソレとは全然違う存在だぞ。部長がこちらの神様に肖って前世世界の神話編集に口出しとかしてたらしいから似てる部分も多いらしいけどな。てか一旦安全地帯に行かねーか?周りにゃ魔物の姿見当たらないけどミストイーグルとか来たら面倒臭い」
「あ、そりゃそだね」
「てかもう今日はダンジョン出るか。それなりの時間だし目標は到達したし頭ん中整理してぇし……部長から殺され掛けるわ治されるわ繰り返されるわ去り際に不穏過ぎる言葉貰うわ神様と会うわでお腹いっぱいだっつうの」
「うっは、マッキーもやっぱあの地獄な拷問経験させられたんだ」
「ああ、マジで本気で心の底からクソ野郎だったぜ部長はよ!聞いてっかボケナスがあ!!」
虚空に向けて中指おっ立てながらファッ〇ューと叫ぶマッキーのレアな姿を笑いながらきっと聞いてるのだろうが構う事無く、互いに部長への悪態で盛り上がりながら霧球域ゲートを目指して進む。霧球域エリアで帰りの舟を漕ぎながら情報共有すんべすんべ。
◇
現状を確認し終えて、黄昏時という頃合い。
いつも通りダンジョンから出る直前に戦封じを着け魔力を枯渇させてからギルドで報告書作成。マッキーが2層で狩った魔石などを提出したわけだが、更衣室への階段を上る前にずぶ濡れだった事などを指摘されてちょっと焦った。まぁマッキーがうまい事言ってくれて有耶無耶にしてくれたが。いやぁさすが頼りになるぅ!と正直におだてたら頭をスパンとはたかれた。納得いかん。
そんなこんなでギルドから出て校門へ向けて足を進める最中、
「おーい、そこの学生さん。あ、やっぱり雪小路さんとこのミラちゃんだね」
と、渋い声が聞こえて顔を向けてみると見知った人。
割と高そうなスーツをビシッと決めたオジさん。今日改めて見るとなんとなく暑苦しい感じがする、探索者用装備販売店の常連さんである。
「あれ?銃のおじさん、お久しぶりです」
「はは、ちょっと前に会ったばかりだから久しぶりという感じでもないが。今帰りかい?」
「そです。あ、こっちの金髪っ娘は私と班《PT》組んでる牧野正、通称マッキーです」
どもどもと挨拶し合う二人の仲立ちして、どやぁとマッキーに顔を向ける。やっぱり私もコミュ力あるじゃんね、と思っていたら猫被りモードのマッキーとオジさんの会話が弾んでいく。
「こちらにはお仕事でですか?」
「刀京の探校は大体お得意様だからね。ギルドが併設されているこちらは珍しいのもあって外回りする日はほぼマストさ。ついでに噂話なんかも集めたりすると思いも寄らない繋がり方が見えたりするんだ」
「おー楽しそうですね!それじゃ最近の女子高生が気になる噂とか聞いてみたりとかしちゃったり?」
「あはは、なかなかの無茶振りしてくるね。そうだなー、じゃあ定番のよく当たるっていう占い話とかどうかな。それこそ午前中に実際訪れたばかりの聞きたてほやほやだよ」
「おおっポイント高し!是非聞かせてください!」
どこそこにあってー、値段はこうでー、雰囲気はーと次々と連鎖していく話。私ひとりだと最初に挨拶して占い話になんて飛ばない。二言三言で別れてただろう。いや恐ろしいわ。マッキーの猫被りモード。これがコミュ力……っ。ダウナーモードから調子も大分戻ってきたようだね。
「なんだか変わった占い師さんなんですね」
「そうだね。まったくもって同意するよ。これがその時に貰った結果なんだけどね」
なになにと二人で見ると、薄雲と銀月の透かしが入った高級紙に達筆で何行か手書きで書かれていた。
『灰色スーツで革カバン、黒縁眼鏡が異性にモテる秘訣と朝に鏡の前で思ったあなたの今日の運勢。
幸運の接吻相手は空から落ちて来た砲弾。ラッキカラーは赤の警光灯。不運なアクセサリは金運最悪なタコの像。
恋愛運は交通事故。仕事運は上司の嫌がらせに深海的注意。金運はタコの像がある限り望めない。
僧侶と魚類は冷やすと吉。口下手な雪女に優しくしてあげるとお小遣いが増えるでしょう、浄鈴を贈ると運勢アップ大。』
「「なにこれぇ」」
「本当にね。まぁ見て分かるように明示的な文言って雪女と浄鈴くらいでさ。真っ先に思い浮かんだのって雪小路さんの所で、浄鈴といえば巫女だから、ミラちゃんは確か【巫女】を目指してたなと思ってね。入学祝いを兼ねて帰りに寄ろうと思っていたけど、ここで会えたのも縁というモノかな。で、どうか僕を助けると思って、コレを貰ってくれないかい。【巫女】を目指してるっていうキミの役に立つと思うし」
すみません。【巫女】じゃなくてもう【雪酔童子】っていう神の恩恵貰っちゃいました。入学から三日で。うん、事実なんだけどどう考えても嘘っぽく聞こえる。本当に何と言ったらいいのか。
そんな事を言い出せずに口をもごもごさせていれば、マッキーからにやにやと肘鉄を貰った。なんだぁてめえ。
マッキーと裏でピシピシと攻防を繰り広げている中、オジさんがカバンから取り出して見せたのは、桐箱に入った鈴。
それも社の行事で使うような格調高い神楽鈴である。
持ち手部分は赤と白の紐が重ねられ柄から瀟洒な飾り紐が伸び、三段の輪に連なり吊られた鈴の群は夕焼けを反射し厳かな雰囲気を漂わせている。
「え、めっちゃお高そう」
「そうでも無いが、社で正式採用されてる七五三鈴だから実用性は保障するよ。ちゃんとした包装する前の手渡しとなって申し訳ないけど」
「いやいや桐箱ありますしそんなこと無いです。いや、えええ、まぁ、はい、ありがとうございます……」
軽く魔力を通そうとしたら、動かせる魔力の反応も無し。あ、戦封じ着けたままだわ。
仕方無く振ってみると、シャンシャンと耳に心地良い涼やかな音色が鳴った。これってお返しとかするもんなのか?家族と相談だなぁ……。
「うん、いいね。それじゃあ牧野さんには出会えた記念としてこちらを」
「えっ、アタシも貰えるんです?やったー!ありがとうございまっす!」
マッキーがオレなんて一人称を使わずアタシと発言した事に物凄い違和感を覚えつつもちらりと見れば、無地の金属製ケース。どこか無骨なデザインだが弾薬箱に似てなんだかこちらもお高そうである。この人、金銭感覚バグってんのかな。受け取ったマッキーも困惑しつつ両手で抱える。重さもありそうだけど、学生カバンに入りきるギリギリという幅もある。
「えっと、これは……?」
「弾薬箱だね」
予想的中。出会ったその日のプレゼントにそのチョイスとかコノ人のアタマの中どうなってんだ?
普通の女子高生なら怖がるかもしれんが、まぁ、マッキーからしたら割とベストチョイスかもしれん。
「いやぁ、手持ちで贈れそうなのってうちの宣伝商材しかなくて。あ、宣伝といっても実用性は確かだから気兼ね無く使って欲しい。使い心地とか後で聞けたら嬉しいな。ああ、校門出てからでいいけどふたりともちゃんと魔力を込めておいた方がいいよ。これは先達としての助言ね」
防犯にもなるしそのケースごと装備したら魔力を長時間保持するし一発一発魔力込める必要無いから便利だよ、なんて早口で言い終えればもう用は済んだとばかりに去っていった。少し不審者っぽくはあったが、なんか急いでたっぽいしやはり忙しい人なんだろう。
魔導銃製造会社に所属じゃなくてツテがある人なんだよねぇ……実際どういう仕事してるんだろ。弾薬箱を宣伝する関連企業……?
そんな疑問も出て来たオジさんが去って行って、校門までの道を歩いていれば、部活帰りの生徒たちだろうか、そこそこの人の群れに紛れて集団下校という感じに。なんだろう、なんとなく生徒の姿、いや雰囲気に違和感を覚える。熱の有る無しというか、色の付いた生徒とついていない生徒がいるような、そんな違和感。
そんな事に内心頭をひねっていればマッキーからぽんぽんと肩を揺すられた。
「なあなあ、あの人ってどういう人なんだ?オレの事も詳しく話す感じの間柄か?」
「どういうって、中学の時に話題に出した程度だよ。探索者用装備品販売店に来る常連さんって感じ、月にニ・三度くらいの。マッキーの事は話してないかなぁ。でも親とも妹ちゃんとも仲良いしマッキーの事が話題に上る事あっても不思議じゃない感じ。私が戦封じ着け始めた頃からの知り合いだし」
「着け始めた頃って小学以前からの歴かよ。んー、いやな。この弾薬箱の中身見たらさ、今使ってる魔導銃専用の弾なんだわ。それもフルに詰まってて30発入り。オレが(魔導銃の)使用者ってモロバレしてるのがちょい引っ掛かってよ。(銃)ケースも学生鞄の中に仕舞ってるし誰にもバレねぇよう工夫してるんだが……」
「そりゃまた……努力してんのね」
「必要なこったろ」
盗難予防とか大変だなーと思いましたまる。そういう地道な努力が出来るって才能だと思う。私にゃ無理だ。口に出したらはたかれるの確実だから言わんけど。
と流したけど、30発!?
前世の9ミリパラとかと比べ物にならないほど弾薬が高価なこっちの世界で弾30発て。普通の弾でもひと箱当たり軽く2桁万円するんですが……。やっぱり金銭感覚おかしいおじさんだった!そんなの軽く手渡しとか意味分からん。こわ。
「マッキーは風俗に染められないように気をつけなね」
「風俗?……おい、こいつの値段考えたらマジで洒落にならんぞ。そんな気配ある人なのか?」
「冗談冗談、むしろポンと渡せるくらい高級取りなんだろうしそんな犯罪紛いの事しでかす人じゃないでしょ」
「いや、今日知り合ったばかりだし、たしかに軽く渡すような値段じゃねー……ちょっと使うのためらうぞコイツ。後で請求されたらマジで」
「あー、たぶんあのオジさんの事だから譲渡書くらい一筆したためてる筈だけどね。しごできオジって母さんが言ってたし、ケースの中ちゃんと確認した?蓋の裏面とかに説明書というか仕様書と一緒にそういう契約書ない?」
「今確認するわ……あ、あったあった!あったぞユッキー!サインも入ってる。いやぁ……マジ焦ったぁ」
「ぷぷっ、ガチ焦りに草。でももったいなー風呂嬢になったら通ったのにー」
前世の最期辺りにそんないつか行ってみたいXXXXXXな話題で盛り上がる事もあった青春。今でもおんなじか。この現世にもある筈だし。特に地上の歓楽街とか、テロリスト御用達のあやしいお店とかは比較にならないほどヤバイそうだが具体的なエピソードは無かったんだよね……。
「ふざけんなコラそん時はてめえも道連れだかんな。はぁ~……まぁもう神の恩恵も得られたし大分余裕出来たがな。そこらのチンピラにゃ負ける気がしねえし。最悪踏み倒す所まで想像したぜ」
「そだね。んー、話戻して、私と一緒に班《PT》組んでる事は調べたら誰にだって分かる事だけど、それだけで使用者なんて分かる筈無いしね。なんで弾薬箱がプレゼントになるって思ったんだろ、値段的な理由以外に」
まぁ宣伝商材やら何やらがあやしくても、魔導銃はオジさんのツテだったのは間違い無いし、専用の弾薬箱持ってても不思議じゃない。出会う日にピンポイントで専用弾薬箱というのはタイミングが良すぎて、マッキーとしては疑わざるを得ないのだろう。お高いし。
ただ相変わらずあのオジさんには戦い慣れてる雰囲気が無い。ザ・一般人って感じ。先達と嘯いていたが多分ワンパンで沈めれる。今日はお高そうなスーツとかでビシっと決まっていたが、武力自体は大した事ないだろう。最悪決闘に持ち込んで踏み倒そう。言葉を翻して経済的に囲い込んで来るような外道なら拳で粉砕すべし。
「だよな。変だよな。確信持って渡されたし。ギルドのDA報告書にゃ初日から使用武装の変更は無しで通してるから……学園事務室から漏れたか?登録申請したし」
「あー確かに。書類関係か。むしろそこしか無いよね。それなら役所の方にも伝わるだろうし、情報漏洩ならそっちもありそう。まあ役所の上は貴族って相場が決まってるし、漏洩でも何でも無かったりするし、どうしようも無いね」
「ったく。昨日の今日で勘弁してくれよ。こっちがどんだけ警戒しててもこれじゃ意味ねー」
「どうどう。でもまああのオジさんに関しては悪気無いと思うけどね」
「根拠は?」
「勘。疑うのは簡単だけど信じる事も大事だって」
「脳筋なユッキーにしちゃ含蓄ある言葉じゃねえか。騙されやすそー」
「ひっど。まぁこれ前世で部長から聞いた言葉なんだよねぇ」
「騙されてんぞソレ」
あの鬼畜天使め、と吐き捨てるマッキー。部長への好感度がマイナス域に入ってそうで笑う。
校門から出て桜並木の道路に並ぶバス停へ。
「まぁ、助言ってか忠告みたいに聞こえたし、あのおっさんの言った通りに魔力は込めとくか」
「とりま戦封じ外しとこ。ついでにバスの乗車料金にある魔力払いってのもやってみようかな」
「ああ、アレか。そだな定期買ったが、もうバレても木端扱いはされないだろうし、そっちのが節約んなる……ふぁ……」
「眠そうだねマッキー」
「まぁ……気を張ってた所あっからな。けどもうジョブっていう一番の難所を超えれたから安堵感がすげえんだ。良くも悪くも方向性が決まったなら後は突き進むだけだろ?」
「分かるー。んー、やっぱり魔力巡ってくると全然違うわ。魔力枯渇状態で生活とかすんごい苦役」
「明日からは外して学園敷地内に入っていいかもな。情報収集するにゃ校内荒れてっしDAのが有意義だし。ギルド職員にゃツッコミされるだろうが……百越えかぁ、想像以上に早く到達できたなぁ」
また事務室行って戦力申請とかしとかないとなー、と続けられた言葉はどこか上の空で、感慨深げに夕日を眺める今日この頃。
バスを待ってる時、風に舞う桜の花弁が目に映る。
夕焼けを赤く赤く反射する花弁はどこか血の色に似ていると思った。
◇
この夕方の時間帯はバスも割と頻繁に来る。
それでも自宅方面である信宿エリア地下に向かうバスは20分置きくらいで、別方面へ赴くバスの威容を見送る。
この辺りを走るバスは魔導装甲車の中古。ダンジョンで運用されてから経年劣化や最新式より型落ちした防御性能により現役を引退した乗り物が使い回されているとの事だが、その大きさは前世でよく見たバスの二倍以上。足回りも大型トラックのようにバカでかいダブルタイヤ。外壁の厚みは人の腰ほどもあり窓ガラスも当然強化ガラスが幾層も重ねられている。そんな重量を物ともせず動かす動力は加工された魔石燃料と乗客の魔力、補助として電力も使用されバス内の空調も快適。輝かしい魔導文明の一端といえよう。
そして、そう待たずに来た自宅のある信宿エリア地下行き運行バスに乗り込んで、入口に並ぶ魔力変換魔導具に手を置いて魔力を流す。ピロンという音と共に画面に緑丸が表示されたらオッケー。
そう、探校生に限らず乗客は運賃をお金で払うか魔力で払うか選択可能。で、今回は魔力払いを選択。定期とか要らんかったんや!払い戻しとか出来るのかな……。中学までは徒歩で通ってたからバスの仕様なんて前世と同じだと勝手に思い込んでいた。ので定期は必須だと勘違いしていた。まぁ一ヶ月くらいは戦封じを付けてダンジョン通いになると覚悟していたから特に問題も無かったのであるが、もう外せるとなると途端に無駄に支払ったお金が惜しまれる……。
無駄金といえばお守りの購入なんかでも散財したし……微妙な金銭出納にも敏感になってしまった今日この頃。
そんな風に黄昏ていたら、マッキーの知り合いらしき同学年の女子生徒が奥の座席から立ち上がって手を振り振りしていた。
「あれ?セイちゃーんやっほー、こっち空いてるよー」
「空梅ちゃん?やっほっほい。家こっち方面なん?」
「もー鳴でいいってば。って違う違う。鹿西臨海防園で例の作戦をした帰りでね、信宿エリアには買い物にって感じ」
「おーどうだったよ。うまくいった?」
「もーもーもーそれがドンピシャ大当たり!!ホントありがとー。おかげであの鈍感のっぽもようやく彼女を意識し出したみたいでさ。もー初々しくてご飯何杯でも食べれますって感じで二人っきりにしてあげた帰りなんだー。やっぱ地上の自然って偉大だねー。風が吹いてひっついて、また離れて、手を繋ごうとしたりしてキャーーー!って騒いでたら蹴られたんだよ!酷く無い!?他にもね――」
辺り構わず噛みつく狂犬で無い事は一目瞭然で、害意も無くぽやぽやした雰囲気で危険も低い。むしろ雰囲気的に前世の女子に近しいものを感じる。金髪に近い淡い桃色髪は妹ちゃんと少し似た色だ……ほんとカラフルだなぁ。
そんな事をマッキーの背で考えていたが、ふたりの話長くなりそうだしとりあえず近くの席に座っとくか。
「ってこっちこっち、座って座って。そっちの子は?」
「お、ありがと。おいユッキー離れた所に座ろうとすんな。ったく。紹介するぜ、メイちゃんには前話したと思うけどこの無愛想なおチビがウチの班員の雪小路御良ね。凶悪な噂もあっけど手出さなきゃ基本無害だから。んで、ユッキー、こちらがウチにスカウト中の空梅鳴ちゃんだ」
はじめましてーと笑顔を向けて来る空梅さん。彼女は極僅かながら熱がある側の人間っぽい。これまで感じた事が無かったこの未知の感覚。ヘビの熱感知みたいな超感覚は、おそらく神の恩恵由来の魔力関連だろう。それしか思い当たる事無いし、今朝はこんな異常知覚なんて無かったのだから。……部長と会った空間で魔力を可視化出来ていたのは部長が何かしらしてくれてたんだろうしね。
それに校門から出て戦封じを二人して鞄にしまった時から、マッキーから感じる熱が一段上がったしもうほぼ確定。
さて、だが現実に翻ると、彼女から感じる微かな熱。
マッキーから聞いた限り、彼女はダンジョンに入っていないという話だった筈だが……。熱無しの同学年もまたすぐ近くの座席にいるので即座に感じ比べられる。目を向けずに済むのは挙動不審に見られなくて良いね。そしてやはり、魔力有りだとしか思えない違和感を彼女に覚える。薄い魔力の熱が極僅かながら漏れてるし、息にも微量ながら魔力が含まれている。
視線を向けてざっと眺めてみれば、まあ仕草から見て戦闘慣れしていないのは間違い無い。彼女に不意を突かれても致命傷を負わされる事も無いだろう。得物は、腰のベルトに差した護身用のナイフ程度。原作知識通りに弓を扱うようで学生鞄に弓がベルトで固定されている。
そんな当たりを一瞬で付けて、はじめましてと返しつつ、空梅さんが座席を奥へと詰めて、空いた席にマッキーを挟んで私も並んで座ってから、マッキーの柔らかなふとももに手を置き「うお、急にどうした」彼女に顔を寄せてから口を開く。周りに聞こえない程度の小声で。
「空梅さん、不躾で悪いけど、戦封じ着けてる?」
「ふぇっ!?」
そんな驚き顔してるとこ悪いが、班を組むなら重要確認事項だ。荷物持ちや後方支援要員であるならまだしも、共に戦場に立つようなら聞いておかないと。
徳岡くん達から戦封じの有無が重要なんて話あったしね。マッキーは空梅ちゃんの事になると大分判断があやしいし。
彼女はちらちらとマッキーの顔をみつつ、謝罪の手を形作ってから小声が届く。
「……どうして分かったの?」
「ダンジョンに入っていない新入生特有の、熱無しって感じじゃなかったから?」
「なんで疑問形なんだよ。ユッキーお前って魔力感知できたっけ」
「出来て無かったから確かめる為に聞いた。この感覚が魔力感知かどうか。ダンジョン出てから違和感あったし、なんとなく今そう思ったってだけだったけど、正解みたいで腑に落ちたよ。うん、ウチの班に来るなら歓迎する」
感謝感謝と微笑んで身を引いて目を閉じる。この感覚は早く慣れておいた方が絶対良い。範囲はどれくらいなのか、精度も何もかも未知なのだから。
「ひとり満足して即睡眠体勢に入るんじゃねーよ!あーすまん空梅ちゃん、こいつマジでマイペースでさ」
「ううん、全然いいよ!むしろ知ってくれた友達ができて嬉しいくらい!私から話すのは家族に止められちゃっててー」
ふむ、魔力はやはり目を閉じていても感じられる。目潰しされてもこの感知を鍛えれば何とかなるかもしれない。
隣で盛り上がる会話を他所に、バス内は問題無く魔力の熱を感じる事が出来る範囲だと理解できて、今はバス外の通行人や通り過ぎる車の中などを把握しようと努めている。
うん、一枚二枚の壁がある程度なら問題無いが、対象が高速だったりすると距離感を掴むのが難しいね。バス内から道路を挟むとほぼ無理。範囲もそこまで無い。が、魔力器を拡げる修行のように身体に魔力を充填し続けるとそこそこ知覚範囲も広がり、道路を挟んだビル内も少し違和感があるかな程度に知覚可能。ちなみに腕や胸や頭など特定部位に魔力を凝らせても変化は無かった。魂を経由しての知覚、神の恩恵に不随した力なのだろう。
懸念点としては、この感覚を信じ過ぎると魔力無しの子達の存在に気付けない事だろうか。学園ダンジョンには無いが、魔力を利用しない物理的な罠なんかにも注意が必要だろう。魔力が込められていない矢や銃弾程度問題無いが、爆発で吹っ飛ばされたり、落とし穴とかだと飛べなきゃ嵌っちゃうしね。
重要なのは魔力器を拡張する修行と平行して行えそうという事!これは修行のし甲斐がある!月読様からの恩恵多いね、ありがたやありがたやー。
そんな祈りも捧げつつ、魔力を制御し身体内に飽和させ、次第に痙攣してくる不随意運動を気合で抑え込んだ魔力鍛錬に励んでいれば――
――プァァァアアアアという警報が分厚いバスの内壁を貫通して街中から響いて来た。
「飛行種襲来警報が発令されました。屋外にいる方は直ちに地下街など安全な場所へ退避してください。繰り返します。飛行種襲来警――」
「うわ、何?」「しっ!静かに!」「バスから出た方がいいのか?」「速報どうなってる」「魔災深度はいくつだ?」
乗客からもざわざわとした戸惑う声が上がるも、誰が見ても古強者と分かる顔面に傷跡を残した探索者らしき偉丈夫がよく通る声を響かせた。
「探索者はまず席から立ち上がれ!よし、では窓際へ間隔を開けて並び警戒態勢!」
そんな声に続くように、刀京魔導学園の制服を着た上級生らしき人達が落ち着かせるように声を張り上げる。
がたいがいい人を先頭に、そのデカい生徒の肩に乗った小柄な女子生徒達も続いた。
「余力ある探校生は窓下にある魔力変換具から魔力を提供しようか。バス周囲に魔力壁を展開させるのに必要だ。魔力に不安がある者は吊革に掴まって警戒態勢!」
「ゆっくりでいいよー、地上では一年通して魔物の襲来があると知ってるでしょー。こんな街中まで来る事は滅多に無いけどねー」
「一般の方はお手数ですがバス中央に集まってくださーい。あ、まだ魔力器官を目覚めさせてない新入生もねー!」
「はい!」「あの人達って……【勇猛童女】じゃない?」「ケッ」「しゃーねぇなぁ」「え、これ自分もか?戦力値二十もねぇんだけど……」
バス内のそんなざわめきが耳に入れば、そういえばそんな人達もいたなと記憶の底から浮かび上がった。
入学式初日に見た受付嬢の推し班《PT》。相変わらずあのマッチョ君は女子を肩に乗せてんだね。まぁこのバス天井も高いけどさ。
どこか気が抜ける光景を見つつ吊革を掴もうと手を伸ばす。うん……背伸びしてギリギリ。いや吊革の位置高いよ!
「えー、バス運行会社からお知らせします。先程サイレンが聞こえましたように刀京府に魔災深度4の警報が発令されました。当バスは避難活動への協力及び準迎撃態勢に移行します。避難される方を収容したのち、最寄りの地下街入口へ向かいます。また戦力値百を超える探索者および平民の皆様には魔力の提供および迎撃にご協力頂けますようお願いいたします。えー繰り返します。バス――」
「あーこれはどうしたもんか……協力しないのはNGか」
「ん、バス入口の魔導具で多分把握されてるだろうし」
「だよなぁ。言い訳効かん義務違反は無しだな。まさか魔力払い試したこのタイミングでなぁ……」
目をぱちくりと瞬かせた空梅さんが困惑気に首を傾げた。
「え、なんで……セイちゃん達ってまさかもう?」
「まぁそのうち広まるかもだけど言い触らさないで貰ったら嬉しいぜ。あんま目立つつもりも無いんで、聞かれたら答えるくらいの塩梅で」
「うん、それは別にいいけど、あ、近くにいても大丈夫?」
「んん?オレらと一緒くたに見られるかもだがそれでいいなら――」
アナウンスの途中でもう掴まり難い吊革から決別して、窓際へ移動。
背中でマッキー達の会話を聞きつつ、目立たないなんて無理でしょと内心でツッコミながらバスに備えられている魔力変換具を両手で掴む。この魔力変換具、正式には長ったらしい名前の魔導具であるが、どんな魔力属性の持ち主でも利用可能な魔力に変換し利用可能とする技術で、探校の制服や探索衣はこの技術を応用して製作されているらしい。魔力損失が多くて変換効率は悪いらしいけどね。
窓下に並ぶ魔導具は攻撃用や防衛用、緊急避難用などで色分けされており、その中の緑色のレバーをがちゃんと手前に引き寄せ、両手から魔力を通し始めればするすると流れていく。この辺りの使用方法は探索者養成校の受験用に勉強した内容そのままで、緑色を握っていれば大体オッケーな認識。
とその時、窓から外を見上げれば、丁度白い魔導艦艇の群れがビル上の茜色に染まる雲より赤い軌跡を描いて飛び抜けていった。
旗艦と思われる比較的大きな巡空艦が1隻、その周りに小型な駆逐艦や護衛艦が規律正しく警戒色の飛行機雲を作りながら夕焼け雲の下を駆け抜ける。
同じくそれらを見ていた近くの探索者たちの会話が耳に入って来た。
「随分と早いがありゃどこの貴族さまの部隊だ?」「家紋は……壱海公爵家とその旗下ね」「部隊派遣の速度はさすがの一言ですね」「この辺りは直轄領だし当然だろ」「巡空艦をパッと動かせる所なんざ限られるわな」「20年前に西部域がゴタついたせいで上は今にいたってもピリついてっからなぁ」「そうそう昔じゃ考えられん対応の早さだぞ。ひと昔前は貴族様の部隊が動く所なんざ滅多に見なかったからなぁ」「いの一番に対応してたのがギルドだったって言っても最近の連中はピンと来ねえくらいにな」「今じゃ退魔省に飛行隊があるなんて若いのは誰も知らんだろ。あいつらより出るの遅いかそもそも動かなかったからな貴族連中」
そんな古参と思われる探索者も混じった雑談中に、トゥルルルとリーダー格の初老探索者の胸元から呼び出し音が響いた。
「こちらクマオリ――、ああ、そうだ。その運行バスで8名移動中――、ああ、そっち合わせれば全員だ。了解。装備も?ああ、分かった。では後で。……ふん。お前らギルドから緊急招集だ!喜べこのバスの上に宙空車を着けてくれるらしいぜ!」「隊長!壁の連中は無事ですか?」「分からん。だが壁が崩れたなら魔災深度が4じゃすまねえだろう。詳しくは上で聞け」「了解」
「うへ、バスの護衛じゃ駄目かぁ。楽はできねーなー」「まあまあサイレンが鳴った時点で予測出来ましたし」「ウチら資源採取ローテから帰って来たばっかじゃないすか……」「深度が3までならまだしも4だからなぁ。レベルが30前後ねえと盾役にもなれん」「中堅どころで動かしやすいウチに声が掛かった事から役どころは自明ですな」「はぁ、大型種と縁遠い所に就職出来たと思ったのになぁ。今回も生きて帰れますように……」「【キカルベ騎槍社】も【刻命】も入れ替わりでダンジョン遠征してますしいつものアライアンスは組めそうにありませんね」「ギルドも等級高い大企業を動かせばいいのによーあー貴族さまとの協同戦線はきっちぃんだよなぁ……」「ほら守秘義務契約も交わしてるんですから愚痴はここまでにしましょ――」
「グダグダしてんじゃねえ!さっさと上に登ってこい!」「「「了解!!」」」
バス運転手は慣れたものなのか、通話の最中にしれっと出入口扉を解放しており、リーダー格の初老探索者がいの一番に屋根へと移動し数人ほど続いたが、どうやら残りの部隊員はこちらで愚痴っていたようだ。バス上からリーダー格の怒鳴り声が響けば彼等も慌てて移動していった。
夕空を見上げればまばらに見える宙空車や魔導ヘリの影。大きさも色も様々な宙空装甲車群はやはり動きもバラバラなようで道中で探索者たちを拾って合流していく形のようだ。そして間もなくこちらに1台が近寄って来てバス上の彼等を乗せてまた飛び立って行った。
バスは走ったままだったのでどう乗り移るのか少し疑問だったが、どうやら装甲車から降下ロープが垂れ下げられてそれに掴まって登っていくようだった。安全の為に一旦停止とかしないんだね、まぁ魔災深度4に招集される探索者なら落ちても怪我すらしないだろう。
なんとも忙しないが、魔災に関しては一分一秒で救える命の数が変わる、とは中学で習っていた。
魔災の種類も様々にあるが、共通するのは人々が住む地域が危険に晒されているという点。
そんな受験の為の文章だけでは頭の中でふわつくだけだったが、こうして現実に動く彼等の姿を見れば思う事も出て来るのかマッキーが独りごちる。
「頼れる大人って感じだったな。特にあの通話受けてたリーダーさん」
「だね、魔災対応に命張らされるって感じの人らはげんなりしてたけど」
「現場に着く頃にゃ切り替えてるだろ。にしても上ってのはどんくらい情報渡してくれるんだろうな……」
「なんか西がどうとか言ってなかった?」
「ああ天州西部域のニュースなんざまったく聞かねえし調べても何も出て来ねぇのはいつもの情報制限だと思ってたが、嫌な予感しかしねえぜ」
マッキーの言葉少なに区切られた中には、魔災の状況や魔物情報の他に、魔力値や上限突破に関する知識についても含まれてそうだ。
いくら歴戦を誇り生き残って来た探索者といえど尖兵に渡される情報などいつの世もたかが知れてるだろう。中小企業所属という感じの彼等の空気をほんの僅かでも知れたのは収穫だが、彼等は下手したら未来の私達の姿である。
原作シリーズで、そうあったような自由度なんて欠片も無さそうな探索者という現実の職種。
プロと評されるレベル30前後、そんな彼等でも現実は世知辛いようだ。
大型種を忌避する風潮も、来る日も来る日も採取メインという話も、ネットで噂程度に仕入れていたがなぞるように愚痴っていた。
ギルドといった上位組織に縛られ、貴族からアゴで使われる彼等は、傍目から見ると何とも息苦しそうに思う。
何よりに彼等はちっとも楽しそうじゃなかったな。
そんな年齢は過ぎ去ってしまったのか。魔物災害と聞いて貴族と同行するなら、褒賞もあるだろうに、レアアイテムの獲得チャァァァァァンス!とテンション上げるのはあまりにも正気度が削れているだろうか?以前マッキーに話したらドン引きされてしまったが……いや私も被災者の前でそんな態度を取るつもりは全く無いよ。本当に。
褒賞が出ないなんて事は無いだろうし、意欲向上の為にもある筈……ただの探校生である私達には現実での魔災対応報酬が具体的にどのようなモノなのか全く知る事が出来ていない情報である。これも守秘義務契約とやらに含まれていそうだ。原作ゲームシリーズでは貴族家襲撃とかせずに、限界突破に必要なアイテムをちまちま集めようとしたら魔災対応のようなランダムイベントは外せなかった。ほとんどの地域でこっすい報酬しか得られないので一度やれば十分というほど微妙過ぎたが、この現実で強制徴兵&報酬無しとかなら奴隷と変わり無いし、不満をもった人達が傭兵やテロリストに転向しかねないから存在はする筈。
そんな疑問は置いといて、魔災深度4である。
前世にあった地震の震度のような災害強弱を表す指標だが、深度4は小規模集落なら崩壊する程度の危険性だ。規模的には山が土砂崩れを起こし下流域の一部が飲み込まれたとかその辺りの被害が予想される。深度が5になると集落や町の全滅相当、6では街、7は地方、8は国家的危機と数字が上がるほど想定被害規模が大きくなる。
「なんだか、雰囲気的にふたりとも悲観的?」
私達の後ろで会話を聞いてた空梅さんが首を傾げていた。まあ、小中で習った常識からなら貴族による魔導艦隊派遣にギルド傘下の探索者達の協力もあってと、深度4なら十二分に対応可能だと安心する条件が揃っているからね。
深度5でも周りの貴族家が協力すれば被害をほぼ抑えられると習っていて、小編成ながら歴とした魔導艦隊が即時派遣されたなら心配もさほど必要無いと考えるのは仕方無いのであるが、この現実では少々無垢が過ぎる。
平民に知らされる情報が欺瞞で、艦隊派遣が即時必須な規模と考えるともうすでに被害が洒落になっていない可能性があるのだ。というか原作シリーズを鑑みればほぼこちら。魔物領域との境界戦線は常に深度3以上の脅威に晒されていると習う以上の情報は、刀京府のような地下都市が整備されている安全圏にて生活する平民に与えられない。
「空梅さんはこういうサイレンを地下で聞いた事ある?」
「え?うーん……無かったと思う。うん、授業で習いはしたけどこんなに大きな音だったなんて思わなかったし」
そう、地上では大々的にサイレンが鳴らされる魔物災害だが、地下では報道すらされない。
地下街にサイレンが響いた事なんて15年生活してきて一度も無かったのに、地上に出て来て三日目で遭遇。深度4が滅多に無い事であろうと、サイレン自体は一年を通してあると先輩たちは発言していたにも関わらずだ。
「ん、情報制限されてるのは確実。上が不要と判断した情報は平民にまで流れて来ない」
「守秘義務契約がどうとか話してたしな。探索者に限らず木端にゃ知らせる必要も無いって話はこの世界ずっと多いかもだぜメイちゃん」
「ふーん、何か知られると不都合な事でもあるのかな?」
地下街下層に蔓延る反社会的勢力とか邪教団とかに人が流れると不都合なんだろね。あの連中は連中で、人造兵・特攻兵生産とか生贄の儀式や神に捧げる儀式とかの為に常に好き勝手出来る人間を求めてるし、私達としても駆逐出来るなら速やかに駆逐して欲しい所だ。地下街10層に徘徊する移動型霧球域ゲートのせいで難しかっただろうけど、徳岡くんから情報を得られて地下街11層の根城を発見出来たみたいだし残存勢力も綺麗さっぱり無くなってて欲しいね。
そんな事情をオブラートに包んだマッキーが具体性を出さずに空梅さんに上手く説明してるのを聞いていたら、地下街への大トンネルへとバスは入ったようで、窓の外は壁と天井ばかりで代り映えのしない景色へと変わった。
そんな橙色の明かりが満たす薄暗いバス内で、会話をぽつぽつと続けていれば空梅さんとなぜか距離が縮まったみたいだ。
私の事はメイでいいよ、なんて言ってくれるが私としては距離感は大事にしたいので苗字呼びさせて頂きます。あ、ミラちゃんは出来るだけ止めてください。鬼畜野郎を思い出してしまうので。
「じゃあユキちゃんで!」
「ん……」
くっそ距離詰めてくるねこの娘。なにニヤニヤしとるんだマッキー。
どこか博愛主義な所があるマッキーと違って、私は身内にさえ被害が出なければいいと線引きをしている。というか日頃のニュースでも何名が殉職したとか、死後に表彰されたとか、あるのだ。ヒーローじゃあるまいし、救えたかもと考えるほど私の心は広くも暖かくも無い。
だが私には無いマッキーの善性は、好いモノだと知っている。だからこそ彼女の判断を尊重するのだ。そんなマッキーが救いたいと手を伸ばした空梅さんもまた、線の内側に入れるべきなのだろう。私はそう意識して努力しないと護ろうなんて意思が動かない程に社会性がミジンコな自覚がある。
だから、この選択もきっと間違いじゃ無いと私は信じる。
ふぅとひと息。ふと彼女たちから目を離して窓を見遣れば反射して映る私の顔。
探校に入ったばかりなのだ。焦る事も無いし順当に魔力を高めていく事に集中しよう。
単純な弱肉強食で成り立つ闘争を思えば地力を磨くのは当然ながら、外野に煩わされたく無いからね。
楽しむ為にも。
にんまりと口角が上がった。
魔導灯のオレンジ色に照らされていても、どこか色気があるこの相貌。チビだお子様だと罵るアホ共は節穴確定でいっそ哀れなほど。
「ふんっ!」
「ったぁ!?」
頭上に手刀を落とされた痛みに睨みつければ隣のマッキーは真剣さの中にどこか引きつった顔をしており、殴られたこちらの方が困惑するというもの。「いったいなに」と、とりあえずで尻をはたき返して、キッと睨む。
「いやユッキーがあまりにも何処かの鬼畜野郎に似た邪悪な笑顔してたからだな。アレだ、正気に戻す為に活入れた」
「うんうんユキちゃんすっごく悪い顔してたよ!」
キラキラ笑顔で随分と言ってくれるなおい。私はこの顔気に入ってんの!とツンツンツンと手刀で空梅ちゃんの腹を突く。「きゃぁ♪」音符が付くような声出すんじゃない。SAN値は正常値に決まってるだろが。ふぁっきゅ。
そんな空気が流れていた時、地上のサイレンも全く聞こえなくなるほど進んだバスの速度が段々と落ちていき、ついには停止。
窓の外を見れば壁と天井ばかりで、まだ地下街1層にも着いていない大トンネルの途中だと分かる。
トンネルってのはなんでこう、陰気臭い雰囲気があるのだろうか。今日改めて見ると閉塞感をいつも以上に覚えて、どこか濁った腐水を思い起こすような臭いさえ感じられるように思えた。きっと気のせいなのだろうけど、そんな臭いがする水の中じゃ魚は生きていられないだろうし。
「何?」
「渋滞だな。でも外からなんか聞こえねえか?叫び声っていうか……」
「うん、誰かが音頭を取ってるような掛け声、みたいな。怒号かも。すごい人数の声が反響してるね」
よく聞こえるな。ああ、でもなんか近付いて来てる?段々と何を言っている集団か分かって来た。
「傲慢なる大企業を許すなァア!」
「「「「「許すなァア!!!!」」」
「富を独占する者に報いをォオ!」
「「「「「報いをォオ!!!」」」」
ああ、これテロリストが扇動するデモ行進……。トンネル奥に見えた蟻のような群衆。彼等は大群で蠢き、車の上にさえよじ登りドンドンと踏み鳴らしてる様子を現実に目の当たりにすれば傍迷惑な連中の一言ですませられない不快さがある。
テロリスト勢力や邪教勢力は、小さい組織がぽこじゃかと涌き出て来るが、いずこかの勢力が弱ればそちらを吸収合併する形が多く見られた印象が原作シリーズにはあった。徳岡くんから聞いた現状を鑑みれば、弱った邪教団の人員や資産といったものがどこかのテロ組織に吸収されたという目算が立つ。
ちらりと空梅ちゃんを確認。主人公が側にいなくてもこういったテロに巻き込まれる宿命だったりするのだろうか……。
運命や因果を弄ぶ超常存在が実際にいるこの世界。全てを超常存在のせいにするのは簡単だがそちらはどうしようも無い現実で、ならば試練と捉え足掻くしか無いだろう。努力すれば確実に超えられる訳でもない無い試練なんてただの理不尽な災害とあまり変わらないし、テロリストどもが実際にどんな意思を持ってるかなんて知らないが、流されるままだと水底に沈みそうな子がちょうど隣にいる。私目線だと、彼女と合流したのは本当に偶然なんだがね……。
頭を切り替えよう。
原作ゲームであれば、テロ組織は扇動者が主犯の幹部もしくは主導者なので、トンネル奥へと群衆掻き分け進みぶっ飛ばせば大抵解決する。
問題は現場で討伐完了しても解決しない場合があった事。原作ゲームであればテロ組織規模が危険度2以上(複数の弱小テロ組織が合流、または構成員に高レベル保持者が存在など)の場合、こういった現場のテロ行為主導者を討伐した所で解決とならない。本拠地情報を得て、そこを潰す連鎖依頼なりミッションなりをこなさなければならないのだ。
まかり間違って討伐失敗しようものなら、バッドエンドで水底行きである。過程は描写されていなかったが、その場合どう考えてもエログロ指定待った無し。
つまりこの現実でも、何の準備も無いままネームドテロリストにちょっかい出すと家を特定されて嫌がらせを受けたり、それだけならまだしも胸糞悪い拉致監禁バッドエンドかまされるかもしれないしで、触らぬが吉。テロリストの危険度なんて原作ゲームのように表示されたりしないので区別もつかないし。
トンネル奥から響く声はおそらく在野テロリストだろうが、レベル5で立ち向かうのは博打が過ぎる。まぁこの新学期始まったばかりの時期なら過激な活動もまだ無いだろうし、通り過ぎるまで装甲バス車内で待っていたら問題も無いだろう。
「この地上へと続く道を我が物顔で通る車は全て拝金主義者どものモノだァア!許せぬ!許せぬ!許せぬ!許せぬゥウ!!そおだろォオ同士諸君!鉄槌を下せ!狼煙を上げろォオ!我等の怒りを思い知らせろォオ!!」
「「「ォオオオオオオ!!!」」」「「「ツブセツブセツブセェエ!!」」」「「「コワセェエ!!」」」
想像を超えた扇動者の言葉を頭が理解しきるまでの一瞬、黒く大きな箱影が視界を横切った。
――は?
窓を横切った影形を目で追えばただの一般車。反対車線に投げ飛ばされ回転するその車中の人の呆然とした顔を一瞬だけ視認出来たものの、飛んで行ったその車を追うように赤い火球が放物線を描き、着弾。
爆音と共に、トンネル内の薄暗さを舐め広がる炎の舌がそこかしこを這い回った。




