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17話 邂逅

◇ ◆ ◇ 


 場所は戻って4階層。霧球域(ドーム)エリア内で昼食食べて休憩してからの移動。霧球域(ドーム)エリア内で食べるか階層に出て食べるかは諸説別れるが、4階層は沼地なのとすでに遠距離攻撃手段をもつ魔物が出現する筈の階層なので霧球域(ドーム)エリア内で休憩とした。エリア内の濃霧は魔物にとっても障害なようで仮に魔物と相対するとなったら近接・近距離戦となる。まぁ霧球域(ドーム)エリア内では魔物どころか人と遭遇する事すら滅多に無い。

 この4階層は沼地に濃霧という環境層。現在地は階層中央の霧球域(ドーム)ゲートから少し外側向かって進んだ辺り。

 霧球域(ドーム)エリアを出てすぐに中型種の集団と接敵するもマッキーの魔導銃のみで掃討完了。で、周りを散策がてら移動していれば様々な種類の魔物がいたわけだがほぼ中型種、稀に小型種程度であり無傷で完封。端的にいって余裕の大勝利、勝因は装備の恩恵。特に魔導銃。やはり距離を取って攻撃というのは強い。バカ強い。文明の勝利である。そんなわけで現在地周辺はわりと空白地帯となって私も空をふよふよと浮遊して索敵に精を出している。


 木々を超える程度の低空を進む私と、地上のマッキーとで連絡を取りつつの探索行。クロックポジションの万能性は現世でも通じる。探し求める獲物はやはり大型種。4階層にもいる筈なんだけどーと考えていたらちょうど大きい影を発見。大岩とかじゃないよね……うん、動いてるね。確定だ!


「大型発見!2時方向、枯木の並んだ先」

「おっ、了解、周囲確認よろ」

「視認範囲内の地上にはいなさそうかな、上空も無し……さっきの掃討でこの辺り一帯掃除出来たのかも。水中も進行方向には影無し。あ、草地の影に小型の群れ。11時方向、距離は大型種より遠いけど、5体確認。全部イヌ系かな?背中と肩から突起が伸びてる、けど、銃器っぽくは無い。多分刃物かな、鉈とか段平《ダンビラ》みたいな平べったいヤツ」

「ソーディンハイエナか?六階層のクソデバフしてくるヤツラじゃねーか。んで4階層にいんだよったく。大型やってる時に割り込まれたら面倒だな……、大型の種類は分かるか?」

「んー、多分キャノン型(タイプ)のゾウワニ。色的に通常種。おでこに大砲みたいな突起。肩の銃座は、ちょっと遠すぎて分からないけど、無いタイプに見える。脇腹・膝の武装は不明」

「OKOK、索敵範囲狭い大型種(ゾウワニ)なら一旦放置で、ハイエナから狙おうぜ。近接頼みのヤツラだが毒と出血のデバフに注意。牙にゃ呪いも乗るから特に警戒。まっ、これまでと同様、中距離メインで仕留めるか。たしか稀に尻尾の先が銃型になってる変異種もいるっぽいが、分かるか?」

「いやぁ……尻尾形状は遠くてさっぱり。こっちに気付いた様子が無いのは分かるけどね。寝そべってるから完全に無警戒状態」

「了解。先制はユッキーの空中掃射からで。タイミングはこっちで合わせるわ。あ、ちょい待ち。沼地挟めるような地形あるか?」

「ラジャ、左から回り込むとして……んー、丁度風下かな?9時方向に進んで数分でそんな地形。中距離《そっち》だけで終わらせないで一匹くらいは残してね」

「あいよ。有利位置(ポジ)に移動するわ」

「ほーい、こっちはそれまで適当に警戒浮遊しとくね」


 マッキーの装備が魔導銃へと更新された事で私達の戦闘開始距離は広がった。百メートル前後を主戦場とする中距離戦へと。

 ちなみに徒手空拳が届く距離を近接距離、屋内などの数十メートル間戦闘が近距離戦、スコープなどの望遠補助装備に頼る距離は遠距離戦と分類されて、地平線より遠方を狙う戦闘は超長距離戦と呼ばれる。


 霧球域(ドーム)エリア内で昼食を挟みつつ情報交換し、5階層と4階層間の霧球域(ドーム)へと引き返しての探索。本来の予定では霧が無く草原岩地帯でしっかりした足場の戦いやすい5階層で大型種を狩る予定であったのだが、どうも貴族生徒が常用している宙空車の団体が朝方マッキーの上空を通り過ぎて行ったようなので、万が一の遭遇を考慮して霧に満たされた4階層へ。

 着替えがいくらあっても足りないと朝使った探索衣を再度着込む事になった。しっかりと汚れは拭ったが一度脱いだびしょ濡れの服をもう一度着るとなんとなく不快感がある。ふぁっきゅ。

 5階層は大型種が多く生息しているが、4階層は大型種が3種類のみで生息数も少ないという話。その情報通りのようで4階層を探索し始めて1時間弱。大きくて見つけやすい筈なのに、霧中という悪条件もあり発見するのもひと苦労。


 それでも一般探校生よりは格段に条件が良い。

 【霧透視】アビによって一定距離、それも魔導銃の有効射程距離程度の視界を見渡せる点。私達ふたりともが遠隔攻撃手段を保持している点。視界確保による狙撃の先制攻撃が可能な点。飛び抜けた魔力生成値によって多くの鑑定済み有用品を装備出来ている点。

 そして私はいつもの如く、飛行未満の浮遊移動によって高所から沼地の高茎草などの邪魔を受けない索敵と移動が可能な点。


 様々な点で準備を重ねて来た私達であるからこその快進撃。それでもジョブの恩恵はいまだ頂けずレベルは3。マッキーはひとつ上がって私と同じ3へとなった。レベル3の一般探校生だと足を踏み入れる事すら出来ない4階層であるが、何度か重ねたこの階層での戦闘では何の問題も無く手傷を負う事も無し。

 というかマッキーの魔導銃(エムジュー)が猛威を奮っている。中距離から連射される貫通弾とか近接戦闘主体の魔物種からすれば悪夢に違いない。沼中に潜むワニ系やウツボのような魚系の魔物すらあやしい影だからとぶっ放されて討伐されるのだから。もっともひとつ下の3階層から魔物は中距離攻撃手段を持つタイプや奇襲してくるようなタイプも出現するので油断は出来ない。


 ちなみにヤンノ蚊に相当するヒルなどもいるようだが学園の探索衣が備えるアビリティ【薄結界】、体表を覆う薄い魔力膜によって全く寄せ付けずに済んでいる。この薄結界を維持しつつの戦闘行動が4階層に進めるかどうかの基準にもなっているとはマッキーが先輩から聞き取った話。

 薄結界を維持する装備に必要な魔力量は、私達にとってはたったの1であるが、されど1である。一般探校生にとって武器の魔力消費量によっては薄結界に回す魔力量も色々やりくりしなければ捻出できない。

 長年を掛けて改良に改良が重ねられた制服や探索衣、ほぼ万人が魔力消費量1を維持出来れば【薄結界】は頼もしい鎧となるが、その1が、一般探校生にとっては重いという。


 というのも話に出た先輩のレベルは8で戦力値が18という。これは一般探校生の2年生平均みたいな数値だ。親から聞いたレベルと戦力値上がり幅が同等と仮定すれば、その先輩の魔力値(最大魔力量)は身体能力値の2を引いた16で、魔力生成値(回復速度)は1から3の間だろう。

 魔力属性と相性の良い武器種ならば探索衣と合わせて魔力消費量2前後で納めて常時装備も出来る。逆を言えば、魔力属性と相性の悪い装備をしていれば探索衣の装備など出来ないだろうし、仮にほぼ無いとは思うが探索衣と自身の魔力属性との相性が悪かったなら4階層での討伐など絶望的である。他にも魔力出力が1以下であっても同等。これらの場合は学園指定探索衣のカスタマイズなどに手を出す他無い。もちろん余計な金銭的負担は自腹である。いずれも難しいのであれば生産職へと舵を切るか、魔力を鍛えるか、探索者を諦め退学するかだろう。


 3階層と違って陸地がほぼ無く沼地ばかりなので【薄結界】が無ければヒルに噛みつかれるのは避けられない。そしてヒルといっても魔物であり、放置は非常に危険で生死に関わる。肉の内側を食い荒らされるような死因など御免被る。応急処置は喰われているであろう箇所を切り飛ばして回復薬《ポーション》となるようで、そういった手当の仕方はギルドが参考動画として公開している。


 閑話休題(それはともかく)。

 霧の視界不良は一部の魔物にも掛かっているようでこちらを全く感知出来ない種もいるようだ。まさに6階層を主な活動場所としているハイエナのように。まぁハイエナも近付けば強敵に違いない。下手に手傷を貰えば死者を出しかねないデストラップのような魔物なのだ。この下位互換にはツノウサギの突進が上げられる程度に危険度が高い魔物であるが、乱入や奇襲さえ回避出来れば数匹程度などカモに成り下がる。というかカモに出来るほどでないとこの階層は進められないだろう。小型種は群れてなんぼの所があるので。

 

 水深が浅くとも沼地(葦のような高茎草が生えてる場所)で草を掻き分け進むマッキーの頭上をふよふよと浮遊して索敵もどき。

 3階層ならまだしも4階層になると人の背丈くらい軽く飲み込む底なし沼もあるので注意が必要。


「ハイエナ視認した。位置も準備おっけ。いつでもユッキーのタイミングで討伐開始してくれ」

「ラジャ、もうちょい高度上げるから待って……よし、んじゃ、投擲開始ー」


 そして、私は上空から落下しながら雪で包んだ石コロの投擲射出、マッキーは沼地挟んだ対岸からの狙撃姿勢で戦闘開始。

 先制攻撃ではあるが、私の念動による投擲は1・2階層とは違って命中率が悪い。というのもどうも風切り音のせいか何かしら気配でも察知されるのか、この霧に満たされた視界不良の階層でも、飛び込んで来る私の投擲物をひらりと回避、なんてされる事が多いのだ。ふぁっきゅ。

 なので鉄菱や投げナイフなどはほぼ使わなくなった。牽制にしかならないし勿体無い。回収がほぼ必要無い無料投擲物《石・土・泥》はこのダンジョンにはありふれているので、雪で固めて重さを増させたそれらばかり浮かせて使っている。

 まぁ牽制にしかならなくとも注意を引き付けられるので十分。当たれば確実にダメージを与えられる凶器には違い無いのだ。そんな凶器をばらばらと投げつける元凶である私の存在を確認しようと空を見上げる魔物の横っ面をマッキーの魔弾が貫いていく。


 マッキーが装備する魔導銃《エムジュー》は、ゲームでは適正レベル10の最弱装備から一歩踏み出した程度の性能だが、現世での今この時に置いては非常に強力な武装である。魔力を十分に通せば魔導銃内に刻まれた魔導線で構成された術式に沿って魔力属性が込められた弾頭が生成装填されて、引き金を引けば別の魔法陣に接続されて装填弾にベクトル(移動力)を付加して発射する機構。弾丸ももちろん術式が核となっているので命中と同時に発動する二段構え。もちろん特殊弾頭をあらかじめ装備し装填しておけば引き金を引くだけで弾頭は発射され、対象との衝突と同時に込められた魔法を展開する事を可能にする。

 この火薬を必要としないベクトル(移動力)だが、侮れない速度を叩きだす。来ると身構えていなければ回避するのが難しいほどだが、何といっても火薬式と違い、発射時に大きな音も光も出さない隠密性が凶悪なのだ。……多分、魔力波や魔力臭は出ているのだろうけどこの階層の魔物からはまだ一度も感知された様子は無い。


 私もマッキーの射撃を隠すように、群れが散らばらないように雪弾を断続的に射出投擲。獣の頭が向いてる先を潰すように放って牽制すれば、その雪弾の雨中を垂直に突っ切るマッキーの魔弾はハイエナを一射一殺していく。


「そろそろ接敵」

「りょ。ちょうど残り1だ。かましてやれ」


 地上に墜落しないギリギリを狙って頭を上げて超低空滑空体勢へ。奥の一匹に狙いを定める頃にはそいつで最後の一匹というお膳立てが整えられていた。

 上空へ舞い上がるように戦帯を振り上げてハイエナ型魔物の胴体を斬断。

 勢いそのまま舞い上がり、空中で身体を回転《ロール》させて下方を確認してみれば二つに別たれた魔物から黒い霧がぶわっと拡散する様子を見て取れた。


「ん、仕留めた。討伐完了」

「こちらでも確認。周囲にゃ他にいないか?」


 空中でくるりと周囲を確認しても動く魔物の姿は大型種以外に「無し」。やっぱり6階層がメインの魔物といえど小型種なら脆いね。これで憂いなく大型種に挑める。


 ◇


 原作ゲームでの通称はゾウワニ、現世では大鰐太象(グドリガル)と呼ばれ見た目はワニを膨らませ体高を2階建て家屋程度にしたような魔物。頭部、口が特に肥大化していてその咬合力は一般車など軽く噛み砕く。目は左右に3対。眉間からは前方へ水弾を飛ばす砲塔が1基。個体によっては肩や脇腹に大口径の銃座を持っている。魔物の武器、生態兵装というヤツで綺麗に剥ぎ取れれば主な収入源となる。

 四肢に加え巨大なヒレを持ちこの沼地、泥土フィールドでは油断ならない移動速度と旋回性能を誇る。尻尾は長く平たく側面には鋭利なノコギリ刃を備えている。

 原作ゲームでの弱点属性は雷と火、砲塔は衝撃、尻尾は斬撃、頭部と胴体は刺突と斬撃。四肢は耐性も無いが弱点も無い。

 現世で公開されている魔物情報はより詳細に記述されていたりする。後ろ脚の付け根に砕きやすい鱗部位があるとか、胴体転がした際に見える腹を下手につつくと泥土に圧し潰されるから注意とか、砲塔以外は分厚い硬質な鱗と泥土で大部分が覆われており剥がさないと攻撃が通らないなど、原作ゲームでは無かった攻略方法対策方法、現実ならではの戦術(魔導装甲宙型機体(ヘリコプター)から貫通ミサイルを使用する際のリスクやコストなど)も考察され記載されていた。


 浅層の魔物討伐に関しては手本となる動画もあり、それによると十人を超える人数で囲む肉壁兼囮役の盾衆の前衛、次いで囲みを突破された時用の二番手に構える遊撃兼盾衆も十人前後、んで視界や遠距離生態兵装を後衛と中衛が魔法や兵器を用いて潰してから、全員でもって袋叩きがもっとも安全に討伐出来るとされていて、具体的な手順など見ていけば実際に危険など全く感じさせないものだった。淡々とこなすプロの仕事という感じだったが、あまりにも人数掛け過ぎだろうという感じ。

 まぁゲームと違って、討伐後には二階建て家屋に匹敵する体積の魔物を素早く解体しないとダンジョンに吸収されて素材を得られないので人数を必要とするのかもしれない。人件費的には、ギルドの買取価格をみれば大赤字になってそうだ……。


 他にもゾウワニ討伐の参考動画はあり、中でも有名なものは恩恵《ジョブ》が【侍】という士族による「大鰐太象(グドリガル)一刀両断」という動画だ。魔力刃延長による縦に断ち切る唐竹割りは、一般の探索配信者では滅多に拝むことが出来ないレベルだった。そんな高レベル保持者の一撃のどこに討伐参考要素があるんだと問い詰めたくなった記憶。

 まぁ、レベルや魔力さえあれば人数を集めなくてもいいという実証ではあった。


 数千年に渡って続いている人類の生存闘争というわけで、さすがに記録も膨大。もっとも世界各地の記録をまとめ分類分けされてきたのは近現代に至ってからの話。国を跨る組織、国際探索者協会(ギルド)の功労が謳われるのも納得だ。ジョブ情報はチリ紙程度であるが、こういった魔物に関しての生態・攻略情報は非常に充実している。


「絶対真正面に立つなよ。噛みつかれたら致命傷でお陀仏だ、小柄なユッキーだとマシュマロみたいにパックリだぞ」

「ん、そん時は腹食い破ってやっから。てのは置いといて人間が耐えれる一撃じゃないんでしょ。ゲームでも溜め噛みつきは一撃死だったしさ」

「現実だと別に力溜め行動なんぞせんでも嚙みつかれりゃ終わりだぜ」

「口開けての突進とか爆弾放り込むチャンスだったのにね」

「まあな。100%気絶させるとかそんな便利アイテムもねえしゲームとは違うっつうこった。現実じゃリスクとリターンが釣り合ってねえ。回避一択だな」


 学園探索衣の【薄結界】と自前で作る魔力壁を何重と重ねても噛みつきを防御しようとは思わない。一般車はおろか強化装甲車やタングステン合金製の大盾でさえ噛み砕くというゾウワニの噛みつきは紛う事無く脅威的。

 高レベルになれば耐えられるかもだが、その頃には近付くだけで逃げていくだろうし、同型の上位個体であればやはり一撃死なので噛みつかれ無い事が第一優先。大型種以上の大きさの魔物はだいたいこういった一撃必殺の手段を備えている。だからこそ討伐後のレベルアップが期待できるのだ。現世では危険性がそのまま経験値になるのではないか、と現状から仮定している。


「砲塔はどうすんの?剥ぎ取り狙うなら潰さないように立ちまわるけど」

「現状ギルドに売れねえから潰してオケ。目立つから1階層以外の素材なんぞ持ち込めねえって。【霧渡り】が一般的じゃねえんだから。どっかの貴族に庇護されりゃ別だろうがな」

「レベル上げて他ダンジョン行けるまで金欠生活かー」

「いうてユッキーん家のおかげで装備は充実してるしな。魔石とかコンパクトなもんを集めてドームエリア内の積み木ん所に置いとくくらいかね。それも運が悪けりゃ通行人に盗られかねねえし」

「積み木の下に埋めてみたら大分安全かも?」

「あー……そりゃありっちゃありだな。それで貯め込んだの持ってかれたらショックでかそうだが。まっ、金策は他ダンジョンに行けるくらいになってからでいーだろ。この浅層で苦労して集めても端金だかんな。今は経験値優先だ。つーかアイテムボックスとかねーんだから嵩張るのの持ち運びだけで相当苦労する様子が目に浮かぶわ」

「そんな問題もあったね。んじゃ銃座も少ないし私は上から奇襲待ちしとくね。尻尾切り落とせそうなら狙う」

「おう、切断頼んだ。オレは定石通りに目を潰した後は胴体に撃ちまくりだな」

「絶対そっちにヘイト向くから気を付けるように」

「ああ、覚悟の上だ。この辺りなら陸地多めだし枯れ木もあっから回避も余裕だろ。装備品のおかげで2段ジャンプくらいは出来るようになったしな」

「余裕があれば適当に足場になる雪玉落としてくね」

「沼地凍らせてくれてもいいんだぜ?」

「んな事出来ないっての。雪積もらせるのもひと苦労なのに。目潰し終わったら教えて、砲塔潰しに向かうから。私に当てないでね」

「射線上に入って来る方が悪い」

「お、言うね。ゾウワニより先にぶちのめさなきゃなんないのがいたかぁ」

「冗談だっつの。んなヘマしねえし、ユッキーなら見てから回避できっだろ。これも信頼の為せる業《わざ》だ」

「調子のんな。まぁ立ち回りは私の方でも出来るだけ調整するけどね」

「おう頼むわ。もし当たったら鼻で牛乳飲んで土下座してやっからよ」

「フラグ立てんな。頭から沼地に放り込んでやろうか牛女。やらかして【悪党《ローグ》】とかになんないでよ」

「当然だろ、んじゃ上空は任せたわ。小型中型が寄ってきたらヘイト持ってない方が対処な」

「あいあい。ほんと無理して噛みつかれないように」

「だーれに言っとるんだ。道場主ぶっ飛ばすまで死ぬに死にきれねぇんだわ」

「んふっ、それはそう」

「だろ?うし!行くか!天頂方向から開幕閃光弾頼む、オレはタイミング合わせて目狙うわ。いっちょかましてやろうぜ」

「ゥラジャ!」


 ゾウワニは未だこちらに気付いた様子は無い。マッキーと拳をぶつけ合ってから私は高度を上げ獲物の頭上へ移動。

 周囲にミストイーグル・バードの影も無し。


「位置取りオッケ。周囲に敵影無し」

「了解、討伐開始」

「閃光弾投擲。3……2……1……」

「いっくぜえええ!!」


 ―――ゼロ。

 視界が焼かれるのを予防する為に一時的に【霧透視】を切れば、下方に見えていたゾウワニの巨影が霧に覆われ見えなくなった。そして起爆したと思しき閃光弾の輝きを確認。サングラスでも持ち込んでおけば良かった。腕をかざして間に霧が立ち込めているというのに結構な光量で目を細める。


 これほどの効果なら、ゾウワニの視界は白軸の閃光に塗り潰された事だろう。

 魔力によって強化された閃光弾が放った「光」。光感知器官を有する動物系統の魔物にはどんな上位種にだって一定の効果が見込める閃光弾。泥濘んだ沼地の空気を一瞬だけ無機質な白磁世界へと変えるほど強力だ。つまりはお高い消耗品。お値段およそ10万の所を家族割引ほか諸々で差っ引いて貰っても8万。虎の子の一発だ。ゲームじゃ千円で買えてたのに現実はほんと物価狂ってるよ。ふぁっきゅ。


 静かな光爆を討伐開始の合図として落下開始。もちろん【霧透視】用の装備品はすでに装備し直して視界も良好。


「ゴー!ゴー!ゴーッ!」


 私の叫びに合わせたように、地上からマッキーの魔導銃《エムジュー》が牙を剥いた。

 ドドムんっ!ドドムんっ!といった感じの重低音。衝突音か。発射音などではない。魔導銃の術式によって形成された弾頭が大気を引き裂き、ゾウワニにぶち当たる直前に壁のようなモノへと衝突した。その音だったようだ。

 放たれた魔弾は、閃光弾で悶える大鰐太象(グドリガル)の右眼前方で破砕したようで――、


「……あ?魔力壁か……ッ!って効果無しかよ!?」


 マッキーの毒づく声が胸元の魔導端末から届く。

 着弾の瞬間、ゾウワニの目を守ったのはまぶたなどの物理的な生態機能では無く、体表から立ち昇った分厚い半透明の壁層。澱んだ魔力が編み上げた多重層防御障壁(マジックウォール)。大型種が持つのは珍しく無いが、こんな浅層にいるのはさすがに想定外。救いは中層や深層の魔物が持つ魔力壁ほどの厚みや枚数が少ない事か。


 ゾウワニの魔力壁のすべてを貫くには至らなかったようだが、中ほどまでは貫通している。上空からだと魔力壁内にめり込んだ後がくっきりと見る事が出来た。全ての目を潰そうとしたのだろうが、その全てが残念ながら着弾せず。

 それにゲームと違って閃光弾を喰らっても振る舞いが理性的というか半狂乱になった様子は見られない。閃光弾初手は下策だったか?いや反省は後だ。


「いや効果ありだよ。壁何枚か貫通してる。破れてんのそっちからは見えない?」

「ああ……?あ!確認した!魔力壁ならヒビ割れ表現にしろよっ!分かり辛いっつの!!」

「頑張って同じ個所を連続して狙い続けてどうぞー」

「マジかよひでえな、了解!……あー、クソ。アホ面しといて頭部狙いなん気取られたな。ンな頭振んじゃねえよ。……魔力壁も粘泥っぽい質だし側面からだとほとんど体色に溶け込んでんのエグイな。しかもこりゃ……魔力壁の破れ箇所どんどん修復されていってね?」

「されてってる。視界は戻ってないだろうけど……そっちに体勢向け始めてるから要注意。なんかやっぱ現実だと挙動が違うね。あんまり暴れてないからもう尻尾狙いにいっていい?」

「止めとけって。目線捕捉の銃座とか出てきたらコワイだろ。っし、命中命中。2連続同箇所なら貫通すんぜ。予定通りこっちにヘイト来てからの奇襲狙いで」

「おおナイショー上空待機継続しまー。下半身までは魔力壁覆われてないっぽいし」

「はん?部位毎の薄い厚いあるだろうがそんな歪な魔力壁なのかよ。まぁ……暴れちゃいねえが閃光弾は効いてるっぽいよな。にしてもこんな浅層で多重層防御障壁(マジックウォール)持ちかぁ。なんか特殊な反応してそうか?反撃の呪い飛ばしとかだりぃぞ」

「今の所は確認出来ずー変なエフェクトも無し、枚数は少なくとも3枚以上。ってか魔力視とか出来てないんだからエフェクトとか見えないんじゃない?」

「あー、あるかもな。まあ挙動観察頼むわ。現実だと壁再形成すんのは特殊効果というよりデフォっぽいもんな。動画で何回も見たし……っと命中。2つ目潰したぜ」

「ナイショッー」


 初撃の魔弾は、損傷に至らず。やはり眼球を貫くその一歩手前で停止。

 粘りつくような魔力の膜壁に着弾し、その壁を何枚か貫通すると同時に弾頭術式が起動。マッキーの【狙】属性魔力が込められた弾頭による魔力撃。魔導銃は移動力そのものが持つ運動エネルギーと、着弾とほぼ同時に起動する弾頭術式という二段階の攻撃が発生する仕組みだ。

 そしてそこへ一瞬遅れて次弾が着弾。震わせた魔力壁を貫き眼球へ命中。上空からでは確認は出来なかったが魔力撃も破裂して損傷負わせた事だろう。ゲーム的に言えば4連続攻撃、そりゃ強いわ。

 そして左右の手に一丁ずつ持ちバンバン撃ち込む二丁拳銃(ツーハンド)スタイルのマッキーは一転、上機嫌に声を上ずらせていた。


「やっぱオレ射撃の才能あるわー自分がコエー!」

「ほんとよく当てれんね、私にゃ絶対無理だわ」

「うっし!3つ目破壊っと。にしても銃座が無い劣化個体じゃなくて、防御寄りに成長した個体っつう事かねコイツは」

「……まぁそうなんだろね。個体差があんのは授業でも習ったしギルドの資料にもあったし?」

「それはそうなんだが、ゲームじゃありえん個体差だなって……!って、うおおおおっ!?こっち来た!?ちょ、攻撃(アタック)は無理!!任せた!!回避に専念するぜ!」

「あいよーっ、急に動き出すねコイツ。それに思ってた以上に速い。角度修正するわ」


 閃光弾によるくらやみ状態が回復したのか、迷う素振りも無く、猛速度を一歩目から発揮しマッキーへむかって大口開けて突進するゾウワニ。その圧を真正面から受けているマッキーは慌てて地面や枯れ木を蹴りつけ回避に移行する姿を空から確認。

 私は落下速度を維持しつつ滑空して旋回し位置調整、巨獣の死角――その巨大な尾へと肉迫。

 選手交代だ。

 マッキーの魔導銃は強力だが、距離は保っておかなければ噛みつきが怖い。回避可能距離で一点を穿ち続けるには、意識を逸らす必要がある。

 つまり私がヘイトを買わなければならない。


「はっはーマッキーに夢中かデカブツさん……無視のお代は尻尾でいいね?」


 多重層防御障壁(マジックウォール)は酷く頑丈だが、この個体の壁は範囲的に不完全。効果範囲が前面部分を覆うのみと上からならば視覚的にも分かり易い。


 マッキー狙って突進する巨躯のバランスを取るその尻尾。長く、平たく、側面には無数の鋸歯(ソウ・トゥース)を備えた凶器。

 対するは戦帯。落下開始からここまで、肺の奥まで凍てつくような雪の魔力を流し込み続けた。普段は柔らかな布も、雪の魔力に満ち満ちれば雪崩を宿したかの如く重くなり、鋭く絶対的な切断の意志を宿した銀の刃へと変貌する。


「尻尾切り落としは、探索者(ハンター)の嗜《たしな》みいいいい!!」


 上空からの一閃。

 泥皮を引き裂き、肉を断つ感触。骨を砕く衝撃。ついでに下の沼地も削り取るほどの余波も発生。雪の魔力がゾウワニの体温を奪い分子結合を脆くさせでもしたのだろうか。想像よりも遥かに軽い手応えだった。

 その手応えに反して家屋ほどもある質量の尻尾が、悲鳴を上げる間もなく切り離され、空中をビチビチと生きてるかのようにのたうちつつ放物線を描き――


「ギャ、ォォオオオオオオオッッ!?」


 ――沼地へと重々しく没した。


 そして平衡感覚を司る尾を失い、巨獣が激しくのたうち回る。これで突進の脅威も少しは減るだろう。

 ゾウワニの悲鳴を背にU字カーブを描くようにまた上空へ。高度は取らず低空のまま旋回。これからは囮役だ。落下によってブーストされた飛行スピードは時間が経つ毎に落ちていくので随所で枯れ木や雪玉生成して蹴りつけて加速しなければならない。落下速度を利用した一撃を連続して放てれば討伐もスムーズだろうが、流石に下準備(上空に行くまで)に時間が掛かる。

 低空を維持しつつマッキーの立ち位置とは逆側、ゾウワニの眼前を舞う。


「はっはー!人間なめんな畜生風情が!!」


 周囲に浮遊させた雪で包んだ石塊を、念動でもって連続射出。

 命中精度は期待していない。ただ、不快な雪礫の雨を降らせ、残り3つの瞳を私に釘付けにさせる。案の定、巨体に見合わぬ瞬発力でゾウワニが首を振り飛び跳ね噛みついて来た。それをひらりと躱せば、巨体は轟音響かせた着地と同時に身体をひねってタックルもどき。

 泥水が、私がいる高度ほどになった波壁となって押し寄せる。それをぶわりと吹雪を全力で噴出させた三次元機動で上空へ回避。


 そんな攻防の隙を、マッキーが逃すはずもない。


「ぶち抜けッ!」


 乾いた音が2度、重なった。

 泥波を貫いて同じ箇所に叩き込まれる魔弾。二丁の魔導銃《エムジュー》から放たれた二発が障壁を破り進み破裂をもって穴を開け、その穴に吸い込まれるように入った次弾の二連がゾウワニの目を保護する膜をも貫き眼球を粉砕していく。

 一瞬後には鮮血が噴き出し、ゾウワニが不意の痛みの為か咆哮を上げる。


「痛みは我慢して我慢して冷静保ってねえと、一発貰うって教えてやんよ!!」


 腹を見せた瞬間に戦帯を伸ばして斬撃。リーチの関係から内臓までは届かずだが、皮と肉を裂いた確かな裂傷を腹に刻んだ。


「ギュグォォオオオオッ!?」


 そんな悲鳴にも思える声を出したゾウワニだが、眉間にある砲塔が、雄叫びに混じって生理的な嫌悪感を伴う音を立てて充填を開始した。

 水弾。字面では威力も無さそうだが、ゾウワニに限らず大型種の魔法弾は最低でも装甲車をひっくり返し、一般家屋程度なら薙ぎ倒す威力を持ち得る。

 回避出来なければ圧し潰されるのみ。即死には至らない事もあるが、当たれば致命的な事に変わりは無い。

 全身の骨が折り砕かれ、まともに動けず戦闘不能となった学生を配信動画で何回か見た事がある。


「はっ!ようやく餌じゃなく敵だと認識したか?」


 ―――当然、対抗策は練ってある。

 射出された水弾、いや泥弾といった感じの砲弾がこちらに向かって来る。偏差も意識されているようで精度も悪くない。が、弾速は見て分かるほど遅いのだ。

 つまり、合わせやすい。


「ンドらぁああああ!!」


 たっぷりと魔力を纏わせた戦帯の腹に泥弾を当て、反動を利用して加速。

 泥弾は一部爆散させつつ上へ、自身の身体は下へと移動させてゾウワニへと肉迫するのに利用する。

 私の浮遊状態は致命的に遅い。なのでこうしたゴリ押し(リスキー)な手法も利用して速度を確保する。浮遊状態のまま無策に近寄れば巨腕に薙ぎ払われるか嚙み千切られるかのどちらかだろうし。


「はっはー!どんなもんよ!どんどん撃ってこいやデカトカゲッ!」


 ギョロリとこちらを捕捉する目玉の動きを見るに、近寄り過ぎれば反撃を貰う事必須。

 突っ込むように見せ掛け、戦帯を右手に見えた枯れ木に巻き付け急旋回。私がいた場をゾウワニの巨大な前脚が通り過ぎると同時に、頭部へと直進させていた雪礫が巨腕や魔力壁にぶつかっていく。当然ながら命中せず魔力壁で全て防がれた。全くもってノーダメージ。ふぁっきゅ。


 そんな落胆は有れど、その雪礫に紛れてマッキーの魔弾が飛び込みまたひとつ穴を穿った。

 そして私が回避した一方で、ゾウワニもまた砲塔のチャージを開始していたようでいて独特な異音が辺りに響き渡り、そのチャージは魔弾命中でも阻害される事なく続行されている。


「あ、やべえかも」


 ナイショットと口に出す前に聞こえた声に、空中回転《ロール》してマッキーの位置姿を一瞬確認。

 次いでゾウワニへと視線を戻せば、ゾウワニの砲塔は空中の私では無く丁度枯れ木が失せた辺り、沼地を空中ジャンプで移動しているマッキーへと向けていた。


「そっち向かう!!」


 戦帯を沼土に突き刺すよう伸ばして方向転換。落ちた速度を補うように枯れ木と岩を蹴りつけた所でゾウワニの泥弾が射出された。

 

「インターセプトォォォオオ!!」


 成人男性を余裕で包める大きさの泥弾を斜め下から斬り上げるように弾く。

 無理な姿勢からの一撃ではあったが弾道をズラすくらいならば問題無し。

 私は殴った反動で沼地に墜ちたが、泥弾は見当違いの方向へと弾道を変えたので一安心か。


「ユッキィィイ!!突進狙われてんぞ!!」


 マッキーの叫び声。息吐く暇無いね。

 今度はこちらを狙って、沼地は何の障害にもならんというように、四肢と胴体をうねらせ迫って来る巨体。

 対してこちらは下半身が沼に没した状態。戦帯の届く範囲に枯れ木や岩も無し。けれど――


「心配ご無用ってね!」


 戦帯を直下、沼地に突き刺し泥土を掴めば高飛びをするように自身を空中へ放り投げる。

 次いで戦帯を引き上げ、横方向へ帯を開いて薙げば反動で移動可能。鳥が羽ばたくように即席空中方向転換(ジャンプ)だ。背中を擦るように抜けたゾウワニの突進に合わせて、広げた戦帯を瞬時に剣へと変化させて振り抜く回転斬り。

 魔力壁が届いていない後ろ足を斬り裂けば、鱗はおろか筋肉を超えて骨まで達した感触。


「へっ!やんじゃんよ!!」

「マッキー、コイツ、もしかしたら魔力壁無かったら相当柔いかも。前方半周分しか壁無いし、今ので左後ろ脚は骨まで断てた」

「おー朗報朗報。左後ろ脚ね、了解。まぁでも欲張らずプラン通り挟もうぜ。目潰しは定石だしな。ユッキーに集中し出したらその後ろ脚オレも狙ってみるわ。足一本でも潰せれば突進スピードもさらに落ちるだろ」


 このゾウワニの攻撃手段は水(泥)弾・突進・近接攻撃以外に無さそうで、銃機構を産み出すような奇抜な事をしてくる様子も無く、瀕死時発狂のようなスキル持ち上位種のようにまだ奥の手があったとしても、心構えは出来ている。自爆のような理不尽さも学園ダンジョン浅層の魔物がしてくる可能性はほぼ皆無、だと祈る。


 現実では尻尾や脚をひとつふたつ潰せば突進速度もガタ落ちする。ゲームのように毎回一定速度を保つ事などあり得ない。この現世での討伐は、戦闘開始から如何に短時間で相手の主力兵装を潰す、ないし利用不能にするかが最重要且つ高難易度なのだ。

 であるのに遠距離攻撃手段をやれ卑怯だ卑劣だと蔑む傾向にある探索者界隈にはため息しか出ない。まぁそういった報道や教育を重ねて、思考を誘導するのは、上位者たる貴族たちの為の囮役を増やしたいとする思惑でもあるのだろう……。

 思考がズレた。

 戦闘序盤を乗り越えさえすれば、以降は安全性も増して後は体力を削り相手の思惑を潰す事に注力すれば自然と勝利の道へと続く。


 主なダメージソースはマッキーに任せ、私は徹底的に回避盾《タンク》役に徹する。

 嫌がらせにしかならない雪礫はもちろん、時には戦帯を鼻面前面の魔力壁に叩きつけたりもした。槍状態で貫通させても万が一粘性の魔力壁に引っ張られては致命的なので、斬撃か打撃のような振りぬく事を徹底した一撃離脱戦法。

 マッキーがヘイトを持つ間に上空へと舞い上がり速度を確保したり、泥弾を誘発させたり。

 そんな連携でもって、ゾウワニの視覚を全て潰せば形勢はもはや揺るがない所まで到達。

 途中途中、やはりマッキーへと身体を突進させようとしたが、私も尻尾があった筋組織剥き出し箇所へ戦帯を突き入れればその速度も鈍り、私へと憎しみの泥弾を連射してきた。目玉よりケツ狙われる方が嫌なのか?まぁ身体全面に魔力壁を展開できないのだからそこを突くのは当然の戦術だ、恨んでくれていい。



 視覚も全て奪われ、砲塔も壊され、四肢はボロボロ、魔力壁を生成する余力さえ無くし、身体には無数の弾痕が穿たれてなお半狂乱に暴れ続ける様子はまさに魔なる物。ただの動物であれば戦意喪失しているか逃げの選択を選んでいるだろうに。こういった行動こそが魔物が魔物足る所以であり、生物として破綻していると断定される魔物の特徴だ。

 けれど眼下で無秩序に暴れ回る魔物は、もはや敵とは成り得ない。

 むやみやたらと暴威を振り撒くだけの巨大な肉塊へと成り果てた。

 ただ不気味なのはまるで死ぬ気配が無い事。こういうのはゲームでは見た事があるが、現実でもあり得るものなのか……。


「ユッキ!目玉再生し始めてるぞ!右の1つが動いてる!!」

「うへ、マジで……まぁでも流石にもうフィニッシュでいいんじゃない?」

「このまま失血死狙った方が安全じゃないか?」

「失血死するかな?なんつーか防御より生存特化の個体って感じしない?瀕死時回復量アップとか瀕死時再生みたいな。マッキの銃弾が脳とか心臓に絶対到達してるのに死んでないし異常だって」

「あー、瀕死時再生持ちなら永久ループだわな。オレの攻撃力が足りてないってか。これだから大型種の生命力ってやつぁ……」

「それでなくても再生持ちだと無駄に長引くでしょ、他の魔物が移動して来てもういつ乱入してきてもおかしく無いんだし」

「まあ、そうだな。無駄に苦しめる必要もねえか」

「マッキ」


 警告するように呼びかけた。敵対する魔物に慈悲を掛けて良い事なんてひとつも無い。


「分かってら。そんなんじゃねえよ。っつってもオレの攻撃じゃ殺し切るの無理っぽいから頼むわ。もう魔力壁も完全に無くなってっし刃も首まで届くだろ」

「んじゃ高度上げてく。マッキーひとりになるけど油断しないように」


 下方で暴れる音を聞きながら上空へと舞い上がり、反転。

 砲弾よろしくゾウワニの首へ向けて勢いつけて落ち続ける。


「!!」


 私自身を自然落下に加えて途中途中で生成した重たい雪玉蹴りつけ加速加速加速。余剰魔力の全てを戦帯に込める勢いで先端を重く鋭くし、まずは縦一閃の唐竹割りにて左右に別ち、返す横一閃にて心臓辺りを振り抜け、身体を捻った三の太刀、横一閃にて泥土もろとも頭部をさらに斬断。

 斬り離し完了。

 慣性でぐるりと回転しとび離れる頭部から最後の足掻きのような泥弾が飛ばされるも、砲塔が砕けている影響か散弾銃のような飛礫。

 撃ち放たれた放物線を描くそれらを空中で戦帯で打ち払えば、遠くでどちゃりと重々しい音。ボワッとゾウワニの全身が黒い粒子へと霧散。討伐完了。何往復かして身体を切り分けるような解体もどき作業などせずに済んでよかったと安堵が胸に納まる。


「うっし!討伐かんりょー!」

「おういえぇぇぇええ!」


 怪我はほぼ無く、汚れはあるものの軽く拭って綺麗にすれば問題無し。ドロップも無し。ふぁっきゅ。

 ただレベルは私達ふたりとも上がって4へと至れた。イェア。



 解体も持ち帰れないので無しという事で拝んで次の獲物を探せば、それからもそこそこの数の大型種と遭遇。


 どれもが最初に出くわしたような能力持ち個体であったが、生態武装がやけに多い程度で生存特化の個体はおらず、最初のゾウワニの十分の一くらいの時間で、討伐完了。うん、最初の大型種が一番苦労したね。都合5匹目のゾウワニなんて討伐まで三分も掛かってないだろう。

 4層に出て来る大型種その全てを討伐せしめれば十分では無いだろうか。累計で十五体は倒したか?

 そしてそろそろ休憩するかという所に出て来た大型種を討伐せしめれば


「っしゃ!よっし!よしよし!討伐完了じゃこらあ!オレはもう休むぞ!休むったら休むからなああ――」

「あいあい、私も休むって――」


 マッキーの元気な声が途中で消えゆき――

 聴覚の異常から意識するより早く、身体から溢れ出した黒い粒子が視界を覆って――


 闇に包まれた。


 ◇


 視界が暗く途切れたが、意識は明瞭なまま。

 周りを見渡しても変化無しの暗闇真っ只中。

 いつでも戦帯を振りぬけるようにと魔力の感覚を巡らせれば空振り。感覚的にも虚無が広がった。


「は?」


 戸惑ったものの、魔力自体は動かせている。

 戦帯を一瞬で盗まれでもして盲目・暗闇状態付与でもされたのだろうか?なんて、んなバカな話があるか。


「マッキー!無事!?」


 返事無し……次いでに何か動くような気配も無し。


 静寂。


 気を取り直して周囲を改めて確認。闇夜というほど周囲は暗く、けれどその割には自身の身体ははっきりと視認できる。

 それに、いつの間にか足は地面に着いていた。素っ裸で。出しっぱなしにしていた魔導端末すら見当たらない。


「まぁ……沼地に墜落で骨折か溺死とか、ってわけでも無い、か?」


 グーパーと拳を握り開けば、手の感覚もある。温度もある。鼻をならせば自身の体臭。泥汗の臭いはしない。夢では無さそうなほど現実感はあるが……

 はてさて、ではここは一体何だと天を仰いでも、視界に広がるのは黒一色。


「最後の大型種は討ち取れた筈……相打ちでも無いし、死後の世界じゃないと思うんだけど……素っ裸だしなぁ……」


 魂魄状態なのだろうか?では物理的な身体はどうなった?もしくは幻覚を見させられている可能性もあるか。

 原作ホライゾンシリーズのゲームで死んだ際、こういう真っ暗闇な世界を背景にイベントが発生したりもしていたが……。


「意味分からん。とりま【端末呼び出し(ターミナルコール)】……ん?【端末呼び出し(ターミナルコール)】!」


 反応無し。


「マジ?」


 悪魔《上位存在》との間に結ばれた契約魔導が発動しない。それはつまり契約が解除されたか、妨害されているという事。

 契約の解除自体は主である学長であれば一方的に破棄出来るだろうが、このタイミングでされる理由が全く思い浮かばない。そもそも木端学生をひとりひとり認識すらしていない筈。

 では妨害という可能性が高いが……何といっても契約主は学長である。原作ゲーム設定では大悪魔だったし、現実でも貴族に畏れられるほどの実力者である。簡単に妨害されるような生易しい相手では無い。が、現実に魔導端末が呼び出せていない事を鑑みるに


「ココは、学長の認識範囲外ってとこかな……?」


 契約魔導の全機能は学長による魔力負担でもって賄われている。呼び掛けに対する反応すら無いという事はつまり、この真っ暗な空間は学長の認識外の場所、なのだろう。多分、きっと、メイビー。

 無明の結界内に囚われたか、はたまた転移《ワープ》なんて手の込んだ事を仕出かされる原因もまた思い浮かばない。そもそもそれだと持ち物全てが無くなった事が説明不能。


 やはり、一周回って私が殺された可能性の方が遥かに高い。


「ん、死んだんだとしたら全部に説明つくね。……え、死んだ?まじ?」


 身体から溢れる魔力は匂い立つほど。

 自身に満ちる魔力を動かそうとすれば、反応する。

 魔力を整え簡単に陣を組めば、雪玉も生成可能。手中に握り込めば、当然ながら冷たくも心地良い。


「霊格神経があるから魂だけでも魔力が扱えると、そんな裏付け情報別に求めてもいないんだけどなぁ……肉の器が重要視されない理由を知った所でさあ。現世を知覚出来てないと復活なんて奇跡起こせる筈も無いじゃんね。にしても何か。じゃあココは三途の川的な空間で確定か」


 この身体が魂の姿としたら、ココは輪廻転生前に待機するという空間。神々が管理する領域であれば、大悪魔でさえもおいそれと手出しなど出来ないと聞くし、考えれば考えるほど知識との整合性が取れていく。

 どうしたものかな、とりあえず獄卒とか渡し守みたいな存在がゲームみたいにいないかな、と周りを見渡したその時


「相も変わらずミラちゃんは答えに到るのだね。反応の鈍さは微笑ましいが、その稀有な運命力には僕も目を見張ったものだよ」


 まぁ少し真実から外れているのはご愛敬かな、と背中から届いた声が続けた。忘れようにも到底忘れられない、その懐かしい声に一瞬息を飲んだが、平常運転で(いつも通りに)言葉を返す。


「――あざっす、でも十分混乱してるんですがね。あとみらちゃん呼びは勘弁してください。次呼んだら」

「呼んだら?」


 振り返って言葉を紡ぐ。


「舌引っこ抜いてやるって、私言いましたよね?」


 振り返った先に佇むは金の髪を揺らす男の姿。

 前世と同様にその端正が過ぎる面を笑顔で彩る部長、天垂翼仙《てんすいよくせん》が其処にいた。

 頭上に光輪を輝かせ、背中に三対の黒翼を背負った超常存在足る姿で。



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