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16話 とても長い一日 朝

◇ ◆ ◇



 翌日、相変わらずの快晴。地上の公園に出てみれば星がまだ見えるほどの時間帯で、街灯に照らされる桜の花びらは風にさざめきその美しい様が映える季節である。

 いつものように朝陽が出るか出ないか辺りでの早朝ランニングと乱取り体操を終え、公園から帰宅すれば軽く汗を流して、魔力量の調整を再確認してから魔導バスに乗ってマッキーと共に刀京魔導学園へ。こんな朝早くであるがDA(ダンジョンアタック)申請も相変わらず直ぐ様許可がおりる。

 昨日のふたりから雑学みたいな感じで聞けたがどうもこれは自動返信では無いらしい。職員がちゃんと確認してから送信してるとか。そうは聞いたがさすがに内容の確認はしてないと思う。読むだけでそれなりに時間取られる内容だしね。どこからどういう風に進むかという行軍予定表なんかもついてるんだし。返信内容は自動返信のようなコピペではあるが、それでも24時間体制という事で大変そうだ。これが教師宛てだとやっぱり遅くなるんだろうね。学内掲示板でも少しでも早くDA申請の許可が欲しいならギルド職員へ送った方がいいって書かれてたし。

 まあギルド職員が常駐しているのは、夜間、誰もいない時に魔物が溢れましたとかになったら洒落にならんだろうし当然っちゃ当然か。夜間もダンジョン巡回してるのだろうし……夜間の魔物の脅威度は高くなるとは聞くが実際どうなのだろう。少し興味がある。探校生でも泊まり込みのDA実習はあるし、夜間巡回や警備の仕事は疲労度の桁が違う気がする。


 そんなこんなな事を考えつつ降りたバス停から学園に繋がる長い長い遊歩道、石垣と桜並木に囲まれた風光明媚な道を二人して歩きながらそろそろ東第2校門前。この刀京魔導学園の敷地面積は他のダンジョンを有する養成校と同じく凄まじく広い。校門だけで東西南北合わせて36基。内いくつかは貴族専用のバカデカい門。東西南北の第2以降の番号門が平民用となっている。東第2校門は主に探校生が使う事になっており夜間は閉められ脇の通用門のみ開くそうだ。夜間の他の門は閉められていたり開けられていたりとまちまち、学園敷地内に企業建屋や研究所がある為に民間人も多く通うのだ。


 そんな折の所、男子生徒の恨みがましい声が耳に届いた。

 発生元を辿れば校門の警備室に繋がる通信魔導機(インターフォン)前に、昨日ケンカでぶっ飛ばされていたチンピラ二人組の姿。うわ。


「――ゃく開けたらどうだい!どうせ聞いてるのだろう!湿りキノコども!キミ達のしそうな事などこの黒舌からしたら児戯も児戯!その陰湿なやり口などまるっとお見通しさ!残念だったね!その足りない軽い頭を下げて地面にでも埋まった方がいい!これはボクからの珍しい真摯な助言だ!本来であれば腹を掻っ捌いて塩を振りたい所だがなんせキミ達は臭くて食えたもんじゃないからね!!反応すら無しか?なるほど!昨日の今日で臆病風に吹かれたらしい!その薄汚い胞子など飛ばさないでくれよ!カビるほどの侵食力もないだろうが何といっても臭いからね!!」

「やっぱり早く来過ぎたんじゃねえかよ……って。おい黒舌あっち、ありゃたしか昨日来てた他クラスの」

「おっとなんだ赤下邪魔を、おおっ!おはよう!奇遇だね今日も朝から豪華で華やかだ!麗しく香しいセイと見知らぬ可憐なレディ!もしかしてボクに会いたくてこんな朝早くから登校かい?いやーやっぱボクってモテるねハハッこれがイケメンってヤツ。分かるか赤下」

「ああ?チッ。黒舌(おまえ)に会いに来たんじゃねぇっつの、なぁおいそうだよな」


 東第2校門はまだ来るのが早すぎたせいかまだ閉まっている。でも、昨日はもうこの時間なら開いてたけども……担当によってまちまちなのかな。前世の日本ほど時間厳守する人もさせる人もそんなに多くないしこの地域。

 その閉ざされた門前に朝練に来たであろう先輩方数名と頬や拳に包帯やらガーゼを貼ったシタシタコンビの二人。あんたら回復薬は?無料のが生成可能な大型魔導機が解放されてる場所なんて地上のそこかしこにあるでしょうに……罰でも科されたか?

 そちらはともかく、間近で改めて見てみた第一印象は、不思議な感じ。強くは無い、が、どこか違和感を覚える。まあ警戒感皆無で無手の魔力無し。寝ている最中に襲われても片手で捻れる相手でしか無いので警戒を厳にする必要も無し。これは少し離れている所にいる先輩方も同様。あちらは少し強めで道場の一般門下生と同じくらいだろうか。


 いつの間にか私の後ろに移動していたマッキーだが、私の上背では隠しきれないのは明白。足を止めてちらりとやや後ろを見上げれば私の両肩を掴んだマッキーがニッコリと笑顔の仮面を浮かべていた。目つきだけは叩き潰したゴキをぬぐったティッシュへ向ける視線の温度だ。これはもうやってもいいか?


「はぁ……E5組のお二人さん。別におまえらに用があって朝早く来たわけじゃねえよ。自意識過剰はキモいから話しかけないでくれるか?あと名前呼び捨てすんな」

「そんなに照れなくていいよセイ。ボクの魅力がいけないんだ。いや分かってるとも、幸い今身体は空いてるから期待してくれていい。ボクの手練手管をもって熱く火照(ほて)らせてみせるさ!さあそこらのに見せつけてあげようじゃないか!」

「黒舌てめえマジでキモいから黙ってろ。なぁ手前の黒髪がここらの中学で噂んなってた片割れだよな?」

「ああ!あの噂と違って実に楚々としたレディじゃないか。髪もあれは紺色と言うのだよ赤下。あまり良い印象も無い髪色だがっと失敬。その野暮ったいストレートヘアには言いたい事が山ほどあるが顔と体つきは上々、もう少し年齢を重ねるのを待ちたい所だが将来性も含めて素晴らしい見目と称賛しよう。うん合格だ♡髪さえどうにかすればボクの隣を飾って相応しい華といえる。にしてもキミのような可愛らしいレディが中学時の道場稽古で探校生の金玉潰しイカ臭くしたって噂はホんッ――」


 ――は?


 9割聞き流していたが、こんな朝っぱらから随分と不快な記憶を呼び覚ましてくれるじゃないか。一瞬でこめかみに青筋が立ったぞこの野郎。今世の私はとても記憶力が良い。それこそ切っ掛けがあれば連鎖的に蹴り潰した感触をまざまざと瞬時に思い出してしまうほどだ。脚に伝わるゲス野郎のそそり立った筋肉の伸縮、次いで噴き出す汚濁と血が混ざったゲロ以下の臭い。

 その記憶が脳裏によぎった時には、あのおぞましい記憶を塗りつぶすように黒髪ワカメのどてっ腹に蹴りを叩き込み吹き飛ばしていた。


「キッッッッ「んぅごぼぁっ!」モ」


 あー……いまの八つ当たり9割だろ、と呆れるマッキーの声に、ふんっ、と鼻を鳴らす。

 どうして朝っぱらからイカくさい臭いの記憶が呼び起こされにゃならんのだ。それにそう、黒髪野郎はその前の言動からして不愉快が過ぎる。うむ、蹴られても仕方無いねこれは。うん。


「何しやがるテメエ!!っ!?」

「ん……いや、殴ってくるならちゃんと腰入れなよタコ助が。手加減する余裕あんのはこっちだたわけ」


 怒鳴り殴り掛かって来た赤髪の拳を受け掴み、黒髪と同じようにヤクザキックで蹴り飛ばした。

 あー(納得)あー(諦観)あー(憐憫)あー(諦念)、とマッキーが後ろで顔を手で覆うような気配がするが放置。

 昨日のケンカ慣れからして強めに蹴っても大丈夫だろうし。今の私達は戦封じを着けているのだしで全力で蹴っても金属盾がひしゃげる程度にしかならない。


「ぅごほっ、ごほっ、……いいっ!とてもいいっ蹴りだよっ、ふっ、ごほっ、んんっ……ディッ!モールトッ(とっても)、ベネッ(いいっ)!」

「……ぉぉ……おお……、重てぇ蹴りだ……芯にまで響きやがった。やべぇな。昨日ケンカしたヤツらの誰とも違ぇ。っぱ、こうじゃなきゃなぁ探校……っ!」


 それでも魔力無しならうずくまってしばらく立てない程度には蹴った。ぎりぎり回復薬を使わないでいいラインを狙い、意識を飛ばしてもおかしくない程度にだ。この辺りの力加減は道場に来る門下生見習い達に嫌というほど叩き込んだのでお手の物だ。

 なのだが。

 うずくまった体勢でこちらを見上げる黒髪と赤髪の姿に内心首を捻る。

 反射的に蹴った黒髪はともかく赤髪の方はきっちり力を調整したのに思ったより効いて無いな。無意識に手加減し過ぎた?そして黒髪の方は激昂するわけでもなく、ビクリと一瞬震えたかと思えば、プルプルする体を起こして髪を掻き上げポーズ。なんだこの謎生物、心底意味不明だ。


「っ、これはっ……先程の言は失敬、撤回させて貰おう……ああ!まさに自業自得!ここは反省させて貰うとしよう。それに赤下、キミはレディの扱いがなってない。が、丁度いい。そこでうずくまったまま繊細かつ優美なボクの口説きを指くわえて黙って見ているがいい」

「あんまり舐めた事言ってるともっかい蹴るよ?それとあの不愉快な出来事を次話題に出したら潰す」

「ふっ、ぅ受け賜わったともレディ。ボクの負けだ。ああ、認めよう」


 なんだ?急にコロっと態度変えて……腹に一物抱えるタイプでしょコイツ。膝を震わしながらも今もぺちゃくちゃと何か喋ってはいるが聞く価値も無い。

 小学はいざ知らず中学辺りから、上下関係を叩き込めば理性が芽生えた獣程度には理解(わか)らせられる輩(やから)も多くはなった。面倒が減って良い事だとは思う。

 が、この程度でシタシタコンビが諦める?どうにも違和感しかない……しかし、これもヤツヒコ(原作主人公)の時と同じで色眼鏡で見ちゃっているのかも。

 そう考えて改めて様子を見れば、どうやら赤髪の方も蹴られて怒りに震えるなんて様子でも無かった。というよりワカメ野郎の言葉を聞いた途端、立ち上がろうとしていたのをやめた感じ。なんだか変な二人組だ。そして赤髪の方はもう完全に座り込んで地面に胡坐かいて唸ってるし。


「……ぉぁ~……ぁ~効いたぜ……信っじらんねぇ、女の蹴りかこれが?ゴリラかよ。てか、んなキレんでもよくね……」

「何か言った?」

「いやなんも……」

「ふっ、まだ起き上がれないなんてざまぁ無いね赤下。清冽な香りをまとった彼女を見てみなよ潤んだ瞳に火照った頬。ボクの類まれな打たれ強さに興奮するその感情!嬉しさを隠しきれていない照れ隠しは天使の如き愛らしさという他無いね」

「「「目が腐ってんのかテメエ」」」


 マッキーはまだしも、なんで赤髪とも声が揃うんだよ。うわ目が合った。


「んっふ、いやいやセイと並んで劣らず魅惑的なレディだ。タイプは全く別種だが可憐さの中に秘めた躍動感。いやはやたぎるね。君のような娘すら引き寄せてしまうボクの罪ってヤツは恐ろしい。この祝われるべき出会いを祝してシャンパンでも開けたい気分だ。実際どうだい?大丈夫、期待してくれていていいよ。初心だろうとボクの形を忘れられないくらいに丁寧に扱わせてもらうとも。どうかその甘い声がとろけるところを聞かせてほ」

「キモ」


 鳥肌たったわ。マッキーが思い出したくねえって言ってたのがようやく分かった。くねくねと長ったらしい酔ったようなセリフをこんな公衆の面前でよく言えるもんだ。

 警戒されてるのか距離があるために蹴りは届かない距離。反射的に石を射出しそうになったが戦(いくさ)封じを身に着けているせいで全く手応え無し。そもそも石も無いし、まぁ魔力纏っていない子にやれば間違いなくスプラッタになってしまう。我慢しよう。

 私の一言に一瞬止まったワカメ野郎が気取ったように顎に片手を当て、やれやれと言うように肩を竦めて首を振る。


「ちょっと、もう少し夢見ていたいお年頃のお子様には難しかったかな。でもそういう娘に見せつけるのもそそると聞くし、実際興味がふつふつとわいて来るね」

「ごほっ、あーやっと起き上がれたぜ。つーかいい加減にしとけ黒舌。ドン引きされてんじゃねえか……ああ、でもなんだ、あんたすげえ蹴りだったぜ」


 悪いなこのアホは連れてくからよ、と言った赤髪が黒髪の頭を片手で掴んでぐしゃぐちゃにした。ちなみにもう片方の手は腹に当てられている。痛みであれば腹をさするように動かすものだが、この二人は腹に当てた片手を微動だにさせていない。


 ――回復しようとしてる?魔力持ちかコイツら


 の割には昨日のケンカじゃ全く魔力を利用する素振りが無かったし、今の蹴った感触もほぼ魔力無しと同じ……、私達と同じように戦封じでもポケットかどこかに隠し持ってそうだね。


「おい赤下!気安く頭掴むな!セットが乱れるだろうが!!」

「うっせ。つーかこんな朝イチに呼び出しとか無かったらよー。やってらんねぇ」

「ボクは幸運の女神に感謝してるがね。こんな素敵なレディふたりと会えたんだ。これはもう運命だろう?麗しのセイは見知っているがそちらの紺髪のレディは何て名前なんだい、きっとボクに寄りそうような響きなんだろうね」

「いい加減待ったしヤツラが約束反故したってことで、もういいだろ。黒舌、茶店でも探そうぜ」

「ああいいね。だが常識的に考えてまだ店は開いてないだろう?レディたちはこの辺り詳しかったりするかい?」


「帰るな!アホウども!!」


 常識をワカメが口にすんなと思っていたら、校門上に備え付けられたスピーカーから大音量が響く。暫くして警備室から出てきた連中に視線を移せば昨日のキノコヘアー集団と警備員のおっさん連中。おっさん連中は面倒臭そうに口を曲げてあくびしてるのさえいる。だが銃を身体前面に吊り下げているから要警戒だし、銃が無くとも戦闘となったら油断出来ない相手だろう。さすがは学園に雇われた警備員って所か……。


「くそっ。これだから血の気しか無い下等民どもは。契約を何だと心得てるんだまったく」


 口を荒げる先頭のキノコ君が喚いているがどうにも三下臭がして何となく憐れみを込めて見てしまう。

 これが白服生徒の貴族関係者だったらまた違ったのだろうが同じ濃灰色の制服な時点で下等だ下級だ何だと宣っても虎の威を借る狐という気配が拭いきれないのだ。根が真面目そうないじめられっ子の空気というべきか。ちなみにオブネ君もまた彼等に混ざって立っていてこちらをチラチラと見ていた。

 そんな中でチンピラふたりがいきり立つ。


「おーおーやっぱり聞いてやがったな。昨日こさえてやった傷はアレか?親に泣きつきでもして札束はたいて高い回復薬でもねだったか?いーねー坊っちゃんがたはよお」

「せっかく目の保養と甘い至福を味わっていたのに、空気が読めないキノコどもだな。弁えて薄暗く湿った土にでも埋まって来たらどうだい。そうすれば少しはその悪臭も抑えられるってもんさ」


 コミュ難と評され空気読めないらしい私でさえ気付いてしまうほどシタシタコンビのチンピラ二人はキノコ君達を舐めきっていた。昨日かなり派手にぶっ飛ばされているのに凄まじく強気だなこいつら。ヤツヒコ(原作主人公)も似た所があったし、力量差を察せずとりあえず噛みつくのはここら辺りの習性だし気にしても仕方ないけど。

 魔物討伐と殺傷厳禁の対人戦は全く別物だから多分キノコ君達は相当手加減したんだろう。そんな事情を察していようがいまいが、このふたりは全く気にして無さそうだ。私達への軽口はこのキノコ君達を煽るダシにした感じだったし。

 校門前の通信魔導機(インターフォン)で喚くのは迷惑行為!とかで処罰されればいいのに。校内清掃みたいなのに従事させとけば口数も少なくなるでしょ。そんな事を思っていたら先頭のキノコ君が反撃とばかりに口を開く。


「はっ、何を勘違いしているのか知らんがお前たち如きに我等を傷つけられる筈が無いだろう。そこの女が言ってたように自意識過剰というものだよE5組のクズども。入学直後に盗みに精を出すような輩など叩き出してくれる!」

「だから俺等じゃねーっつってんだろキノコ野郎!鉄門挟んで御託はいいからとっとと開けろやお坊っちゃんども。ここで昨日白服どもに止められた続きといこーぜ」

「やれやれ赤下、あまり強く言ってさしあげるなコイツラはビビり散らかして決闘したくないのが本音なのだよ。B組連中が見に来ると聞いて昨日震えてたようだしね!ハハハッ内部組とうそぶいても奴隷根性が染み付いてて臭い臭い!!奴隷小屋で過ごした数年間で根性だけじゃなくて魂までねじ曲がっちゃったのかい?泣けてくるね、もちろん臭《くさ》い匂いのせいでさあ!」


 女呼ばわりされてるねとマッキーを見れば肩を竦めていた。

 あちら二組がヒートアップしてるせいかこちらは冷ややかに争いを眺められる。こいつらいつからいたんだろう。早く校門開かないものか。到着が早すぎたみたい。別の校門に回った方がいいかなぁ……

 などとツラツラと考えながら静かに彼等と距離をとってフェードアウトしていく。


 結局校門を開ける当番の職員が来るまでの十分近くを何だかんだと彼等は言い合っていた。

 よく罵倒の語彙が続くものである。

 赤髪は早々に腕を組みイライラと地面を踏み鳴らすだけで、門を蹴ったり鞄を投げつけたりもしない。約束の時間も守っているようだし原作ゲームのエピソードとは違うようで現実だと微妙に真面目でみみっちい性格なのだろう。原作に出て来た赤髪は本当にただのかませキャラだった。

 対してあの軟派ワカメロンゲの罵声ボキャブラリーは凄まじい。ある意味凄いね。こっちはゲームキャラの方向性でぶっ飛んでいる。煽りチンピラ改2エクストラ18禁バージョンという感じ。磨きが掛かってる。本当にどんだけ煽るんだあのワカメ。格ゲーの煽りでも品性があったんだなぁと感心してしまうほどだ。


 昨日のケンカ騒ぎでシタシタコンビは学園側からペナルティでも科せられたのかと思っていたがキノコ君達とのやり取りを聞く限りどうやら決闘による仲裁になった模様。窃盗事件も起きたようだが犯人はまだ判明せずとの事で、E組はヤツヒコの発言抜きでも信用度マイナススタートっぽい。しかも窃盗事件の被害者は貴族関係者。ロッカーの中身に手を出したアホがいたらしい。


 貴族のロッカーにある高価なアイテムといえば、やはり習得結晶(スクロール)の類だろう。

 もしかして前世持ちの仕業……?


 すでに被害者の貴族関係者が動いているらしく警察組織も動かす大事《おおごと》にしているんだとか。ロッカーにそんな貴重品入れるなよ……。まさか原作ゲーム通りに魔法習得結晶(スクロール)や技能(スキル)習得結晶(スクロール)が無造作に置かれていたりしたのだろうか。


 習得結晶(スクロール)の副作用に眼をつむり上手く適合して使えれば、望みの魔法やスキルを得られたならば、非常に有用だ。ダンジョン内で使えば使うほど、望みのジョブに近付くのは間違い無いのだから。ジョブ適正武器を振るよりも確実に望みのジョブを引き当てる可能性を高く盛れるだろう。

 一般的にレベル5未満のジョブ未定者は魔法もスキルも持っていないのだから、それっぽい動きを魔力操作で再現しようとするしか無いのだ。一生に一度しか無い機会、確実に望みのジョブになる為に習得結晶(スクロール)に頼りたくなるのは分からないでも無い。

 

 習得結晶(スクロール)の使用は成人から使用解禁で現世の成人年齢は15歳なので合法だし。私達みたいにどういった行動がどういうジョブの可能性を引き上げるかなんて情報は現世ではネット上での噂程度といった憶測しか飛び交っていないので。中には完全に間違った情報も垂れ流されているし。

 【戦士《ウォリアー》】は頭を使わないバカな方がなりやすいとか、【治癒士《ヒーラー》】になるのは臆病で腰抜けな奴に限られるとか、無責任な戯言も多くあった。ギルドや上流階級はその辺りの情報は持っていそうだが公表していない辺り特権階級の圧を感じる。


 物を返すならまだしも習得結晶(スクロール)だと使い切りで無くなるし、犯人が捕まったら生き地獄後に家族諸共切腹させられそう。盗んだヤツは命知らず過ぎる。


 原作ゲームならゲーム主人公(ヤツヒコ)が当然の如く巻き込まれる事になる序盤の決闘騒ぎ。けれど昨日も今日もシタシタコンビの近くに姿は見えない。それにこんな人目が少ない朝の呼び出しでも無かったしね。見せしめ目的だった為に昼休み中の決闘騒ぎだったのだ。まあ私達は接触済みだからもう決闘の様子を見に行こうなんて気も無い。相手もシタシタコンビのようだし。彼等が主人公の立ち位置にいるとか他の前世持ちが知ったら叫び声をあげそう。

 他にも細々とした差異があるようで、キノコ君達は自主的に窃盗犯を探しているとか。点数稼ぎか苦労人気質でもあるのか、という感じ。ただどちらも簡単にケンカを売り買いするチンピラという事には変わり無し。


「前世持ちか、はたまた原作ブレイクの影響か……」


 なんて呟くマッキーの声に肩をすくめた。そういえば、昨日の徳岡くん達はタイミング的に犯行可能だな。この言い争っている窃盗事件とは無関係だと思いたい。

 【影人隠《かげびとなばり》】のアビリティは、ヒトが持つ自重というタガを外してしまいかねないので……良心が在る事を祈ろう。


「有名なRTA(リアルタイムアタック)動画であったよね。最序盤で目当てのジョブ取得する為に最短距離で習得結晶(スクロール)取得《窃盗》するヤツ」

「止めろ止めろ。いつ事件が発生したのか知らんがアリバイ作りに利用されたみたいじゃねえか」


 マッキーも頭に昨日のふたりが犯人である可能性がよぎっているようだ。まぁ貴族家の宝物蔵を手当たり次第荒らしてたら学園のロッカーに入ってるモノ程度見向きもしない気もする。もしくはロッカーにしまってあっても拾えるアイテムじゃんと小遣い感覚で盗んだのかもしれないが……その辺りは犯人にしか分からない。


「まっ、大丈夫でしょ。ワカメの言葉じゃないけど魂までは捻じ曲がってないだろうし。ヤツヒコ(あっち)は知らんけど、どちらかと言えば秩序側善性寄りでしょ」

「はぁ、そうだな。あのふたりはどっちかというと冤罪を被せられる方だしな」


 ともかくシタシタコンビが決闘で惨敗するのは目に見えてるが、医療スタッフが常勤している学園で死ぬわけでも無いチンピラ二人を特に決闘から助けようとも思わない。


 私達二人がフェードアウトすればその先にいた人達から部活動の勧誘。ここにいる先輩方もみんなE組との事だが朝練の為に早く来ているメンバーらしい。でも刀術部には興味無いです。いえ山岳戦陣部にも興味無いです。ダンジョン探求部もあまり、飛行戦術部?ちょっとお話を……あ、すみません。マッキーに呼ばれたのでまたどこかで。


 時間が過ぎ行き校門がやっとこさ開けられれば、認証設備に魔導端末をかざして本人照合完了。

 この魔導端末で本人確認する設備は学園内の様々な場所に設置されていて、それぞれの教室扉が開閉する仕組みにも利用されている。

 自動で出席確認が取られる微妙なハイテクさを加えた防犯装置は楽だけれど、簡易鑑定もされているのか、寒気が走る不快な感覚を伴うもので……監視されていると意識させるものでもある。よくこんな設備がそこら中にある中で窃盗騒ぎを起こす気になれたもんだ。


◇


 校門を通り抜け、学園内社(やしろ)で請願お参りし終えてからもダンジョン受付までぶつぶつ文句呟いていたマッキーの尻を叩いて気合を入れ直し、受付でDA申請許可を確認して貰いダンジョンへ。

 ちなみに社(やしろ)で買ったお守りの数々は魔導具でも何でも無く、昨日家で確かめた観測画面ではアビリティの表示項目まさかの無し、だった。つまりガラクタ。何ひとつ魔力消費が無い紙布と同等。まぁお守りなんて前世じゃそんなもんなんだし御利益が実際に得られ無さそうだからと捨てたりはしないが……ふぁっきゅ。


 霧球域(ドーム)エリアの霧の中で【霧樹木(スモークツリー)の棒】他【霧渡り】に必要な品々を装備し、帰り用の積み木も魔力を補充して設置完了。そして2層へ続く霧球域(ドーム)ゲートへと【霧渡り(階層移動)】。

 【霧渡り】時マッキーの、舟が足元からせり上がって来た時の「うおおおお!?」という声は乙女が出しちゃいけない声だった。そこは可愛く驚いてどうぞ。

 2層に入ってすぐ近くの木に登ったマッキーに合わせて私は浮遊して隣に浮かぶ。

 本日、朝の予定は2層の入口近くでマッキーは魔導銃の慣らしだ。

 マッキーも私の天頂スキップ(スカイダイビング)について来たがったけど、さすがにまずは私一人だけでの挑戦だ。【霧渡り】で階層移動自体は楽なのだし空中遊泳は慣れて来たらという話で決着済み。マッキー自身も空中闊歩出来るように練習中なのでそう遠くない内にダイブを楽しめるだろう。まぁ何にしても空中機動の手段は持っておくに越した事は無い。空中にある野良ダンジョンは撃滅報酬が桁違いだったし現世でも期待している所なのだ。


「おー、ここが2階層か。配信で見た通り1層よりかは河川が目につくな。まぁほっそい支流・小川ばっかだが」

「だね。んじゃ私は1階層に戻って天頂スキップの準備してくるから。そっちはそっちでがんば」

「おう。まだ小型がメインの階層だしソロでも余裕あるくらいだろ。森ん中にゃ入んねーし」

「魔力値だけを見れば私達は10層でも通用する筈だけどね」

「ジョブの恩恵ねえしPT人数も少ないだろが、予定通りに5層で大型試してみてからだ」

「ラジャであります班長どの」

「ユッキー、白服生徒がいたら即転進だかんな。そん時ぁ4階層で地道に探そうぜ。まぁこんな年度始めの朝方にゃいないとは思うが」

「オケオッケー」


 語尾に音符をつけるように返事をして、私はひとり2階層外周霧壁、霧球域(ドーム)エリアの中へと引き返して突き進み1階層へ。

 人影確認、右ナシ!左ナシ!正面ナシ!

 余計な装備は全て背負い鞄へと仕舞い込み、飛行の為の装備へと一新。準備完了。

 魂宣をして魔力を漲らせれば、時間を掛けて腰と足元を囲むようそれぞれ六つでワンセットの雪結晶形の魔力塊を生成し整形し陣として安定させる。やってる事を例えると古いマイクに向けて一定声量の音域で発声し続ける事に似ている。マイクの質が悪く高域でも低域でもノイズが入り、声の大小でも簡単に音飛びする感じ。実際、この吹雪の浮遊術式は魔力を込め過ぎると耐えきれずに自壊してしまうから注意が必要なのだ。まぁもう壊れる加減程度は見極め終えて習熟中の身であるから問題も無し。

 そんな術式陣を両腕と背中側にも備えて都合5セットの浮遊術式展開。ここまで並列展開すれば魔力を込め過ぎる事故はほぼ無くなる。むしろ魔力の注入制御に意識を割くというより、途切れないように注ぎ続けないと維持出来ず霧散する。まぁそれでも余力がある程度に私の魔力量は多いし、装備品のアビリティの恩恵がデカい。魔力制御に関わるアビリティは発動出来るだけ発動させた感じ。さて気合を入れて、機動力全振りの魔力制御態勢に移行。


「ンンーーー……ぃよし!!フルパゥワァアア!!!!」


 猛烈に吹雪かせて、霧球域(ドーム)の天頂を目指して飛翔開始!



 1階層内の霧球域(ドーム)自体は外の、通常空間にある霧球域(ドーム)ゲートとほぼ大きさは変わらない。

 つまりは百メートル弱程度の高さしか無く、その程度であればほんの僅かな時間で到達可能。


 おそらくは天頂、という辺りで静止し、周りを見渡す為に数回転。360度下方へ緩やかなカーブを描く霧球域(ドーム)ゲートの上で、やはり此処が天頂だと確認終えればにやりと口角が上がった。

 探索衣の胸元内ポケットにある魔導端末を思考操作。マッキーへ通話を繋げて声を届ける。


「報告ー1階層の天頂に到着完了。多分。全方向緩やかに下り坂っぽい」


 上を見上げれば早朝らしい快晴の透き通るような青。雲でもあればアクセサリーで発現させられるアビリティ【霧透視】でどうなるか確認できたのに残念。まぁ距離があるせいで効果範囲外かもしれないが。目線を戻せば周囲に異変異常は何も無し。


「OKOK。霧球域(ドーム)エリア完全に抜ける前に呼吸確認だけはしろよ。高空域は凍死はもちろん血液沸騰も窒息もあり得るんだからな」

「心配性。用意したマフラーのアビ忘れたの?」


 ふわりと霧球域(ドーム)ゲートの中へ潜っていく。地面と平行に体を傾け風をもろに受けるように両手両足広げた大の字形で緩やかに下降開始。霧球域(ドーム)エリア内の濃霧に包まれた空中を落ちながら会話を続ける。もちろん上空へ上がるような浮遊吹雪の術式を体前面に展開しているので落ちる速度は歩くように緩やかだ。


「そのマフラーは【水中呼吸】のアビリティだったろうが。高空域呼吸みたいなアビ装備あれば良かったんだがな」

「そんなピンポイントなの原作にも無かったし、現実にあるとしても低レベル装備帯にゃ無いでしょ。ふっ、まぁ私の心配は無用だよー……距離的にもうすぐ霧球域(ドーム)エリア抜けそう。温度変化は無し、呼吸も普通にいける」

「声に異常無し。意識も正常だろ。OK続行だ」


 霧のカーテンが明ける。ぶわっと風が私の長髪を靡かせ通り過ぎていく。

 額から空気層の変化が頬、耳喉、肩胸、手腰、脚足、全身へと。


「今エリア抜けた……すっご」


 眼の前に広がるのは緑の輝き。遥か遠くの地上を彩る生命の息吹。雲を眼下に従えるほどの上空。

 全身を叩き付けるような爆風は世界があげる咆哮のようで、けれど吹きつけてくる世界の体温そのものは薫風を思わせるほど暖かい。


「?……何がだ?おい、聞こえてるか?おーい!!」

「聞こえてる!マッキー凄いよ!ははっ、最高の景色!!世界だ!!眼の前に世界が在る!!いや世界の中にいる!!あはははは!!!」


 私を押し上げる(ブレーキ用の)吹雪を抑えていけば、落ち行くスピードも自然と上がっていく。

 重力の軛が私をはるか遠い地面へ叩きつけようと手を伸ばしてくる。


「はっ、ご機嫌だな。きりもみ(スピン)なんざするなよ」

「ノンノン!全く問題無し!速度重視に体勢変更!」


 重力に従って頭を地上へと向ける。

 大の字に広げていた手足を畳んで、逆らわずに利用するように風を額先の魔力壁で斬り裂き速度を上げていく。次いで膝を丸め曲げて、足先に生成した重い雪玉を蹴りつけ加速、気分は地上へ発射されたロケット弾。十分に速度を楽しんだ後に肩を傾ければぶわりと受ける風圧が変化し、胸を反らせて両腕に巻き付け風に任せるままだった戦帯を伸ばせば螺旋を描くように空を泳げる。

 戦帯を翼のように広げて腕の動き合わせて羽ばたかせれば渡り鳥の心境。


「大丈夫!!気温も暖かいくらい!!空気も澄んでる!控えめに言って最高の落下日和ぃぃぃ!!」

「まぁしばらくはいいか……中間圏とかカーマンラインの問題も無しか。ダンジョンが球体状なら成層圏には確実に掛かる筈なんだがなぁ。まぁ地上でも気圧の問題無いしな、オールオッケ。ダンジョンってやっぱ不思議《ファンタジー》だわ。おーいユッキー、次の階層に近付くか何か異常があったら言えよな」

「おおおおおおっけえええええええ!!」

「……楽しそうだな。オレもやってみてー……まぁさすがに二段ジャンプ程度のホバリング性能じゃなぁ。はぁ、飛行とか【狙】属性でどうやったら出来るんだってんだ……」


 マッキーのぼやきを右から左へと聞き流して今はフリーフォールを堪能する!


 世界がくるくると回転。目に飛び込んで来る視界の全てが輝いて見える。重力と名付けられた手綱が、私の身体を地面へと引き落とそうとする流れに抗わず受け入れる。視界が、光が、色彩が、秒速五十メートルを超える暴力となって私の全身を貫いていく。

 

 ああ、凄まじい。


 そして目に映るのは2階層全域が入ろうかというほどの俯瞰光景。霧壁が囲む外周外も見渡せて、地平線の彼方まで緑が続いている。


 今いる高度がどの程度かは謎だが数千メートルは確実にある。

 通常空間であれば酸素は薄く、気温は氷点下以下へと突き落とされる筈だが、この霧界の性質なのか魔力を纏っているおかげか学園の探索衣のおかげか変化すら体感できない程度。この物理的な異常(ファンタジー)はダンジョン空間内の歪さともいえるだろう。

 耳をつんぎるような騒音も、目を開けていられない筈の風圧も、私の前方に展開した魔力壁によって問題無し。

 スカイダイビング経験など前世から今に至るまで全く無いがいつかやってみたいと前世の動画で予備知識はうろ覚えだが履修済み。一応ゴーグル程度は準備したが魔力壁の方が有用として見送ったのは正解だったようだ。

 怖いのは水平きりもみ(スピン)などの空中で制御不能状態になる事だけれど、こればかりは私の魔力操作に掛かっている。ダンジョン上空で地上付近と同じくらいの揚力や浮力といった移動力(ベクトル)がどこまで通じるかはぶっつけ本番あるのみだからだ。霧球域(ドーム)エリア内でおかしな兆候があれば引き返す事も出来るからと決行決断したのはまさに英断。ひゃっふー!


「はぁぁっはあああああ!!サイッコォォォオオ!!」


 眼下の、遥か遠くに見える小さな灰色の点。あれが3階層への霧球域(ドーム)だろう。

 頭上の光景。地上の緑には、2階層でもやはり飛行型の魔物は見当たらない。背中側に展開した術式を吹雪かせて、くるりと横回転。360度720度と見回しても同高度にも敵影無し。遊覧飛行のような状態に胸中が踊る。

 そんな沸き立つ内心をくすりと笑って押し止め、魔導端末を思考操作。胸元の内ポケットに入れた辺りへ向かって声を届ける。


「アーアー、こちらスノウ。2階層上空中間あたりにたぶん到達。視界良好、温度問題無し。気圧とかも多分オッケー。耳に異常無し。出血無し。話すのも問題無し!そっちから見えるかな?どうぞ」

「ようやく落ち着いたか、こちらトリガー。空を見渡してもそちらの姿はー……確認出来ず。双眼鏡でも持ってきたら良かったか。どうぞ」

「んふっ。空から見渡しても飛行型の魔物は確認出来ず……パッと見だけど情報通りに2階層にゃ大型種はいなさそう。つまりまるで問題無し!以上《オーバー》!」

「了解。無理せず少しでも異常感じたら旋回転進するように、これだけは忘れずにな。以上《オーバー》」


 コードネームごっこで返して通話終了。


 正面頭上に広がる緑の世界は美しい。あまりに遠いせいで世界が止まっているかのようだが、魔力壁に叩きつけてくる風圧は自身の速度を感じさせてくれるので良い塩梅だ。鳴りやまぬ風切り音も少し頭部の角度を変えるだけでその音色を変化させる。

 速度はある。それは確実。

 けれど……


「……んー……ちょっと物足りないか?」


 ではどうするか。こんな自由にしていい空遊びなんて滅多に無い機会である筈。であれば私が取れる手段はひとつ。叩きつけて来る風圧の壁へ捻じ込むように自身の身体を加速させればいい。

 2階層突入時に一旦弱めていた吹雪の浮遊術式に限界まで火を入れる(魔力を注ぐ)。


「はッハァッ!!こうじゃなきゃ嘘だよねええええええ!!!」


 頭上、地面に向かっての魔力壁は円錐状に成形してさらに速度増し。風きり音も気持ち高音へと変化。肺に叩き込まれる空気は刃のように鋭く、剥き出しの肌を削り取るかのよう。それでもきっと前世のスカイダイビングよりよっぽど安全だ。

 落ちている?いやいや私は今、この瞬間、この世界そのものと衝突し続けているのだ!

 私の実存が、風圧によって尖鋭化していく。探校生としての私。名前のある私。

 そんなものは、この蒼穹の巨大な質量に比べれば、一滴のインクにも満たない。


「あは!ははははははははは!!」


 声にならない絶叫を空に叩きつけ続ける。怖い?ああ、怖い。死ぬほどに恐ろしくて楽しい!この恐怖こそが、私が私であることを証明する熱であるのは間違いない!魂が!恐怖に震えて!歓喜を叫んでいるのが分かる!!眼下に迫る大地。灰色の霧球域(ドーム)。途方も無く広がる空間。

 

 私は今、人生で最も生きている


 ヒトの自由落下での最高速はおおよそ秒速百メートル、時速にして360キロと言われている。その大台は超えられただろうか。そんな思いを握り締めて、三階層への霧球域(ドーム)ゲートへ減速せずに突っ込んだ。



 歩いて霧球域(ドーム)エリアを抜けるのとは違い、落ちながらであれば霧中もあっという間に晴れ明ける。

 三階層の霧球域(ドーム)エリアをまさに一瞬で通り落ち抜けて、また大空の中へとフリーフォール。

 だが頭上の、地上の色は二階層と違い生命溢れるような緑では無い。


 灰色の霧に覆われている。ゆらりゆらりと霧の海が地平線の彼方まで揺れ動く様子はまさに異常(ファンタジー)。揺られさざめく霧の大海を一瞬切り取るカメラでもあれば灰色の大地と見紛うほどだろう。


 刀京魔導学園ダンジョンの三階層・四階層は環境層。

 三階層の地上部分は霧に覆われ見通し辛く、四階層に至っては全空域を霧が包み、地上は沼地が大半という非常に動きづらい階層だ。

 

 だから貴族生徒は寄り付かず、平民生徒が主に活動する階層となっている。

 下手すりゃ三年間これらの階層に押し込まれるというのだから酷い話だ。まぁそんな待遇に不満を持つ探校生は学園ダンジョンにこだわらず近隣のギルド管理ダンジョンへ足を伸ばす事もあるという。そちらだと完全に自己責任となり、学園ダンジョンで受けられる補助や支援などは当然無い。加えてプロ探索者達の領分に入っていくわけだから色々と衝突も起こり得る。安全性が高く資源を採取採掘可能なダンジョンは資格(等級区分による制限)はもちろんの事、それこそツテなども無ければ入らせてもくれない場所も多い。この辺りは、班《パーティ》でそれぞれ意見があるだろう。安全性を度外視すれば、様々な道がある事はあるのだ。

 まぁ学園ダンジョンの難事を蹴飛ばし原作知識を活用する私達には関係無い。


 そして空域中部辺りまで落ちてくれば、霧の海上を飛び交う黒い、動く点みたいな極小サイズの影を視認。そう、三階層からは少数ながら飛行型の魔物も出現する。

 だが今私がいる高度を飛ぶような魔物はいないみたいだ。

 獲物がいない事に加えて地上部分が霧で覆われ見えないのだから当然のように思うが、これが四階層になると階層全域に霧が充満し飛行型の魔物も幅広く分布するようになるのは多くの探索者が知っている。時々宙空車やヘリと魔物が衝突して墜落したりする事故があるので。

 魔導端末の通話機能を起動して声を届ける。


「こちらスノウ。三階層の上空中域辺り。情報通りに霧が地上部分を覆ってるし、霧の上を飛び交う飛行型の魔物も少数ながら確認。どうぞ」

「了解、だぞっと。引き続き注意しつつ探索を進めてくれ。あ、ユッキー!時間的にゃ超余裕なんで安全確認にもっとリソース割いていいぞ!以上《オーバー》!」


 魔導銃が放つ独特な低音が聞こえたのでマッキーは恐らく戦闘中なのだろう。

 了解と返して通話終了。どうやら返答する程度には余裕があってもコードネームごっこをするほどには余裕も無いらしい。

 まぁ確かにこの階層からは真下に直滑降は危険か。真下にある筈の霧球域(ドーム)ゲートもここからでは霧に紛れて見えないし、二階層の速度で地上に衝突すればさすがに即死しそう。

 霧が覆う高度に近付けば螺旋を描くように旋回。そうして霧球域(ドーム)ゲートの天頂を探すとしようか。


 鼻歌混じりに落下を楽しんでいれば霧の高度付近へ。

 まるで雲海のような霧上に私の影が映るほどになれば、戦帯を進行方向前方へと円錐状に尖らせた魔力壁に沿うように動かし戦闘態勢。

 しばらくすれば私という上空の存在に気付いた鳥型の魔物が船首を上げるようにこちらへ真っ直ぐ羽ばたき突っ込んで来る。


「ん?……はっはー!カモオオオオオオオオオン!!」


 隠れ飛んで隙を伺うミストバードの奇襲はとても厄介だという話は有名だが、霧上ではまさか愚直に突っ込んで来るとは思わなかった。が丁度良いとばかりに加速。衝突寸前に半身にして翼を刃のように立てて来るミストバードの戦術、生態武装を用いた辻斬りスタイル。対策として真向から魔力壁を分厚くしてぶちかましでもいいが、悩んだ時間は刹那のみ。私は戦帯に十分以上に魔力を注いで抜刀体勢。鍔競り合い受けて立つ。

 振り抜いて交錯。

 結果、高速道路上の車に突っ込んで来る虫みたいに魔物はバラバラに弾け飛んでいった。

 あの魔物、命を惜しんでか最後の最後で身を翻そうとしやがったのでこちらも仕方無く斬筋を変更せざるを得なくなったのだ。空中を猛スピードで落下中という事も相まって、魔力を込めた戦帯はそこらの金属製の剣並に硬度があるが風の抵抗が全く無いわけでも無かった。斬筋がブレて帯身に風を受けたせいで斬撃というより打撃のような横振りになってしまったのだ。おかげ剣速も落ちて返し刀は間に合わず一撃のみ。

 討伐自体は全く問題無いが、もう少し綺麗に斬り飛ばしたかった。剣豪であれば交錯のあの瞬間に三連くらい斬り返せたろうに。残念。

 とりあえず高度も速度も重量も上の相手に真っ正直に翼(刃)を向けるのは蛮勇を通り越して無謀というのはよく分かった。

 反面教師にしてくるりと横回転して周りを確認。


「まっ、次回頑張りましょうって事で次ー……いなさそうか。広大すぎて遠近感狂いそうだわ。上からだと結構魔物の影見えたんだけどー」


 ここまで落ちて来てはじめて実感できた。一匹一匹かなり広い縄張りを持っているようだ。もしくは、霧の中に潜っているから見えないだけ。という事で持ち込んだ霧樹木(スモークツリー)製の品を装備して【霧透視】のアビリティを起動。そうすれば霧海にクレーターが拡がるように視認範囲が広がっていく。霧中の先を割と見渡せたが……


「あー、そこまで【霧透視】って効果範囲広く無いわけね」


 煙内を探査するライトのようにある程度先までは半透明となって見渡せるものの、霧内の遥か先まで全て丸分かりとはならなかった。


「地上の大地はまだしも木の天辺すら見えないって……結構この霧の層って分厚いんだね」


 そんな事がありつつも螺旋を描きつつ滑空していれば霧球域(ドーム)ゲートを発見。【霧透視】を起動していても霧球の中を全く見通せない灰色の霧球域(ドーム)ゲートはやはり分かり易い。


 発見時の高度も木より高い程度とくらいにまで落ちていたので、丁度良いと地上に着地。霧球域(ドーム)エリア内に積み木を設置してから反転して戻り、飛び上がって【霧透視】を維持したまま霧球域(ドーム)ゲートの天頂から4階層へと突入開始。



 そうしてやって来た4階層。

 霧球域(ドーム)エリア内より階層内の霧が薄いとはいえ、遥か上空である筈のこの突入場所でも霧に満ちているのは厄介だ。


 加えて地上部分には大型種が生息している。二階建て建物並の巨体が霧の沼地を闊歩するというのだから人死にが出るという話も納得という階層。少なくとも戦力値が一桁台で来れば何も出来ずに引き返すしかないだろう。


 とはいえ、今の空行く私には関係無い。

 階層の霧も遥か遠くは見渡せないものの、持ち込んだ首輪と腕輪装備のアビ組で発現する複合アビリティ【霧透視】のおかげで、中距離戦を戦える程度の距離は見通せる。

 そしてこちらに気付いて近寄ってくる飛行型の魔物、3階層のミストバードより大きいワシ程度の大きさの鳥型魔物ミストイーグル。だがただ少しデカくなっただけで、ミストバードとほぼ同じ対処で討伐は容易。むしろ大きい分簡単になったくらいだ。真下範囲にちらつく端からこちらから近寄ってぶつかるように戦帯で撫で斬りしていく。ミストイーグル界隈があれば通り魔扱いされそう。

 こちら側が基本的に高度が上であり、落下速度によって十二分に追い抜ける速さを保ったままでいるおかげだろうが鎧袖一触という感じ。


「これってもしかして効率良い……な訳無いか」


 そんな考えが頭によぎるが1階層のトカゲを中型種交えた数百匹単位討伐して1レベル上がった事を考えると、この疎《まば》らさの小型飛行種をどれほど狩らねばならないのかという話で期待薄だ。ゲームと違って経験値テーブルがどうなっているかが謎なのだ。こちらで習ったダンジョン魔物学や両親の話などからある程度推測もできるが……とりあえずひとりでの活動(ソロ)時に一考の余地あり程度だと頭の片隅に置いておく。なんといっても移動速度が速いとそれだけで楽しいものだから。まぁ、効率だけを考えれば中型種、ないし大型種を狙った方が良いのだろう。今日の午後はその確認の為に行動するつもりで準備してきたし。

 まぁ今は飛行訓練、兼霧渡り用灯台設置だ。

 ちなみに学園ダンジョンの浅層空域には小型種のみと、原作ゲームでも現実で調べた公開情報からも確認済みである。そして飛行型の中型種はまだしも大型種は現状相手にすると逃げる事さえ難しい極悪さを誇る。ゲームでは地上の大型種と同様に戦えたが、現実では当然ながら広大な空を縦横無尽に飛び回る。故に、飛行型大型種は準災害扱いされており、襲われたならば撤退一択、貴族家へ通報ないし救援要請するのが一般的認知。


「ま、この速さを体験できたのはほんと収穫だね。もっと魔力が高まれば地上でも地面爆散させる蹴りでかっ飛べるんだろうけど」


 基本的に歩行や浮遊より走行、走行よりも飛行、飛行よりも飛翔、飛翔よりも転移という移動形態の段階があるのがホライゾンシリーズ。

 飛行が出来ないキャラクターでも、走行から飛翔へとランクアップ可能でもある。転移は特殊なので除外するとして、飛翔という最終段階に至るには速度ステータスが一定以上あれば良かった。

 アニメやコミックスでは様々な方法で空中戦に興ずるキャラばかりだったし、この現世基準に直して考えれば、魔力を用いた身体強化は基本として空中で足先に何かしらのベクトルを発生させたり力場を作ったりすれば可能となる筈。

 なので私も仮に飛行が出来るようになったとしても驕る事は許されない。これから考えるべきは加速方法である。まぁそれも割とほとんど解決している。10年近くあったのだ。重みを増し増しにした雪玉を空中で蹴りつける芸当くらいはお茶の子さいさい。後は生成速度の問題と身体強化の習熟という感じ。

 

 そんな思考が出来る程に落下滑空をし続けて、4から7階層までを突破。地上外周に繋がる霧球域(ドーム)エリア内に積み木を設置して引き返して、また霧球域(ドーム)ゲートの天頂へ飛びあがってフリーフォール再開、という手順で少し手間が掛かったが【霧渡り】する為に積み木設置は必須なので仕方無い。

 5階層から7階層は晴れ渡っているので最高速度でかッ飛べた。やはりスカイダイビングは霧が無く視界良好な階層の方が断然楽しめる。

 そうして雨霧の環境層である8・9階層も突破し10階層への霧球域(ドーム)ゲートへ到達。少しだけ10階層の晴れ渡った上空を確認した後に引き返し9階層に出て霧球域(ドーム)ゲートの外殻に沿って降下。地上に着地。歩いて霧球域(ドーム)エリア内に積み木を置く。


「あーあー、こちら雪小路ーただいまをもちまして~~~、9階層突破~!10階層に続く霧球域(ドーム)エリアに積み木灯台設置完了でっす!ぱんぱかぱんぱんぱーん!!」

「おーーおつかれユッキー。なんだかんだで6時間近くぶっ通しか。腹も減ったろ、そろそろ昼だし合流するか」

「オッケーィ。8階層もそうだったけど、なんか今いる9階層の霧球域(ドーム)エリアも、ちょいやっぱ空気が違うね。霧球域(ドーム)エリア内でも湿度増しマシっていうか。階層全体が雨に包まれてるみたいで上空でも同じように降ってたし、速度なんて全然上げらんなかったわ。雨ってバカに出来んほど重いのよマジで手応えがさー。魔力壁に滝が叩きつけられてんのかって感じで速度大分低減されたわ。探索衣も四階層時点でずぶ濡れになったし、次ん機会あれば水着でも着てこよっかな」

「アホな事言ってんなよ。どっちにしろ装備すりゃ肌に張り付くんだからあんま変わんねえだろが。ま、そん辺りも食事しながら聞くわ。舟漕いで今そっち向かってる」

「もう【霧渡り】してんの。さすが行動早いね」

「ユッキーが9階層飛んでる間に移動してたんだよ。3・4階層の様子も見ておきたかったしな。それに行ける階層複数あったらどうなんのか気になってたし。で、まぁやってみりゃ当然なんだが行先はふたつしか指し示されねー仕様みたいだわ」

「あー、トロッコみたいな?」

「そうそう、進むか戻るかの二択だな。ゲームみたいに一発転移にゃならんらしい。まっ圧倒的な時短になってんのは間違いねえよ。言ってる間に灯台の光が見えたぞ」


 会話している最中に足元に設置した積み木が浮き上がり放射光を放ちながらくるくると自転し始めた。

 その下でずぶ濡れの探索衣を脱いで絞って探索者用背負い鞄(リュック)からビニール袋に詰めた着替えを取り出してタオルで拭いてなどしていれば、霧の奥からほのかに輝く舟がマッキーを乗せてやって来た。


「よーそろー!」

「よーほー!」


 掛け声掛けてハイタッチ。順調順調。


 

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