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オトコか女か



12月の31日、年が明ける前の最後の日。

ただ数字が変わるだけと冷めた目で見るものも居る。はたまた、その日が暦の最後で二度と戻ってくることの無い瞬間だと過剰に騒ぐ者もいる。そして大抵の人は、そのどちらでもなく、ただ祝い、過ごすだけだ。


そしてそれはこの青年たちもそうだった。ただ、場所が自らの家でないのは、それぞれが違和感を感じていて。

招かれた側がその中に入る少し前にすう、はあ、とひとつ大きなため息をついたのはだからなのかもしれない。


ぴん、ぽーん。

他人行儀にインターホンを押す。

瞬間に扉が開いた。まるで、ずっとそこで待っていたかのように。


「…よお」


「いっ…いらっ、しゃい」


「寒い。入るぞ」


「あ、う、うん!どうぞ、くつろいでね!」


「………ん」


そうして、玄関からリビングに入るまでも極限まで、口数が少ない二人は、お互いの顔も見ることは出来なかった。

汐音も海莉も、ただすっとぼけるように、口を尖らせる。


そうだ。

二人ともに、わかっているからだ。

年末に一人暮らしの男の家に来ること。前回の、口上での誘いに乗って来たことが、ただその言葉通りの意味だけではないこと。その奥に内包された意味を。それを互いにわかっていて、それでいてここに来たということの意味合いが、つまりどういうことなのかを。


かさり。

海莉が腕にかけた小さなビニール袋が乾いた音を立てた。




……




「……」


「………」


一種、険悪や剣呑に見える雰囲気。

シオンはどうしたらいいか悩んでいた。

きっと怒っているわけではない。であればここに来ることすらしないだろうから。喋れないだけであって、喋らないわけではない。自分がそうだから。だからと言って、じゃあどうしたらいいものかを。ばくばくと鳴る心音が聞こえているかもしれない、なんて思いながら。


「私」


「えっ!?あっ、なっなに!?」


そんなことをぐるぐると考えていた最中に声をかけられたからか、素っ頓狂な声をあげて飛び退る。その様子をきょとんと、少し驚いたように眺めてからカイリはくくっ、と頭を抱えて笑った。

なに、その声。と、妖しく笑ってから、言葉を続ける。


「初めはさ、断ろうとしてたんだ。

お前にここに呼ばれてのこと」


呼ばれての、こと。それはつまり、呼ばれ着いて、そこで何をするつもりなのか、どういう意図で呼ばれたのかということが分かっているということを示す言葉。そしてそれを断ろうとしたということ。ならば何故今は、という質問をする前に、彼女は続ける。


「私は、私がそんなに好きじゃないんだ」


……何も、応えない。

それにホッとしたように、カイリはさらに続けた。


「男らしくない自分をぶっ壊してやりたかった。そして、女らしくない自分も鼻で笑ってた。どっちの自分も中途半端で、だからどっちの自分も捨てることができない。そんな自分がどうにも好きじゃなくて、それで…それで、それでもと自分を甘やかすくらいには嫌いではなくて」


唐突に始まった話を、しかし噛み砕いていくうちにシオンは、ああ、と思う。これは、この感情は自分にもあるものだから。


「だから私は、断ろうとした。男らしさだとか、女らしさだとかに、ケリがつくようで嫌だったし、それをはっきりさせるのが…

怖い。怖くてしょうがなかった」


「だから、こそ。お前にそんな私を壊してほしい。そんな、気持ちでここにいるよ。シオン」


ぐむり、とまだ着たままのダウンジャケットに首を埋めて、体育座りをするようにして身を縮こませる海莉。それを見て、ああ、小さい。と、そう思ってしまったのは何故だろう。追憶が、思い浮かんだのは何故だろう。


『言い返してやれよ、それでも男か!』


『「僕は」、なんだ?言い訳するなよ。見た目がどうとか、関係ない。男なら男らしく言ってやんなきゃいけない時があるだろ!』


子どもの頃のアニキの、そう胸を張る姿と、今そうして、そんな自分をも気に食わないんだと暴露し縮こまる姿が、重なった。

そうだ。きっとそれらは同じだったんだ。


シオンは悩んでいた。

今吐露された感情をどう受け止めるべきか。引き続きなにをどう話したらいいのか、どうしたことをすればいいのか。



悩んだままに、彼女の唇にキスをした。

ただ何も考えず、身体が赴くままに、唇を重ねた。



「……はっ…ちゅ、ぷは…」


しばらく、そんな声と音のみが響く。

それへの拒絶は、今回はそこにはない。

ただ弱々しく、腕が反射的に動くだけ。



「…っにすんだ急に。苦しいだろうがよ」


「…はっ…ご、ごめん。つい」


「ふん。つい、じゃねえバカ」


心の中の溢れる愛おしさと、心のその辺りの近くから滲みでてきた他の感情に名前をつけるための時間が欲しくて、困ったように笑う。

ほんの少しだけ、綺麗事ではない、自分が憧れていたアニキへの失望というのがあることは否定できない。だけれどそれすら飲み込むほどに大きいのは、もっともっと別の感情。


アニキは、弱い人間だった。そして、それでも強くあろうとしていた。それが真に強い人間でなくてなんだろうか。


そして、なにより。あなたが嘲ったあなた自身の男らしさに、ただ心から救われた僕がいる。それを思うだけでただ、胸の底が苦しくなるほど柔らかな感情が湧いてきて仕方がないのだ。


「カイにぃ」


「…いい加減やめろよ、その『にぃ』なんて呼び方…」


「嫌だ。僕にとってのカイにぃはいつまでたっても僕のアニキだ。それを、カイにぃ本人にだって奪わせるもんか」


反論をしようとする相手を、今度はこっちが喋る番だからという代わりにまたもう一度口付けをする。今度は怒ったように、ぐい、と彼女の手が強くつっかえをして途中で突き放した。その辺りでようやく、この心から溢れた感情を言語にすることが、少しだけ完了した。


「カイにぃは、かっこよくてかわいくて、そして、ずっと強くはないんだ。僕のアニキは、本当はすごく考えてて、すごく弱くて、だけどそれで胸を張っていたんだ。自分自身のために。僕のために」


「そんなカイにぃが、僕は大好きなんだ。憧れで、好意の対象で、だから、だから僕はずっと憧れてたんだ。そんな風になりたくて、そんな風に…そう、かっこよく可愛い風に…」


うん、うん、と受け入れて聞く姿勢になっていたカイリは、途中から首を傾げ始める。途中までは照れ臭くともただ感情の暴露だった。

だが後半部分からなにか調子が変だと。


「そう!僕も、ああいうふうになりたかった!だから男らしくなりたいと思いながらも、こうして可愛さを追求したんだ!

僕はカイにぃに憧れて可愛くあろうと思ったんだ!!」


「それはだいぶ話が違うだろ!?」




……



カイリは、困惑していた。

ここに来た時から相手の反応をどうしようか、どう受け止めるべきか分からないままでいたし、だから自分の話を切り出して、失望をしたのならそのまま失望し切って欲しかった。

であるのに返答代わりに来たのは、熱烈な口付け。困ったのは、それに抵抗をしようとする気が出ない自分にもだ。

内心気が狂いそうになりながらも平静を保ち、話を聞き始めれば。そこでまた急にとち狂ったような発言を目の前の弟分はし始めたのだ。


まず、当時は男だと思われてたのに、可愛いと思われていたというのは二重の意味で失礼というかショックなことなのではないだろうか。

いやこれはもう一周してそれはそれでいいのか?そんなこんなで、困惑と熱で頭がぐらぐらとするくらいだった。


「…じゃあお前がそんな道を踏み外…いや逆に順道なのか…?ともかくそんな可愛くなったのは、一周して私のせいなのか…」


「せい、って言い方やめてよ。僕は今の僕が好きだ。悩んで迷う事はあっても、僕は今の僕が気に入ってる」


「ならいいけどさ…」


カイリはこれにも困惑する。

彼女から見ての彼は、この家に連れ込まれた時から、随分と落ち着いているようだった。一回、素っ頓狂な声をあげた時はこいつも緊張しているのだろう、とほっとしたものだが、その直後には紅潮したまま、微笑んでの深いキスをしてこられて。ずっとずっと、こちらの目を見てくる。その、どうしても女の子にしか見えない姿が、やはりおかしい気持ちにさせてくる。


「可愛らしくって、それでも男らしく。そういう僕でありたいんだよ。

僕は僕であるそれらを肯定したい。そしてそれを作り上げてくれたのはあなただ。だからあなたは僕にとって、永遠のアニキだ」


「へえへえ。じゃ、『アニキ』のままなら私とそういう事はしなくていいか?」


「えっ。そっ、それは…」


「あははっ、冗談だよ。そんな悩ましい顔するなって。……お前がそう言ってくれるなら、私もちゃんと言わねえと男らしくないよな」


カイリは、はーっ、と息を吐き、そうして思い切り息を吸った。それは平然としてる様子に見せかけるため?いいや、そうではなく、そうでもしなければ酸欠で倒れそうだからだ。


「知っての通り、さ。最初私はお前のことなんて忘れちまってたんだよ。お前が私のことを大事に思っているって話をしてくれればしてくれるほど、すっかり名前まで忘れていた自分の薄情さとか、申し訳なさやらで。正直、最初の方は話しててもそんなんばっかりでなんも楽しくなかった」


「うん」


わかっていた、と言わんばかりに頷くシオン。

その目は一度も、こちらの目を逃がさない。


「だけど…なんだろうな。お前と一緒にいるのは途中から本当に楽しくって、めんどくさがりの私でも、いつからか一緒に居たいと思ってた。

マジで女かと思ってたら、気づけば、こんなにも男の子になったんだなって。そう思ったら、すごく恥ずかしくもなって…だけど一緒に居たいっていうのも、消えなくって」


困惑は続く。

ここまで言葉がまとまらない事があるだろうか。

伝えたいのは、こうじゃないだろうに。


「……ごめん。さっきの言い方は悪かった。さっきの言い方だと、まるで私が、ただ逃げるためにお前を使うだけみたいだもんな。そういう言い方は、男らしくない。……いいや、男とか女じゃない。人として、だよな」


ああ。

その言葉は自分でも予想外に。

すんなりと、言えた。



「私は、お前のことが好きだよ汐音。

お前が、想ってくれてることが本当に嬉しい」




……



好き。

好きだと。

カイにぃが、自分が好きだと言った。

心から通じ合っていれていると思っていた、その言葉は要らないと思っていた。なのにいざそれが目の前に出されることの、なんと嬉しいことか。心が湧き踊って、意味もなく、涙が流れ出す。



「えっ、あっあわ、っああ…ご、ごめんっ!

すぐ、泣きやむから、な、なんでっ」


「…ゆっくり泣け。落ち着いたら言葉を返せよ」


「ううん、ううん。おち、落ち着いたらじゃない!今、今返したいよ僕!」


心が波打って、なにか口にしようものならぐらぐらと揺れてしまって、まともに言葉にすることはできない。

だけれど、だからこそ言葉にしたくない感情のままに、あなたに渡さなければ失礼な気がして。言葉という器でくくったら、その器からはみ出た感情分が通じなくなってしまうから。


「僕だってずっとずっと好きだった!先に言わないでよ、ずるいんだよ、カイにぃは!うあああん!」


「何言ってんだ、散々先に言ってたろお前。

……しかしマジで泣いてる姿女にしか見えないな」


「なんだよ今さら゛ぁぁぁ…」



……しばらく、そうして胸を貸してもらう時間が過ぎてから泣き止んだあと。さあ、どうしたものかと。

再びお互いが固まる時間が発生する。

シオンには、カイリは平然としているように見える。カイリには、シオンが随分と慣れているように見える。お互いがお互い、それ故に格好悪いところを見せたくない、と膠着に陥ってしまったけれども。


まあ、だけれど。お互いがお互いを好きだと言った男女。遅かれ、早かれ、距離はあろうとも結果は変わらない。



「……無理は、してない?その、僕に合わせたりとか前の発言を気に病んでとかだったら…」


「ああ、もう女々しいなお前は!だぁから!!」


「…良い、って言ってんだよ。いい加減に察せよ、ボケ。これ以上は、言わせんなよな」



気恥ずかしげに、そう言ってから。彼女は今日、持ち込んできた小さなビニール袋の中身を静かに取り出した。

必要かもしれない、と思ったと、言いながら。


その中身と、その小箱を確認して。シオンにはぷつりとガマンの線が切れてしまった。それ以降には男らしさや女らしさ、アニキか弟分かとかは、あまり関係は無く。



ただ、そこにあるのは、男か女か。

それだけだった。




……



…そんな顛末を全部思い出したからか、シオンは先に言われた、私で捨てたくせにという発言で顔を真っ赤にしてうずくまる。


「や、や、やめてよカイにぃ…

そんなこと、女の子が大声で言っちゃだめだよ…」


「……」


私も、そんなことを言うんじゃなかった、と思った。だとか、ごめん、つい売り言葉に買い言葉で、という言葉よりも先に。

その、全身で、身体と男性を感じ取ったわけではあるのに。それなのに今目の前にある光景はどうにもやっぱり、そうにしか見えなくって。

今言う言葉ではないとわかっていながら、カイリは口走った。


「…やっぱり」


「…ん?」


「お前女だったのか?」


「男だよ!?」




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