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続くか終わるか



「あれ、カイリ?」


「げ…」


2月の雪は、その寒さがピークに達する時にはむしろ当然あるべきこと。だからこその積雪もそこまで彼女は嫌いでは無かった。なぜならそれは更に冷え込む合図というよりかは、その寒さの到達点であり、そこから暖かくなるという優しさのようだから。

そんな少しは清々しい気持ちをかき消されたごとく、海莉は苦虫を噛み潰した顔をした。多少の浮かれを纏ったその顔を、上書きするように。


それは久しい里帰りから少し経ったのちの出来事。彼女は偶然に声をかけられたその相手に、思い切り渋面を向けた。


「なあにその顔。腹立つなぁ」


「…いや…今はちょっと会いたくなくってさ…」


「はーっ、あんたそればっかりで私にまったく逢おうとしないじゃん。それがこの優しい姉に対する口の利き方かね」


「いや、前までのと違ってちょっと今はマジでさ…」


「頭来た。しばらくここに居座らさせてもらうわ」


「ちょっ…もう!ナミネのそういうとこがヤなんだよ!」


「昔みたいにナミ姉って呼んでよぉ」


カイリが一人暮らしの先に戻ってきてしかし、偶然出会った相手は、つまり彼女の姉だった。姉、波峯は馴れ馴れしく肩を組み、そうしてそこに居座って話を聞くまでは動かないという態度を隠そうともしない。


「だって、あんたったら私と顔を合わせないまま行っちゃうんだもん。ていうか帰ってきてたのだって前あんたが電話してきて初めて知ったのよ?」


「前?…ああ、あの時の。

えと…あん時はありがと。それは感謝してるから、その…」


以前、ということが表すことは、カイリがシオンと気まずくなり、再び会いに行く際に、電話越しに背中を蹴ってもらった時のこと。

その電話でようやく姉は、自らの妹の所在を知ったのだ。


「またすぐそうやって私を追い払おうとする。なに〜?あ、わかった。そん時の友達と仲直りするために会うから私が居ると気まずい、とか?」


ぎくり、と唾を飲み込む。そしてその様子を見て、完全に当たってはないけれど、完全に間違ってもなさそう。と、ナミネは突き止める。

海莉がこの姉の苦手な理由の一つがこれだった。話したくないこと秘密にしておきたいことを、勝手に、その洞察で曝け出していってしまう。


「ふーん…多分、もう仲直りはしてるってとこ。そうなるとまた遊ぼうとして待ち合わせをしている。そんで私を追い払おうとするってことは…

…相手は、私も知ってる人ってとこかな」


…恐らく、だが。

こう、ずけずけと内面に踏み込んでくる姉どうにも苦手で、むしろ、そういうところは嫌いと言ってもよかったから。少し前までの海莉ならば激昂をして冷静さを失っていたかもしれない。

だけれどその場の彼女は、冷静なままに返す。


「〜〜〜っ…ああ、そうだよ。

ナミネも知ってる人。んで、だ」


「…今は、私の彼氏。

彼氏と待ち合わせしてんだよ。悪いか」


「彼氏…えっカレシ!?」


がん、と驚いたような顔でこっちに向き直る姉を、カイリはしげしげと眺めて見た。この人の、このような隙のある表情を生まれて始めて見たかもしれない。珍しいものを見た、という感情と。ひひ、ざまあない、という意地悪な感情が顔を見せる。


「えっ、あっ、そういえば前の時言ってたわ、背中押してほしいとかなんとか!友達どうこうじゃなくってってこと…

えっ、じゃあその人と付き合えたん!?」


「………ん、まあ」


「えーっ!すごいじゃん、良かったじゃん!」


そんな心中を知らず、能天気に喜ぶナミネ。それを今度は逆にきょとんと見つめて、ははっ、と笑った。なんで自分はこの人に苦手意識を抱いていたんだろうと。なんてことはない。この人は妹の幸せを素直に喜ぶ人だった。知らなかっただけで。


「うん。ありがと、ナミねぇ」


「……あんたさ──」


「ごめんっ、カイにぃー!お待たせ!」


波峰が何かを言おうとした瞬間の言葉をさらっていったのは、そんな元気な声。少し低めの女性の声のようにも、高い少年の声にも聞こえるような音。ただ少なくとも、成人した男性の声には聞こえないような。


「あれっ、カイにぃと…もしかして」


「えっ、この子がカレシ……女の子じゃん!?カイ、あんたそういう趣味だったの!?怪しいとは思ってたけど!」


怪しいと思ってたとはどういう意味だ、と口を開こうとした瞬間を、また先の元気な声がかき消していってしまう。


「あーっ!やっぱり!

ナミネさんですよね?どうもお久しぶり、です!」


「え、私知り合い?……あっ。えっ!?もしかして、シオンくん!?あれ、女の子だったの!?」


「あはは、違いますよ〜。男ですってば!」


「?…???」


姉のくらくらする様子を見て、ああ、やっぱりこれは私以外もなるんだなとカイリは少しほっとするような気持ちになる。

頭がおかしくなりそうだろう、姉ちゃん。と。


「あ゛ー…、もう良いだろ。

そろそろ二人きりにしてくれよ」


「……はっ!うん、わかったわ。…今度電話するから無視するなよ。色々洗いざらい全部聞かせてもらうからね、カイ」


「はいはい、そんじゃ。行くぞシオン」


そう、シオンの肩を持ちぐいと自分に向けて押し、近寄った身体をそのまま肩の動きで包むようにしてから腕を組む。その何気ない動きは彼女自身意識していない、独占欲に近しいものだ。


そうしてから、ふと、思い出して最後に聞く。


「…そういや、さっき何か言いかけてなかった?『あんたさ』って」


「ん?ああ、いや。あんた…」



「なんか、いい顔で笑うようになったわね、って」





……



「いこっ、カイにぃ!」


「はいはい、相変わらず元気なこって」


「えへへ、お姉さんにも逢えたのもなんだか嬉しくてさ。

なんかほんと、夢みたいだよ!カイにぃにも会えて、おばさんにもナミネさんにも逢えて。都合の良い初夢だったりしてないかな?全部」


「また、大袈裟だな…

…本当に夢だったら、私だって困るだろうが」


そうだ。夢ならば、彼には再び会うことは無かったことになる。それは、本当に嫌なことだった。少なくとも、今の私にとっては。


今の私にとっては、か。自分自身、なんだか不思議な気持ちだ。少し前まではこんなことを思うことなんてなかったし、思う自分の想像すらできなかった。


先の姉についてもそうだ。

私が、一人だけになりたかった理由に、姉は大きかった。

何よりも完璧で、美人で、器量が良くて。女の子として、ずっとずっと自分の上位互換みたいに思っていた。だから男らしさで目指してそれから比べられることを逃げようとして、それすら中途半端で投げ出して。

それ以降姉の目などまともに見ることが出来なかったのに。


ちょっと、話しただけ。

ちょっと、人に逢っただけ。

ちょっと、お前に再会しただけ。


「…そうだ。私の方こそごめんなんだからな。

また、お前に逢わないのなんて」


そう正面を切って言うと、シオンは嬉しそうに笑いつつ、なんで不意打ちをしてくるのさ、と困ったように顔を赤らめていた。ざまあない、こっちの顔の熱さを少しでも味わえばいい。


ああ、愛おしい。そんな気持ちすらまったく抱いてなかったのに。この可愛らしい顔に抱く感情も、なにもかも、ただ少し見方がちょっとのきっかけでずれただけ。だのに。


「…くくっ。なんかな。ほんのちょっとのきっかけなんだな。この世の見方が変わるのって」


「?」


そうだ。これはフォーカスの当て方。見方の違いでしかない。

シオンが私の事を男と思っていたように。ひょっとしたら、他にも私のことを途中まで男と思っていた奴がいたかもしれない。


それも、ただの見方でしかない。少しだけ見方を変えればわかることが、一つの見方で思い込んで固定したせいで誤解と間違いを生む。

要はそれだ。少し、角度を変える。

少し、世界を別のピントにして眺める。

少しだけ思い込みをずらして見る。


「どうしたの、急にむつかしいこと言って。

熱でもあるんじゃない?」


人生とか、自分の好き嫌いとか。男らしさ、女らしさとか。自分がどう生きるか、どう思われていたか。男と思っていたか、女と思っていたか。自らが屑として生きるか、死ぬか。

そういうので凝り固まった視点がちょっと変わる。


「ん。なんかお前と一緒にいたら男も女もどーでもよく思えてきたってコト。勿論、いい意味だからな」


そうしたちょっとのきっかけで。少しだけ、自分を肯定できるような気がしてきた。自分の周囲の好意と、気持ちにまた向き合おうという、そんな気持ちになっている。


そして、なによりも。

そんなほんのちょっぴりのきっかけをくれたこの女々しい男を、どうにも好きになってしまった。

その気持ちのままに、シオンをぐいと引っ張った。



ちゅっ、と。まだ、慣れない音。



「…は。だけどお前には、私が女じゃないと困るか?」


きっとこの音にも慣れる時が来る。

ちょっとだけの、きっかけで。




……



…本当に、ちょっとのきっかけ。

本当にただの偶然。

それで再び紡いだ縁が、続くか、終わるか。

それはきっと誰にだってわかることではない。


だけれど、きっと多分。

カイ、にぃ。

この呼び方が、また別の呼び方に変わる時まではずっと共にいるくらいはするのかもな。なんて、そんな意味のないことを思った。


そしてその思考に、自分でううんと首を横に振った。

一緒にいるかもな、じゃない。

一緒に、いるのだ。ずっと。


「…もう、すぐにそういうことしちゃだめだよ。

カイにぃは、女の子なんだから」


「ん。じゃ、男の子のシオンくんにエスコートは任せるな」


「うん。是非任せてください」


格好つけて、そんな紳士然とした態度を取ってみる。僕には似合わないような気がしたけれど、それでも。手に包んだ暖かさと、自分の心の中にいるありし日のアニキに言われた気がして自分を奮い立たせる。『つべこべ言うな、男だろ』、と。

よーし。やるぞ。


「それじゃ、ついてきて!」




……



手を繋いで、歩き出す。それはまるで、あの時の古い思い出のままのよう。


だけど、ただ一つだけ。先導をして、手を引く人物があの頃とは入れ替わって。

ちょっと早足で、二人は前を歩き出す。



……


この先の関係が続くか終わるかは、わからない。


だけれど、ひとまず。この話は、終わり。

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