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第九話

 リエルは小さく息を吐きながら集中する。中庭にいる彼女の十メートル先には、手作りの的が置いてあった。

 あの的を兄は三歳で、姉は二歳のときに魔法で壊せるようになったらしい。一方の彼女はというと。


「【ファイラ】!」


 火の玉を作り上げて撃つ。そのまま火は空中をふらふらと飛んで近くの木に着火した。


「や、やば! 【ウォルト】!」


 水魔法を使うが、手から水鉄砲並の水量しかでない。それでは火を消すことができず、そのまま燃え続ける。

 リエルは慌てて水をバケツで汲んできて、火を鎮火する。


『……ここまでとは思ってなかったわ』

「あ……はは。これには返す言葉もないね」


 地面に座り込み、空を仰ぐ。大きく息をついて、足をブラブラとさせた。


『あんなに頭は冴えてるくせに』

「それも前世の記憶を思い出したおかげだね。ボクは元々何もできない女の子だよ」

『何もできない女の子が一人でナイフ持って戦う?』


 ロイスの言葉に苦笑する。


 神父との戦いのあとは肉体的疲労感は高かった。普段から運動をしていない令嬢が、体を無理に動かすのだから当たり前だ。連戦になった場合、間違いなくスタミナ切れでやられるだろう。

 だから基礎的な体力づくりと魔法操作くらいは可能にしようと思ったのだが。


 いつしか「お前は本当に私の娘か」と言われた父の言葉が脳裏に蘇る。

 劣等変異血統と、よく揶揄されるのを耳にしたことはある。


「どうにもならないよね」


 膝を抱えてギュッと拳を握りしめた。


「なんの風の吹き回しですか? お嬢様」


 そんなときに声をかけられて、上を見上げる。リエルの侍女であるレイが風魔法で空中歩行をしていた。


 黒色のショートカットの髪に切れ長の赤い目。十八にしては背が高く、胸も大きい。スタイルがいいからか、何を着せても似合う。メイド服のスカートの裾が、彼女の風魔法で緩くはためいている。


 わざわざ魔法で悩んでいるところに見せびらかすように登場するあたり、彼女の性格がにじみ出てるだろう。


 リエルはゆっくりと立ち上がり、お尻についた土を払う。


「ボ……私だってこのままではいけないって思ってるんだよ」

「そうですか。ですが、一人で余計な火遊びをするのはあまり感心しませんね」

「……つけていたのかい?」

「一応、リエルお嬢様の侍女ですので」


 彼女は風魔法をとめると、地面に軽く着地する。こちらを見つめる切れ長の目は、どこか探るように光った。


『なんか、怖いわね』

「……ボクも同感だね」

「何か言いましたか?」


 首を傾げるレイに対して、リエルは首を振る。


「ところでお嬢様。昨日はどちらに行っておられましたか?」


 尋ねられて、笑顔を見せる。


「街に出ていただけだよ」

「護衛もつけずにですか?」

「私が捕まったところで、父上も母上も何とも思わないでしょう? むしろ、厄介者が消えたと思うんじゃないかな?」

「まぁ、それはそうだとは思いますが」


 その通りなのかいと心で突っ込んだところで、ロイスの同じような突っ込みが頭の中に響く。


「問題は“私の目をどうやって掻い潜った”かです」

「何のことかな? 私は普通に散歩してただけだけど」


 その言葉が言い終わると同時に、レイの体がすぐ近くまで寄ってくる。一般人には捕捉できないほどの速度で。

 リエルの首元には剣の刃が当てられる。剣の輝きに反射する自分の顔が、嘘くさい笑顔を映していた。


 数秒遅れて、リエルはわざとらしい悲鳴をあげた。


「な、なにするの!?」


 その言葉を聞いたレイの眉は動かない。


「わざとらしい言い草はやめてください。虫唾が走ります」

「……レイって本当に私の侍女なんだよね?」

「えぇ、私はあなたのお父様の命令であなたの侍女をしています」


 その言葉から、不服だというのが見て取れる。

 レイは本来姉について行きたがっていた。しかし、優秀である姉には優秀な侍女は人権の無駄だというのが父の判断だ。代わりについたのが、リエルの侍女という役割。


 父からすれば、厄介な娘でも犯罪者に攫われたら余計な出費が重なることになる。だから、出来損ないに優秀なメイドをつけたのだ。

 信頼とは程遠い、リエルを信用していないからこその配置。当然それに一番不服なのは、レイ自身だろう。


 先ほどリエルは父ほど人間として信頼できるものはいないと言った。逆にいえば、レイほど信頼できない人間はいない。


「ふん、何を企んでるか知りませんが、いなくなるなら私の勤務外でいなくなってください」


 彼女の刺々しい発言に、リエルは小さくため息をつく。


『結構、見られてるのねあんた』


 少し遠くに離れた木に腕を組んでもたれかかってるレイを、リエルは見やった。


「もう少しバレないと思ってたけど、思ったよりも優秀らしいね……」


 令嬢という足枷がはまったような気がした。

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