第八話
『う、さすがにこれは……』
目の前に広がるのは凄惨な光景は、一般の人からすれば耐え難いものがあるだろう。ロイスがこれだけのリアクションで済んでるのは、まだ彼女の精神が人間のそれとは異なるだろうからか。
「といっても、この程度で気持ち悪くなってたら、この先やっていけないと思うよ」
『……この程度って』
気絶する神父に座り込むリエルの前に拡がるのは、積まれた女性たちの干からびた遺体たち。彼の犠牲者になったものたちだ。この教会に勤めていたシスターが大半だろう。
「ま、この男が意気地なしの慎重派でよかったよ。これっぽっちで済んだんだから」
『これっぽっちって……』
「今さら罪悪感? 君たちが仕掛けたゲームなんだよ」
その言葉がロイスの核心を突いたのか、彼女は黙りこくってしまった。
「う……くそ……」
リエルが尻に敷いている神父がうめき声をあげる。彼女が後頭部を殴りつけると、短い声を出して気絶した。
「おいおいおいおいおい」
同時に大きな声が響き渡り、神父の懐から何かが飛び出してきた。
黒色のスーツ姿に黒いシルクハットの金髪の男だ。瞳は青色である。
「こんなガキに負けるなよな!」
「君は誰だい?」
「俺はそいつを選んだ神候補だ!」
「ふーん、そうかい。それは、不運だったね」
冷静に言うリエルに対して、男は大仰に頭を抑え込んだ。
「かーっ! 当たりギフトを引いたくせによぉ! これで俺は脱落だよ」
「脱落?」
「選んだ人間が殺されたら、神になる権利が剥奪されんの!」
その言葉にブレスレットに目をやると、ロイスが小さく身震いしていた。
そういうことだと思ったと小さくため息をする。
つまるところ、自分たちは神の代替わりの駒にされているだけである。腐った魂同士殺し合わせることもできて、一石二鳥というわけだ。
まったく嫌な神様だよと肩を落とす。
「といっても、こいつが許されるような人間じゃないだろうけどね」
一人大仰に嘆いている神父お付きの神候補に目線を移す。
「ねぇ、この男って吸血鬼って言われた変態じゃない?」
「よくわかったな。そうだよ」
かつて、日本を震撼した医師の連続殺人。女性を狙って血を抜き取り、闇市に流していた。
人間を金としか思っていないゲス野郎だ。
「そういうお前の前世はなんだ?」
神候補の問いに、リエルは微笑みを浮かべた。
「ボクは笹倉だよ」
「笹倉……? どこかで聞いたことがあるような……」
しばらく考えて大きな声を出す。
「なんだよ、ビックリしたなぁ」
「いや……いやいやいや。そりゃ勝てねぇわ。お前の相棒出してくれるか?」
『え!?』
ロイスの拒否する声を無視して、ブレスレットを掲げる。
おずおずと彼女は人型に戻った。
「あーお前かロイス……あー……なら、仕方ないか」
「な、なによ兄さん」
「……そいつは禁止カードなんだよ」
そのセリフに、これまた面白くなったとリエルは含み笑いをする。
※※※※※※※※※※
「……明後日姉さんが帰ってくる」
次の日、いつも喋らない父が、朝食の時間で口を開いた。眉間には相変わらずシワが寄り、表情は険しい。まるで義務とでもいうように声は抑揚がない。
しかし、リエルからすればこういう人間のほうが信用ができる。彼は確固とした線引を持っております、その線を越えない限り何も言ってこない。
「まぁ、久しぶりにあの娘に会えるんですね」
母の目は輝いている。自慢の娘が顔を出すのだから当たり前だ。この場にいるリエルとは態度の違いは明らかだ。
「そうだ。あんな大きな事件があったらな。騎士を連れて戻ってくる」
「てことは、しばらくこの町にいるのかしら?」
「……喜ぶな。大勢が死んでいるんだぞ?」
結局、教会の一連は狂気の神父の仕業ということになった。彼は大勢の女性を殺したあと、自身も狂って自殺したということになっている。
女性の干からびた死体の中で自分の首にナイフを突き刺した姿は、まさしく悪魔の様相だと使用人たちが噂をしている。
「ごちそうさまでした」
リエルが呟いても、二人は姉のことで盛り上がっていてこちらに振り向きもしない。彼女は気にすることなく、食堂から出ていった。
相変わらず挨拶しかしない使用人たちの横を抜けて、自室に向かって歩いていく。
『それでどうするの?』
「どうするも何も、動けないよ」
『なんで?』
「あんな目立つ神父の死に方。絶対に目をつけられる。目をつけられないほうがうそだ」
部屋に入ってから、ドアの鍵を閉めた。
「むしろ、血気盛んな奴は、自分から寄ってくるだろうね」
殺し合いは、握らせる情報を取捨選択するのが重要だ。お互い探り合って先手を取る。あの神父ももっと慎重に事を運べば、奇襲で勝てたのだから。
世界のニュースになるような死に方は、必ず殺人鬼の興味を引く。
「餌にかかるのを待てばいいんだよ」
リエルは椅子に座りながら静かにいう。




