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第十話

「ひまー! ひまひまひまひまひま!」


 神候補のロイスは、リエルの部屋のベッドを占領して足をばたつかせていた。その姿を見向きもしないで、リエルは魔法学入門編の本を読んでいる。

 椅子に座り、ゆったりと紅茶を飲んでいる姿は、誰がどう見ても貴族令嬢だ。


「ひまひまひま! ひまだってば! なんで、外に行かないのよ!」


 あれから二日は経っている。今日は姉が帰っていくと言われた日だ。


「今は無理に外出て危険を背負うほうがリスクがあるからね」

「だって初日は外に出たじゃん!?」

「あれはこの町を敵の拠点にされたら困るから、安全確認のために出回っただけだよ。何度も言ってるだろ? 先手を打たれるのが嫌なだけって」


 事実、あのまま何もせずに籠っていれば周りはあの神父の人形だらけになっていた。そうなれば詰んでいたのはリエルの方である。

 しかし、今やこの町では細かい事件を置いて大した大きなことは起きていない。それにまだ町に犯罪者がいるとするならば、リエルを放っては置かないだろう。


「と言うか、散々犯罪者にドン引きしておいて、自分から暇と言い出すのはどうかと思うよ?」


 リエルの核心を突いた言葉に、ロイスの足のバタつきは止まった。小さく唸って、こちらを見つめてくる。

 彼女は不服そうに唇を尖らせていた。


「魔法の才能からっきしなくせに魔法書読んでても意味ないわよ……」

「うん、その言葉人間だったら普通に不敬罪だからね」

「私は神候補だから偉いんですぅ!」


 ロイスの言葉を聞いて、魔法書を閉じる。そのままサイドテーブルに置いた。


「な、なによ……?」


 警戒する彼女に、リエルは腕を伸ばす。


「ブレスレットに戻れ」

「な、なんでよ」

「使用人たちが慌ただしい、姿見られるぞ」


 その言葉にロイスは素直に聞き、ブレスレットへと戻る。直後、メイドの一人がノックすることなく入ってきた。


『主人の娘である部屋なのに、入室許可も取らないのね』

「もう慣れたよ」


 リエルはゆっくりと立ち上がり、メイドに何事かと尋ねる。しかし、彼女の質問には答えることなく、廊下の外に声をかける。

 そのまま運ばれてくるのは、数着の服。どれもこれも、リエルの普段着よりは何倍も高い服ばかりである。


「お姉様がお帰りになられます。ご支度をとご主人様が」

「……わかった」


 服選びを始めるメイドたちを横目に、窓の外を見る。町のほうから微かな歓声が聞こえてきた。



※※※※※※※※※※



 揺らめくロウソクの炎。いつもよりも豪華な花瓶の花。アロマの香り。高級な食事。

 家族の期待の表れが、視覚的に誇示されたかのようだ。

 いつもの席に座るリエルは、いつもよりも高価なドレスを身に着けている。


 父はいつもよりも呼吸が少し浅く、母は見るからに落ち着きがない。脇に控える使用人たちも何やらヒソヒソ話している。


 ドアの奥から聞こえてくるのは規則正しい靴の音。今まさに廊下を誰かが近づいてきている。

 誰かとはいったものの、リエルには一人しか思い当たらなかった。


「父上! 母上! 今帰りました!」


 紺色の軍服に身を包んだ背の高い女性。腰に提げているのは、剣が収まっている鞘。白色のショートカットと青色の切れ長の目。イケメン美女という言葉は、彼女にこそ相応しい。

 恭しく頭を下げる姿は、とても様になっていた。


『いかにもできる女って感じね。リエルと違って』


 一言余計なロイスの言葉を無視して、姉へと視線を向けた。


 ルリィ・ハイヤードは、齢十六にして将軍となり、五年間活躍している。リエルにとっては一番苦手な人間であった。

 前世を思い出した今となればマシになったが、それでも苦手なのは変わりない。


「うむ、近況はどうだ?」


 父の返事に姿勢を正し、ルリィは踵を打ち鳴らす。


「周辺の町では、犯罪が活発化しています! それとともに例の教会の事件との警戒を同時進行するため、少しの間私の隊が常駐することになりました!」

「まぁ、ルリィがいてくれるなら頼もしいわ」


 母の褒め言葉に、ルリィは形式的な感謝を述べた。


 ルリィは一瞬、リエルに視線を合わせた。しかし、すぐに父へと戻す。

 

「まぁ、座れ」


 そう言われると、いつもの席へと彼女は座った。


 食卓で行われるのは、姉の近況や活躍した話。リエルの話題は一つも出てこなかった。


 これでいいと心の中で思いながら、肉にフォークとナイフを入れていく。話を聞き流し、マナーよく食事を続ける。


 ふと視線が刺さるのを感じて顔を上げた。ルリィはこちらを見つめている。

 愛想笑いを返すと、彼女も微笑みを返し話に戻っていった。

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