第十一話
「ふぅー……」
リエルは自室に戻ると大きく息をついた。椅子に座り込んで深くもたれかかった。
『そこまで疲れてるの珍しいわね』
「ルリィ姉さんの前だとどうしてもね……」
『……彼女の態度はそんなにいつもと変わらないように見えたけれど?』
それなら良いんだよとリエルはどこか遠い目をする。そんな彼女にロイスは不思議そうな声を漏らしていた。
「ルリィ姉さんの困ったところはそこじゃないんだよ」
『どういう──』
ロイスの言葉が終わる前に、ドアが開け放たれる。ビクリと肩が飛び上がるのは、リエルとしての本能だろう。
ドアを開け放っていたのは、ルリィだった。そのすぐ後ろには、無表情のレイが立っている。
「お、おおお姉様。何かよう?」
『これまでにないくらいの動揺っぷりね』
頭の中に響くロイスの声に、心の中で黙れという。
視線の先のルリィは俯き加減で、顔が見えない。不気味なオーラが漂っていて、思わず喉を鳴らしてしまう。
直後──
「リエル、大きくなって〜! お姉ちゃんはうれしいぞぉ!」
「うわ! やっぱり!」
ロイスの混乱した声を聞きながら、リエルはルリィに抱き上げられた。足をばたつかせても、彼女の力強い抱擁から抜けることはできない。
助けを求めるようにレイに視線を移すが彼女に睨み返されてしまった。
「はぁ! 先ほど話しかけられなくて本当に辛かった。なんで、父上はこんなにも気難しいのだろうな」
「ね、姉さんが緩すぎるんだよ!」
「む、いつからそんなふうに呼ぶようになったんだ? 少し前までお姉たんって言ってただろう?」
「そんなこと言ってない!」
昔からルリィはリエルに対してこれでもかと甘やかしてくる。どこに行くにも心配して動きを阻害してくる。
それだけならまだしも、彼女にはさらに困ったことがある。……いや、彼女たちと言ったほうがいいか。
『ふん。姉さんが帰るって聞いたからまさかと思ったが、やっぱり抜け駆けしてたか』
突然聞こえた青年の声に、ルリィの動きが止まる。
声のしたほうを向いてみる。そこには、乱れた映像のように白髪の青年の姿が立っていた。
赤色の制服を着て、ネクタイを直しながら背筋を伸ばしている。青色の瞳は、侮蔑の光が宿っている。
「何で姿を見せたナハト?」
『何でって妹の部屋を監視するのが兄の役目だ』
「うわ、きも! さすがシスコン」
『それはお前だけには言われたくない』
ナハト・ハイヤードはリエルの兄である。十八という若さで、魔法学園の教授をしている。これまた優秀な兄であった。
二人が睨み合ってる隙に、彼女はルリィの手から逃れた。端っこに寄ってから深呼吸をして落ち着かせる。
『あんたが苦手な理由わかったわ……』
「同情するなら変わってほしいよ」
『いやよ』
落ち着いてから視線を戻すと、二人はまだ言い争っている。
「正直、年頃の女の子の部屋を覗くのは犯罪者だぞ。私が捕まえてやろうか?」
『四六時中監視しているわけじゃない。変な奴が近づいた時だけわかるようにしてるだけだ』
「ほう? それは喧嘩を売ってると捉えて良いんだな?」
二人のことを無視して、椅子に座る。サイドテーブルに置いていた魔法書へと目を通す。
『……あんた監視されてること知ってたの?』
「知ってたよ」
『……え? まさか、私のことバレたりしてた?』
少し考えてから、もう一度視線を落とす。
「まぁ、いくら優秀とはいえ、高次元の存在を感知できる魔法はないよ」
『え? 急に褒められたら照れるわ……』
「褒めてないよ」
しばらくの間、部屋には言い争いと紙をめくる音だけが響いていた。
本に集中していてると、部屋が静かになったことに気がついた。何事かと顔を上げると、姉が間近でこちらを見ている。
リエルは思わず肩を跳ね上がらせてしまった。
「魔法書か。ようやくリエルも魔法に興味を持ったんだな」
腕を組んで感心するように頷くルリィから視線を外す。
「……別に基礎くらいはと思っただけ」
「そうだな……やはり魔法が使えないと何かと不便だろ? 今や生活のほとんどは魔法で賄われてるしな」
確かに多くの家では家事全般を魔法で簡単に済ませているところも多い。しかし、それが世間一般かと言われれば否だ。
いまだに火をきっちりと起こして使ってる家だってある。
ここらへんの極端な考え方は、やはり父親の血だなと思ってしまう。
そんな考え方を知らないでか、ルリィは立ち上がって顎に指を置いた。誇らしげに大きな胸を張る。
「どれ、私が見てやろうか?」
「いや、いい」
しかし、リエルの拒否に彼女はガクリと項垂れるのであった。




