第十二話
「……ところで姉さん。本題は何?」
魔法書を閉じて、サイドテーブルに置く。姿勢を正して、リエルは彼女の瞳を見つめた。
少し驚いたように目を見開いていたが、すぐにルリィは笑みをたたえる。
ベッドに座り、彼女は足を組んだ。その仕草でさえ計算されたかのように優雅だ。
「何、大した話ではない」
その前置きのあとに、ルリィはチラリとレイのほうを見る。
その視線の動きがどこか嫌な予感を過ぎらせる。
「教会が崩壊した前後、リエルはどこにいた?」
「……どういうことでしょうか?」
「レイの尾行を掻い潜った時刻と、神父が自殺した時刻が被るのでな。少し確認したいんだ」
リエルは瞳をわざと揺らす。動揺とも疑念とも悲哀とも取れるように。
ルリィはそんな彼女の反応を見て、脚を組み替えた。
「姉さんは私を疑っているんですか?」
俯き呟くように言った。声を大袈裟に震わせて。
「前までのお前なら疑っていなかったな」
「……前まで?」
「リエル。お前がレイの尾行を掻い潜るなんて本来ありえないんだ」
「そんな、私は尾行されてたことも知らない」
その言葉に咳払いをしたのはレイだった。
「だったら、私がお嬢様を見失ったと?」
鋭い瞳に思わず視線をそらす──ふりをする。
「……私だって疑いたくはない。それにこれは単なる確認だ」
少し間をおいてから。
「正直あの神父は他殺にしろ自殺にしろどうだっていいい。むしろ私は、殺されてよかったとすら思ってる。それほどのクソ野郎だ」
姉の瞳は、まるで取り調べをする検察官のようだ。
「だがな、殺されていいのと殺していいは違う。どんだけ悪人でも殺した人間を例外として扱うのは倫理に反している」
その倫理がどこの世も悪人をのさばらしていることになったのではないか。
リエルは本気で拳を握りしめた。
「だからってなんで私を疑うんですか? 私は魔法も上手く扱えない役立たずですよ?」
「もう一度言う。前までなら疑うことさえしなかったさ」
彼女の言葉には、何か掴んでいるとでも言いたげなニュアンスを含んでいる。
「まぁこれは公になってるから言うが、最近各地で様々な事件が起きてるのを知ってるだろう?」
「……はい」
姉が帰ってくるときに言っていた一言だ。各地の犯罪率が上がったから、今回は警戒して家に帰ってきたと。
その根本の原因は、リエルのブレスレットになっている神候補にある。
核心を突かれたからか、ブレスレットは少し震えた。
「その中で殺人を犯した男がいる。パン屋で働いてた嫁さん想いのいい夫だよ。とても、人を殺すような男には見えなかったと証言をもらった」
しかし、その男は急に狂い出して、自身の家族を殺したうえに四肢を切断したらしい。さらにその四肢をくっつけて新たな人間として祀っていたとか。
よくあるサイコキラーの話だ。しかし、十六の少女としては、吐きそうになる演技をする。
『うえぇ……』
ちなみにロイスは本気で吐きそうになっているらしい。
「……それで、その男はどうなったんですか?」
「殺されたよ。犯人はいまだ逃走中。情報提供を求めている段階だな」
つまり、そのパン屋の男は誰かと争って敗れたということだ。
「まぁ、それは問題ではない。騎士団として問題ではあるが、論点はそこではない」
「……?」
「世界各地で起きている犯罪で、そのように豹変した人間が殺されているんだ。この町で自殺した神父も、元はあんな狂気的な事件を起こす人間ではないだろう?」
つまり姉はリエルを疑っているのではなく──
「お前は本当に私の妹か?」
リエルが思い出した前世を疑っている。
視線を細かく揺らして、何を言っているのか分からないとでも言うように瞳を潤ませた。
「言っている意味が分かりません」
呟くような言葉に、ルリィは大きなため息をついた。そのまま立ち上がり、リエルの頭を撫でた。
「ま、確認したかっただけだ。怖がらせた」
その言葉に、リエルは少し安堵するように乗せられた手に頭を擦り付ける。
彼女の演技に、ルリィは納得したように微笑みを見せた。
「ま、これからはレイに監視を強化してもらう」
「……え!?」
「これは私がお前を疑ってるからではない。純粋に心配だからだ」
姉の性格からして、犯罪者がうろついているかもしれない町に、妹を放り出したくないのだろう。
その心情を見抜きながらも、リエルは複雑そうな表情を作った。
「私や私の部隊もこの家に常駐させてもらう。レイ、何かあったら私に報告するように」
「……はい、分かりました」
レイが頭を下げるのを見てから、ルリィは満足そうに部屋から出ていった。




