第四話
「あのさ、もっとこうあったんじゃないかな?」
「うるさいわね。代わりに買ってきてあげたんだから文句言わないでよ」
実体化したロイスが、リエルの言葉に頬を膨らませている。
令嬢の服のままでは、酒場にいけないからと一般大衆のお店で普通の服を買ってくるように頼んだ。……のだが、ハンチング帽にトレンチコート、さらにはサングラスとマスク。
どこからどう見ても怪しいですというような変装セットだ。
彼女のセンスに絶望して、めまいを起こしそうになる。とりあえず、目立つ変装セットは却下することにした。
不服気なロイスを見張りに立たせて、リエルは路地裏で服を着替える。下着になったときに冷たい風が体に染みたが、気にしている暇はない。
急いで一般市民のような服に着替えると、そのまま脱いだドレスと無駄な変装セットをまとめる。
「これ全部まとめて燃やせる?」
「え!? せっかく買ってきたのに!? それにそのドレスだって高いでしょ!?」
「こんなもの持って歩けないからね。燃やして処理したほうが早い」
ロイスはぶつくさいいながらも、服をチリへと変える。破片も残らないのをリエルは見送ってから、路地から通りへと出た。
振り替えると、彼女はまだ頬を膨らませてこちらを見つめている。リエルが自身の腕を叩くと、大きくため息をついた。
そのままブレスレットに変化すると、リエルの手首に巻き付く。
『ほんと、神様遣いが荒いわ。人選ミスったかしら……』
「それは君の見る目がなかっただけだろ?」
『だ、だって前世の情報を見たらすごい人だって思ったもの』
その言葉に、彼女が交渉事に弱い理由がすべて詰まっている。あまりにも分かり易すぎて、苦笑すらでない。
『で、わざわざ服を着替える必要があったの?』
「貴族の娘が酒場にいるとどう思う?」
『……いい気はしないわね』
そういうことと答えながら、目的の酒場へと向かう。ドアを開けて、周囲を見回した。
「いらっしゃいませ!」
明るい店員の声にニコリと応える。
『……胡散臭い笑顔』
「ボクだって体裁は気にするよ」
『殺人犯が体裁? お笑い草ね』
ロイスの皮肉を聞き流しながら、空いている席に座った。
「えっと……お一人様ですか?」
メモ帳を持った店員が、近づいてくる。少し警戒心が宿った目なのは、リエルが酒場には似つかわしくないからだろう。
「うん、軽い飲み物お願いできる?」
「未成年の方にはお酒はおすすめできないんですが良いですか?」
「構わないよボク……私は歌姫の噂を聞いて見に来ただけだから」
その言葉に店員の顔は一気に明るくなる。
「本当ですか!? それ、私なんですよ!」
顔を眺めると、確かにポスターの絵の面影があった。雰囲気は綺麗というより可愛いという印象が強い。
「わーこんな可愛い子にも来てもらえるなんて! ありがとうございます!」
「うん、楽しみにしてる」
「分かりました! 今日お姉さん張り切って歌っちゃうからね」
そう言いながら、彼女はスキップをしながら仕事に戻っていった。
リエルは笑顔を鎮めて、頬杖をつく。
『なーにがうんよ。カワイコぶっちゃって』
「ま、可愛い女の子ってだけで武器になるからね」
『リエルの本当の姿を見たら、あの子はどうおもうのかしらね』
それは考えたくもないなと思う。本当の姿を見られるということは、社会的に終わりだということだから。
小さくため息をつきながら、酒場内を確認する。
昼間だというのに、客で溢れていた。人々同士は楽しそうな会話をしながら飲み交わしている。話題の中心はやはり歌姫のことだろうか。
その中で、周囲と温度の違う人間を一人見つけた。視線を動かさずそのまま運ばれてきたジュースに口をつけた。
「カウンターにいる人間」
『カウンター?』
「一人飲みしてるシスター」
その声に、ロイスがあの人ねという声を漏らした。
『別に怪しいところはなさそうだけど?』
「聖職者が酒場に来る時点でおかしいよ」
『別に私のお父様はお酒を禁止してないわよ。むしろ、酒を毎日飲んでるわ』
ロイスはそういう事を言いたいのではない。しかし、真面目に取り合うだけ無駄だろうと口を閉じた。
人間の価値観と神の価値観を比べたところでどうしても齟齬が生まれてしまうものだ。そもそも、人間を生き残りゲームにかけようとしている奴らのことを理解する気もない。
彼女の言葉に深く取り合うことなく、とりあえず怪しいシスターに意識を向け続ける。
『そんなに気になるなら、私が行ってあげるわよ』
それだけ言うと、ブレスレットが小さな蝶に化けた。待てと制止する前に、ロイスは飛んで行ってしまう。




