第五話
蝶の舞う姿を視線で追いかける。しかし、リエルは途中で追うのをやめた。
しばらくすると、白い蝶はそのまま戻ってきてブレスレットへと戻る。
『少なくとも、あの人の近くに兄や姉の気配はなかったわ』
「ふーん、まぁそれは大きな収穫だけどさ……」
『何よ、もっと褒めなさいよ』
どこか誇らしげな彼女に向かって、リエルは大きなため息をついた。
「不用心に近づいたら、その兄や姉がいたときに君のことが分かるでしょ」
『……あ』
今さら事の重大さに気がついたのか、ロイスは押し黙ってしまう。
とはいえ、リエルは蝶になれることを高く評価した。色々なところに潜入しやすくなるので戦略の幅が増える。
調子に乗るだろうから、決して口にしては褒めないが。
「一つ確認だけどさ。ゲーム参加者の近くに必ず君みたいなのがいるの?」
『いるわよ。少しの間は離れられるけど、少なくとも五百メートル以内には常駐してるわ』
「そうか、じゃああのシスターは違うのか?」
それにしてはと、考える。運ばれてきたジュースはいつの間にか空になっていた。
おかわりを頼もうとした時、酒場内が騒がしくなる。先ほどの女性がステージ上に登ったのだ。
店内の照明が落とされると、スポットライトが彼女に当たる。ドレス姿の歌姫は、美しく歌い始めた。
こんな小さな酒場で歌っているのが勿体ないほど、彼女の歌声は綺麗だ。耳に残り、心地が良い。これはポスターを出すだけはある。むしろ、今までよくこんな小さな酒場で収まっていたと思うくらいだ。
そんな時、視界の端で捉えていたシスターが動き出した。
客たちの波をかき分けて、一番前に立つ。間近で歌姫を見つめただ立ち尽くしていた。
その異様な光景に、客たちは距離を取る。歌姫も困惑したような表情を浮かべている。それでも、ステージは続いていく。
やはり何かある。そう思った瞬間、リエルの左目が輝いた。彼女の視界には文字が浮かび上がる。
「……『ギフト発動検知』?」
その文字を声に出した直後、シスターの身体が崩れる。そのまま衣服だけを残して溶けてしまう。
周囲の客たちは驚いていたが、やがて歌姫への熱狂が戻り、何事もなかったかのように日常が続いていく。
「……ギフトって発動したら分かるものかい?」
『まぁあからさまな変化なら分かると思うけど、なんで?』
「いや、何でもない」
つまり、ギフトは彼女の口振り的には周りへ通知されるものではない。
これはリエルの予想なのだが、自分の能力は“能力が発動した瞬間が分かる”ものなのではなかろうか。
それがリエルに与えられたギフトなら、普通なら落胆していたところだろう。しかし、彼女はなるほどと小さく呟いた。
少なくとも、派手な能力よりは使い勝手がいい。お互い顔も知らない相手との殺し合いをするのだから、検知能力はリエルが一番欲しかったものだ。
今、問題となるのは。
「通知されたってことは何かしらの能力が使われたってことか」
『なにを言ってるの?』
ロイスの疑問を無視して、歌姫の方へと見やった。
歌は終わり、彼女は観客に頭を下げる。踵を返し舞台裏へと帰っていく。
その足取りは、どこかおぼつかないもの。
「ロイス、また蝶になれる?」
『なれるけどどうして?』
「あの歌姫を追ってくれるかな」
リエルが見る先には、すでに彼女の姿はない。酒場のアンコールの声に応えることもなかった。
次の演者がステージに立ち始め、酒場内はブーイングに包まれている。
『……いや、他人のプライバシーを侵害するようなことに手を貸すのはちょっと』
「このゲームを仕掛けた側がそんな倫理を説いてる場合かな? いいから、見てきて」
リエルの言葉に言い返せなくなり、彼女は再び蝶の姿へと変わった。
しばらく不服そうに周囲を飛んでから、歌姫が消えた裏へと向かう。
羽ばたくその姿を見やりながら、リエルは飲み物のおかわりを頼む。
しばらくすると、ロイスが戻ってきた。その蝶の羽ばたきは、慌てたものである。
ブレスレットに戻ると、頭の中に彼女の大声が響く。
『あの子、死んでしまったわ!』
「やっぱり……」
コップの中の氷が音を立てる。それがやけに不気味に感じた。
「もしかして、カラカラになって死んでなかったかい?」
『ど、どうしてわかったの!?』
「うん、それでだいぶ線が見えてきた」
彼女は何かしらの能力で殺された。でもどうやって殺されたのか、どんな能力かは分からない。
教会の鐘の音がまた鳴る。その音がやけにリエルの耳についた。
ここまでくると確かめるしかないのだろう。小さく息をつきながら、席を立つ。




