第三話
ここが現代日本でなくて良かったと、リエルはつくづく思う。
普通ならばあのような変死体は、一般観衆に曝されないようにするから。
「犯人は女を恋愛対象に見てない人物だね」
『……なんでそう思うの?』
現場見分をしている兵士たちを横目に、考えるように顎へ手を当てる。
「少なくとも、女が好きならもっと違う殺し方をする。例えば首だけきり取るとか」
『う……想像しちゃったわ』
「元の人相が分からないほど女性を干からびさせることができるってことは、何の想いも揺らめきもないってところかな」
死体を見つめながらさらに続ける。
「血を抜くってところがすでに犯人の思想がわかるね」
『どんな思想よ?』
「例えば、若い子の生き血を吸って若さを維持したいとか」
この犯人はろくでもない人間だ。リエルが大嫌いで大好きな欲深い人間だ。
そしてこの犯人は自分が悪いとは微塵も思っていないだろう。
その場で見つめながら推理をしていると、教会の人間たちがやってきた。神父を先頭に何人かシスターを従えている。
この世界では魔力という概念があった。その魔力は魔法のもとになったり魔物のもとになっている。殺された人間なども魔力によって魔物化する。
教会はそうならないように、お祈りを捧げ供養する存在だ。
リエルは彼らから顔を隠すように振り返り、現場から離れた。
『どうしたのよ?』
ロイスの質問に、リエルはため息をつく。
「注意することに越したことはないからね。どこに犯人が混じってるかわからないから」
『注意するって……』
「これでもボクは、見た目は無害な女の子だ。今回の事件の被害者と共通点が多い」
『つまり狙われるってこと?』
分からないけどねとリエルは付け加えた。
狙ってくれるなら願ったり叶ったりだ。しかし、不意討ちを喰らう可能性だけは避けたい。
リエルは足早にその場から離れると、町中の雑踏に溶け込んだ。
※※※※※※※※※※
太陽が真上を通過する。時たま喧騒から先ほどの事件の話が聞こえてくるが、それ以上のことはない。
リエルは公園のベンチに座りながら、息をついた。
『それで、あの事件の犯人を殺すの?』
「どうして殺す必要があるの?」
『いやだって、あの事件の犯人が参加者かもしれないじゃない』
その言葉に、リエルは苦笑する。
「君ってよく短絡的って言われない?」
『な、何よ!?』
「あれだけの情報で参加者って決めつけるのは早すぎるからさ。ただの快楽殺人犯の可能性だってある」
確かにタイミング的には疑っても良い。しかし、犯人を追い詰めたとして、まったくの無関係だった場合はどうなる。動き損どころか、リエルが参加者だということを他の人間にバレる可能性だってある。
本格的に動き出すのは、確信を持ってからだ。
「といっても、確信を持つために動向を探るのはあり……か」
顎に指を添える。脚を組み、周囲を見回した。
視線が捉えたのは、近くの酒場のポスターだ。看板である歌姫らしき姿がそこに映し出されている。
年齢は二十代前半といったところ。若く、未来を思わせる様相だ。
「行ってみる価値はあるか」
『その子が犯人とか?』
「百パーセントとは言い切れないけど、ないと思うよ。この娘が犯人だとすれば、あまりにも犯行が大胆すぎるからね」
遺体は町のどまんなかにあった。揉めた形跡もない。
あれほど目立つ場所で犯行があったのなら何かしらの情報があってもいい。しかし、なんの追加情報も出てないあたり、兵士は痕跡を追えていないということになる。
ただの一般人にそのようなことができるとは、到底思えない。
『だったら何のために行くのよ?』
「綺麗、目立つ、若い、女。これだけで見に行く価値はあるさ」
『……もしかしてあんたも俗的な?』
「あはは、それならどれだけよかったか」
もし自分も快楽のまま進み続けられたらと思うことはある。しかし、そうなると必ず待っているのは破滅だと分かっている。
自分の欲望を優先するのは、すべての準備を整えてからだ。前世は慢心したからこそ、今回こそは慎重にやりたい。
「ま、遺体一体だけではまだ確証半分だけどさ、動かないよりはマシでしょ」
『そんな大雑把でいいの? ……心配になってくるわ』
「最初なんて誰だってそんなものさ。シャーロックホームズでさえ、何も情報がなければ推理はできない」
天才な探偵は、情報取得量と取捨選択がうまいだけだ。無からは何も得られない。
安楽椅子探偵が成立するのは向こうから情報が揃うからであって、ただの貴族令嬢のリエルは自ら動くしかないのだ。
『……なんか矛盾してるわね』
ロイスの指摘は最も。敵に見つかりたくないのに率先して動くのは、一見自ら首を絞めてるように映る。
「でも、動かなければ相手にアドバンテージを取られるからね」
それをさせないためには、行動するしかない。




