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第十七話

 父は貴族にしては珍しく戦場経験からくる現場の人間だ。町に連続殺人や大量行方不明者が出ると現場を指揮して事態を収拾する。また、その傾向が強くなると早期に赴く。

 最近各地で起こっている大きな事件に先日起こった神父の狂気事件。これだけのことが重なっていれば、父の思考として外に出ていくのは普通である。


 しかし、貴族としては例外的な立ち回りであった。

 普通貴族なら、後ろに隠れるのが一般的だ。

 今回の事件の犯人はそこを読み間違えた。


 この犯人像の思考プロセスから見ても、今回の犯人がルリィでないことだけは確かだった。


 リエルは外で市民の対応に当たっている姉を見ながら、顎に手を当てる。


「情報的アドはあるけど……こっちのほうがピンチなのはかわりないか」

『どうしてよ?』

「ボクは何もできない女の子だよ? 正面戦闘は得策じゃない」


 神父のように一般市民と違って、今回は騎士団の可能性が高い。やはり一般人の域を出ないリエルにとって、そこが最大の壁になる。

 何より、相手と違ってリエルが直接動かせる駒はロイスしかいなかった。


 ずっと外の様子を見つめていると、視線に気がついたルリィが近寄ってきた。


 窓をノックされたため、鍵を開ける。


「何かな、姉さん?」

「父上が町の騒ぎが収まるまで帰ってこないという連絡があった。しばらくは私がこの家を守ることになる」

「……そうですか」


 要所である町は最高戦力である父が守って、家では次の戦力である姉が守る。町と家の距離もさほど遠くなく、連携も容易い。

 犯人側の目的が使える駒を集めるとなれば、戦力分散されるのは奇襲での一手で済ませられないということになる。


 測らずしも父は相手の出方をつぶしたということになる。


「それで、リエルは何を考えているんだ?」

「いやだな姉さん。まだ私を疑ってるの?」

「……その嘘くさい演技をやめろ。私は今のお前をそんなに甘く見積もっていない」

「どうしてですか?」


 小さく息を吐いてから、ルリィは答えた。


「神父の大量殺人事件。世間で起きてる騒動。今回の行方不明事件や墓掘り事件。すべてが重なって町の誰もが少なからず不安を抱いている。しかし、お前はあまりにも冷静すぎる」

「冷静だなんて……」

「騎士に囲まれているのに何も思わないのか?」


 その質問に揺らしていた瞳を止めた。すべてを見破られたわけではないだろう。しかし、少し真実を話しておかなければならないのも事実だ。

 彼女はやはり、リエルの存在を根本から疑っている。


「……少し考えてただけだよ」

「何をだ?」

「なんで、騎士団が到着した今になって、犯罪が起きたかって」

「……そうだな」


 姉は小さくため息をついた。その態度はまるで疑いたくなかった。しかし、疑わざるを得ないとでも言うように。


「私の隊に犯人がいる。父上も分かってる……分かってるからこそ無視している」

「なんで今になって……とか聞かないんだね?」

「言っただろう? ただのパン屋が猟奇的殺人を犯すようになったんだ。私の隊の中で人格が変わっていてもおかしくない」


 その表情は、愁いを帯びていた。


「私情はそぎ落とさないとな……」


 その小さな言葉には決意がみなぎっているように感じる。ルリィは、体を窓から離し背筋を伸ばす。

 リエルを見る目は、いつもの姉の姿だ。


「悪いが、お前をここから出すわけには行かない。これは私の問題だ」

「……そう」

「お前が何者か知らないが、それでもお前は私の可愛い妹だ。危険には晒したくない」

「……分かってる」


 リエルの返答に納得するように、窓を閉めた。踵を返し、離れていく。

 その後ろ姿を見守るリエルの手首には、すでにブレスレットはついていない。


 遠くなる彼女の背を見つめながら、リエルは呟く。


「ボクにとっても、ルリィは大事な姉さんだ」


 視線を外し、ドアに向かう。戸惑うことなく開けた。


 現れたのは当然ながらレイだった。


「……どこに行かれるんですか?」

「お疲れの姉さんのために料理を作ろうと思って」


 訝しげに彼女の片眉が上がる。


「私、使用人たちに教えてもらおうと思ってるのでレイは自由にしていていいよ」

「……何を言ってるんですか?」

「姉さんのこと気になるんだよね? 私は厨房でちゃんとみんなといるから、レイは好きにしていいよ」


 その言葉の意味を少し考えてから、レイは口を開いた。


「私にルリィ様の護衛をしろと?」

「さあ?」

「その間お嬢様が逃げる可能性は?」

「兄さんに監視を頼めばいい。もし逃げ出したなら、捕まえてくれていいよ」


 数秒ほど考えてから、レイはリエルから距離を取る。頭を下げると、彼女はその場から消えた。

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