幸せを噛みしめる
それから、全てのことが露見した。
伯爵の非道な行為、ミシェルの企み、そして、アレンの長年にわたる計画など、今まで隠されていたもの全てである。
国王は翌日、直接公爵家の屋敷を訪れた。
「……父親である私が、息子の歪んだ心にいち早く気が付くべきだった。ここまで深刻になってしまったのは、私の落ち度と言えよう。この国を統べる者としても、非常に情けない。今回、多くの人を巻き込み、リーリア嬢やマリア嬢をはじめとする公爵家の方々に多大なるご迷惑をおかけしたことを、深くお詫びしたいと思う。この通りだ」
ベルモンドは、二人の関係が拗れてしまった事は仕方がなかったとしつつも、マリアとマリーが危険な目に遭わされた事については、正しい処分を願っていると伝えた。
そして、伯爵、ミシェル、アレンのそれぞれに下された処罰は、以下の通りだ。
まず、ガイル伯爵。伯爵はアレンの弱味につけ込み、彼を豹変させた原因である。そして、王家との結びつきを強めるため悪事を唆し、自分もそれに加担した罪、そしてラウドとヴィンセントの幼少期の一件なども露見した事から、極めて重い罰である爵位剥奪と領地の召し上げを言い渡された。もちろん、レイゼントもろともである。
次にミシェル。彼女は王太子を脅迫したものの、犯した罪は比較的軽い。そのため貴族籍の剥奪は免れた。しかし、そもそも破魔の力を奪われてしまった事で、彼女は前科付きのただの男爵令嬢にまで成り下がってしまったのであった。
そして、アレン。彼は連行された後、すっかり抜け殻のようになってしまったらしい。そんな彼に言い渡されたのは、強制的な国外留学であった。国王はアレンに「お前のその精神を鍛え直して来い」と言って、王位継承については、五年後アレンが国に戻ってきた時に検討するという沙汰を下した。
もちろん、リーリアとアレンの婚約は未来永劫破棄されることが決定している。
あの日から二日後。リーリアはマリーからそれらを聞いて、ほっと息を漏らした。
「何にせよ、伯爵の爵位剥奪が決まった事が一番の安心ね。ラウドとヴィンセント様の過去といい、伯爵はあまりにも罪を重ねすぎたわ」
「そうですね。……しかし、お嬢様。私には、アレン様の罪が軽いように思えて仕方がありません。一歩間違えば、マリアお嬢様の命が危なかったというのに!」
「でも結果として残った事実は、誰一人傷付かなかったという事。それに本を正せば、全ての元凶は伯爵で、アレン様は伯爵に乗せられたとも言えるもの。あと、何と言ってもアレン様は国王陛下の一人息子ですからね」
「そういうもの、なのでしょうか」
「……ええ。そういうものよ」
リーリアは窓の外を見つめた。
結局、アレンと直接会うことは危険だとして、リーリアとアレンは直接会うことがないまま、彼は期限付きで国外に追放されることになった。しかし、リーリアはアレンを恨んではいなかった。もちろんマリアを傷つけた事は許せないが、ある意味で、彼は被害者の一人でもあるのだという事を、何となく理解していた。伯爵が弱みにつけ込みさえしなければ、彼は真っ当な精神でいられたのかもしれない。
(……それにしても、アレン様が、何年も前からずっと、あんな想いを抱えていたなんて)
一昨日、初めて本性を完全に露わにした彼は、愛している、の言葉を繰り返して、どんな手を使ってでもリーリアを手に入れようとしていた。その様子は、まるで何かに取り憑かれているようで。
リーリアはあの日感じた恐怖を思い出して、思わず身震いをした。
その時、リーリアの部屋の扉が、コンコンとノックされる。
入ってきたのは、マリアだった。
「おねえさま!」
「マリア!もう元気になったのね?」
リーリアは勢いよくこちらに走り寄って来たマリアを抱き上げた。リーリアは昨日ポムじいに教えてもらいながら、自身の癒しの力を使って、なんとかマリアにかけられた毒魔法を取り去ることができたのだ。
マリアはリーリアの首に抱きついていたが、リーリアを見つめると、少し照れたようにはにかんだ。
「あのね、おねえさま。この前は渡せなかったから、いま、お花のかんむりを渡してもいい?」
「ええ、もちろんよ」
リーリアは微笑んだが、内心ではマリーと共に冷や汗をかいていた。あの日から数日が経過しており、箱の中に入れてある花冠は、もう萎れているだろう。マリアはそれを見て、傷ついてしまうかもしれない。
案の定、箱を開けてみると、それは随分と色あせて、ふにゃふにゃになっていた。
「っ、お花が…………」
涙を目に溜めて俯いたマリアを見て、リーリアは言った。
「ねえ、マリア。一緒に魔法をかけてみましょうか」
「まほう?」
「そうよ。マリアとわたくし二人の、とっておきの魔法」
そう言って、リーリアは花冠を持つマリアの手に、自身の手を重ねた。
(……とは言ったものの、上手くいくかしら?)
「……で、ではマリア、いくわよ?この花冠に向かって一緒に、“元気になって下さい”ってお願いしましょう」
「わかった!」
マリアは目をぎゅっと閉じて、想いを込めて祈っているようだ。リーリアも同様に、自身に眠る力に、心の中で強く願う。
(このお花たちが生き生きと、まるで摘み取られる前のように、元通りに戻りますように!……お願い!戻って!)
「わあ!すごいわ!」
マリアの歓声で、リーリアは目を開けた。見ると、花々はピンと花弁を張り、色鮮やかに潤っている。
ほっと胸を撫で下ろすリーリアに、マリアは屈むようお願いした。
そして、小さな手でそれをそっと頭に載せた。
「お花もおねえさまも、とってもきれい!おねえさま、まるでお姫様みたいだわ!」
「……ふふっ、ありがとう、マリア。今日からこれは、わたくしの宝物よ」
嬉しそうに笑顔を浮かべているマリアを見たら、熱い思いが込み上げてきて。リーリアは泣き笑いでマリアをぎゅっと抱きしめた。
(……本当に、マリアが無事で良かった。これからはまた一緒に暮らせるわけだし、わたくしの力を尽くして、二度とあんな事が起こらないように、今度こそこの子を守ってみせるわ)
その日の夕方頃、魔導士三人が公爵家の屋敷を訪ねて来た。
彼らは国王に呼び出されていたらしく、その内容の報告と、ついでに封印の解かれたリーリアの様子を確認しにやって来たのだった。
「リーリア嬢、体調はいかがかな?何か気になることなどはないかのう?」
「はい、おかげさまで、マリアもわたくしも元気に過ごせておりますわ」
「そうか、それは良かった」
安心したように微笑んでいる三人に、リーリアは深々と頭を下げた。
「皆様、本当にありがとうございました。わたくしは助けられてばかりで、しかも皆様を危険な目に遭わせてしまいました。……随分とご迷惑をおかけしましたが、わたくし一人では何も出来なかった。皆様が力を貸してくださったおかげです。……本当に今まで、ありがとうございます」
「頭を上げて、リーリアちゃん。結果として僕らも伯爵に仕返しできたし、すごいスッキリしたから気にしないで」
「そうじゃよ。わしとしても、まさかリーリア嬢が癒しの力を持っているとは思わんかった。だがこれで、わしの跡を継いでくれる人間が見つかったということじゃな!いや〜めでたいめでたい」
「……あと、お前、“今までありがとう”とか言ってたけどよ。残念ながら、今後も契約を解消する気はないぜ」
「………え?」
「実は俺たちの今までの働きが評価されて、国王が魔導会の権限を強化してくれたんだ。だからこれからは衛兵を勝手に使っていいことになったし、予算も今までの三倍に上げてもらった。……だが、やはり有力な貴族を味方につけておいた方が、何かと便利だ。っつーわけで、公爵家には、今後も力添えを頼みたい」
「……ええ、もちろんよ!お父様も絶対にお許しくださるわ」
「ん。じゃあ、契約続行だな」
ラウドは満足げに口角を上げて、手を差し伸べた。リーリアはその手を握り返し、二人は約束の握手を交わす。隣で、マリーも嬉しそうに微笑んでいた。
リーリアは、喜びで胸がいっぱいだった。
彼女の中で三人は、もはや同盟相手を超えた、大切な存在になっていた。だから、こんなふうにまた笑って話せる日々が今後も続く事が、リーリアにとっては何よりの幸せなのであった。
その日の終わり頃。空がすっかり深い藍色に染められ、星が瞬いている頃。
リーリアは何となく眠る気になれなくて、ネグリジェのまま窓から月を眺めていた。
平穏な日々が戻ってきたことに、心が追いついていないのか、彼女はどこか落ち着かない気持ちでいた。
(……明日から何をして過ごそうかしら。のんびりとした普通の暮らしなんて、もう忘れてしまったわ。でも、平凡な日々が、一番の幸せよね)
リーリアは首元のペンダントを握りしめた。それは、ラウドのくれたペンダントだった。
そろそろベッドに戻ろうか、とリーリアは歩き出した。その時、突然部屋が暗くなった。
ある予感に窓を振り返ってみれば、大きな影が、月明かりを遮っている。
こうして訪ねてくるのは、あの人しかいない。
リーリアは窓を開け放った。
「よう、リーリア。さっきぶりだな」
吹き込んでくる夜風に、部屋のカーテンがはためいて。
窓枠を乗り越えて入ってきた彼の黒髪も、風にあおられ揺れていた。




