守り抜くための最後の戦い
アレンは怒りのこもった強い眼差しをマリーに向けた。
「どうして君がここに居る?そして、なぜ彼が倒れているのかな?」
「……っ、マリー、怪我はない!?」
マリーはアレンの問いには答えず、リーリアの目を見てしっかりと頷いた。
「はい、一時は不覚を取って捕まってしまったのですが、旦那様が持たせて下さったナイフのおかげで、無事に脱出する事が出来ました」
「……でも、マリーさん。マリアちゃんは、レイゼントに囚われていたんだろう?どうやって彼を撃退したの?」
ヴィンセントが不思議そうに尋ねると、マリーはバツの悪そうな顔で、もごもごと口を動かした。
「ええと、その、不意を突いて、壁にあった絵画の額縁で、思いっきり………」
「わっはっはっ、それはそれは、勇敢なお嬢さんじゃのう〜」
ポムじいは感心した様子で豪快に笑った。
一方、アレンは最後の切り札が無くなった事への怒りが収まらず、手からバチッ、と魔力を暴発させた。
「殿下、申し訳ございません。愚息の失態でこのような事に……」
伯爵の謝罪を無視して、アレンはリーリアにつかつかと歩み寄ると、彼女の手を引いた。リーリアはバランスを崩して、アレンの方に倒れ込む。
リーリアはアレンに後ろから抱きしめられるような形になった。
「…………っ、アレン様?」
「……やっぱり駄目だ。ごめんね、リーリア。君が拒んでも、嫌がっても、僕は君を諦める事はできない」
そして、リーリアの横から伸びてきたアレンの腕が、マリアを抱いているマリーの方へと伸ばされた。
「僕は今から、君の選択が間違っていると教える事にしたよ。君が僕を受け入れさえすれば、誰も傷付かないんだってことをね……!」
「っ、アレン様、おやめ下さい!!」
アレンの手から、稲妻のような光の槍が飛び出し、空気を歪めるほどの勢いで、マリーの方へと一直線に向かっていく。
「………くそっ!!」
ラウドが飛び出し、転がり込むようにしてマリーの前にシールドを生み出した。
ラウドは受け身を取って、アレンを睨みつける。アレンは盛大に舌打ちをした。
「鬱陶しいなあ。いっそのこと、君もろとも消し去ってしまおうか?」
「はっ、やれるもんならやってみろよ」
「じゃあ、遠慮なく」
アレンは再び、魔法を繰り出した。破魔の力をも取り込んだ彼の力は強力で、激しい攻撃がラウドとマリーを襲う。
マリーを守るように戦うラウドは、いつもより余裕がないように見えた。それを見たヴィンセントとポムじいが駆け寄ろうとすると、二人の前に伯爵が立ちはだかった。
「そうはさせん。お前達はしばらくじっとしていろ」
その瞬間、ヴィンセントとポムじいは氷の檻に閉じ込められた。
檻は複雑な構造をしており、ヴィンセントはすぐにそれを破壊する事が出来たが、ポムじいは手こずっているようで、ヴィンセントはポムじいの檻を壊し始め、足止めを食らってしまう。
アレンの放つ光が、部屋の壁を駆け巡って、まるで雷の中に閉じ込められているようだ。彼は片手でリーリアを抱いているため、ラウドは防御に徹することしかできない。
アレンは一度攻撃をやめた。
「破魔の力を吸収した僕と互角に戦えるなんて、さすがは大魔導士だね」
「おいおい、馬鹿にしてんのか?俺の魔力に勝てる奴などいないんだよ」
「……そうだ。ねえ、もしかして君って、僕が捕まえ損ねた“魔法少年”?」
「は?」
「君は黒髪だし、やっぱり“魔法少年”なんだろう?そうか、だとしたら、あの時捕まえてもどのみち力は吸収出来なかったって事か」
「……っ、まさか、てめえ」
「その反応、もう分かったみたいだね。あの時、僕が伯爵に命じて、君を連れて来るように言ったんだよ。リーリアの力を封印するのに、なるべく多くの魔力が必要だと思ってね。だけど結局間に合わなくて、封印は中途半端なものになってしまったんだよ。……だからリーリアの魔力は少しだけ漏れてしまうんだ。それで、漏れた時に封印が発動してしまうってわけ」
ラウドは黙って拳を握りしめた。この王太子はきっと、ラウドの父親のことを知っていながら、黙認したのだろう。
ヴィンセントは、ラウドが感情的になって怒りに取り憑かれてしまう前に、彼に声をかけようとした。
しかし、ラウドは呼吸を整えると、意外にもアレンに向かって、いつも通りの不敵な笑みを浮かべて見せた。
「へえ、最悪な話をありがとな。……お礼と言っちゃ何だが、俺もお前にビッグニュースをお届けしてやるよ。リーリアをその腕から離そうとしない、女々しい王太子様?」
ラウドは突然、一転してこの場にそぐわない、渾身のドヤ顔を披露した。
「実は、リーリアをそうやって抱きしめた事がある男は、お前だけじゃないんだぜ。俺もな、今まで何度かリーリアを抱きしめてる」
にやっと笑う大魔導士に、アレンもリーリアも凍りついた。
「…………お前今、何と言った?」
「ラ、ラウド、何を言っているの!?」
「何って、事実だろう?ああ、もう一つ思い出した。俺な、リーリアの寝顔を見たこともあるんだぜ?お前は見たことあるか?あれ、すげえ可愛かったぜ」
リーリアは背後から感じるアレンの殺気に、心臓が縮み上がった。
「ねえ、リーリア。あいつが言っている事は本当?だとしたから、あいつを生かしておくわけにはいかないんだけど」
「おい王太子、勘違いするなよ。リーリアは悪くない。俺はお前と一緒で、一方的に抱きしめただけだ。別にリーリアに好かれてるわけじゃねえよ。そう、“お前と一緒で”な?」
「……っ、お前、余程この僕に殺されたいみたいだね」
「おー怖い怖い。まあでも、好きな女を盾にしながら、しかも女子供を攻撃するような男に言われてもな。……お前、そんな情けない姿で恥ずかしくねえの?」
ぺらぺらとよく動く口で、執拗に挑発し続けるラウド。アレンはついに怒りを爆発させた。
「っ、お前だけは許さない。こうなったら、僕の手でお前を葬り去ってやるよ、リーリアの目の前でね!」
思い通りの展開に、ラウドはすっと目を細める。
「ああ、望むところだ」
アレンはリーリアから腕を離した。そしてマリーには見向きもせず、憎悪のこもった眼差しでただ一人、ラウドだけを捉えた。
リーリアは床に座り込んでいるマリーの元に駆け寄った。
(間違いないわ。ラウドは、怒りの矛先を自分に向けさせることで、わたくしとマリーを守るつもりなのね……!)
アレンは伯爵に言った。
「いいか?絶対に手を出すな。僕は自分の手で彼を亡き者にする。まあ、どうせお前は保身と出世しか興味ないんだろうけど」
「……かしこまりました、殿下」
ラウドはそれを聞いて鼻で笑った。
「へえ、てっきり卑怯だけが取り柄なのかと思っていたぜ。ってことで、ヴィンセントもポムじいも手出し無用だからな」
「その言葉、後で後悔させてやる……!」
アレンは光の剣を作り出すと、ラウドに急接近した。そして、鋭く重い一撃を何度も素早く繰り出した。ラウドも自身の闇の力を使って、それに応戦する。
光と闇という、相反する二つの魔法が何度もぶつかっては、激しい音と二色の火花を散らした。
憎しみという激しい感情のせいか、アレンの攻撃は先ほどよりも勢いを増している。
アレンが浴びせてきた幾千もの矢。その中の一つがラウドの腕を掠って、彼は歯を食いしばった。
(……これは、俺も全力出さねえと、かなり危ねえな)
息の根を止めようとしてくるアレンに対し、ラウドはアレンの動きを封じるか、意識を失わせる事だけを考えていた。
「……アレン様、もうやめて下さい!」
ただ叫ぶ事しかできないリーリア。アレンは攻撃を止めようとはしない。
「大魔導士、お前だけは許さない。今まで僕が守り抜いてきたリーリアを、お前はいとも簡単に!」
「っ、守ってきただと?ふざけるな、お前のそれはエゴでしかねえんだよ!」
「それだけじゃない、リーリアがああやって叫んでいるのは、お前を心配しているからだろう!彼女の頭の中にいるのがお前だなんて事があってはならない!僕はリーリアを愛してる。リーリアは僕のものなんだ。例え彼女が拒んでも、これは決定事項だ!」
怒りと憎しみのこもった表情で、でもどこか泣きそうにも見えるアレン。
ラウドはきっぱりと否定した。
「お前のそれはもう、愛情なんかじゃねえ!言葉を無視して自由を奪うなんてのは間違ってる。リーリアはお前のものじゃない。一人の人間だ。それを許さねえって言うのなら……、ちょっとの間、大人しく頭冷やしてろ!!」
ラウドは全ての力を結集し、アレンの盾を粉々に撃ち破った。そしてバランスを崩した彼の腹に、鋭い蹴りをお見舞いした。
「…………ぐっ……かはっ」
アレンは力尽きたように、がくりと膝をついた。
ラウドも肩で息をしながら、額の汗を拭う。
「おい、もう観念しろ。この場にいる全員が証人なんだ。まあ、まだやりてえって言うのなら、俺が引き続き相手してやるけどな」
「……くそっ、負けを、認めるわけには……だって、そんな事をすれば………」
アレンは顔を歪めてリーリアを見る。
リーリアはアレンの目を見つめて、一生懸命言葉を紡いだ。
「アレン様、もう、終わりにしましょう」
「………っ、リーリア」
「アレン様、聞いてください。今回のことは、わたくしのせいでもあります。わたくしがもっと早くからアレン様のお気持ちに気付いていれば、わたくし達がここまで拗れる事はありませんでした。そして、何より、アレン様を狂わせてしまう事はなかったでしょう。……あなたがこうなってしまったのは、わたくしのせいです」
「………。」
リーリアは堪えきれずに目を伏せたが、全てを終わらせるために、再び顔を上げると、力強い瞳でアレンを見つめた。
「ですが、わたくし達がすれ違ってしまった事とは別に、アレン様のこの度の行いは、許される行為ではありません。この国の王太子として、きちんとけじめを付けるべきです」
「……っ、僕はまだ終わっていない!」
アレンはゆらりと立ち上がると、絶望した目で、リーリアを見つめた。
「そうだ。リーリア、君が手に入らないのなら、いっそ、君を………」
ぞくり、と嫌な予感がリーリアの背中を駆け上がった、その時。
扉が勢いよく開け放たれた。
「そこまでだ!うちの娘に手を出すな!」
「………っ、お父様!」
部屋に入ってきたのは、リーリアの両親と、先ほどとは違う顔ぶれの衛兵達だった。
瞬く間にアレンと伯爵は拘束され、リーリアとマリーのそばには護衛するように衛兵が立ちはだかる。
「……どうして」
愕然とするアレンに、リューネが厳しい顔で答えた。
「シュバルツ家の屋敷に、魔導士の端くれを名乗る方々が何人もの市民を引き連れて、押し寄せてきたのよ。魔導会の皆さんが無理やり連行された、助けてくれってね」
「市民、だって?」
「そうよ。彼らは今、謁見の間にいるわ。今頃、国王陛下に直訴しているんじゃないかしら」
その言葉に、伯爵はさっと青ざめて、わなわなと震え出した。
「そして、先ほどこの部屋から少し離れた場所で怪しい動きをしている衛兵達を問いただしてみたら、あっさり口を割ったわ。そして、殿下の計画を包み隠さず話してくれたのですけれど……」
リューネはにっこりと微笑んだ。
「私の可愛いリーリアを脅すために、メイドを眠らせて、うちの次女を人質にしようなどと、よくもまあそんな事ができたものね。今すぐ国王陛下に洗いざらい話してもらいます。さあ、彼を連れて行って」
衛兵達が、伯爵とアレンに歩くよう促した。
もう何も考えられないアレンの背後で、声が聞こえる。
「リーリア、平気か?怪我はねえよな?」
見れば、あの大魔導士が、心配そうに歩み寄って行くところだった。
「……っ、ラウドの馬鹿!挑発なんかして、本当に死んじゃったらどうするつもりだったのよ!」
リーリアが泣きそうな顔で、大魔導士に詰め寄っている。
空っぽになった心で、アレンはこう思った。
もしかすると、誰かを愛するという事は、ああいったものなのかもしれない、と。
そしてそれが、彼が部屋を出る前に見た、最後の景色となった。




