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暁光の先  作者: 龍田 環
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後篇

 しばらく、誰も口を訊かなかった。空気が重い。さすがの俺も、何を言えばいいのかわからなかった。

トラウゼン公は辛そうに身を起こすと、亡くなった奥方の傍に寄り添うように座り込んだ。静かなその横顔からは何の表情も読み取れない。アキムが比較的乾いた木の傍に自分の外套を地面に敷いて、フィニが抱っこしていたトラウゼン公の息子さんを寝かせてあげた。重傷だけど意識はしっかりあるから、早くちゃんとした手当てを受ければ、すぐ元気になるはずだ。あの子、さっきからずっと俺を見てるけど、何だろう。不気味な狗の面なんかつけてるから、怖がってるのかな。


 そうして家族だけにしてあげてから、俺達はこれからのことを話し合った。俺達のことは置いといて、問題はこの人達をどうやって送り届けてあげるか、だ。トラウゼン公は重傷。息子さんもあんまり動かせない。肝心の馬車はひっくり返って半壊してるし、馬は丸焦げだし、御者は死んでるし。どうしたものか。せめて馬がいればなぁ。皆で頭をつき合わせても、これといった考えが浮かばない。ああでもない、こうでもないと話していると、遠く馬蹄が地を蹴る音が聞こえてきた。すぐ五頭分の馬影が見えて、母なる精霊の采配に俺達は感謝を捧げた。でかい青毛の馬に、黒い騎士服が五人。トラウゼン公の率いる『有翼獅子の騎士(グライフ・リッター)』だ。


「セドリック様!」


「セドリック様!ご無事ですか!」


 先頭にいた綺麗な顔をした金髪のお兄さんが、自分の馬からひらりと飛び降りた。優しそうな茶髪のおじさんと、明るい栗毛の女騎士と、熊みたいなお兄さん。殿にいた地味な感じのお兄さんが、口々に叫びながらこちらに駆け寄ってきた。みんなどこかしら怪我していて、満身創痍だった。熊みたいなお兄さんなんか、背中に矢が刺さったままだ。早く抜かないと、肉が締まって抜けなくなるぞ。


「っ奥方様! 坊ちゃん!!!」


 熊みたいなお兄さんは悲痛な声で叫んで、坊ちゃんのそばに跪いた。女騎士も慌ててそれに続く。側近かな。地味なお兄さんはフィニに手当てされているトラウゼン公の元に駆け寄り、優しそうな茶髪のおじさんは、馬車のすぐ近くにいた俺達に話しかけてきた。


「その装束は、もしかして『深淵の猟犬』か?」


「うん。初めまして」


 俺の声に、ぎょっとする茶髪のおじさん。まあ『猟犬』は基本喋らないものだしね。いい反応に気をよくして面を取った。


「子ども、だったのか……」


 俺の顔を見て、トラウゼン公の家臣達は一瞬絶句してた。待って待って。子どもって言ったよね、今。俺、これでも、もうすぐ成人なんだけど。そんな俺の心情をよそに、金髪のお兄さんは淡々と事情説明を求めてきた。


「何があったのか、教えてもらえるだろうか?」


「俺達は緩衝地帯のトラウゼンまで撤退中でした。野営中に誰かが襲われてるのに気がついて、街道に出てみたら、トラウゼン公の馬車が『狩人』に囲まれていたので、助太刀をかって出ました。だけど、俺の力が及ばず奥方様を助けられなかったうえに、息子さんにも大怪我を負わせてしまった……。本当に申し訳ありません」


「そうか……謝ることはないよ。むしろ礼を言いたい。君達がセドリック様とユリシーズ様を助けてくれたんだろう?偶然とはいえ、近くにいてくれて、本当によかった」


 淡々とした口調だったけど、瞳に浮かぶ感情の揺らぎが、本気でそう思ってくれているように見えた。慰めかもしれないけれど、助けになれたのなら本望だ。俺みたいな奴が少しでも役に立てたのなら、生きてきた意味があったように思えた。


「セドリック様とユリシーズ様を助けてくれて、礼を言う。本当にありがとう」


 地味なお兄さんが深々と頭を下げて、騎士の最敬礼をしてくれた。熊みたいなお兄さんは顔をぐしゃぐしゃにして、嗚咽をもらしながら俺の手を握ってきた。ちょっとうっとおしいな……いい奴ぽいけど、うっとおしい。それより早く矢をぬいたらどうなの。


「すぐに館なり領地なりに戻って、早くトラウゼン公とユリシーズ様を医者に診せたほうが」


「ああ、わかっている。セドリック様、立てますか?」


「何とか。父上はどうしてる?」


「すでに退却を開始されたと伝令がきました。我々も早く戻りましょう」


「ほかの諸侯方は?」


「クレヴァ様の指示で、すぐに撤退されたと思います」


「ならいいんだが。とうとう錬金術師を前線に投入してきたな」


 精霊使いじゃなかったの? 錬金術師って、古代技術を復活させたがってて、わけのわかんないことしてる怪しい連中だよね。帝国の庇護下で、擬似的な精霊魔術を開発してたってこと?長も師父も知ってたなら、俺にも教えてくれたらよかったのに。これじゃあ、大昔に起こった『四英雄戦争』の再現になっちゃうよ。錬金術は禁忌だから、北方精霊騎士団が今も厳しく監視を続けているのに、それを掻い潜ってやっているとしたら、相当な技術力を擁してることになる。俺達は顔を見合わせた。里がどうとか言ってる場合じゃない。他国の隠密集団は、このことを知っているんだろうか。


 茶髪のおじさんの肩を借りて、ふらふらと立ち上がったトラウゼン公は、俺より頭ふたつ近く背が高かった。よく鍛えられた長身は、怪我してるのに身のこなしがすごく綺麗だ。右頬を軽くゆがめるようにしてニヤリと笑うと、俺の肩をポンと叩いた。


「恩に着る。このセドリック・レーヴェ、君達から受けた恩は生涯忘れないぞ」


「もったいないお言葉です」


「これからどうするんだ? 行く当てがないのなら、うちに来るといい。身の安全は保障するし、もちろん住む所も提供する」


「俺はセドリック様にお仕えしたいです。報酬は既定の半分でも、三分の一でも構いません。当分無くてもいいです。考えていただけませんか?」


「お、おいおい。そんな安売りをするなよ。『猟犬』一人あたりの報酬は金貨三十は下らないだろうが。よく考えてモノを言え、少年」


 俺の「報酬いりません」発言にずっこけそうになって、イテテと痛がるセドリック様を呆れたように見やって、金髪のお兄さんが話しかけてきた。


「報酬については会計係と相談してください、セドリック様。私は第二師団副長のフレデリク。君の名前は?」


「……リオンです」


 里の人以外に、名前を名乗るのは初めてで、変な感じだった。


「リオンか。良い名だね。古ガレリア語で『祝福』という意味があるんだよ。君には母なる精霊の祝福があるのかもな。おかげで、ユリシーズ様のお命が助かった」


 俺の名前って、そんな意味あったんだ。知らなかった。もう名前をつけてくれた父親の顔も思い出せないけど、そこは感謝しとこう。ちょっと笑った俺を見て、フレデリクさんは微かに笑った。もしかして、落ち込んでる俺を励ましてくれたんだろうか。


 セドリック様は茶髪のおじさんの肩を借りて馬車のところへ、フレデリクさんは左腕を庇いながらユリシーズ様のところに歩いていった。腕でごしごし顔をぬぐってる熊っぽいお兄さんも、それに続く。その背中ではみょんみょんと矢が揺れる。うざい。抜いてやろう。


「そこの、熊っぽいお兄さん」


「く、熊……もしかして、俺のことか?」


「それ以外誰がいるの。矢を抜いてあげるよ。そのままだと、大きく切開して抜かなきゃいけなくなる」


 俺の言葉に、痛そうな顔をする熊さん。


「そ、それは困る。頼んでいいか?」


 熊さんは、恐る恐る、といった体でその場に跪いた。


「いいよ。んじゃ、一、二の三で抜くね」


 でっかい背中が油断しきってる。人を疑うことを知らない正直者なんだな。俺にはない美点だけど、少しは知らない奴を警戒したほうがいい。


「いち」


「いでっ!」


 矢を持って真っ直ぐ上に引っ張ると、さほど抵抗もなく抜けた。返しもついてない鏃だし、深く刺さっていなくてよかった。太い血管を傷つけてる様子もない。しばらく痛いだろうけど、大したことなくて何よりだ。俺の足元で何か唸ってるお兄さんを見下ろして、小さく息をついた。


「フィニ、この人もお願い」


 悶絶から復活した熊さんが、涙目で俺に食って掛かってきた。


「おい! さっき、いちにのさんっで、抜くって!」


「男がいちいち細かいこと気にしちゃダメ」


「するよ!痛いじゃないか!」


「これから抜きますって身構える前に抜いたほうが、痛くないでしょ」


「どんな理屈だそれは!痛いもんは痛いんだよ!」


 やいやい言いあう俺らをみて、まわりのみんなは苦笑していた。アキムが面越しに「リオンは屁理屈ばっかりだ」とか何とか呟いている。余計なお世話だコノヤロー。


「そこのあなた! 坊ちゃんがあなたを呼んでます!」


 男みたいに短く切った、明るい栗毛のお姉さんが大声で俺を呼んだ。はいはい。ただいま。


「さっきの、おにいちゃん……だよね?」


 すぐそばに膝をつくと、ユリシーズ様が磨いた蒼玉みたいなでっかい瞳で、じっと俺を見上げた。


「うん」


「たすけてくれて、どうも、ありがとぅ」


 小さな手が、俺の装束の右袖を力なくつかむ。


「どういたしまして。痛かったり気持ち悪くなったりしてない?」


 左手でふわふわした金髪の頭を撫でてあげると、ちょっとだけ笑みを浮かべてから頷いた。痛み止めが効いているみたいでよかった。子どもは、そうやって笑ってるのが一番かわいいと思う。


「あのこわいおめん、ヘンだよ」


「う、だって、着けないといけない決まりなんだもん」


「きまりなの? とっちゃっていいの? オレ、おにいちゃんのお顔、さっきも見ちゃったよ?」


「い、いうねぇ。ナイショにしてくれると、お兄ちゃん、すごく助かるなァ」


「ぶっ」


 いきなりアキムが噴きだした。サディクはあさってのほうを向いて肩を震わせている。シャナンとフィニも面越しに笑ってる気配がする。俺が面を取ったのは『猟犬』として誰かに使われないっていう意思表示だから、いいんだもんね。


「じゃ、オレ、ないしょにする。みんなにもないしょにしてってお願いするから、どこにもいかないで」


「え?」


「ユリシーズ様、俺達はいなくなったりしませんよ。だから、大人しく寝ていましょうね。傷に障りますよ」


「うん……」


 起き上がろうとしていたユリシーズ様を、アキムがそっと押し留めた。何だって、この坊ちゃんはそんなことを言い出したんだ。よくわかんないけど、俺が傍にいると興奮するみたいだから、ひとまず馬車のほうへ移動した。サディクとシャナンが周辺を警戒してくれているけど、早くここから離脱したほうがいいと思う。いまこの場にいる中で、一番腕の立つ人はセドリック様だけど、平気な顔してても精神的にはボロボロなはずだ。俺達は疲労困憊だし『有翼獅子の騎士(グライフ・リッター)』も怪我人ばかりだ。また襲われたら、誰かが死ぬ可能性が高い。


 セドリック様と茶髪のおじさん、地味なお兄さんは、馬車の状態を見ていた。どうやって起こそうか考え込んでいるんだろう。三人とも難しい顔をしている。このぐらいの車体なら、俺達の装備で引き上げられる。馬は黒騎士達が乗ってきた馬を繋げばいいから、これで問題解決だ。


 馬車の車体に、腰の革帯から伸ばした鈎つきの鋼線をしっかり巻いた。道具袋から小さい滑車を取り出して、太く張った枝振りの木を探した。ちょうどいいのがあればいいんだけどな。アキムも俺の意を汲んで、同じように手甲から鋼線を伸ばすと車体に巻きつけていく。


「何してる?」


 セドリック様が、俺達のやっていることに気がついた。


「馬車を起こします」


「その小型滑車でか?車体重量が千グラヴィほどあるが」


「そのくらいなら問題ありません。俺が合図したら、こっち側から支えてもらえますか」


 茶髪のおじさんと地味なお兄さんを、馬車の側面側に立たせる。サディクとシャナンが反対側に立って車体を持ち上げる補助に回った。危ないから、大怪我してるセドリック様にはユリシーズ様のところまで戻ってもらった。


「リオン、この木ならいけるんじゃないか?」


「だね。角度よし。高さよし。滑車二個の組み合わせなら余裕でしょ」


 俺とアキムは、馬車から五ファルほど離れた広葉樹の木にあたりをつけた。右手の手甲から出した鋼線で、滑車をしっかり張った大きな枝に固定する。滑車の具合を確かめてから、馬車の車体に巻いた鋼線を滑車に通した。鈎を革帯の金具バックルに取り付けて、下にいる皆に声をかけた。


「準備いい?」


「いいぞ!」


 皆が馬車に取り付いたの見て、俺は叫んだ。


「押して!」


「せーの!!」


 俺とアキムは思いっきり体重をかけながら、約十ファルの高さから飛び降りた。ギシギシと軋みながら、重たい音を立てて馬車が起き上がった。


「よっしゃ!」


 喜びの雄叫びをあげる熊さん。そんな彼らを横目に、俺は手早く馬車から鋼線をはずして回収に取り掛かった。アキムは再度木登りして、滑車の回収だ。滑車はおんじの遺作になってしまったから、大事にしないとね。地味なお兄さんが手近な木に結んであった手綱を解いて、馬を繋ぎ始める。茶髪のおじさんがいたく感心した様子で、俺のそばにやってきた。


「リオン、君は子どもなのにすごいな。よくこんなことを思いついたな」


「まぁね。言っとくけど、俺、これでも十五だよ?」


「んん?! 十五?! うちの娘より上なの?!」


 じとーっと茶髪のおじさんを睨む。俺のこと、一体いくつだと思ってたんだよ。十二歳とか言ったら本気で殴る。ぶっとばす。セドリック様の側近だろうとぶっとばす。


「娘さんて、何歳」


「じゅっ、じゅうさん……に先月なったところ、だ」


「ふうううううん、じゅうさん、ねぇ。命拾いしたね、おじさん。十二歳かと思ったーとか言ってたら、俺の拳が電光石火で唸ってたよ」


 自分の顔が年よりも下に見えるのって、油断を誘えて便利だなぁって思ってたけど、ちょっと考えを改めることにする。アキムの笑ってる気配がカンに障る。思い切り尻を蹴飛ばしてやりたいけど、まだ木の上だからな……何か投げるもの、ないかな。手じかにあった石を拾って振りかぶろうとして、こっちを見ているユリシーズ様と、ばっちり目があった。手から石がぽろりと落ちる。ダメだ、あんな無垢な瞳の前で、こんな野蛮なことをしては。


 気を取り直したおじさんは、尚も言い募る。


「十五か。それなら十六になったら騎士の叙任が受けられるぞ」


「めんどくさい」


「めん……っ、名誉なことなんだぞ、士官学校にもいけるし。俺が推薦状書いてあげるから」


「興味ない」


「そんなこと言わずに、ちょっとでいいから考えてみて、ね! ユーリ様も君達にいてほしいって言ってるし!」


「俺はセドリック様にお仕えしたいだけ。士官学校は面倒くさいから別にいい。騎士になりたいわけじゃないし」


 ユリシーズ様が何でか俺をそばにおきたいのはひしひしと感じてるけど、士官学校は本っ気で興味ない。騎士なんて冗談じゃない。元暗殺者が就いていい職業じゃないでしょ。


「騎士団副長としては、将来有望な若手が欲しいところだしな。何なら飛び級するか?俺と勝負して、勝ったら最終年度に編入させてやるよ」


 フレデリクさんに肩を借りて、セドリック様がやってきた。後ろにはユリシーズ様を抱っこした熊さんと、気の強そうな女騎士のおねーさん。必死に俺を勧誘してるこのおじさん、副長だったのか。まるで威厳が感じられない。腕が立つであろうことはわかるけど。どっちかっていうと、俺と同じ東方系の地味なお兄さんのほうが、腕自体は上だな。存在が希薄すぎる。地味で影が薄いんじゃなくて、巧みに気配を消してる。只者じゃない。


「それ本当ですか。セドリック様と、勝負できるんですか?」


「そっちに食いつくな。勝負ならいつでも受けてやる」


 セドリック様は苦笑して、俺の頭をわしゃっと撫でた。この気さくそうなお兄さん然とした人が、西方十二将の一人なのか。西方大陸で上から数えたほうが早い剣客だから、手練の暗殺者五人と渡り合っちゃうんだろう。普通の神経してたらまずできない。実力と、それに裏打ちされた自信があるからこその芸当だ。


「俺に仕えてくれるのもいいが、できればユーリの側近になってくれたら嬉しいんだがな」


「望みのままに」


 俺は右の拳を胸に当ててから、セドリック様の前に跪いた。アキムも頭巾と仮面を外してから、無言で俺に倣う。そんな俺らを見て『猟犬』の仲間達が目配せをした。ゆっくりと三人が、俺とアキムのところに集まってきた。


「トラウゼン公、二人をどうかお願い申し上げます」


 シャナンが右の拳を胸にあてて、深々と頭を下げたあと、スッと跪いた。


「我らはともには行けませんが、何かあればいつでもご助力いたします」


 サディクも右の拳を胸に当ててから、その場に跪いた。


「彼らは我が里でも相当の手練。必ずやお力になれると存じます」


 フィニも同じように右の拳を胸に当てて、静かに跪いた。そして、そんな俺らを見渡し、トラウゼン公が静かに言った。


「君たちの忠誠、確かに受けとった。俺は君達から受けた恩を、けして忘れない。妻は残念なことになったが、息子を助けてくれたこと、本当に心から感謝する。君達がいなければ、息子はここで死んでいた」


 セドリック様。その後ろに佇む黒騎士達。フレデリクさんに抱っこされたユリシーズ様まで、一丁前に胸に手を置いている。全員が俺達に『騎士の礼』を捧げていた。俺とアキムは呆然と顔を見合わせた。サディク達は慌てて頭巾と仮面を外した。顔を隠したままじゃ礼を欠くからな。思ったとおり、セドリック様以外の黒騎士達が、皆の顔を見て絶句していた。


「リオンを見て大体想像はしていたが、本当に少年ばかりだな。君達がどうしたいのか教えてくれ。俺はそれを全力で支えよう。とやかく言う輩は、この剣で切り伏せてやる。これまで歩んできた道を捨てさせるような言い方かも知れないが、自由に生きるのも、また道だ。まだ成人前なんだろう? 自由の身になって、もう一度自分の道を考えたらいい。俺に仕えてくれるという二人の身は、責任を持って預かろう」


 セドリック様の心からの真摯な言葉に、俺達はただただ頭を垂れた。俺達に「自由に生きろ」と言ってくれた大人は初めてだった。長も、里にいた人達も、選ぶ余地なくあそこにいなければいけなかった人達で。その人達に拾われた俺達も、それが当たり前だと思っていたから。


 とうとうお別れのときだ。俺とアキムは、このままセドリック様についていくけど、皆は一緒には行かない。行けない。黒騎士達が出立の準備をしている間、俺達は自分達のこれからを話し合った。セドリック様はああ言ってくれたけど、あの言葉だけで俺達には十分だから。


「皆、これからどうすんの?」


「俺はケイナのところに戻る。傷が癒えたら東方大陸にいくと思うよ」


 シャナンは十も年上のケイナに惚れている。「年下すぎるから」って何度も振られてるのに、まったく諦めてない。しつこい男は嫌われると思う。


「俺は旅に出る。南方経由で東方にいって、北方に行って、それから西方で裏ギルドを開く!」


 サディクがニカっと笑って、バカなことを言い出した。本気かよ。


「冒険家はいいの?」


「バッカ、俺のせっかくの技能を眠らすの、もったいないだろ。あちこちで誼を作ってから開業すんの」


「好きにしたらいい。私は北方に帰る」


「そうか。フィニ、気をつけて帰れよ」


「うん。アキムも元気で。リオン、無茶ばかりするから、気をつけてやって」


 フィニは長が連れてきた子だった。西方ではあまり見かけない真っ白い肌と銀髪で、アキムと同じように精霊の気配がわかる不思議な力を持っていた。やんごとなき人の娘だったけど良くない連中に攫われて、それを長が助けて里に連れてきたと師父と話してるのを、昔聞いたことがある。そうか、北方人だったのか。


「それじゃ、一旦ここでお別れ、だね」


 俺がそう言うと、サディクがニッと笑って出陣前みたいに拳を突き出した。ゆるく円陣を組んで、お互いの拳同士を突き合わせる。犬でいえば鼻面をすり合わせるようなものだなぁって、俺はいつも思う。お互いの武運と、幸せを祈って、拳を下ろした。


 いつかまた。これが今生の別れってわけでもない。だから、いつも通りに「出陣」するだけだ。それぞれの戦いの場へと。


 サディク達は南方大陸を経由して、北方と東方に別れることにしたらしい。西方大陸東部地帯は帝国領。そっちは封鎖されているから、大回りしていかなきゃならない。途中まで皆一緒なら安心だ。三人は今まで通ってきた道に向かって歩き出した。すぐ獣道に入ってしまったので、彼らの姿はあっという間に見えなくなったけど、俺とアキムは、三人が消えた方をしばらく見ていた。


 その間に黒騎士達の準備が整ったようだ。馬車にはセドリック様とその家族が乗って、御者台には副長さんと亡き御者さん。フレデリクさんの馬に栗毛のお姉さんが乗っている。地味なお兄さんと熊さんが、自分の馬に騎乗して近寄ってきた。


「すまないが、二人とも俺達の後ろに乗ってくれるか?」


 熊さんが申し訳なさそうに言った。別に徒歩でも全然構わなかったんだけどな。せっかくの好意なので、お言葉に甘えることにしよう。


「いいよ!」


「ありがとうございます」


 ぺこりとお辞儀をするアキムをチラ見する。砂色の髪に褐色の肌。どこの異国の王子だよって言いたくなるような整った顔。朝焼けみたいな橙の混じった薄紫の瞳。南方人ってだけでも目立つのに、この容姿。面をつけたままでいたほうがいいんじゃないか。


「何?」


 チラ見してた俺に気づいて、アキムが不思議そうな声を出した。


「何でもないよ。アキムは俺についてきてよかったの? サディクみたいに、あちこちブラブラするのも悪くないと思うけど」


「新しい飼い主が、金獅子公ってのは悪くないよ。それにお前のことが心配だからな」


「へいへい」


 俺は熊さんの後ろにひらりと跨った。何だか具合悪そうにしてるので聞いてみたら「お前の仲間にもらった薬がもんのすごく苦かった」だって。俺は思わずにんまりと笑ってしまい、熊さんから涙目で睨まれた。アキムは地味なお兄さんの後ろだ。あんなタッパのある奴が二人乗ってもびくともしない。この馬すごい。甲冑着たままの騎士を乗っけて、何ファルも走れるんだっけ。「トラウゼンの黒馬」ってすげーな。


 馬車がゆっくりと動き出す。襲撃を警戒して前にフレデリクさん達が、俺とアキムを乗せた馬が馬車の側面を挟んだ。

 地味なお兄さんはジェラルドさんという名前だった。東方系騎馬民族の出身で、大剣と弓がお得意なんだって。

 熊さんはゲオルクさんと言う名前だ。名前も何だかごつい。セドリック様の幼馴染で、普段は黒獅子公に仕える近習らしい。ちなみに愛馬の名前はメロディちゃんって言う若い娘さんなんだって。名前は乙女だけど軍馬だけあって、見た目より結構重たい俺が乗っても、ご機嫌でぱかぽこ歩いている。


 馬はゲオルクさんに任せて、全神経を研ぎ澄まして、まわりの気配を探る。鳥の声。小動物が木々の葉を揺らす音。風が通る音。そんなものしか感じられない。近い距離に、伏兵はいないからしばらくは安全だろう。軽く息をつく。ゆうべから働き通しで、身体が重たくてたまらない。このまま寝たら怒られるかな。前にでかくて寄りかかりやすそうな壁もあるし。



 いつの間にか霧雨はやんでいて、遠くに朝の光が見え始めた。雲間から覗く暁光が、俺達の行く道を照らしていく。別の道を歩む仲間の道も、明るく照らしてくれたらいい。これから先も、ずっとそうであってほしい。祈りの言葉なんか知らないから、俺はただ願った。



 この暁光の先が、明るいものであるように。



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