第四章 其の三
ジャックは、一躍にしてグレーターデーモンに詰めかかると、業物の剣を横に一閃、さらに縦に一閃させる。グレーターデーモンの首を刎ね(はね)飛ばし、康介をつかんでいた柱のような太い左腕も切り落とす。
それはまさに息をもつかさぬ刹那の早業であった。
首と腕を切り離されたグレーターデーモンは、大きな巨体を傾かせ済し崩し的に倒れこむ。
「大丈夫か」
ジャックは康介を捕らえていた巌のような掌を抉じ(こじ)開けた。
「ええ、何とか」
解放された康介は激しく咳き込んだ。酸素が足らず、眩暈も頭痛も酷い。それでも、何とか立てないことはない。康介はジャックに礼を述べた。
「有難う」
「気にするな。それより、遅くなって悪かったな」
「立てるか」と、ジャックは康介に手を差し伸べた。
その時、――
康介がジャックの背後、丁度ジャックの死角に見たモノは信じがたい光景だった。
「ジャックさん、後ろ!」
「「危ない!」」
康介、そしてエルシールとコロンが同時に叫んだ。
ジャックは振り返ると、突き上げられる鋭い痛みと、それに続く鉄鎚のような衝撃に襲われた。胸部に五本の刃で切られたような痕が刻み込まれ、続く衝撃で後方に吹き飛ばされる。塀を打ち抜き、さらに地面を擦り、コロナの真横まで吹き飛ばされる。
――ちっ、油断した。
追撃の攻撃からカラダを庇った際に、ジャックの左腕は完全に折られていた。思いのほか、爪痕は深くなく内臓まで達していないことが唯一の幸運だろう。
康介は、いま目の前に巨塔のごとく立ち聳える(そびえる)モノに恐怖した。
――なんで、なんで、なんでコイツはまだ動けるんだよ?
康介は混乱していた。
それは決して有り得ない光景。
たとえ現実であっても、受け入れがたき悪夢。
立ち聳えるソレは首と左腕を落とされたグレーターデーモンだった。
グレーターデーモンはジャックの方へ一歩一歩近づく。心なしか、切り落とされた部分は震えているように思われた。否、確かに切断面はぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てて蠢動していた。
そして、――
切断面が急激に膨れ上がった。膨張と収縮を繰り返すソレは、肉を突き破るようにして胎動していた。獣が獲物の肉を咀嚼するような生理的嫌悪感の音は一層大きくなった。いよいよ臓腑を髣髴させる紫の管が血走った肉が盛り上がる。そして、それは生まれ出た。
――切り落とした筈のグレーターデーモンの左腕と首が生えたのだ。
――先程と寸分変わらぬグレーターデーモンがそこにいた。
それを見たジャックは笑うことしか出来なかった。希望を打ち砕かれ、本当の絶望を前にして、ヒトはあまりにも無力すぎた。
「化け物め」
苦々しくジャックは吐き捨てた。
「残念だったな。コレぐらいだったら、幾らでも再生出来るのだよ。わたしを殺そうと思うのならば、カラダを全て滅することだな」
クツクツと歪んだ醜い笑みを浮かべるグレーターデーモン。
「さて、どうしたものか?このまま全員皆殺しにしてもよいのだが、それでは面白くない」
グレーターデーモンは、周囲を見廻した。
リュックブルセルクの兵士達の大半は意識を失って倒れている。気がついた者たちでさえ、呻き声を上げたり、この状況を歯痒く(はがゆく)思うだけで、満足に身動きが取れない者ばかりだ。また、 康介たち四者は四様ともボロボロであった。
康介は崩れた瓦礫に背を預けながら、呆然とグレーターデーモンを見上げるばかりであった。圧倒的なグレーターデーモンの力の前に、為す術がなかった。しかし、死を目の前にして、不思議と後悔はなかった。どうしてだか、ココで死ぬことが運命というのであれば、康介はそれを受け入れる積りであった。ただ、カミーユと交わした、「危険を感じたら引き返す」、という約束が結果的にないがしろにしてしまうことだけが、少しばかり心を痛ませた。
不意にグレーターデーモンは地面に転がる康介に歩み寄った。
そして、
「命乞いをしろ。そうすれば、お前だけは助けてやらんこともない」
瞬間、康介は何をいわれたのか理解できなかった。
グレーターデーモンは、口元を歪ませながら再びいった。
「「他の者達はどうなっても構いません。その代わり私だけは助けてください」、と命乞いをするのであれば、お前は生かしてやろうといったのだ」
醜悪を滲ませるグレーターデーモンは、康介に卑劣な交渉を持ち掛けてきた。
――ああ、そうか。コイツはそうやって、多くのヒトの精神を喰らってきたんだ。這い上がることが不可能な、絶対的な絶望の深淵にヒトを貶めて(おとしめて)――
そう悟ったとき、康介の心には怒りが込み上げてきた。決してこんな卑劣なヤツには、平伏しはしないと。
「絶対に嫌だ!」
「なんだと?」
康介は、今まで生きてきた中で初めてではないかと思うくらい、大きな声で拒絶した。
その明断な声は、闇を切り裂く響きがあった。




