第四章 其の四
コロナは、康介とグレーターデーモンのやり取りを聞き、再び瞠目した。この時はっきりと、康介から魔力を感じ取ったからだ。先程は間違いではないかと思ったが、紛れもなく康介の魔力のチャンネルが開いていた。さらに、康介の魔力の波長は、自分のそれと偶然にも一致していたのだ!
コロナは、左右の手首に嵌め(はめ)られている銀色の腕輪に目をやった。その腕輪は『契約の腕輪』と呼ばれ、契約を結んだ者どおしを結びつける物だ。契約さえ結べば、コロナは不足している魔力を補うことが出来る。もしかすれば、グレーターデーモンに肉薄することも出来るかもしれない。しかし、今まで契約など一度たりとも結んだことのないコロナは一瞬躊躇する。
雲の隙間から月光に照らし出され、『契約の腕輪』は文字通り白銀を帯びていた。『契約の腕輪』が輝く様は、それが静かに鳴り響いているかのようであった。
――どこに躊躇う(ためらう)必要がある。あの少年は自らの命を賭しているではないか。それだけで十分信用に足る人間だと分かるだろう?
コロナは小さく頷き、康介に勝機を託すことにした。
「まだ動ける?動けるなら頼みたいことがあるのだけど」
コロナは傍のジャックに呼びかけた。
「見た目ほどダメージは負っていない。もう一戦やれるさ」
「だったら、お願いがあるわ」
「いいだろう。ただし、今回も貸しだ。昨日の件を含めて、これで二つ」
「ええ、構わないわよ。心配しなくても、後で返すわよ」
「もっとも生きて帰れればの話だがな」
「冗談でしょ。誰が死ぬって決めたのよ?絶対生きて帰るわよ。そういえば、酒場の決闘時に、私の『本気』を見せていなかったわよね?だったら今見せてあげるわ」
「?」
「あのデカ物を康介から引き離して頂戴。それと、私と康介から気を逸らして欲しいの」
ジャックは逡巡する。すぐさま、
「成る程。お前はウルギスト族の娘だったな。良いだろう、その話乗った」
コロナの考えを読み取ったジャックは、にやりと笑みを浮かべた。
「何故だ?お前は自分の命が惜しくないのか?」
「嫌だ!嫌だ!嫌だ!何度でもいってやる。俺はお前の指図なんか受けない!」
一方、康介はグレーターデーモンの誘惑を撥ね(はね)つけた。今まで鬱積していた全てのものが爆発したかのように。
「グレーターデーモン、この俺様を忘れてはいないか?」
ジャックは、半分に折れた剣を握り締めると、グレーターデーモンに奮い立つ。
「そんな剣で何が出来る?」
「剣はまだ半分も残っているさ」
かつていわれた科白を自分が口にして、ジャックは苦笑する。しかし、今ではその苦笑すら清々しいものであった。グレーターデーモンほど不足のない相手はいなかった。根から剣士のジャックにとって、相手が強ければ強いほど自分の剣を存分に振るえ、そこに自己の価値を見出せたからだ。
ジャックの目的は、グレーターデーモンを康介から引き離すこと。今の自分では足掻い(もがい)たところで、グレーターデーモンに勝てる見込みが薄いことは認識していた。ならば、一瞬の隙を見て、康介をコロンナと契約させる必要性があった。
ジャックがグレータデーモンに踏み込む。
「くらえ」
「!?」
ジャックの剣から、突如炎が噴出した。コロナに施してもらった魔術であった。もっとも大した威力もない魔術なので、グレーターデーモンにダメージを負わすことなど到底不可能だ。 しかし、ジャックは一瞬でも隙を作ればよいのであった。
ジャックは、予期せぬ現象に動きが鈍ったグレーターデーモンを見逃さなかった。 ジャックは剣を投げつけると、康介の元に走り寄り、
「受け取れ」
「!?」
空になった手で襟元をつかみ康介を持ち上げ、有らんだけの力で放り投げる。
この奇行には、周囲の皆が、もちろん投擲された康介自身でさえ虚を突かれた。グレーターデーモンやエルシールですら彼の意図をつかめなかった。ただ、ジャックとコロナを除いては。
「受け取りなさい、康介!そして、それを左手に!」
名前を呼ばれた時と同じくして、コロナから投げられた一つの腕輪を康介は見た。それは、コロナが神父の屋敷に赴く前に聞かされていた『契約の腕輪』だ。
月明かりを浴びた銀色の腕輪は、純然たる結晶のように煌き、蹂躙された地獄において神聖不可侵な輝きを有していた。ゆっくりと円弧の軌道を描く腕輪は、いかなる困難な状況であっても、勝利を確約する一つの奇蹟の証に見えた。否、それは錯覚などではない。
康介は、世界が無音になった感覚にとらわれた。全ての時は縫い(ぬい)止められ、世界には康介とコロナと、そして二人を結びつける『契約の腕輪』しか存在しなかった。康介はその奇蹟に手を伸ばす。
康介は空中で腕輪を受け取ると、すぐさま左手に当てつける。どうすれば装着できるなどは知らなかったが、それが奇蹟であるならば全てが予定調和であるはずだった。
康介が腕輪を左手に押しつけると、腕輪は主人を迎えたかのように左手首にさらりと嵌まり、突如押し流されんばかりの強いか光をもって輝き始めた。
目が眩むばかりの光の奔流の中に、康介は見た。
コロナが薔薇よりも深い紅のヴェールに包まれ、背中には一対の白銀の翼が出現した。天女の羽衣よりも高貴で、野に咲き誇る薔薇よりも力強く、月下に色づく夜桜より美しかった。




