88 お嬢様の謝罪
クレアたちは、そろそろ家に着いた頃かしら?
二人のことを考えると、私のことも終わらせないといけないわね。
一筋縄ではいかないと思うけど、このまま二人に守られて何もしないよりはいいのかもしれない。
悪い方に転んだ場合は……その時に考えるしかないわね。
「お嬢様? 何をお考えになられているのですか?」
「ちょっとね」
「必要なことがございましたら、何なりとお申し付けください」
あの時は学園の入学試験だとばかり思っていたから、あんな態度で絡んでしまった私も悪い。
もちろん、あいつの攻撃的な嫌がらせは、ライオの言うように問題行動ではあるのだけど。
昔から友達は少なかった。家庭環境が悪かったのも原因だけど、社会に出てからも、一緒に出かけるような友人はいなかった。
こんな世界にまで来て同郷に出会えるのも不思議な話だけど、まさか友達になれるなんて思いもしなかった。
「クレアの昔って、どんなだったのかしらね」
「クレアローズ様ですか? 貴族たちの間では、幼少の頃からとても秀でた方だったと記憶しております」
わざわざ「貴族たちの間では」って……公爵家の中ではどうだったのよ。
濁したくなる気持ちもわかるけどさ。
別の世界とはいえ、記憶を持ったまま生まれたのだから、そうなるのも当然なのかもしれない。私と違って、クレアは真面目だから、積極的に行動していたのだろう。
そんな彼女と自分を比べること自体、おこがましい話よね。
「一方の私は、何もできない、ただの凡人以下。きっとクレアは気にしないだろうけど……私が側にいれば、公爵令嬢という肩書きに泥を塗ってしまうんじゃないかと思うのよ」
私がそう思ってしまうのは、あの言葉……のせいだ。
人を蔑むために使われる言葉だということは、わかっている。
私がその言葉を口にするだけで、クレアは悔しそうに顔を歪める。
それが、クレアが私にこだわる理由なのかもしれない。
そんな言葉をルビーに聞かせようものなら、何を問い詰められるか分かったものじゃない。
「そのようなことは……お嬢様も………………とても優秀な方でございます」
間が長くなかった?
いや、わかるよ。いいところもあるよね? 悪いところもちょっとだけあるけど、いいところの方が多いはず。
私は皆がいてくれたおかげで、今こうして裕福な生活をさせてもらっている。
それなのに、皆は私に感謝の言葉をくれて、誰もが慕ってくれている。私を見てくれる皆がいるだけで、十分だった。
学園は憂鬱な場所だったけど、明日またクレアに会えると思うと、少し嬉しくもある。
「お嬢様、お体のこともございますので、今日はもうお休みください」
「そうだね。ありがとう、ルビー。そばにいてくれて……」
「お嬢様?」
翌朝。昨日出してもらった疲労回復の薬が効いたのか、筋肉痛はかなり和らいでいた。
実技の時間になると、私はクレアに一人になりたいと断りを入れて、図書室へと足を運んだ。
そこで、偶然にも、あの人物と会うことができた。
彼は私と目が合うなり、右の口角を吊り上げ、取り巻きの肩を突き飛ばすようにしてこちらへやってくる。
「あなた様に、お話があります」
「ほう、この俺に話か?」
相変わらずの高圧的な態度。けれど、そんなことを気にしたところで意味はない。
最初から彼への言動を間違えていたのは、私の方だ。
平民の中にも、ある程度の名家であれば家名を与えられることがある。とはいえ、爵位を持つ家に対してはへりくだるのが貴族社会の当たり前であり、私の対応は不敬以外の何物でもなかった。
「私は、あなた様の気に障ることをしてしまったのでしょう。ですので、その謝罪に参りました」
「よく分かっているじゃねぇか。それで?」
「私も、過ぎたものの言い方をいたしました。大変申し訳ございませんでした」
深く頭を下げる。
「おい、それで謝っているつもりか?」
それですら気に入らなかったのか、彼は私の髪を乱暴に掴み上げた。
「くっ、いた……」
強引に顔を上げさせられ、見下ろしてくる彼と目が合う。
痛みに顔を歪めると、頬を打たれ、掴まれた髪をそのまま揺さぶられた。
「ちゃんと這いつくばってするもんだろ?」
髪を下へと引っ張られ、私は床に手をついて頭を下げる。
「失礼をいたしました。大変申し訳ございませんでした」
これだけのことをしても、彼は私をあざ笑うだけで、許すという言葉は出てこない。
やはり、こいつには何を言っても無駄なのだろうか……
「俺が言っていることがわからないようだな。頭をこうして、地面にこすりつけるんだよ」
頭を踏みつけられ、額が床にぶつかる。激しい痛みが走った。
「うっ……大変申し訳ございませんでした。許してください」
何とか声を振り絞るが、彼は足をどけるどころか、さらに体重を乗せてくる。
声を上げずに、ただ耐えるしかなかった。
「も、申し訳ございませんでした」
「これで許されると思わないことだな」
頭の重みが消えたかと思うと、脇腹を蹴り飛ばされた。衝撃に耐えきれず、私は床を転がる。
「ぐうぅ……」
ああ、やっぱりこうなるのか……私はこれからどうすればいいんだ?
こういうのが多いのかもと思っていたが、想像以上だ。
「そうだ……前、馬車に乗っていたのはお前の侍女だろ? あの赤毛の女だ。アイツを一晩俺によこしな。それで許してやるよ」
赤毛の侍女?
私の馬車に乗ったことのある侍女は、ルビーしかいない。
それを、一晩よこせ?
お前は、相当なクズのようだな。
下卑た笑みを浮かべるお前の顔と言葉から、何をするのか容易に想像がつく。
「アイツでなくとも、ほかの使用人もいるんだろ? 二人でも三人でもいいぜ。数が多ければ、お前を許してやることも考えてやるよ」
俺が、そんなことに応じると本当に思っているのか?
皆、必死に私を支えてくれている。こんなやつのために、大事な皆を差し出せるはずがない。
こいつには、何を言っても無駄だ。権力を振りかざし、隣で怯えている取り巻きも、相手が伯爵家の嫡男だから逆らえないのだろう。
伯爵家がどうした?
お前はただのガキだろうが!
こんな外道に、もう下げる頭はない!
「何を……今、なんて言った……」
「お前の所の使用人を連れてこいって言っているんだよ。たっぷり可愛がってやるからよ」
「ふざけるな……お前なんかに、誰が差し出すものか」
「お前だと? てめぇこそ、誰に向かって口を利いてやがる」
抵抗したことで暴行はさらに激しくなり、体中に痛みが走る。
これで終わりだな……お前も俺も。
「まずいっすよ。これ以上は……」
取り巻きの一人が止めに入るが、彼も邪魔をしたことで殴られ罵倒されている。
こいつには、もう慈悲すらない。こんな輩は排除するべきだ。
お前には、何も残さない……
お前の伯爵家ごと、何もかも全部ぶち壊してやる。




