89 お嬢様の苦渋の決断
騒ぎを聞きつけたのか、周りには多くの生徒が集まっている。
そんな状況にもかかわらず、一方的な暴力を止めるものは誰もいない。
再び蹴りが来ると身構えたが、衝撃はなく、周囲からどよめきが聞こえてくる。
「すまない、グセナーレ様。お小言なら後で、何度でもお聞きいたします。私はこの下衆が我慢なりません」
「ライオット殿下!? 何故こんな忌み子を庇い立てしているのですか」
「グセナーレ様は私の友人だ。それに、お前は何をしている!?」
俺を守ったことで、事故とはいえ、ライオを蹴ったことには変わりない。だが、彼には悪びれた様子を感じ取れない。未だ高圧的にも思えるほどに……
「その忌み子が、この私に無礼を働いたので、警告をしたまでです。ですが、殿下に対しては、先程の非礼はお詫びいたします」
「なんだと? マガーレン、貴様は何を言っている? 謝罪すべきは、グセナーレ様に対してだろう」
ライオに抱きかかえられることで、痛みが走り顔を歪めてしまう。
王族であるライオに対して、無礼極まりない言動に態度。何でこんなことを……自分が何をしたのかを理解できていないのか?
「ライオ……俺、私に構うな、こいつは……」
「何を馬鹿なことを、グセナーレ様も非がないとは言いませんが、これは明らかに行き過ぎた行動です」
「はぁはぁ。イクミ・グセナーレは……その名前にかけてお前を絶対に許さない」
俺を狙うことで、誰かが標的にされる可能性がある。
中には俺のためにと、どんな非道なことでも抵抗もなく受け入れ、それに尽くす者がでてきてもおかしくはない。
全ては俺を、イクミ・グセナーレを守るということだけで……
「私は貴方を許さない。私の使用人を慰み者として見た貴方を、絶対に! だから、私は貴方を潰す」
「だったら俺は、お前の家を粉々にしてやるよ」
ルビーはこうなることを分かっていたのかもしれない。
俺は謝罪をすることで、なんとかなるかもしれないと考えた。それでその先がどうなるのかさえも……いくら何でも都合がよすぎている。
人だかりの生徒が道を譲り、誰かがこちらへと近づいてくる。
騒ぎを聞きつけて来たのだろうか。
「ソディールス・マガーレン。口を慎め! グセナーレ様も、お怒りはごもっともですが、そのようなことは軽々しく口にしないでいただきたい」
「では、こういたしましょう。ソディールス・マガーレンと、イクミ・グセナーレ様とで決闘されるのはいかがでしょうか?」
「学園長?」
決闘?
確か、貴族間の争いで互いの何かを掛けて使われることもある。どのような理不尽でも勝敗が全てだ。それなのに学園長が持ち出すのには、なにか裏があるのかもしれない。
「学園長。俺は伯爵家の嫡男です。敬称を間違えてはおられませんか?」
「何も間違えてはおりませんよ。マガーレン」
「忌み子であるコイツになぜ、敬称を付けているのかを聞いているのです!」
それについては、学園長ではなくライオに問いただしたいところだ。
王族である彼が私に対して敬称を付けていることに違和感を持っている。聞いたところではぐらかされるのだろうから、敢えて聞きはしない。
だけどクレアとは違い、別の意味で保護をされている意図がわからない。
今もこうして身を挺してかばい、俺がされたことに対して怒っている。
「決闘は、代理人を立て三対三の決闘とします」
「学園長!」
ライオの言葉に耳を貸すつもりもなく、学園長はそのまま話を続けていく。
「日時は三日後、時刻については明日にでもお知らせします。それまで、ソディールス・マガーレン。あなたを謹慎処分とします」
「俺が謹慎? どういうことですか!」
そういうことか……三日という猶予。代理人を用いての決闘。
つまり、彼程度の人望で集まる人はたかが知れている。
学園長は俺を見て目を細め、まるで安心しろと言われているようだ。
開かれた目に怯える彼は、学園長からも敵として定められているようにも思える。
「なぜとはおかしなことを言いますね。学園の秩序を守るのも、私の重要な責務です。本来であれば即退学でもいいのですが……それでは、イクミ・グセナーレ様のお怒りが収まるとは思えません。それで決闘というわけです、ご理解いただけましたか?」
退学という言葉も嘘を言っているわけでもなさそうだ。
そう思わせるほどに、その声からは本気が感じ取れる。
そうせざるを得ない何か特別な理由が、俺にはある。
だからこそ、二人が俺に対して気にかけている。
「くっ、はぁはぁ」
「グセナーレ様。お気を確かに!」
「マガーレン君、謹慎処分中です。早くここから立ち去りなさい」
何かを吐き捨てるように、罵倒を始めたところで俺の意識は途絶えていた。
「グセナーレ様!」
「これは酷いですね。医務室へと行きましょう。殿下、よろしいですね?」
「当然だ」
目が覚めると、不安げな表情をしたクレアの姿が見え、辺りの様子は少し見覚えがあるところだった。
体を起こし、何があったのかを思い出していると、クレアは私に抱きつき涙を流していた。
「イクミ様。よかった」
クレアの頭を撫で落ち着かせようにも、一向に泣き止もうとはしない。それだけではなく、カーテンが開かれると血相を変えた二人がこちらを見ていた。
以前にもこんなことがあったような……ああ、熱を出していたときだ。
暴力を振るわれたことで気を失っていたから、こんなにも心配をかけたのか。
「治癒魔法を施しましたが、お体は大丈夫ですか?」
「はい、少しくらくらしますが。問題ないと思います」
「それはよかった。あなた様に傷の一つでも残れば、何が起こるか分かったものではありませんから」
学園長の言いたいことはよくわかる。
顔はもちろんのこと傷が残れば、ルビーたちが黙っているはずもない。
「すううぅ……」
大きく息を吸い、ゆっくりと何度も繰り返す。
私は、またあの時みたいになってしまった。
久しぶりに感じた感覚。自暴自棄みたいに何もかも、捨ててしまいたくなる感覚。
クレアの手を掴み、心を落ち着かせていく。
「ごめん、もう大丈夫だよ」
怪我は学園長が魔法で治療してくれたみたいだけど、治せなかったら飛び火していたかもしれないわね。
多少の傷ぐらい、私としてはあまり気にならないことだけど、皆がそれを良しと思うはずもない。
それと同じように、私は彼が言った言葉が許せない。
私自身が言った言葉も、今更取り下げるつもりはさらさらない。あの馬鹿はこれからも同じように、生活を続けるのだろう。
そして、他の誰かが犠牲となり悲劇が生まれる可能性すらある。
「決闘の話はお聞きしました。イクミ様、どうか私を代理人として立ててください。お願いします」
「ちょっとまって、どうしてクレアが……」
心配してくれるのは嬉しいけど、そんな危険なことをさせられるはずがない。
そもそも、クレアはこの件に関して無関係だし、なにより屋敷に持ち帰って誰が代理人になるのかということで騒ぐのも目に見えている。
「友人が傷つけられた。それ以外に理由は必要でしょうか?」
「なら、私も選んでもらっても構わない」
「ライオはいつから私の友達になったのかわからないけど……ありがとう、二人共。でも無理だと思うよ」
相手はあの様子だから、まともな相手が出てくるとは思えない。
それに、学園長も私のことを知っているようだから、時間の猶予をもたせているのだろう。
クレアには何度も無理だと言っても話を聞いてはもらえず、クレアとライオを連れて屋敷へと帰ることにした。
また、早い時間での帰宅に、庭にいた全ての護衛や使用人たちが集まってくる。
「お嬢様! こんどはどうされたのですか!?」
ルビーにどうやって説明すればよいのかな……できれば穏便に済ませたいところなんだけど。




