79 お嬢様は不安を募らせる
あの二人はいいとして、これからは対策が必要になってくるわね。学園の中では、生徒以外は立ち入りを禁止されている。学園で起こりうるトラブルは、私個人で対処するしかない。
今回は大した被害ではなかったけど、大事になる可能性も十分にある。
現状において、私には対抗する手段はない。
「殿下、上着を貸してくださいませ」
「ああ、す、すまない。少し待ってくれ」
クレアが上着を受け取り、私に掛けてくる。
寝間着一枚では心許ないし、追い出しても、また入ってくると思ったからか。
服デカいな。
それにしても……あの言葉。イミゴ、この単語にクレアたちは、怒りを顕にしていた。
あの言い方といい、二人の様子からしてかなり酷い言葉になるのだろうけど、正直どういった意味なのかが分からない。
今は保留のままでいいと思う。
クレアは正義感によるものなのか、友だちを悪く言われるのか、どちらにしてもいい気分ではないみたいね。
友だちと言ってもまだそれほど親しいという訳でもないし、離れるのなら速いほうがいいのだが、クレアがこの話を聞くはずもない。
さて、これからをどうしたものだろうか?
「イクミ様。いかがされましたか? 殿下の服が、お嫌であれば私のをお渡ししますが」
殿下は気まずそうに、わざとらしく咳払いをしている。自分の上着を嫌がられたと思ったのかしら。
「大丈夫よ。考え事をね。ここは屋敷とは違い、今回のようなことがエスカレートすれば、最悪、大怪我をすることになるかもしれないわね」
学園の中だからと、少し安心していたのは認める。今回のように私に何かしらの危害を加える輩がいる。
態度を改めようにも、あの手合いに通用するとは思えない。
今日のはまだまだ可愛い方だけど、何かをしようとすれば、屋敷に伝わってしまう恐れがある。
「あの程度が続くのなら問題ないけど……」
「問題大ありです。よいですか? どのようなことがあったにせよ、こんなことは許されるはずありません。イクミ様が何もしないというのであれば、私にも考えがございます」
パンっと音がなり、クレアは右手の拳を左手で包んでいる。考えって……ぶっ飛ばすとか言わないよね?
あなた、本当に公爵家のご令嬢でいいのよね?
屋敷よりも前に、クレアを何とかする必要がありそうね。本当に、何をしでかすかわかったものじゃない。
「ちょっと、クレア? えっと、ごめん。怒った?」
「大丈夫です。さっきから、怒っております」
大丈夫って何が大丈夫なの?
これは対処しないと、よくない結果になる気がしてならない。前世といい今世といい、私の友人にまともなやつはいないものなの?
「いや、でもね、私も悪いところはあったんだよ? ええっと、殿下も知っているはず。入学式の日にあったことを……今回の火種は元々、私が悪かったことなのよ。だから、クレアは何もしなくていいからね?」
クレアの両腕を掴み、彼女を宥めようとしても何も効果がない。
手を震わせ、ゆっくりと吐く息ですら、力が込められているようにも感じられる。
「く、クレア? あのね、まずは落ち着いて」
今の会話が、どこでクレアをここまで怒らせるきっかけになったの?
クレアは私の手を掴み、柔らかい笑みを浮かべる。
「ライオット殿下。イクミ様がご入学式の時に、どのようなことがあったのですか?」
「入学式? ああ、なるほど、実力測定の話だね。やはり彼らでしたか、ええ覚えていますとも」
「あの時は何もなかったし、私に被害はなかったよ」
「それでしたら、私もお付き合いさせていただいてもよろしいですね、殿下? よもや、お一人で行動されるなどと申さないようお願いします」
「ちょっと、クレア。何を言ってるの?」
「本来であれば、そうしたいのはやまやまなんだけど。行こうか、クレア」
「はい、殿下。イクミ様は少しそのままベッドで待っていてください。勝手に出ていったら、怒りますからね?」
「いやいやいや、待って、おーい、話を聞いて」
私を置き去りに、何を勝手に自己完結して、話を進めているの?
二人のあやしい言動とお怒りな様子。殿下は犯人の目星はついている。クレアは叱りつけ……今のクレアなら、確実にやるつもりだ。
そんな事をすれば問題は大きくなるし、何より王族と公爵家の令嬢が何を考えているのよ。
「待って待って。二人共早まらないで、お願い」
私は慌ててベッドから飛び出し二人を追いかけていく。
「イクミ様。そのようなお姿で出歩くものではありません」
「グセナーレ様は、ベッドで待っていてくださるだけで結構ですので」
会話になっていないから。
私は必死で二人の腕を掴み、引っ張るが力も体重もないのでびくともしない。
そんな中、たまたま歩いていた学園長の姿が見えた。が、私を見るなり走ってやってきていた。
「グセナーレ様。どうされたのですか!」
猛ダッシュにもかかわらず私を抱きかかえ、予想だにしない行動にびっくりしていた。
「この服とその格好は、何があったのですか!?」
学園長が今の私の格好を見て、驚愕するのもわかる。医務室の寝間着に男子生徒の上着。しかも裸足のままだった。
「えっと、学園長? これは殿下からお借りしているもので……というか、一体どういうことですか?」
クレアと殿下の、怒り具合といい。
学園長の取り乱しもおかしい。
今回の揉め事は、私が思っている以上に大変なことだというのかしら?
私にとってたかが子供のイタズラ。
いやこの考えが間違っているのか? 前世であれば子供のやったことで済まされる。
「殿下? ライオット殿下、あなたという方が側にいたにも拘らず、これはどういうことですか?」
「申し訳ない。しかし、グセナーレ様は実技は免除されているのだ。私とは別の場所に……いや、これはただの言い訳に過ぎないな」
私の制止も聞かず、二人は今回起きた出来事を学園長に話してしまう。
お願いだから、私の言うことを聞いてくれる人がほしい。
「グセナーレ様。今後学園では、どうかお一人にならないでください」
私からすれば、何がどうなっているのかも分からず「はぁ」とだけしか声が出てこない。
学園長の指示により、今は報復するなということになった。
そう、今はである。
それに納得する二人は、絶対に何か考えているに違いない。
本当になんで私は学園に来ているのだろう。
学園長は濡れていた私の制服に何かの魔法をかけていた。
クレアは、私の制服を綺麗にたたみ直し隣へと置いてくれる。
本当に魔法というものはすごい。私も使えればと思うが……魔力があまりないから無理よね。
「イクミ様……」
「どうしたの? 私のことは大丈夫だから、本当に何もしないでね」
「はい。今は何もしません」
するなと言ったらする。前世の友人と同系統かもしれないわね。




