78 お嬢様は忌み子
私は、クレアに抱きかかえられ、教室から連れ去られていく。
二人は、学園の医務室に私を連れていきベッドの中へと押し込める。
濡れた服は脱がされ、医務室に置いてあった寝間着に着替えさせられた。もちろん、その間殿下には廊下で待ってもらって。
本来の淑女とは、人前であんなみっともない姿をさらすはずはない。だから二人は血相を変えて私を匿っているのだろう。
私からすれば水を浴びせられただけ。体には、傷がないことで大した問題ではない。
ぼーっとしていたとはいえ、簡単にわかることなのに、私はどうしていたんだろう。
あの状態を見られたことで、こうなることは予想できていた。
クレアにとって私という存在は、元同郷というのが大きなものとなっていたのかもしれない。
つまりそれは、この世界とは違う別の価値観で見ていたのかもしれない。
「イクミ様。ちゃんと話してください。なぜこのようなことになられたのですか?」
ああ、クレアとはやっぱり距離を取るべきだったかしら?
この子はこんなことで、泣いてしまうのね……クレアの目には溢れそうなほど、涙が溜まっている。
「彼らも若気の至りってやつでしょ。濡れただけだし、被害といえば私が借りていた本ぐらいのものだよ。それをどうやって弁償するかが問題かな」
「ですがそれは、イクミ様のせいでは……」
このままではだめだ。
心がざわつく、この感じいつ以来だろう?
「私のせいでもあるのだよ。彼らを焚き付けたのは私だし。それに、こうなることは大体予想もできていたから。私としては、怪我をしていないだけましよ」
焚き付けたつもりはなかったけど、私はクレアに何も問題はないと言いたかった。
だけど、二人には私の言葉よりも、私に向けた行為そのものが許せないみたいね。
私は体を起こして、クレアの手を取り何度か首を振る。
「あなたは何も気にしなくていいの。だから、そんな顔はしないで。ね?」
目を閉じ、深く深呼吸をする。
本当に邪魔な……邪魔な奴らだ。
「イクミ様!」
目を開けると同時にクレアが抱きしめてくる。
「私は納得がいきません」
「私もクレアに同感だ。このようなこと許せるものではない」
「殿下?」
でんか? さっきもそう呼んでいたけど……殿下? ということは、王様のご子息?
何でそんな人が私に? 入学式の時から私につきまとっていたけど……王国は私のこと、警戒?
警戒はいいすぎかもしれないけど、なにか思惑があると見てよさそうね。
彼は私の制服を手に取り、力強くそれを握りしめ、床には水が滴り落ちていた。
「妄りに女性の服を触れるものではありません。お渡しくださいませ」
「すまない。お願いするよ」
「それと、殿下はいつまで……この場におられるのですか?」
まあ、確かになんでいるのかと言われても、彼は答えられないだろう。
監視対象が、こんなことになって何を報告されることやら。
「す、すまない。決して疚しい気持ちなどない! わかってくれ」
ああ、なるほど。そう言えば私は寝間着姿でベッドの中。いくら殿下とはいえ、男性が淑女の休んでいる部屋に居座るのはよろしくないということね。
だから、クレアが殿下だろうときつく言えるのね。
彼と目が合うと、慌てて視線を逸らされた。
「いや、違うんだ、クレア。誤解だ、信じてくれ」
「いいから出ていってください!」
クレアは部屋の扉を指さし大声を出す。彼は慌てて部屋から出て行った。
殿下とクレアって、さっきの言い訳じみた言い方といい、知り合いなのだろうか?
「イクミ様。もしよろしければ、私がお屋敷に言伝てまいりましょうか?」
一番知られてはマズイところに、こんなことを伝えられると私が困る。
「いや、それは絶対に駄目。今回は、クレアと学食ではしゃいだことで、水をかぶったことにする」
「私は友だちがこのような仕打ちを、黙っていられるほどお人好しではありません」
友だちか……今思えば私には多くの仲間はいたけど、友だちと呼べる存在は一人もいなかったわね。
あなたはこんな私を、友だちと呼んでくれるの?
クレア……たとえそれが嘘でも嬉しいよ。
「クレア、辛いと思うのなら……私から離れなさい。私は色々と問題を抱えているのよ」
問題は多い。
そのもっとも大きな不安要素が、冒険部隊の皆だ。
彼らは強くなりすぎている。冒険者ギルド、王国、各地にいる貴族も私のことを調べているかもしれない。
それにしても、彼がよりにもよって殿下だったとは……入学式での行動に不敬罪とかならないよね?
今はそっちのほうが心配だわ。罪を理由に何が起こるか、わからない。
「あなたは、そうしたくないと言うでしょう」
「そんなの、わかって、いるのでしたら……どうして」
「友だちだからかもしれないわね。巻き込みたくはないの、だから……」
私は言葉を遮られる。
クレアに両頬を強く挟まれている。この子、馬鹿力すぎない?
ちょっと、いやかなり痛いのだけど……
「私なら大丈夫です。むしろ巻き込んでください、私こう見えて強いですから」
いや、うん。
私はクレアの腕をペシペシと叩き離してくれるように促す。
「どうかしました? 私を突き放そうとしても、無駄ですよ? 私にごめんなさいをしてくれますか?」
声を出そうにも手の圧力によって、うーという声にしかならない。クレアの顔が近づいてくるので、あまり動かない顔を、上下に何度も小刻みに震わせて合図を送った。
手を離す頃には、何か納得したように笑顔を見せていた。クレアのお上品は、虚像ね。
実技に誘われた時も、『鍛えれば大丈夫です』と、いっていた意味がわかる。
この子は……何でも力でねじ伏せてきたのだろうか?
私をここに運ぶときも、めちゃくちゃ早く走っていたわね。
「本当にそれでいいの? わ、わかった。ごめんなさい、さっきの話は取り消すから」
忍び寄る手に、私は慌てて謝ることにした。
クレアには何を言っても引くつもりはない。新しい悩みのタネが出てきたことで、勝手に息が漏れる。
「ねぇ、クレア。少し気になることがあったのよ」
「何でございますか?」
あれは初めて聞く単語。
私をそう呼ぶ、別称のようなものだった。
「イミゴとはどういう意味なの?」
「それは……」
「いまいちよく分からないのよ。意味のない子? 必要のない子供、そういう事であっているの?」
言葉を辿れば、そういう意味にも思える。
けど、なにか違う意味合いがある気がしていた。
「そのようなことを、二度と仰らないでください!」
「どうした! 大きな声を出して、何があった?」
殿下が慌てて、また部屋に戻ってきた。
扉の前で聞き耳をしていたのか?
「あ、いやちょっと……イミゴについて聞いただけで」
「何だと!?」
クレアは悲しそうな表情をして声を張り上げ、殿下は苛立ったかのように勢いよく床を踏みつけたのか大きな音を立てていた。
そんな二人の様子からして、それがどういうものかだけは理解できた。
今後この話題を言うべきではないのだろう。
とはいえ、彼らがどういった行動に出るのか分からない。そのためにも、その言葉が何なのかぐらい調べてみるか。
ただ今回の件で、クラスの連中の中で、私に変人という呼び名が追加されそうで……余計な揉めごとは勘弁したいのに。




