76 お嬢様の友人?
私の生活基盤は彼等のおかげだと言うのに……王都では離れてしまった皆とも、少しでも話す時間を設けるべきかもしれない。
きっとルキアのように思っている人たちもいるはずよね。
やっぱり私には、以前のような暮らしがよかったのかもしれない……皆に距離を感じる。
私ができるといえば、ここで彼らに手を振ることぐらいなもの。
あの頃はもっと近くにいたのに……少し悪い方向になっているかも。
手を上げて大きく背伸びをする。
「こちらにいらしていたのですか? お嬢様?」
「あ……これはね、その、ルキアに話があったの」
「私のせいですか! イクミ殿が寝ら……そ、そうです。私がテラスにいたので」
「庇う必要なんてありませんよ。お嬢様が言うとおりにしないのは今に始まったことではないのですから」
トゲが刺さる。今日のはずいぶんと太いわね。
とりあえず、仲間を犠牲にすることはやめたほうがいいかも。
「それは今はいいのですが……お嬢様、お客様がお見えになられました」
「客? 私に?」
ルビーが来たことで、ルキアとの話は打ち切られるが……私に誰がわざわざ屋敷まで会いに来ると言うの?
部屋へ戻ると、ルビーはすぐに着替えの支度に取り掛かっている。
私も寝間着のまま会うということもできない。
そもそも、本格的に寝ている時間であれば、客なんてルビーが間違いなく追い返していると思う。
「そのお客さんは今どこに?」
「はい。お待ちいただくために、応接室にお通ししております。ルキア、テラスの外からお嬢様をお守りしなさい」
「はい、わかりました」
「私にわざわざ会いに来るなんてどこの誰なの?」
「ソルティアーノ公爵家のご令嬢です」
公爵? 貴族の中でも一番上の立場だっけ?
なんでそんな人がこの屋敷に来るのだろう?
それにしても……今日はまたドギツイ服装にしてくれたわね。
なんの嫌がらせなの? 私が話していなかったから?
寝てなかったのが大きいかもしれない。
全身ピンクのフリフリ。鏡に手を付き、ため息しか出てこない。
似合う似合わないという以前に、一番私として避けたい色なんだけど……ルビーは意外とこういう色合いが好きだったりするのよね。
これから人に会うのよ? さすがにこれは辛い。
ルビーからは、執務室で待つように言われる。ルキアは外で待機しているのだが……ルビーはなんで中でと言わなかった?
私が抵抗もなくこんなのを着ているのが珍しいからって、そんなにチラチラと見ないでよ。
結構恥ずかしいってわかっているの?
抵抗しようにも、お客様を待たせているということもあって、ルビーにとっては絶好の機会になったのかもしれない。
「ごきげんよう、イクミ・グセナーレ様」
「あ、あなたは……」
昼食時に一緒にいたご令嬢が現れた。
私はびっくりして、席を立ってしまった。
よりにもよって何でこの人をここに通したの? 彼女の家のことを聞いただけで、そんなことはさすがに考えないか。
「改めて自己紹介を、クレアローズ・ソルティアーノでございます。グセナーレ様とは、お話がしたく無礼を承知で押しかけました」
「そ、それはどうもご丁寧に……」
彼女はルビーに促されるままソファーへと座り、ルビーは一緒に運んできたワゴンで紅茶を用意している。
ここまで来たということは、本当のことを知りに来たということよね。
「先ほどは申し訳ございませんでした。取り乱されるとは思わなかったので」
「私の方こそごめんなさい。ここだけの話ということでいいのよね?」
「ですが……その、よろしければお二人だけで話されたほうがいいかと思われます」
ルビーがそう言うのももっともだと思う。
だからか? 最初からルキアを外に出したというのは……抜け目がないというか何なのか。
「ルビー、彼女と二人にして」
「かしこまりました、お嬢様。では、ソルティアーノ家のご令嬢、どうぞごゆっくりお寛ぎください」
ルビーが出ていき、少しだけ間を空けてから話しかけることにした。
「まさか、こちらに来られるとは思いませんでした」
えっと、来たときと比べて顔色が悪い?
何かあったのか?
「あの、どうかされましたか? お体の調子が悪いとか?」
「え? ああ、ごめんなさい。ちょっとその、の、のどが渇いておりますので先にいただきます」
二度三度と口をつけ、深呼吸を繰り返していた。
まあ、緊張するのも無理はない。ここはもう出たとこ勝負をする他ないし。
何を言ってくるのか、私も気にはなる。
「申し訳ございません、ありがとうございました。ええっと、まずどこから話せばいいでしょうか……」
これまでの彼女とうって変わり、腕を組んで、んーんーと声を出しながら頭を右へ左へと振っていた。
「私の名前は御堂 彩芽。元の名前ですね、それで……転生者です」
転生者?
うんそれは分からなくはないけど……一体どうしたんだ?
「年齢は十七歳、ええっと、後は、後は」
「落ち着いてください。大体のことは何となくわかりますが、私は建石 育実。三十四歳でしたよ。会社勤めで、これと言った話は今となってはあまり必要ないと思いますよ?」
「そ、そうですね。取り乱してしまい申し訳ございません」
今のところ悪い子には見えないのだけど、年相応というか、十七歳というのも頷ける。
「少し気になることがあるの、なぜ私が日本人かもと思ったのですか?」
「まずは名前ですね。イクミという名前は日本にもありますから、もしかしたらと半信半疑で……確信に近づいたのが学園長のことですね」
学園長が? あの人とは面識もないし、そもそも彼女はあの場にいなかった。
会話も当たり障りのないことばかりで、私としては気になることもない。
「学園長は関係がないというか、学園長室までお送りしたのを覚えていますか?」
「それはもちろん。あの時は本当に助かりました。でも、やっぱりわかりません」
「あの時、学園長に呼ばれたことに対して『悪いこと』って言ってましたよね。それが大きかったですね」
それが普通じゃないの? 実際面倒なことではあったけどね。
その話とどうつながるというのかが理解できない。
「グセナーレ様、生徒が学園長に呼び出されるなんて、実はかなり名誉なことなんですよ? 高校の頃とか、悪さとかしていたのですか?」
あー、そういう。ちなみに私じゃないからね。呼び出し受けてたのは、友人だからね。
この感じだと無理そうだから言わないけど。
「なるほど、そういうことでしたか……まあ、それはいいとして。私は、学園では知識を得るためだけに行ってますので、あまりかかわらないほうがいいと思います」
「はい、言いたいことはわかります。でも、私と友だちになってもらえませんか?」
「友だち? ここに来るというのは許可しますが、学園ではあなたの品位に関わりますからね?」
それからは、少しだけこの世界での苦労話をして解散となった。
翌朝、いつものように食堂の扉を開くと、昨日の彼女が朝食を食べていた。
「あ、イクミ様。おはようございます」
「あ、うん。おはよう」
一緒に馬車に乗り、登校して、今日から彼女は私の隣に座っていた。
「今日も頑張りましょう、イクミ様」
「そうね……えっと、クレア」
クレアは嬉しそうな顔をして笑う。
私は周りの視線に、苦笑いしか出てこない。




