75 お嬢様とルキアの嫉妬
いつの間にか話は、私がこれまで破ってきた約束事の数々へと移り、逐一責められていた。
私はこれまで幾つもの約束をさせられてきたが、どれも大した内容ではないため、破ってきたことは数知れず。
「ルビー。今はそんな話をしている場合じゃないのだけど」
「お嬢様? 反省はしておられるのですか?」
「それはもう重々……今までごめんなさい」
ルビーは目を閉じもの思いにふけっている。
考えたくはないけど、今までのアレやコレやを思い返しているとかないよね?
また怒られるのも怖いのだけど……
「お嬢様。お話できないことは、あるでしょう。ですので、私も深くは追及いたしません。これまで通りのお嬢様でも構いません」
ルビーは優しく抱きしめてくる。
「ですので、このままお嬢様でいてください」
ルビーにとっても気になるであろうことを、私は口にしてしまった。
それでもルビーは、何かあるのがわかっていて、あえて聞かないと言ってくれた。それだけのことで、少し気持ちが楽になった気がする。
「ありがとう。ルビー、これからもよろしくね」
「もちろんです。お嬢様」
私のことを話したら、どう思われてしまうのか、今は少し怖い。
もしかしたら、爺さんが何か話しているのかもしれない。だからこそ、あえて触れてこないのかも。
隠し事が多いから、お互い様ってことでいいのかもしれない。
「ルビー、この国に公爵家で……ええっと、あの、怖い顔をしないでくれないかな?」
「グセナーレ家の……今はいいです。公爵家でございますか……少々お待ちください」
ルビーはメモ用紙に、公爵家の名前をいくつか書き出してくれた。
この中で見覚えがあるのは……ソルティアーノ。多分これだ。
「ルビー、このソルティアーノ公爵家のことについて何か知っている?」
「ソルティアーノ公爵家ですか……これと言って思い当たるものはないかと思います」
情報は特になし。分かっているのは、このご令嬢が元日本人ということだけ。
恐らく、学園で接触してくるのは間違いないだろう。
「とりあえず、二、三日、学園を休むわ」
「は? 今なんと仰られましたか?」
「ちょっと面倒なこともあって、少し考えたいこともあるからね。まあ、周りからは避けられているようだし、数日いなくても大丈夫なんじゃないのかしら?」
「避けられている? お嬢様がですか?」
「い、いや、違う違う、ええっと……ええっと」
ルビーの顔色が変わっている。
私ではなく誰かに対して、怒りを顕にしていた。
つい余計なことを漏らしてしまった。
学園での生活については誰にも話していないから、皆は現状を知らない。
「避けられているって言っても、私みたいなのが、貴族たちのご子息ご令嬢と仲良くできると思う?」
「いえ、お嬢様であれば……むしろ、全生徒が膝を付き頭を垂れるのが当たり前かと」
私は一体何様なのよ……ここにいる人たちを基準にすると、私の常識らしきものは何一つとして通用しない。
どんなことだろうと、全てにおいて私が優先であり、まるで崇拝していると言っても過言ではない。
「とりあえず、少し頭を休ませたいから、横になってもいい?」
「そうですね。私も少々用事を思い出しましたので……それでは、寝室に参りましょう」
それにしても、私はいつになったら一人で着替えというものができるのだろう?
こんなことをしているから一向に身長が伸びないとかないよね?
これまでの学園生活から考えて、今日より前に彼女と接点があったのは一度だけ。この世界は魔法という不可思議なものがある。そのため、私のことを魔法を使って調べた?
そんなものがないという確証もないか……
こんなことばかり考えていたら、落ち着いて寝てもいられない……前にも似たようなことがあったっけ。
テラスの窓を開け、置かれている椅子に座る。
屋根にいたのだろうか、ルキアがテラスへ降りてきた。
「お休みになられたのではないのですか?」
「なかなか寝付けなくてね……街でも眺めようと思っただけよ」
「そうですか。日が出ているとは言え、外は危険ですので少しお待ちください」
ルキアは、テラスの端へと行くと、パタパタと手振りで何かのサインを送っていた。
辺りを見渡し、私の後ろに立つ。
「警護が整いました。どうぞ、お寛ぎください」
なるほど、そういうことね。
ただ屋根の上にいたわけじゃないのだろうけど……そこまでする必要が私にはあるの?
違うでしょ、必要があるのよ。
「ルキアもここに座って。少し話をしない?」
「はい」
私が街を眺めると言ったからか、テーブルから少しだけ離れたところへ椅子をずらして座る。
最初からルキアがいると思っていなかったから、ただそう言っただけなんだけど……まあいいか。
「ずっと屋根で見張っていたの?」
「イクミ殿が帰られてからはそうですね。私はイクミ殿の護衛ですから」
「辛かったり、面倒だとは思わないの?」
「そういうことを考えたことはありませんが……」
「何か気になることでも?」
ルキアにしては少し歯切れが悪い。クロとは違い、淡々と話す彼女にしてはこれはかなり珍しいことだった。
何か気になることがあるのであれば、早めに対処をしておくべきじゃないだろうか?
「いえ、個人的な私情ですので、余計なことを言いました」
「話してよ。ルキアはいつもよくやってくれている。だけど、何か思っていることがあれば、話してくれないと私は分からないわ」
「ですが……」
ルキアの手を取ると、振り払うことはなかったけど、椅子から降りて膝をついていた。
誰もそんなことをしろと言ってないから……
「ルキアが今、思っていることを話して」
「わ、分かりました」
「しなくていいから、ほら、座って。ね?」
ルキアは申し訳無さそうに、椅子へと座り私の手を握り返してくれた。
「それで? どうしたと言うの?」
「実は……」
「実は?」
「わ、私もダンジョンの探索に行きたいと……思う所存にございます」
は? ダンジョン?
ルキアは私の護衛だよね?
まあ、もう一人の護衛は、バナンと一緒に向かっているけど……まさかルキアも行きたかったとは思わなかったよ。
「でも何でルキアが? ダンジョンに興味があるの?」
「別に興味はありませんが……クロが少し羨ましくてですね」
クロが羨ましい?
でもそれって、ダンジョンに行きたいってだけじゃないの?
「ごめん、ちょっとよく分からないの。ダンジョンには興味ないけど、そのダンジョンに行っているクロが羨ましい?」
「そうです。先日、イクミ殿はクロの評価を大変喜ばれていた。その一方、私はただイクミ殿をお見送りするだけで……成果と呼べる何かを得ているとは言えません」
つまり、護衛をそっちのけでダンジョンに行ったにも拘らず、私はクロだけを評価したことにヤキモキしているということ?
確かにあまり褒められるような話ではなかったとは思うけど……これは私が悪いところよね。本来であればクロを咎める話か。
「ごめんね、ルキア。そうよね、評価されないのは辛いよね」
「いえ……そのお気持ちだけで」
私はルキアに抱きつき、ルキアもしっかりと受け止めてくれた。
「ありがとう、ルキア。そばにいてくれるから、私は安心できるわ」
「イクミ殿。私の方こそありがとうございます」
ルキアだけではない。これまでも多くの仲間たちは、私が直接お礼を言っただけですごく嬉しそうにしていた。
それなのに、私は学園が始まり仲間たちを蔑ろにしているのかもしれない。




