74 お嬢様の画伯が再び
学食のトレイをそのままにして、私は全力で走った。
学園から飛び出し屋敷へと一目散に向かった。私のことが知られた? でも何で? いつからバレていた?
庭を走る私の姿に、誰もが不思議そうに私を見ていた。
そんなことを気にしている場合でもない。屋敷の玄関の扉を開け、階段を駆け上がると、その先にルビーの姿があった。
「お嬢様!? どうされましたか? この様なお時間にお戻りになられるなんて」
「ルビー……どうしよう私。私、どうすれば」
「とにかく落ち着いてください」
「私は……これからどうすれば」
騒ぎを聞きつけたのか、トワロも階段を上がってきた。
「お嬢様。一体どうなされたのですか? 今はまだ学園におられるはずだと言うのに……」
「下がりなさい、トワロ。後は私の方で対処します」
ルビーにしがみつき、今頃になって体が震え始めた。
子供のように震える私を支えて、いつもの執務室へと案内される。
椅子へ降ろされ、私はパニックで頭を抱えていた。
「どうぞ。まずは落ち着いてください」
「あ、ありがとう」
震える手でカップを押さえ、顔を近づけて紅茶を一口含んだ。乾いた喉を潤し大きくため息をついた。カップを置く手はまだ震えている。
何度か呼吸を繰り返し、少しだけ落ち着かせる。もう一度カップを手に取り、二口目を含もうとしたところで、あの光景が蘇る。
手が跳ね、紅茶がこぼれた。
「ご、ごめん」
「お気になさらないでください。お嬢様は大丈夫ですか?」
私がこぼした紅茶をルビーが掃除している間も、私の頭の中はさっきのことばかり考えていた。
そもそも、何で私が元日本人だと、いつから断定していた?
私の何を見てそう感じたというの?
私の過去を知る存在とでも言うの?
だったら何が目的で私に近づいてきた?
何かを考えたところで結局当てはまるものはなにもない。
「何があったのですか?」
「うん。私のことがばれたみたいなの」
「それはどういうことでしょうか? お嬢様が知られて困るようなこと……何もないとは思うのですが」
「違う、私がじゃなくて、過去の私のことをなのよ。元々いた世界にあやとりというものがあってね。糸を使って建物を模したりするのだけど、この世界にはないものを私は口にしてしまったの」
今日あった出来事を、思い出しながらルビーに話をしていくが、私とは違い表情には全く変化が見えない。
「正直に言いますが、何を言われているのかさっぱりわかりません」
いや、ルビーは私のことを知らない。
こんなことを言ってどうなる。
余計な混乱をさせるだけだ。
「ごめん、私もちょっと驚いたことがあっただけで……ごめん」
「お嬢様はここのところ、ダンジョンの件で色々とありましたので、今日は大目に見ることにします。お茶の準備をしてきますので少々お待ちください」
もう一度きちんと整理をしよう。
彼女も私と同じ可能性はかなり高い。
日本人という言葉。確定と言ってもいいぐらいだ。
何を根拠に、私を日本人である可能性にたどり着いた?
さっきのあやとり? 今思えば、あの方法だと他の誰かに見られたとしても、塔だといえば通る話だ。
問題なのは、私から出た言葉の方だ。
彼女には、今から誤魔化すのは難しいと思う。
「失礼します、お嬢様。お茶とご一緒にお菓子もご用意しました」
「ありがとう、さっきは本当にごめんね。私も疲れていたみたいね」
ルビーは何も言ってこないが、私が触れるなと言っているようなものよね。ルビーに説明したとしても、理解してもらえるのかしら?
そこを話すのは、もっと慎重になったほうがいいと思う。
「あのね、ルビー。あやとりという遊びは知っている?」
「存じ上げません。それはどの様な遊具なのでしょう?」
「遊具といえば遊具かな? 子供の遊びだよ」
私は紙にペンを走らせ、図を描きながら事細かくルビーに説明する。
だけどルビーはこめかみに手をおいてため息をついている。
この世界では遊びというものがない。だから、ルビーが知らないのも当然だと思う。
ただ、なんで怪訝そうなの?
隠していることに、なにか思うところがあるのかもしれない。
「お嬢様のご説明ですと、少々理解に苦しむところではありますが……やはり、覚えはございません。それよりも、人前でこのようなことは今後なさらないほうがよろしいかと……」
「いや、説明するのに図もあったほうがわかるでしょ?」
「いえ、そうではないのですが……」
「図がないと説明難しいのだけど……どうすれば?」
「無礼を承知で申し上げます!」
ルビーはいつもより大きな声でそういうと深く頭を下げた。顔を上げたルビーの目は、どこか私を蔑むようにも見える。
怒ってはいないはずなのに、何でそんな目を向けるの?
私が勝手に帰ってきたから?
「絵が! 下手すぎます!」
「は? え? 絵?」
「正直なところを申しますと、何を書かれているのか全く理解できません。オセロや将棋の件もそうでしたが、人前にお見せできるようなものではございません」
確かに自分でも絵は上手くはないと思うけど、あやとりなんて線で説明するしかできないし、なんとかなると思ったのだけど……
ルビーのように知らない人に、私だけが知っている物を教えるのって大変なんだけど……何がダメなんだろう。
「そ、そうかな?」
「ですので、今後誰かの前で絵をお描きにならないほうが、よろしいのではと申し上げているのです」
そこまではっきりと言われると少し傷つく。
私は絵が下手だったのか……上手くない程度と思っていたのに。
「善処します」
「善処などと、お嬢様はそう言って何度も、そのお約束を反故にされてきたではないですか」
「絵を頑張ります」
「描くなと申し上げているのですよ!」
私の絵から何でそんなことまで言われるのだろう。
この五年の間、何度か約束を破ったことはあったけど、今言うことじゃないよね。
ラドレンさんには通じたのに……なんで怒られるの?




