73 お嬢様と公爵家のご令嬢
ダンジョンの攻略が始まって、かれこれ一週間が過ぎた。
話を聞く分には、大半は洞窟が広がっているようで、殲滅……もとい、探索は順調らしい。ただ、場所によっては立って入れないような空間もあるらしく、所々で苦戦もある。
そのため、今は広いところから攻めているらしい。各地にいる部隊が帰ってくれば、侵攻も早くなるだろう。
昨日の報告では、思いの外敵が強く、何人かが怪我をしたらしい。
傷はそこまで深くはなかったが、しばらく復帰するのは難しいよね。
ダンジョンが放置されると、魔物が強くなるだったかしら。それが本当なら、奥へと進むと、犠牲が出るかもしれないわね。
「グセナーレ様」
冒険部隊の皆が強いのは確かだ。これまでの実績を考えれば、冒険者ギルドから一目置かれるのもわかる。
疑問は、むしろ一般の冒険者のほうにある。彼らはなぜ、冒険部隊の皆とあんなにも違う?
筆頭のバナンや、その戦友のドゥルグはSランクを持っている。この二人が関わる報告書には頭を悩ませるものが多い。
活動実績は同じでも、こんなにも差が出る理由は何?
「グセナーレ様?」
いきなり腕を掴まれたことで、びっくりしてしまいフォークがテーブルに落ちた。
正面にはどこかのご令嬢が座っている。目が合うと手を離してくれたが、面識のない相手にその笑顔すら怖く感じていた。
「グセナーレ様。少しよろしいですか?」
「は、はい」
私からすれば、その笑顔の裏で怒っているようにしか見えない。
普段は話しかけてくる人もいないのに、何でいきなり手を掴まれたのだろう。
とりあえず落ちたフォークを手に取り、持っていたハンカチで拭き、少しだけ時間を作る。
落ち着け、私はとりあえず何も悪いことはしていない。相手は何でか怒っているし、何か言われるのは間違いない……私、大丈夫かな?
女性としての評価でなら、私のほうが確実に負けているはず。となると、嫉妬などは考えられない。残るはやはりクラスの話だろうか?
「あの、えっと、私に何か御用でしょうか?」
「お昼をご一緒しませんか?」
「は? 私なんかと?」
「はい。そのように申し上げたのですが?」
彼女の前には、トレイに料理が乗っているけど何で私なの?
表情もさっきとうって変わり、穏やかなものになっている。しかし、周りからの視線を集めているというのに、ご令嬢は全く気にすらしてないご様子。
それだけの自信があるのか、そもそも眼中にないのか……ただ気になるのは、見たことがある気がしていた。
「あの、一つ言っておきたいのですが。私なんかと一緒にいると変な噂されますよ? 周りを見ての通り、嫌われているようですし」
試験の日のこともあり、なぜか特待生とも言えるAクラスでもあるので、皆から遠巻きに陰口を言われている。登下校中にもなると、他のクラスにも伝わっているようで、陰口がとくに多くなる。
それでも、学園には通うしかないので気にしないようにしていた。というよりも、気にするだけ無駄と思っている。
「そのようなこと、どうかお気になさらないでください。私はただ、グセナーレ様とお友達になれればと思いまして」
「友達ですか?」
なるほど、そういうことね。
仲良くなったと思わせて、後で掌返しするつもりかもしれない。それとも、いつも一人ぼっちの私に、声を掛けてあげることで、『私っていい人』をアピールでもするつもりなの?
断りたい、できることなら断りたい。
相手はどう見ても上流階級のご令嬢、その申し出をここで断ろうものなら、周辺からの罵詈雑言も予想できる。
というか、もうすでに似たような物だから、どっちにしても同じこと?
「もしかしてですが……私のことを覚えていないのですか?」
「えっと……その」
「ヒント、学園長室です」
学園長の呼び出し?
ああ、もしかしてこの人はあの時の……あの時の……優雅なご令嬢様。
名前は多分まだ聞いていない。
案内してくれただけのはず……きっと。決して覚えていないわけではない。
「失礼ですが、学園長の部屋まで案内してくださった方……ですよね?」
「まさか、私のことを覚えていただけなかったとは思いませんでした」
やっぱりそうなのね。
ここ数日、彼女のことよりもダンジョンで色々とやらないといけないことがあったから、すっかり忘れていたよ。
「あ、いや。申し訳ございません。顔を覚えるのが苦手で本当にごめんなさい。その節は本当に助かりました」
「いえ、気にしておりませんわ」
あれ怒らない? いやいや、さすがご令嬢。こんなことではボロを出さないか、それとも想定内の対応かしら。
覚えていない相手に対して怒らないとは、油断できない相手かもしれない。
私に絡んできたアイツといい、ここの生徒はやっぱり貴族なんだろうね。誰も彼もが……私に喧嘩を売ってきたアイツは例外か。
「それよりも、学園長にどのようなことで呼び出されたのですか?」
「申し訳ありませんが、話していいものではないので、できれば返答を控えさせていただきたく思います」
特に口止めをされていたわけじゃないのだけど、あの様子と内容からして、話してしまえば余計な不安を与えるきっかけになるかもしれない。内密にしておいたほうがいい。
この人がなんで私に近寄ってくるのかはわからないが、しつこいようだったら成績のことでと誤魔化せるだろうし。
「そうですか。それは残念です」
私の考えとは裏腹に、あっさりとその話題は切り替わり、それからの会話は、当たり障りなくのらりくらりと質問をかわしていった。
相手は裏を見せることもなく、未だに周りからの視線も特に気にもとめていない。
そんな中、他の女子生徒が、何かを耳打ちしても『そうですか』の一言をいうだけで、視線だけでその女生徒は慌てて立ち去ってしまう。
これが本当のご令嬢なのかもしれない。食事の所作といい、オーラと言うかそこにいるだけで優雅さすら感じる。皆、これこそ本当の淑女というものらしいよ、私とは天と地ほどの差があると思う。
私はすでに食事を終えたのだが……どのタイミングで席を立てばいいのかを計っていたのだが、このご令嬢様は食べるのが遅い。
もしかして私が早かったりする……の? いや、単純に量の問題か……華やかな見た目に反してよく食べている。
ようやく食べ終えたのだが、ポケットから何かを取り出していた。
糸のようなものが束ねられている。
「それはなんですか?」
「グセナーレ様。こういった遊びをご存知でしょうか?」
遊び? 遊びというものがないこの世界で?
ご令嬢が取り出した糸を広げると、それは輪になった長い糸だった。
それを器用に指に絡めていく……私はその動作に目が離せなかった。
日本人なら誰もが一度は見たことのあるもので、次々と糸でほうき、橋を作り出していった。そして……
「東京タワー……」
「あら、おかしなことを口にしましたね。そのような物は、この世界には存在しないのですけど?」
私は慌てて席を立ってしまい、口を手で覆ってしまった。
なんで?
どうして?
考えがまとまらない。
「イクミ・グセナーレ様。あなた……日本人ですか?」
この人は一体……?




