69 お嬢様は不機嫌
「では、どちらへ行かれるおつもりですか?」
どう考えても面倒くさい。本当に面倒くさい。
振り返り、この場から逃げ出そうとする前に腕を掴まれる。
空いている手で彼の腕を叩くと、直ぐに手を離してくれるが、後ろへと下がると当然前へと進んでくる。
また振り返ろうにも、掴んでくるよね……走ったとしてもすぐに追いつかれるだろうし。
「分かったわ。降参よ、とりあえず教室にだけ案内してもらえるかしら?」
私は観念して、両手を上げた。
こいつの笑顔の裏には何があるのだろう。爺さんであれば、私の嫌がることを楽しむだろう。
「はい。では、どうぞ」
手を差し出されたが、私はそれを軽く叩いた。
「小さいのは認めてるけど、子供扱いはしないで」
「そのつもりはなかったのですが。わかりました、こちらですよ」
どうぞと言うのだけど、彼は私を先に歩かせるつもりのようだ。
「私は教室の場所がわからないのだから、あなたが前を歩いて案内して。私は後ろをついて行くから」
私を案内するとしても、後ろにいたがる理由は……監視。
そう考えるのもおかしなことではない。
こいつは私のことを知っている。私は家名はあるが、貴族ではない。
私の何に価値を持っているのか?
考えられるのは財力。
冒険部隊を使い数多くの依頼をこなすため、集まってくるお金はかなりの額になっている。
「何かありましたか?」
私は何も言わず首を振る。
「では、ご案内します」
それにしても、これだけ広いと言うのに、彼はこの校舎を把握しているの?
私なら後何回迷うことになるだろう……
ようやく目的の場所である教室へとたどり着いた。方向音痴になっているつもりはないのだけど……
異世界と言うべきか、私が小さいからそう思うのか、校舎の建物自体がクラスごとに分かれているとはさすがに予想外すぎるよ。
「案内していただきありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
はあ、入学早々変な人に絡まれることになってしまったが……こんなのに毎日通うの? 冗談でしょ?
このクラスはやはり他とは違い、建物自体が一回り他のクラスよりも大きい。人が少ないのにだ……どう考えても私には不釣り合いだと思う。
私が扉に手をかけようとすれば、制止されて代わりに開いてくれ入るように促される。
お礼することもなく中へと入り、教壇の前が空いていたので面倒だからその真ん中に座った。
救いと言えば、私を攻撃してきたあの男子がいないことぐらいね。
「また、隣よろしいですか?」
「丁重にお断りします。申し訳ないのだけど、私はあまり関わりたくないの」
彼は気がついていないのかもしれないけど、ここのクラスは人数が少ない。
そのため、彼と一緒に入ってきた際に、他の女子たちからは敵意の眼差しを向けられた。
「そうですか、わかりました。ですが、困ったことがあればいつでも言ってください」
「はい。そのお心だけ頂戴しておきます」
見た目からしてかなりの美男子、ともなればこの反応は当然でしょうね。
女の子の注目を集めるには十分すぎると言ってもいい。彼自身が一目も二目も置かれるのもわかる。
これからどうすればいいのやら……穏便にはいかなそうだけど。なにかいい方法を見つけなければ、この煩わしさから逃げられそうにないわね。
まずは女子生徒、多分全員と言っていいほどに、私は標的にされた可能性があるわね。
悪目立ちをしていた私が、アイツと一緒にここに来たことで、妬まれる。私がなんとも思ってないと言っても、相手には効果はないだろう。
男子生徒は、今のところ要注意人物以外不明ではある。かといって、誰彼構わず声をかけることもできない。
私の学園生活……どうなるのかしらね。
後ろの方からは、何か声が聞こえるが聞き取れはしない。私に対しての内緒話をしているのだろうか?
入学初日で面倒なことになった……ただ気になるのは、赤い髪に黒い目という単語が出てくる。
私の左右の机には、誰も座っていないのだから、私のことだと思って間違いはない。
「皆席につけ……もうついているか」
この教室にある机は三人が座れる長机で、九個置かれている。
だけど、私が教壇の前の机に座った直後、近くにいた生徒たちは後ろの机へと移動していった。
これで、いかに嫌われているのかがよくわかる。恐らくアイツと一緒だったからに違いない。
学園生活がどういったものかは、ここに来る前から期待はしていなかった。今までのような生活をしている方が楽しかったし、皆が色んな話や本を持ってきてくれる。
各地で起こったトラブルの解決なども、それなりに苦労することもあったが充実した日々だった。
「まあ、いいか。とりあえず自己紹介でもするか? 前のお前から」
担任らしき先生は、私と、後ろを交互に見ている。
その様子からして、気に留めるのを止めたのだろう……
「イクミ・グセナーレです」
席を立つこともなく、そう言って頬杖をつき窓へと視線を送る。
私はこの学園に来てからというもの、生徒たちの陰湿さに嫌気が差している。
陰口を言われるのも、身長が小さいのも仕方がない。
こうなった原因が私にあるのもわかっている。とはいえ、原因の一つはルビーにもあるんじゃないだろうか。
まあ、私の勘違いから始まったことだけど。
「ええっと、それだけ……か? まあいい。後ろの窓から順番にな」
それから自己紹介は進んでいくが、私は頬杖をついて聞き流していた。
貴族階級がどうだとか、そんなものに興味もない。
私としては、ここに来るという価値が見いだせなくなっていた。
知識はほしいけど、こんな扱いをされるとは予想すらしていない。
ある程度の嫌がらせならともかく、Aクラスというのが理解できない。
私がここに来たことで屋敷にいる皆にはメリットはない。むしろ王都に来たというだけで負担を増やしたに過ぎない。
いくら、爺さんの命令とは言え、勉学だけならともかく、武術や魔法といったものには興味がない。
私にはどう足掻いても無意味でしかない。
講堂ではあれだけの人数がいたにも拘らず、この教室には生徒の数が少ない。
このクラスは私を含めたったの十四人。男子が八人、女子が六人。
なにか特別な生徒だというのかしらね……ここにいる生徒の大半は差別意識が強すぎる。
私が名前だけを言ったことで、後ろからは『平民か』という言葉も聞こえている。
「最後に俺だな。トーラス・セドリアティスだ。これから五年間、よろしくな」
この学園は担任が変わるということはないみたいね。
私はこのクラスには馴染めそうにもない。
だとするのなら、一番いい方法は……退学を目指そう。




