67 お嬢様の初登校
あの試験が終わり、数十日が経過した。
王都での暮らしは以前と変わりがない。
冒険部隊は各地で魔物の討伐依頼をこなしている。
料理部はいつも美味しい料理を提供してくれ、メイドたちは屋敷を綺麗に保ってくれる。
外部から来ているメイドたちはほぼいなくなっている。というのも、必要性がまずないことが主な理由である。まあ、金貨使って追い払っているからだけど……ただ、一人だけ頑なにここを出ていこうとはしない。
彼女は、奴隷紋を持つメイドたちともそれなりに仲良くしている。偏見もない……何者?
怪しい動きをすれば、ルキアが黙ってはいないよね。静観か監視か、私から聞くことはできない。
農作部の方も順調で、宿舎も建設され数ヵ月もあれば畑の土作りが始められる。
見に行きたいところだけど、許可が降りないので今はどうすることもできない。
しかし、私が王都にいる意味ってあるのかな?
やっていることは、前と大して変わらない。むしろ制限も多いから、悪くなっていると思う。
のんびりと朝を過ごしていると、ルビーには急かされるように着替えをさせられた。
しかし、その服装というのが、着ることがないと思っていた学園の制服。
なんの迷いもなく選び、鏡に映る姿はあの日と何ら変わりがない。
「ルビー。これ、制服よね?」
「はい。本日から学園に登校するのに、指定されている制服は当たり前だと思うのですが?」
「私は実技を受けていないのよ? テストも不合格確定だと思うのだけど?」
「何を仰っているのですか? 先日の実技はただの実力試験ですよ? 今日が入学式なのですが……お忘れですか?」
いや、え?
あの時が入学式とか言ってなかった?
私の聞き間違い?
「は? え、入学式?」
「ですから、そろそろ学園に行かないといけません」
この様子だと、あの爺が……絡んでいるということね。
学園の話が出た段階で、何かがあるものだと気づくべきだった。とはいえ、私自身が人質みたいなものだから反発したところで、何を言われるのかも目に見えている。
「実技ですが、元よりお嬢様にはご不要ですので」
「不要ってどういう……でも、皆は必死に頑張ってたのよ? 私だけ何もしていないのに合格とかあり得るの?」
「先ほども申し上げたとおり、実技は各自の実力を測るもの。平民であろうとも入学金さえ支払えば、誰でも入学は可能です」
「うそ……よね?」
どこの底辺学校なのよ……無粋ながらもそんなことを考えてしまう。
入学金を払えば?
そのお金はどこから出てきて、誰が支払ったと言うのかしらね?
お高いのかもしれないけど……今ある収支からしても余裕だよね。
平民だって通っているし……それなのに、入学金だけで入れるだなんて思わないわよ。
「これからの学園生活はどうするのよ」
「お嬢様でしたら、何も問題もございません」
いやいや、問題は有りすぎるとは思うよ?
私としては、受からないものだと思って実技試験中もボケーっと眺めていただけだし。
皆には言っていないけど、ちょっと揉め事もあったのだけど……そんな人間が平然と、登校できるはずないでしょ!?
「お嬢様。そもそものことではありますが、実技試験で合否が決まるのであれば、最初から制服など必要がないではありませんか?」
た、確かに……え、なにこれ。私詰んでる?
あそこにいたのって、いわば同級生なわけでしょ?
「いや、だって……ほら、学校なんだし制服が当たり前なのかなって」
「そうですね。お嬢様は学園の生徒ですので、制服の着用は当たり前です」
ルビーの言っていることは間違ってはいないけど、私が間違いを犯しているので、こうなれば数日の猶予をもらってから……
「仰るとおりにございます。でもねルビー、聞いて、私、無理、行けない」
「あまりお時間もありませんので、ルキア。お嬢様を学園まで護衛なさい」
「かしこまりました。イクミ殿、では馬車へどうぞ」
「ルキア!」
「そのように睨まないでください。私が不服であれば、トパーズ殿にお任せしては如何でしょうか?」
ルキアの言葉に、背筋には悪寒が走る。
差し出されていた、ルキアの手が下へとゆっくりと下りていくが、私はすかさずその手を掴んでいた。
「行く。ルキアと一緒に!」
そう、相手は所詮子供。
トパーズよりもまだマシである。トパーズに任せたら、私に対抗する手段なんてないのだから。
子供の喧嘩。あー、私は多少の怪我なら構わないけど、それを知った皆が黙っているとは思えない。学園の生徒たちは大丈夫なのかな?
ちょっと行ってから考えるしかないよね……
「はい。お任せください」
ルキアに手を引かれ、部屋から出ていく時に、後ろから舌打ちのようなものが聞こえてきたのは、紛れもなく空耳でしょう……そう思わせて!
それにしても、なんで馬車なのよ。これだけ近いのだから、歩いて行ってもいいじゃない。
このまま手を繋いで歩けばよいんじゃないの?
あまり変わらないんだから。
「お待たせしました。お手をどうぞ」
前にも思ったけど待ってもいないって。周りからも変な目で見られている。
無駄にキラキラしているからね……魔法石が付いている方がおかしいよね。
私のように登校する生徒もいるのだけど、多くの生徒が立ち止まりその視線は私というよりも、ルキアに向けられていた。
エルフがここにいるのが、珍しいからかもしれないわね。
それだけでも不思議なのに、そんなエルフが私に仕えているのもまた……余計なトラブルにもなりそうだわ。
へ、平穏って何かしら……私の生活って色々とおかしかったりする?
「それでは、イクミ殿。行ってらっしゃいませ」
「うん、ありがとう。行ってきます」
私は、通うはずがないと思ってた学園の敷地を歩いていた。
皆が集まっているところからして、恐らくクラス表のような物があるのだろう。
これが、合格発表なら僅かな救いがあったものを……
歓声を上げる者と、落胆している者とに分かれている。
入学は確定なのだから、一喜一憂することはないと思うのだけど?
だけど、私はその中に入ることができない。
当たり前ではあるが、私と他の生徒たちでは、身長差が激しい。
情けないことに、皆は年相応に高校生なのに対して、私は未だに小学生でも通用しそう。
もし、初等部とかあるのならそっちでもいいと言ってしまいそう。
「そろそろ、いいかしら。思ってたよりも生徒の数が多いのね」
平民よりも貴族が多いのは当たり前だけど、どう見ても百人以上はいると思う。
確か学園は五年制だから……敷地内に生徒が多いのも頷けるわね。
人が減ってきたとは言え、全然見えない……
「どけ、ちび。邪魔なんだよ」
肩を押されてよろけたが、倒れはしなかった。小さい私は、人のいないところまで下がって立ち止まる。
ちびか……私としても好きでちびのままというわけではない。ちびなんだから、見るのに邪魔にならないでしょ。
それにしても、私のことをチラチラと見る人が多い。周りから距離を取られているようにも思える。アレだけのことをしていれば当然か……今は人がいなくなるのを待つしかないわね。
爺さんに会ったら、学園をやめていいか聞きたいわね。




