66 お嬢様の試験
「先生。少しいいですか?」
私が声をかけると、笑顔を取り繕っているが、かなり引きつったものになっている。
私のせいで本当にごめんなさい。
「い、イクミさん。今度は、な、何でしょうか?」
あら先生、そのように嫌がらなくても。
一回きりなので許してください。
明日から会うこともないのですし。
「教室の場所が分かりません。昼食は別に無くてもいいので、申し訳ないのですが案内してもらえないでしょうか?」
「はぁ? んんっ。ですが本当にいいのですか?」
食事のことを気にしているようだけど、私は普段からあまり食べる方ではない。
この体になってからというもの、食事の量は本当に少ない。前菜程度で十分満足してしまう。
屋敷の何倍も大きいこの場所を勝手に移動すれば迷子になってしまいそう。
本当に思うけど、立入禁止や案内用の看板でも立ててくれたのならいいのに。
「はい」
教室に戻った私は、鞄に入っていたペンと用紙を取り出し今日見た演習での武術や魔法を記録していく。
冒険部隊の戦力拡大に役立てるかもしれないためだ。
ここの生徒たちは優秀だよね、強さで言えば冒険部隊には劣るのだろうけど。
子供だというのに、アレだけできるようになるのにどれだけ苦労したのやら。
「おい、お前」
「えっと……なんでしょうか?」
「俺の名はソディールス・マガーレン。マガーレン伯爵領の嫡男だ」
こういう場合は、こちらも名前を名乗るのが一般的だ。だがしかし、彼の態度は少し横暴過ぎる。
私が貴族ではないとしても、ただ私に難癖をつけるというだけで高圧的な態度を取るものではない。
これが嫡男?
こんな阿呆が伯爵領の次期当主候補だって?
ここって学園だから、地方の貴族の子供が集まっているのだけど……今後その人たちと付き合っていくはずなのに、この態度はないでしょ。
あー、こいつのせいで懐かしいものを思い出しちゃったよ。
前世のことはあまり思い出したくないのに……
「あなたは私に、何の御用ですか?」
「ちっ。礼儀すらないのか、名を名乗れ。それが礼儀だろう? この平民が!」
「わっ。いったた」
座っていた椅子を蹴飛ばされ、私はそのまま尻餅をついた。
ここにはクロもルキアもいない。どうしたものか……それにしても、ここまで攻撃的とは思わなかったよ。
名前を敢えて名乗らず、わかってて聞き返したのは私がまいた種だから諦めるしかないか。少しおしりが痛い。
せめて机を叩く程度なら別によかったのだけど……間接的とはいえ、私自身に危害を加えてくるとはね。
「平民であろうがなかろうが、あなたのような言動やこういった行動はどうかと思いますよ。ですが、お気に触ったというのでしたら、この通り謝罪はいたします」
「何をしている!」
私は座ったままだったが、深く頭を下げていると教室の中に大きな声が響く。
「何でもありません」
ソディールスはそう言い捨てると、教室を出ていった。
入れ替わりに近づいてきたのは、朝、席を教えてくれた金髪の男子生徒だった。
結局何の意味があったんだ?
怪我はしていないよね。だったら、助かったわね。
こんなことで怪我をして帰ろうものなら……何が起こるかわかったものじゃない。
こういうことになる前に、回避策を考えておかないと。
「やれやれ。酷い目に遭いましたね」
「そうでもないですよ。助けていただきありがとうございました」
差し出された手を取らずに、私は自分で立ち上がって深く頭を下げる。
「え? ああ」
服についたホコリを払っていく。
手を取らなかったことに、彼は少し不思議に思ったことだろう。
私はここにいる誰であろうと馴れ合うつもりは毛頭ない。
私はそう、不合格だから。
「これより最後のテストを行う。試験は二時間半」
長い……一時間ぐらいなものと思っていたらそんなに長いの?
テストは開始され、それなりにわかる範囲をどんどんと埋めていく。
勉強だけなら、今までずっとしてきていることだから。詰まることもなく書き進めていく。
「何をしているのですか?」
「私ですか?」
私はテストを裏返しにして、窓の外を眺めていた。
そんな様子を見て私の隣に先生がいつの間にか立っていた。
「あなたしかいないでしょう。皆は真剣に取り組んでいるのですよ?」
「はい。そのようですね」
「ならあなたも……実技をまともに受けていないのですから。座学ぐらいきちんと受けなさい」
「では、ご確認いただけますか?」
私は全て回答を終えた用紙を先生に渡す。
この程度の内容に二時間半なんて当然必要もない。
「まさか……すでに全問回答されている? まだ一時間も経っていないのですよ?」
「ですので、窓の外を眺めていました」
「あなたは……わかりました。この回答でいいというのなら、もう帰っていいわ」
「はい。分かりました」
私は自由。私は自由。
私は意気揚々と、校舎を一人でスキップをしていた。
明日からはこんな格好をしなくてすむ解放感によるものだった。
「おっと、浮かれている場合じゃないよね」
私は立ち止まって少し深呼吸をして、高揚を落ち着かせる。
それにしても、貴族の男子と少しだけ会話して思ったが、どうにも仲良くなれるという気がしてこない。
貴族との関わり合いといえばラズ兄さんだけ。
腹の中に何を抱えていたとしても、表面上に出ることはない。
あの金髪の人もなんでまた私を気にかけていたのか……明日からはもう少し、貴族のことを調べてみる必要がありそうね。
やっぱり私には屋敷での生活が一番合っている。
屋敷に戻ったらごろごろするぞ。
小躍りをしながら校門のところへと行くと、見覚えのある馬車とルビーが待ち構えていた。
「ねぇ。いつからいたの?」
「いえ、そろそろお戻りになるのではないかと思い、十五分ほど前から待機しておりました」
まだテストをしているからね?
私の服に盗聴器とかないよね?
今日の出来事バレたら……皆は大人しくしてくれるのかな?
「まあ、いいわ。帰るとしましょう」
「かしこまりました」




