64 お嬢様の入学式?
入学式当日。
私の考えとは裏腹に、やはりこんな服を着ているのだから、私はこれから学園へと向かうのだろう。
「お綺麗です。お嬢様」
「そ、そうかしら?」
鏡の前には、制服姿の自分が写っているのだが……
いつもの服に比べて、スカートはずいぶんと短い。
鏡の前でくるりと回ってみると、スカートがふわりと広がった。
「はしたない真似はお止めください」
「しょうがないでしょ。いつものに比べてかなり短いのよ。これじゃ、風が吹いたら困りそうだと思っただけよ」
「そうですね、お嬢様にはもう少し丈の長いものがいいのかもしれません。そのように手配いたしましょう」
こうしてじっくりと見ても、自画自賛というわけでもないが可愛いとは思う。
だがしかし、かわいいイコールで男共が群がってくる可能性は絶大だ。
私にかわいいは不要である。
私はなんとしても、可愛くない女子でありたかった……そして、この短いスカートもまた私にとっては色々とよくない。
トパーズがここにいようものなら……
「いい、いいよ。お嬢様、いいですねぇ。初めての学園、ちゃんとご挨拶できますかー? ハンカチは持ちましたかー?」
「何しているの? いや、言わなくてもいいけど……」
いつの間にか背後にいたトパーズが、私の頭をよしよしと撫で回している。まるで、初めてのお使いに子供を送り出す母親のようだ。
しかし、私は動じない。子供扱いされた程度どうということはない。
嫌がれば喜ばれるのなら、私の行動は唯一つ。
「はーい、ちゃんとできますよー。トパーズお姉ちゃん、いってきまーす」
自分から両手を広げて、にっこりと笑ってやればいい。
「お嬢様、グセナーレ家の淑女が何をなさっているのですか!」
「何をやってるんですか! 嫌がるお嬢様を構うからいいんです。そんなに素直に甘えられて、何が嬉しいんですか!」
最近知ったのは、トパーズは私が素直に受け入れると怒るということだ。
ただこれには問題も多い……ルビーがお怒りになることと、中身はいい大人の私がこんな痛々しいことをしているという精神的なダメージだ。
私は逃げるように部屋から飛び出していく。
「お嬢様……次はもっと嫌そうなお顔でお願いします」
今度のは立ち直りが早いわね。玄関に近づくと速度を落として歩き始める。
トワロが玄関を開けると、門の外には馬車が待ち構えていた。
私の意見などお構いなしに、近場だろうと馬車での移動。
歩いたほうがよくない?
健康って大事だよ? そんなことをルビーに相談すれば、レッスンを増やしていいですかになりそう。
渋々馬車に乗り、揺られること五分もかからず……到着する。来た道を振り返り、まったくもって必要性を感じない。
「お待たせしました、お嬢様」
「待つも何もあの距離なんだし……まあ、いいか」
「遺憾ではございますが、学園内では私は付き添えません。いってらっしゃいませ、お嬢様」
「規則なのだから仕方ないでしょ? はーい、よろしくね」
ルビーのことだから、私が余計なことをして問題を起こさないかを心配しているのね。
私自身、学園に通うこと自体は別に嫌ではない。この世界のことを勉強したつもりでも、私だし問題はないと思う。なにより、いろんな知識に触れてみたい。
それでも、屋敷でゴロゴロしてもいいというのなら、そっちのほうがありがたい。
「それじゃ、行ってくるわね」
「行ってらっしゃいませ」
入学式とはいえ、親御さんですら中に入れないのか。思ってる以上に徹底してるのね。
貴族が集まってもいいこともなさそうだし、それを考慮した結果かもしれないわね。
校門前では、各貴族たちが何やら言い合っているし、内容として聞こえるのは子供自慢のようだった。
受付の列へと並ぶ。
入学式だと言うのに、なんで受付をしているんだろう。それにこの書類は、中を見るなと言われたけど……
私が見てなにか問題でもあるの?
「イクミ・グセナーレです。これが書類です」
「少々お待ちください……」
渡されていた書類を手渡し、確認作業をしているのだけど……
私なんか間違っていたのかな? 受付の人たちにジロジロと見られている。
相手が女性だからまだ救いはあるもののあまりいい気分はしない。
「お待たせしました。こちらが教室の地図になります。後で、講師が参りますのでそれまでは、教室内にいるようにお願いします」
「はい、分かりました」
軽く頭を下げその場を後にした。玄関ホールでは多くの生徒で賑わっている状態だった。
日本と違って下駄箱はないのよね。
そりゃ、靴なんて脱がないし……楽なのはいいけど、床の清掃が大変みたいね。
綺麗に磨かれた床に足を踏み入れ、渡された地図を確認していた。
「二階にあがって奥の教室……結構遠いのね」
案内板でもあれば……こんな物を用意しなくてもいいと思うのだけど。
「そこのあなた! 階段前で、立ち止まらないでいただけるかしら?」
うわっ、いそうだなとは思ったけど……本当にこういう人っているんだな。
ドリル髪って、どうやって作っているんだろう。
「聞こえて……」
私と目が合うと、視線をそらして気まずそうにしている。
ジロジロ見てしまった私が悪いよね。
「申し訳ございません。どうぞお先に」
「以後、気をつけることね」
階段の端によって、軽く頭を下げる。
いかにも貴族のご令嬢と言ったところかな? 後ろには取り巻き……お友だちとご一緒。
いやいや、私の知識を当てはめるものじゃないな。
あれは本当にお友だちでいいと思う。
道を塞いでいた私が悪いのだし。それにしても、色んな意味で立派なご令嬢だわ。
あの髪型を毎朝整えるだけでも、私なら一日が終わってしまいそう。
人が多いので、私は邪魔にならないように端を歩きつつ進んでいく。
ここは私の悪いところだと実感する。屋敷で端を歩くなんて、まずありえなかったしね。
「へー。こんな教室なのね」
教室の中は、至って普通。むしろ、懐かしさまである。
教壇に生徒用の二、三人が座れる長い机、形は違えど学校の教室であることに違いはない。
「おい、ちょっとアレ……まじか」
「なんであんな子が学園に来てるのよ」
「もう最悪だわ」
ん? なんかよくない噂の人でもいるのかな?
貴族って幼少の頃から、他家のことを知っていたりするよね。あまりよくない人でもいるとか?
わ、私の可能性が高そうだけど、学園生活は穏便な生活をしていたいよ。
「あの、どうかされましたか?」
「ああ、いえ。少し教室を眺めていただけです」
そう言うと、彼は小声で話しかけてきた。
「一番前の、窓側に……」
前であれば、空いてもいるか……
「そうですか、ありがとうございます」
嬉しそうに微笑む彼の顔を見て、私のテンションがさらに下がっていく。
これはちょっと嫌だな。だから、可愛くしてほしくなかったのよ。
彼の対応自体にさして問題はない、紳士的な振る舞いは取り繕ったものでないとわかる。
そのおかげで女子生徒からは敵意ある視線がバシバシ届いている。
これは、どうしたものかしらね……
彼との接触は極力避けるのが、平穏に繋がるかな。
「お待たせしました。私はルグセスラーン・パルケフュルスです。それでは、これからの注意事項と今日の日程を説明します」
二十代、いや三十代前半かな?
それにしても……あの担任。
名前はなんと言ったかしら。この世界の人たちの名前はすごく覚えづらい。あれから五年は経ったけど。
屋敷の皆は姓を持たないし、名前も短い。
まあ、人数が人数なだけに名札もあるから、苦労も少なくて助かってもいるけど。
未だに、一回だけ言われただけじゃ覚えられない……一応は覚える努力をしているのだけど、ルビーに何度も何度も、多くの歴史的人物の名前を覚えさせられた。が、人には向き不向きというものを改めて実感もしている。
とはいえ、ここは学校だ。学校なのである。
つまり『先生』と呼ぶだけで、どの先生だろうと振り向いてくれるものだ。
だから、あえて名前を覚えたりその名前を呼ぶ必要がない。
「それでは、これから演習場へと移動します」
演習場?
あれ? 入学式は?
というか……演習って何?




