62 お嬢様の屋敷
執事に案内をされ、部屋などを見て回るものの、この屋敷には違和感が多い。
というよりも、確信に近いものを感じる。この屋敷が似ているというより、まるであの屋敷に似せているようにも感じさせられる。
三階に執務室が用意され、隣には私の寝室がある。
執務室からはテラスへと繋がる。執務室か寝室からしか、ここに行くことはできない。
作りが本当によく似ている……造形は、毎回作るよりも使いまわしたほうがいいのはわかる。あの屋敷に、上の階を追加したって感じよね。
「これは……嘘よね?」
冗談かと思うが……用意されていたテーブルは以前と何一つ変わらない。
テラスに置かれているテーブルは、ラドレンさんからもらった物。
奥に行くと、やっぱりこれもあった。
身長の低い私のために用意されている踏み台に乗る。そこからの景色を見渡す。
草原や森から一変し、広がっているのは王都の街並み。
今まで見たこともない大きな建物がいくつも見えている。
「王都の街はこんなふうになっているのね。それに、思っていたより大きな建物が多い。あそこにあるのが王城みたいね」
「はい。それから、あちらの右手に見えるのが、お嬢様が通う学園にございます」
「嘘でしょ!?」
私はその建物の大きさに驚いたわけでも、精巧に作られた立派な姿に驚いたわけでもない。
私が住む屋敷から、学園までの距離があまりにも近すぎていることに驚いた。
徒歩で行っても、たとえのんびり歩いても数分もあれば到着するほど近くにある。
「本当でございます」
「これは……監視体制が強そうね」
「監視とは人聞きが悪いですよ。安全を期しての考慮にございます」
それは何を考慮しての話なの?
どう考えても、監視する気じゃないのかしら?
「私の護衛は、クロとルキアなのよ? 並大抵のことなら対処できるはずよ?」
「では、並大抵でないことが起こってからでは遅いと、お考えになられないのですか?」
さもそれが当然かのように、ルビーは淡々としている。
この屋敷の作りと、学園までの距離。多分、皆の悪い癖が出ているのを感じた。
ルビーを筆頭に、ありとあらゆる想定をして私に及ぶ危険を模索しているのだろう。
しかし、その内容の多くは度が過ぎている。
とはいえ……あの屋敷は、周りに何もなかった。
だからこそ、安心を得られていた。ここはその逆、多くの人がいるここでは私に何が起こるのか気にしてしまうのだろう。
「彼女たちの他に、二部隊ほど屋敷内外の警備となり二週間ごとに一部隊を交代するようになります。また、お嬢様が登下校での周辺警護もかねて、この屋敷の地下にある部屋を利用します」
登下校の危険? しかも二部隊?
一部隊だけでも十分だと思うよ?
一体何を想定しているというの?
私を誘拐? は、当然考えているのだろうけど。
この距離でそこまでの体制はメリットがそもそもないでしょ……それだけの人がいれば、校門までSPの列を作れてしまいそう。
「すごい光景よね……それは分かったけど、以前と同じように過ごしやすくしている?」
「勿論でございます。お気になるのでしたら後ほどご確認ください。また、クロとルキアは二階にそれぞれ部屋を設けました。お嬢様のすぐ下の階になります」
まあ、二人ならテラスまで飛び越えて来るから、それを想定しているようだけど……そもそもの話、この門をどうやって忍び込むのよ。
上から見てわかったけど、壁の角には見張り用の部屋が用意されている。前よりも狭いといえば狭いんだろうけど……城塞化は変わっていないね。
「それで? 他の部隊や農作部は?」
「王都城門外南東に、宿舎を建設し、畑および家畜放牧に取り組み予定となっております」
建設予定? つまり、現段階では野営をしているのだろうか?
いつか時間を見て挨拶に行かないと、いつその許可が下りるか分からないけど。
とりあえず、私は私で、ここでの生活に慣れるしかないみたいね。
「イクミお嬢様。夕食の準備が整いました」
執事がテラスへとやって来たが……寝室から来たほうが楽じゃないのかな?
執務室ならともかく、寝室は恐れ多いってアレかな。
「ありがとう。今行くわ」
食堂には三列のテーブルがありそして、当然のように一人用のテーブル。
こんな物まで持ち出していたのね。屋敷にあったものは、全部あると思ったほうがいいかもしれないわね。
ルビーの言っていた話だと、色々と買う予定じゃなかったのかしら?
というか、トワロや外部メイドたちは壁際に立っている。
ここに何をしに来ているのだろうか?
「な、何をされておられるのですかな?」
「えっと……何って何?」
「イクミお嬢様。こういう場に置いては、まず椅子の横で立ち止まり、使用人が椅子を引くのをお待ちください」
「いまは授業じゃないし、ここには私たちしかいないのだから。私はこれでいいわよ」
自分で椅子を引き、勝手に座る。
勿論パーティーに呼ばれたときなんかは、こんなことはしない……と思うけど。
そもそも、あの誕生日パーティーもアレ以来行ってない。ラズ兄さんは顔見せに来ているし、小言もなかったからあまり気にしてないと思う。
だから、家でのんびり食べる食事に、貴族のマナーを取り入れるつもりはない。
「皆も立ってないで、座りなさい」
椅子に座るのはクロとルキア。ここにいる人数分の料理を並べた使用人たちは、それぞれ席についた。
その光景を見守っているのは、外部メイドたちだった。
「食事は皆で取ります。皆、座りなさい。トワロもです」
「ですが……」
この食堂の作りもここがあの屋敷と同じようにしているのなら、以前と変わらないようにして何ら問題はないはず。
「トワロ。お嬢様の命ですよ」
「かしこまりました」
渋々と言った感じで席に付き、料理が運ばれていく。
皆が席につくと、私が両手を叩きその音に、視線が釘付けになる。
「いただきます」
王都でも同じように、以前と変わらない美味しい食事にありつけるのはありがたいところだった。
味付けは私好みになっているし、嫌いな食材は出てこない。ヘルシーかつ、栄養面にも多分申し分ない。
それでも、たまには濃い味付けも欲しくなるけどね。ファーストフードみたいなものは、私の知識じゃ到底無理だしね。
「トワロからすれば、私の行動は目に余るかもしれない。これでも、内と外ではそれなりに弁えているつもりよ。領主のパーティーに行けば、ルビーも知っているとは思うけど。屋敷の中にまでそれを強要しないでほしいの」
「ですが……」
「とはいえ、言葉だけでは納得できないでしょうから。週に一度、マナーに従った日を設けることにするわ」
「お嬢様。その話は、決して反故のないようお願いいたします」
あ、しまった。月一回にしてた方がよかったかも。
言ってしまった以上、ルビーのあの様子からして撤回すらもうできそうにはないわね。
まさか、これを見越してトワロを雇ったというわけじゃないよね。考えすぎだよね?
「も、もちろんよ。私も皆には、色々と不安になるとは思うかもしれないけど。こればかりは慣れてもらう、としか言いようがないわ」
「お嬢様、こちらをどうぞ」
「うん、ありがとう」
私は小さく切り分けられたりんごを、そのまま手でつまんで口に入れる。
外部メイドたちは驚きを隠せないでいた。いくら子供に見えるとはいえ、皆からすれば淑女らしからぬその行動に、目を丸くしていた。
グセナーレ家ではこれが普通である。
「美味しかったわ。ありがとう」
この少しの果物は、私のためであってそうでもない。
彼女たち曰く、これはご褒美らしい。料理当番になった誰かが、果物を差し出す。
私がこの世界に来てそんなに経っていない頃。
二人の侍女がいつも言い争っていた。
そこで教えたのがじゃんけんである。今思えば、私の隣をルビーが勝ってくれたことに感謝するしかない。
それが今では、私に果物を持っていくのが誰か争奪戦に変わっている。
「ミルファ、いつもありがとう」
上機嫌で戻っていくミルファ。
そんな動作も彼女たちはどう思うのだろう。
貴族であれば使用人が主人と一緒に、食事を取ることなんてまずありえない。
それぐらい、私も知っている。
それを許さない主人もここにいる。私は一人で食べるよりも、皆と食べている時間のほうがいい。
「あのね。これは命令よ? 温かいうちに食事を頂きなさい。苦手なものがあれば、パルフェに言って代わりの物を作ってもらいなさい」
外部メイドたちは、私をチラチラと見ながらも食事を開始している。
食事を終えたメイドたちや料理部そして、使用人と食器を片付け持ち場へと戻っていく。
彼女たちはいつも懸命に働く、もちろん疲れたらきちんと休んでいる。
「イクミお嬢様、どちらへ行かれるおつもりですか?」
「ちょっと庭じゃなくて、テラスに出るだけだよ。それより、食事の途中で立つものじゃないよ。それじゃ」
私はテラスへと足早に向かっていた。




