61 お嬢様は王都へ到着する?
「ルビー、色々と聞きたいのだけど……これは何なのかしら?」
長い時間をかけ、ようやく辿り着いた王都。かと思えば、私は馬車から降ろされるや否や、クロとルキアに両手をガッチリと掴まれる。
これは既視感というもの……目の前にある建物が何なのかを、十分に理解させる。
あまりいい思い出のない服屋。街に連行されていた服屋ではなく、ここは王都。
ドレス専門のブティックという言葉がよく似合っていると思う。
私にとってここは……もっとも足を踏み入れてはいけない場所だ。
「どうぞ、お嬢様。中へお入りください」
いやいや、私の意志と関係なく、前に進んでいく。
なぜなら、私の足はクロとルキアによって宙に浮いているからだ。
「入れというか……連行じゃないか!」
再びカランと、ベルが音を鳴らし、扉が閉まる。
ドレス、ドレス、ドレス。
それ以外何もない、まさに専門店だ。
「うっわー」
どれもこれも、もうすごいの一言。
「どなたか、お嬢様に合うドレスを持ってきてください」
ルビーがそういうものの、店員たちは目配せをして、誰が行くのか迷っているみたいだった。
まぁ、そういうのも分からなくない。だって、獣人とエルフを護衛に連れた子供。相手をしたくはないよね。
「もも、申し訳ございません。わたくし、店主のバーディラと申します。この者たちが失礼を致しました」
そう言って深々と頭を下げたことで、店員も頭を下げる。
それから、店主の指示で何着ものドレスが用意され……並べられる。
いつも行く街なら、私の意見をそれなりに受け入れてもらっているので、ある程度妥協できるものが用意される。
私はここに初めて来ている。
そして、私の体格は子供とそう変わらない。
つまり、用意された服は全て子供用なのである。
ヒラヒラしたフリルに花と花とリボンリボン……
こ、こんな物しかないのか!
ここにいるのがトパーズじゃなくて本当に良かった。あの子がいたら、間違いなくこの中で一番子供っぽい服を選んで、『よくお似合いですよー』と高い高いまでしてくるに違いない。
ルビーは生地を確かめるように、念入りに触っている。
「これでは少々、お嬢様には不釣り合いですね」
な、何だと?
あのルビーが否定した? ああいう物を着せようとしてくるルビーが?
「こちらは迷惑料です。それでは行きましょう」
そう言ってチップのようなものを渡して、入口の扉を開ける。
何事もなく外に出られ、爽やかな風がなんとも心地よい。
「では、次へ参りましょう」
「次はいいものがあるといいですね」
「イクミ殿を、なんだと思っているのだ」
そ、そうだルキア。もっと言ってやれ。
服なんて必要がないって言ってやれー
「あのようなふわふわしたものではなく、スラッとしたものが似合う」
「そうかな? 胸にある大きなリボンがいいと思うけど」
「二人ともまだまだですね。どのように飾ったとして、質の悪い生地など論外ですよ?」
二人は大きく目を見開き。衝撃を受けているようだった。
私は、馬車に乗せられまた別の似たような店へと駆り出される。
私はただ流されるまま、物言わぬ人形のごとく、三人に対してなすすべがない。その成り行きに身を任せること約五時間。
結局何もかもが気に入らないのか……一着の着替えもなく終わった。
私が疲れたとかではなく、ただ単に夕暮れになったからという理由で、ようやく解放された。
次は何が待っているのかと思えば、立派な屋敷の入口にやってきていた。
ただ、私は前に進めなかった……疲れ切っていたそんな私に追い打ちをかけるがごとく、トパーズが門の前で待っていた。
「お嬢様、待っておりました」
鉄格子の門の向こう側に見える建物は、以前住んでいた屋敷よりも、三階から四階へとグレードアップしている。
階数が増えただけでなく、屋敷全体の大きさが横に二倍ほど大きく見える。
最近、屋敷を見ていないことがその理由だと思うことにした。
「開けなさい」
トパーズがそういうと、鉄格子が開かれ、ガシャンと音を立てる。鉄格子ですら、物々しさを感じるほどだった。
見上げる塀の高さははるか遠く、その壁は私が三人ぐらい寝そべっても足りないほど分厚い。
ここは何から身を守るつもりなのかしらね……
「これが、今日からお嬢様がお住まいになるお屋敷です」
「寮もあるって聞いたよ? 学園というのだから、私はてっきり寮生活だと思っていたのだけど? ルビーがそんなことを……」
「何を言っているのか、私にはさっぱりわかりません。それよりも、どうぞ中へ」
学園の話はルビーから聞いたよ? 多くの学生は寮で生活してるって言ってたよね?
私って、なんで隠し事ばかりしているの? それとも、私を驚かせて喜んでいたりするの?
「ちなみに、この屋敷は……借りたの?」
開かれた格子から、使用人が玄関まで続く道の両端に立ち、私を出迎えている。
左の庭は広く開かれていて、何に使うのか分からなくはない。そして、以前とは違い右の庭には色とりどりの花が咲き揃い、手入れも行き届いている。
屋敷、庭、花壇。そして、屋敷を囲む壁さえも、以前の屋敷とは違いはある。
「この屋敷、全てお嬢様のものですが?」
私の聞き方がおかしかったのかな?
だけど、ルビーがこの手の話に冗談を言うわけがない。それでも、私は冗談だと思いたいよ。
気にはなるところもあるけど。これまでの状況を整理すれば見えてくるものもある。
王都までの道のりを、なぜ遠回りをしたか。
必要以上に魔物を倒し、大量の素材を馬車に詰めて、各地で素材を売りさばき。
その行動につながるのは、お金である。
この王都に来て、私はすぐに皆から引き剥がされ、何時間も拘束されていたのか。入口にいたトパーズ、トパーズは先行してここに来ており、集めた資金でここを購入していたのだろう。
しかし、それをとやかく言っても、どうせ皆はまた同じようなことを言うだろう。
私は感謝を胸に秘めつつ、敷地内へと一歩進む。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
統制の取れたメイドたちの自然な挨拶に、もはや乾いた笑いすら出ない。
軽く一礼をして、頭を上げるメイドたち。彼女たちは見知った顔。その人たちの胸には名札がある。だが、対面の列には私が見覚えのない人たちだった。
「ありがとうね」
私が声を出すと、頭を下げていたメイドたちが顔を上げる。
この人たちは一体?
名札を付けてくれているけど、私のものではない。
外部からメイドを入れているということ? トパーズがよくそんなことを受け入れたね。
一体この屋敷の生活はどうなるんだ?
玄関前には、執事服を着た白髪頭に白い髭のご年配の姿があった。
「お初にお目にかかります。私めは執事を任されましたトワロと申します」
「うん、よろしくおねがいします」
これぞ紳士の鑑というべきか、一つ一つの動作が少し目を奪われる。
こういうことを私に求められても……子供が背伸びしていると思われる。
「トワロさん? じゃあ、中を案内してもらえるかしら?」
「ふむ……かしこまりました。それでは一階からご案内致します」
「トワロ。訂正を……」
ルビーがそういうと、トワロは再度頭を深く下げていた。
「イクミお嬢様。私は執事にございます。そのような敬称は不要でございます」
「わかっているけど? これだけ年輩の方なんだから、ついね。次からは気をつけます」
「ルビー様が、ご心配されていること、よくわかりました」
ルビーだってただの侍女なんだけど。敬称つけているし、何がダメなの?
トワロが言っている意味がよく分からない。
「イクミお嬢様。あなた様はいずれグセナーレ家の当主になられるお方。たとえどの屋敷でも使用人に対し、先ほどのように敬称を付ける必要はございません。よろしいですかな?」
「トワロ……さっきルビーに対して様をつけたよね? それと何が違うのかしら? 私はただ初めて話す人だったからそうしただけのことよ? それに、次期当主だとしても、私は別に貴族じゃないみたいだし、細かく気にし過ぎよ」
「イクミお嬢様。仰るとおり、グセナーレ家は貴族にございません。ですが、イクミお嬢様には貴族としての教養が求められます。それに、ルビー様はイクミお嬢様専属の侍女でございます。我々使用人にも立場がございます」
メイドたちも様をつけていたし、それがあっているのか?
とはいえ、たまにクロやルキアもそう呼んでいたような……
「そういうものなの?」
それにしても、おかしな話よね。貴族でないのに、貴族としての教養が求められる?
ああ、私がここに何をしにやってきたか。それを考えればよくわかる。
貴族が多い学園に通う私には、言動から振る舞いまで、貴族でなかろうとも強要されるというわけね。
面倒だな……
「いかがなされましたかな?」
トワロの真剣な眼差しに気圧されて頷くしかなかった。
なんだかこの感じ……帰りたい。帰れるものなら、今すぐにでも。
「それでは、屋敷の中へどうぞ」
トワロが隣にずれ、その大きな取っ手に触れる。
「イクミお嬢様。そのお手はどうされるおつもりですかな?」
「え? ドアを開けるのだけど?」
「なるほど、かしこまりました」
「二人だけわかる話をしていないで、早く中にはいるよ」
扉を開け、中へと入る私の姿に、ルビーはうつむき、トワロは手を額に当てていた。
あれか、私の振る舞いがよく言われる、淑女らしからぬというやつですか?
「これはこれは……」
「お恥ずかしい限りです」




