59 お嬢様はいつも心配している
「バナン。お疲れ様」
「お嬢こそ長旅でお疲れでしょう。こんなところにいないで、今日はゆっくりと宿で休むといい」
疲れるも何も、馬車の中でゴロゴロしているだけだよ。
どこで、いつ買ってきてくれるのか分からないけど、色んな本も用意してくれている。
暇つぶしはそこそこできている。
私が思っていた馬車の旅じゃないけどね。
「その前に皆を集めてもらえるかしら?」
「集合!」
バナンの号令で、街の外で野営の準備をしていた者、一時的な休息をとっていた者。皆、手を止めてここに集まってくる。
ここにいるのは七部隊中二部隊。他の人が何をしているのか、少し頭を抱えたくなるけど、追求する気も起こらなかった。
「皆、お嬢から話があるらしい」
「皆、疲れているところごめんなさい。王都まであと少しのようだけど、今まで皆には苦労をかけているみたいね……本当にありがとう」
私がお礼の言葉と一緒に頭を下げると、私と同じように頭を下げ、金属の音が聞こえてきた。
「どういった思いがあるのか、私には知らされていないけど。あなたたちのことを否定するつもりはない。でもね、心配しているから。だから、無事を願っている。私からはそれだけ。おやすみなさい」
街の中へと歩みを進めた。
皆を否定はしない。私のためになるのならと、誰もがそう思っている。
どれほど危険な場所だろうが、皆にとっては平気な話でも、今の私には不安が募ってしまう。
「お嬢様。なにかお召し上がりになりますか?」
「ううん。あまりお腹は空いてないみたい。ありがとう」
少しだけ高級な宿の中に入ると、クロとルキアが待っていた。
彼女たちの神出鬼没は今に始まったことではない。
部屋まで案内され、きれいに整えられたベッドに腰を下ろし、そのままごろんと寝そべった。
柔らかい感触。雨風を気にせず、ゆったりと眠れる。
ルビーとクロ、そしてルキアも同室だから、久しぶりに皆はベッドで眠るのだろう。
それに引き換え、皆はどうしているの?
ここはどう見ても一般の宿よりも設備は整っている。
そのお金は? 私が食べる物の金は?
それなのに皆は? 討伐部隊はそれ以上に過酷ではないのだろうか?
「私は恵まれすぎているのね」
「イクミ殿……」
ルキアはそれから先に続く言葉を濁した。
主である私を、粗末に扱えないのは当然だ。
屋敷にいたときも時折思うことはあった。その答えは今になってもわからない。
私はなぜ……皆に必要とされているのか。
その答えはまだ出てこない。
それは、グセナーレという名前があるから?
奴隷紋の持ち主だから?
なら、奴隷紋を持たない人たちもなんで?
私のいうことを無下にすることもなく、できる限り意向を汲み上げていく。
「イクミ様。確かにその通りだと思います」
「クロ、お前、どういうつもりだ」
「イクミ様は本来の奴隷を、知らなさすぎるのだと思います。奴隷だったイクミ様が、そのようなお立場になられて、色々と思うところがあるのでしょう」
そう、私は目が覚めると奴隷だった。
でも、私には奴隷紋はなかった。
爺さんの手の中にいても、クロの味わってきたものとはまるで違う。
「搾取されるだけの私たちが、十分な食事をいただき、休みを与えられ、それどころか、人として生きていける。それが奴隷になった者にとって、どれだけ幸福か……」
「イクミ殿。私と初めてあった場所を覚えておられるだろうか? 多くの奴隷が生気を失い、いつ死んでもおかしくない環境だった」
勿論覚えている。忘れるはずがない……
あの日以来、もう二度と足を踏み入れることはできなくなったけど、それでも鮮明に覚えている。
「覚えているよ、今でもはっきりと。私はあの時奴隷を買いに行ったから。あの頃の私は……奴隷が必要だったから」
「その話は聞いている。なら、屋敷に戻り、奴隷たちが私たちになんと言ったかを知っておられますか?」
ルキアに?
皆は一体何を伝えていたと言うの?
「それはどういう……こと?」
「よかったな、お嬢様に救われて、と言われたのです。当時の私にはその問いに答えることができなかった。日々過ぎていく中で、その言葉の意味が分かり、私はあの子たちもこのままここにいるのが幸せではないか? そんなことさえ思っていた。だから、切り出せなかった」
ルキアは私の手を取り、「申し訳なかった」と小さな謝罪をしていた。
そんなふうに思っていたのね。
私はただ、皆が笑って暮らせるのならとしか考えていなかったはず……
「イクミ殿は、それでいて、あの子たちのために約束を果たそうとしていた」
ティアとクレスを見て、私は我慢ならなかった。
劣悪な環境。暴力による服従。
私ができることなんて些細なものだ。私の力ではなく、皆の力があってのこと。
ルキアの心を開かせたのだって、私じゃなかったはず。
「うん、最初にそう言っていたからね。ルキア、今は……今の生活は納得しているの?」
「勿論。ここにいる、いえ、イクミ殿が従える誰もが皆そう答えるでしょう」
クロも満足そうに大きく頷いている。
なぜそうまでして……違う、もしかしたら、また私が間違っているのかもしれない。
クロの言うように、私は知らなさすぎるのだと思う。できるだけ、いい生活をしてほしい、楽しく暮らしてほしい。
子供たちにはもっと自由に生きてほしい。
だけど、それができているのは私の奴隷だから……だからこそ、俯いてほしくなかった。
あの日見た皆を見て、嬉しかったんだ。
それなのに私は何をしているのだろう……




